虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

内向感情型の子と 早期教育をしたいママの 親子関係のこじれについて 1

2009-12-25 08:56:04 | 子どもの個性と学習タイプ
昨日は、午前、午後と算数クラブでした。
そのどちらにも内向感情型の女の子が参加していて、

どちらの子の親御さんも、
親がこのタイプの子に早期教育をしようとするぶつかる「壁」の前で
困惑しておられました。

特にひとりの年中さんの女の子は、私と子どもだけの時は喜んで何でも参加していたのに、親御さんが見ている場では、
知的な課題にはいっさい参加しない!
という頑なな態度をとったり、
お母さんが期待したり望んだりしているのを感じるものには、
いっさいそっぽを向く態度が目立ちました。

子ども側から親子の間柄を険悪な雰囲気にしようしようと仕掛けているように見える態度がとても多いのです。

内向感情型……というのは、人の心の動きがよくわかり、感情面でとても豊かな感性を持っている子ですから、
子どもだから、空気が読めていなくて……とか、
怠け癖やワガママや、嫌なことからしり込みして
そんな態度を取っているわけではないのです。

実際、この子も、
お母さんがいる間は、ムスッとして、「嫌だ~どうしてこんな場所に連れてこられたの?」という態度に終始していたのに、
お母さんと離れて、お友だちと私だけですごしはじめたとたん、
内面からあふれだすような笑顔を何度も浮かべながら、
さまざまな遊びを展開していました。
また、私にもすぐに打ち解けて、お父さんのこと、お母さんのこと、
お父さんとお母さんが自分にどのような態度を取るのか、
自分はそれに対しどのように感じているのか、
自分はどんなことをどのように指示されるのが嫌いで、
どんなものが好きで、
その面白さはどこにあるのか、
その楽しいこととそっくりなのに、嫌になっちゃうことというのはどのようなものか~など、いきいきとした表情で説明してくれました。

「教室の中には、おもちゃやゲームがいろいろあるわよ。何かしてみたいことがある?」とたずねると、
「私は図鑑が好きなの。お魚図鑑はある?
宇宙や昔の人のことが書いてある図鑑でもいいわ。ピラミッドの話も好きだから。
先生にいろいろ教えてあげるわ。
でもね、それを覚えなさいと言われたり、覚えているか聞かれたりするのは、好きじゃないのよ」
という返事と、具体的なさまざまな出来事の説明が返って来ました。

私がこの子は内向感情型の子だろうと判断した理由は、
内向型の子らしく
主観的な自分の感じ方にさまざまな判断の理由を置いているし、
自分自身の感じ方と、人の感情の機微についての理解に
年中さんの標準的な能力をはるかに超えるものを
感じたからです。

内向感情型の子といえば、虹色教室の定期的なグループのメンバーにも
何人かいるのですが、
2歳くらいから「感情」を理解する能力に関しては、
一般的なちょっとKY気味な男性を超えてるのじゃないかな?と思えるところがあります。
とても自立心に富んでいて、ちょっとおしゃべりはじめたな~という2,3歳でも、「どうして、お母さんが私に~しなさいと命令するの?
どうして大人が子どものすることを決めるの?」
「つつかないで!そういうことされるの私は嫌なの」
などと、はっきり言うのですよ。

この間なんかは、2歳半~3歳半のグループレッスンで
こんなことがありました。
ひとりの男の子がおもちゃを独占して、それを触ろうとした女の子をはたいたので、
私が「急にたたいたら、☆ちゃん悲しくなっちゃうよ」と男の子に説明していたところ、背後から
はたかれた☆ちゃん(内向感情型の2歳後半の女の子)が、こう言ったのです。

「私は、悲しいのじゃないの。悲しい気持ちとちがうの。
いいのよ。それくらくい」と、きっぱり。

私に注意をうながすように……。
「ちがいましたか~??」
面白いやら、びっくりするやら……

結局、☆ちゃんは、男の子の気持ちをほぐして、自分でおもちゃを借りていました

話がそれてきていますが、次回に続きます。

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年中 年長さん 算数クラブ  工場のお仕事♪

2009-12-24 07:55:05 | 算数
昨日は、年中、年長さんの算数クラブの日でした。(うっかり屋の私は、日にちを間違えかけてて、大慌てだったのですが)
算数クラブは、はじめてという4人のメンバーだったので、
「今日は、みんなに算数を好きになってもらう日なのよ。それじゃあ、お母さんと別れて、いっしょに算数で遊ぼうね」と言ってスタートしたのですが、
案の定、帰り際には、「算数面白い~」「算数好き!」「もっとここにいたい~」「ラミィキューブ買って~」と盛り上がってました。

今回の算数クラブでは
ラミィキューブという麻雀のルールに似た数ゲームで遊んだ後で、
ラミィキューブを使って、たくさん10の合成を作って
チップと交換していく計算遊びをしたり、
合わせて10になるようにじゃんけんしながら勝ち抜いていくゲームをしたりして遊びました。

その後、グミを作ったり、
写真のような工場遊びをしたり、
2つの数を足し合わせていろんな数を作り出すおもちゃで遊んだり、
最レベ問題集でいろんな文章題にチャレンジしたりすることもしましたよ。

ポケモンのチップで計算しながらバトルしていく遊びもとっても盛り上がりました。
サイコロを振って、チップにあるサイコロマークが出たら、チップにある数の攻撃力を発揮できるという簡単ルールですが、
アイテムカードの数を足し合わせて、きちんと計算して相手に勝たなきゃなりません。
4人とも男の子なので、この勝負では熱くなりすぎて、
やめさせるのに苦労しました。

写真の工場遊びは、10個入りの小豆が入ったケースを工場の機械に乗せて
製作しているシチュエーションで遊んでいます。
この小豆、10個入りのボトル1つで、なんと1万円なのだそうです。子どもたちで決めてます~。
私が「12万円分、持ってきてください」とか、
「小豆300個お願いします」とか、電話を入れると、
ブロックで作ったケースに入れて届けてくれます。
12個ボトルを持ってきてくれたときに、
「じゃあ、次はその2倍持ってきてください」と注文を出してみると、
「2倍ってどういう意味?」とたずねてから、
自分たちなりにとく考えて24個分のボトルを届けてきました。

これまで算数の先取り学習などをしたことはない子たちなので、
10の合成も最初は??の様子だったのに、
帰りには、私が8の指を出せば即座に2の指を出し、
6の指を出せば、すぐに4の指を出して、「そんなの簡単じゃない?」という感じでした。
計算遊びに集中して、全員がどんどん前に乗り出してくるので、
9÷2=?
といったあまりのある割り算も出してみました。
すると、とても面白がって、あまりという概念に感動して、
大喜びして、すぐにマスターしていました。
年中さん、年長さんの時期は、
算数の概念に触れることが
とにかく楽しくってたまらない時期なんだな~といつも実感しています


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番外 消費者ではなくて、製作者でもあったちょっと昔の話 2

2009-12-22 21:18:45 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)
千里山の駅前には、ミスタードーナツとか、サンリオショップとか、「○○塾」とか、これから全国でチェーン展開していこうとする店舗が並びはじめていました。
その手前の道路には、自動車といっしょに
馬やら羊やらヤギやらがごちゃごちゃしていたわけですから、
子どもの目にも、世界はまだ未完成で混沌としているのだから、
自分たちの参入する場はいくらでもある!
自分たちもクリエイティブにこの街作りに参加しよう
という気持ちがありました。

たとえば、道なども、
はじめに覚えなくちゃならない道順があるのではなくて、
到着地までの近道は自分たちで発見して作り出すものという思いがあったので、
塀があれば登り、柵の下の穴を掘ってくぐれるようにし、
他人の家の垣根のふちを、番犬を狂ったようにわめかせながら歩いていって、
がけを斜めに渡っていって、
団地の前の倉庫やら、自転車置き場の屋根やら、高いところがあれば必ず登って
そこも道のひとつとして捉えて通っていくことに
何の疑問も抱いていませんでした。
子どもは、
それぞれそうして自分で見つけて作り出した道や秘密の隠れ家を
たくさん持っていました。
時間にしても、暗くなったら帰る時間というアバウトな捉え方で
遊びまわってますから、曜日とか時間なんて気にかけたことがなかったです。
そんな中で、子ども同士、
遊びでもルールでもどんどん自分たちで作り出して、考え出して、改善して遊んでいました。
人脈も開拓して、近所の人にお願いして犬の散歩をさせてもらったり、
同じ団地に住むひとり暮らしのおばあさんに子どもたちで敬老の日のプレゼントを贈ったりしました。

運動オンチで内気な性格の私も、どこでも登るしもぐるし~を何ということもなくやってましたから、
その頃の子どもたちは、
躊躇なく何でもやっていたな~と今になってびっくりしてしまいます。

とにかくエネルギッシュだし、
自分たちの頭でよく考えていました。
よく考えていた~というのも、あんまり頭を絞ったので、40過ぎてる
今でも幼稚園の頃、考えあぐねていた問題をはっきり思い出すことができるくらいです。

それで、最近の子どもたちが頭を使わないとか、
昔みたいに小猿みたいな無茶をしろ……と思っているわけではないのですが、

「それにしてもあんまりじゃないかな?」と思う現状があるのです。

今は幼い子でも習い事に通っている子が多いのですが、

そうした人工的な場は当然、未完成さとかカオスからほど遠いものです。

時間の枠がありますし、することは決められてますし、
場合によっては、どういう気持ちで、どういう態度で参加すべきか
まで暗黙のうちに
子どもに適応を求めてきます。

そこまでガチガチに固められた環境で、
子どもたちが、
自分が環境に影響を与えたり、変化させたり、作り出したりできる存在なんだって
気づくことは皆無なんじゃないかな?
と思えてくるのです。

それでもそんな現代っ子たちも、よくよく話に耳を傾けてみると、
あれこれと考えていて、したたかで、ユニークで、面白いです。
何に関しても「消費者」としての受身な立場しか
取ったことがない子は多いですが、
一度「創作する」ことを覚えると、
「買う」ことよりも、何倍もうれしそうな表情をします。
いったん、クリエイティブに創造性を発揮し始めると、
どの子もいきいきとしてきます。

……ここまで、話してきて何を書きたかったのかというと、
空間も時間もちょっと混沌としていてすき間が多い方が、
何をしようかな? 面白いのかな? やってみようかな? やっぱりやめとこうかな? 私はそれがやりたいの? すきなの?
と自分で選んで、考えて、味わって、創造的に参加してみようという気持ちを、
子どもの中から引きだしてくれるのじゃないかな? 
ということなのですが……。

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番外 消費者ではなくて、製作者でもあったちょっと昔の話 1

2009-12-22 09:19:27 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)
マシュー・フォックスという神学者が次のような言葉を
語っています。

私たちは本質的に 
消費が好きな生き物だろうか?
そうは思えない、
人間は製作者として存在してきたのであって、
消費者ではないはずだ……。


年々、子どもをめぐる環境は変化し続けて、
子どもの心のあり方や物の見方や関わり方が変わってきていますよね。

特に感じるのは、最近では、親がリードする形で、子どもがいつでもどこでも「消費者」になりつつあるということです。

私が子どもだった30年以上前、子どもの私が世界をどのように眺め、関わっていたかというと、

良い消費者になりたくて、経済力をつけて、購入の際のセンスを磨こうと必死の大人たちと、

現実には何もかもが未完成過ぎて、創作したり製作したり、自分で何とかしたりと……「製作者」の立場もとらざる得ない現実のでもがく大人たちの姿を……

自分もその両方を模倣しつつ暮らしていました。

それで、当時の
「製作者」側、「創作者」側、「発信する」側に、
いざ素人の自分たちが立ったときの、
何ともいえない危うさや面白さやワクワクや、がっくし……くる感じ……が、

その「おしゃれ」とはほど遠くて、鈍くさくて面白すぎる風景が、

子ども時代の私の脳裏に焼きついています。
どれを、思い出してもおかしくってしょうがありません。
そうしたことを急にだらだらと書いてみたくなりました。

私は大阪の吹田市の関西大学の近くで育ちました。
それで、子どもの頃はよく友だちと、大学の構内にもぐりこんで
乗馬クラブの馬のえさやりを手伝わせてもらっていました。
この関西大学の乗馬クラブは、
毎日、私の住んでいる周辺の道路を
きちんとした乗馬用の服で正装して、ぐるぐるまわっていました。
馬は千里山の駅前の信号機を確認しては、
きちんと交通ルールを守って、かなり気取った姿で立っていました。

そこらあたりまでは、大阪のちびまる子ちゃん世代の日常として
許せる風景だったのですが、

近所に住んでいる地域の世話役の人が、「子どもたちのために、小さな動物園を作ろう!」と言い出したのです。そこで、公園のそばの地域の集会所の前の広場で
やぎと羊を飼いはじめたのです。
確かうさぎもいました。
最初はよかったんですが、サラリーマンが多い地域……
世話をする人も仕事があるし、大きな動物は世話がたいへん……で、
しまいには、どんどん開発の波が押し寄せてきている千里山の街中で
やぎや羊を放し飼いすることになりました。

そこで、私は、毎日、
千里山の駅前で、きちんと交通ルールを守って立っている馬と、
気の向くままに草を求めて移動するやぎや羊の姿を目にすることに
なりました。
おまけに当時、そのあたりはペットが野生化したワカケホウセイインコが
大量発生していたので、
夕方ともなると、カラスの大群なんて目じゃないほど、圧倒するような数の
緑色の大型の鳥の群れが、空を移動していました。

そんな風に、社会というか、環境が未完成でカオス……なので、
私の通っていた公立小学校の校長の考えも自由そのもの。
宝塚歌劇のファンだからという理由で、
学校のクラス名を、「雪組、星組、月組……」として、毎月、クラスで
劇を発表する日を作っていました。

子どもが育つ環境としてどうだったのか……というと、???なのですが、
私も友だちも
自分たちが頭で考えて、何かをすることに対して、
躊躇しなかった気がします。
子どもなのですが、常に、「製作者」「作る側」の発想が
あるのです。

だらだらした話につきあっていただいてありがとうございました。
長くなったので、次回に続きます。

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電車の中で突然外国の方に話しかけられました~

2009-12-21 16:59:16 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)
今日は息子の懇談会。
冬休み中の息子といっしょに学校へ向かう途中で
こんな出来事がありました。
受験生の息子は、(ただ今、高2)電車の中でも
英文解釈の参考書をモクモクと読んでいたんです。
すると、息子の隣に、透き通るようなブルーの瞳をした北欧風の(?)方が
腰掛けて、突然、私と息子に話しかけてきました。

8割英語、2割片言の日本語で……。

英語といっても、優しい言葉だけ選んで何度も繰り返しながら
話しかけてくれたので、
とても聞き取りやすかったのですが、すっかりあがってしまいました。
英語で次のようなことをお話していました。

たくさんの大学生を教えているけれど、
日本の学生はシャイだね。
君の読んでいる分厚い参考書……その前に、薄い英語の映画の本を読んでごらん。
英語はセンスだから。
それとホームステイはいいよ。
どこか行きたいところはあるの?

などなど……。
かなり驚いたのは、

「ドゥーユーライク ジャグリング?」の質問……
息子の答えは「イエス」ですが……
何せ、(ピーターフランクルさんの影響で)毎日、毎日飽きもせずに、
教室のぬいぐるみでジャグリングの練習をしている人ですから……

それにしても、読書とか、映画とか食べ物とかを
「~好きですか?」とたずねられるのじゃなくて、

唐突に、「ジャグリング」が好きかどうかを初対面で
たずねられるとは……!?

そこのところが、すご~く異文化交流でした。

懇談会の帰りは息子と本屋めぐりをしてぶらぶら~
久しぶりにのんびり過した
一日でした。

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目の前の現実の子どもと理論と

2009-12-21 10:02:35 | 教育論 読者の方からのQ&A
さまざまな個性と発達の仕方と育つ環境の違いを持った目の前の現実の子どもに、
体系化された理論を実践しようとする試みは、
バランスが大事なんだろうな~というのが、
私の経験から感じるところです。

知識を多くの人が使えるようにするためには「体系化」が必要なのは、もちろんで、

知識が、その領域のどこに位置し、
別の知識とどのように関連し、
その知識を習得すると、
全体のどこまでを理解できたこととなって、また、まだ理解していない範囲はどこなのか、

そうしたことを、把握することはとても大切なことではあるのです。

例えば、ブロックで子どもたちと長方形の枠組みを作って遊ぶ時に、
ある子は、向かい合う辺を適当な長さで作っていると、形が成り立たないことに気づき、
ある子は、最初から同じ長さの棒を2本ずつ作って準備すれば、
簡単に形ができあがるだろう推理して製作にあたります。
ある子は、できあがった枠にブロックでななめの対角線を入れたいと考え、
ある子は、その対角線にあたる長さが、長方形を作っているどの辺よりの
長いことを発見します。

同じものを製作していても、それぞれの子どもが、
図形に対する理解の別段階にいるのですから、
接する大人は、より大きな視野から、子どもが今、何に注目し、理解に達しようとしていて、それは全体のどの位置に属することなのか
把握しておくと、子どもの興味を次の次元へと導きやすいです。

そうした意味で、大人が体系ということを意識して
知識を深めて整理しておくことは大事だと感じています。

けれども、実際に子どもと接し教育するとなると、
いったん、心を白紙にして、
そうした先入観を一切抜きにした状態で、
ひとりひとりと向き合うこそ一番優先されることと捉えています。
その子の能力や発達段階が
私の脳内で体系化されているもののどの位置にあるのかという目で
子どもを観察するのではなくて、

ひとりの子どもの中の個性的で複雑で壮大なものの一部が、
私の知っている事とある接点を持っている

という形で、関わっています。

その接点が点であっても、もちろん、私の体験や知識がその点の背後にはどこまでも広がっていますし、子どもの側には知識としてしても、開発する資質としても
その点から展開する未知のものをたくさん含んでいるのです。

こうした堅苦しい書き方をすると、???となってしまう方もいますよね。

モンテッソーリ教育にしても、
体系化されている教育のすばらしさや美しさは息をのむほどです。
そうした環境から子どもが身体を通して吸収するものは、
はかりしれません。
けれども、現実の子どもたちのひとりひとりにスポットライトをあてると、
モンテッソーリの語る敏感期が強くあらわれる子もいれば、
そうした特徴をほとんどしるさないまま成長する幼児がいるのも事実です。

そうした特徴をしるさない子というのは、
ある基本から逸脱した子ではなく、
別の興味、別のアプローチが、強く響く子でもあります。

接する大人が、知識を体系化するなかでかけてしまった色眼鏡をはずし、その子の本質的なものを見ぬく努力をするなら、
見えてくるものです。

長々と何を書きたかったかといえば、言葉の上で知識を洗練させていくことと、
実際に子どもと接していくことの間には、
それぞれが相互に影響を受けながら成長していくものではあるけれど、
ぴったり重なりあうものではないな~

私が重ねたくない~と言ったらいいのでしょうか?

……ということです。

私の場合、
理論としての正しさは、それはそれとして、
実際子どもが成長するかどうか、夢中になっているか、喜んでいるか、
前向きか、に常にフォーカスしているので……

言葉を追いかけているわけではないので、うまく自分の考えていることが表現できているかというと、
どうかな?
というところですけどね……。
「説明する」よりも「実践する」ことが
得意な右脳人間なのでお許しを……

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年長~小1 科学クラブから 5 発表

2009-12-20 20:40:21 | 理科 科学クラブ
Uちゃんが、マンホールについて調べてきてくれました。

マンホールを見つけた位置に
地図にしるしをつけています。

めずらしくて面白いデザインのマンホールの写真を撮ってきてくれました。

自分の調査結果をみんなに発表中です。

子育て☆いちにのさんぽ♪のナツメグさんが、
ブロックで遊ぶお子さんの姿を記事にしてくださっています。
☆コチラ
子どもが創作に夢中になる姿は微笑ましいですね。

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年長~小1 科学クラブから 4 ブロック

2009-12-20 20:34:19 | レゴ デュプロ ブロック
駅用のエレベーター。

名古屋から通ってくれているKくんの作品です。
出入り口の場所にあわせたエレベーターを作るためにさまざまな
工夫が凝らされています。

Kくんと協力してモノレールを作っていたDくんは、
レールの終点から降りる階段の形や
駅について、何度も改善しながら作っていました。

レールが倒れないために、安定した土台を作るにはどうすればいいのか、
見栄え良い美しいデザインはどのようなものか、
よく考えて製作できました♪

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年長~小1 科学クラブから 3 ブロック

2009-12-20 20:28:39 | レゴ デュプロ ブロック
自由時間に「何する?」とたずねると、
全員一致で、「ブロック~!!」という熱い声が返ってきました。
(オンライン講座で、ブロック熱に火がついたそうです。)
モノレールのレールをどんどんつなぎ中。

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