家族って、ずいぶん長い年月、密着して暮らしていますから、
それぞれが 何に一番 価値を置いていて、
どんな動機で、何にどう取り組んで、
どう振り返るのか、
どのような見方で世界と関わり、
人と関係を作り、
何に惹かれ、何を嫌悪し、
どのように自分の考えを練り、
どのようにそれを伝えて、
暮らしているのか手に取るようにわかります。
うちのダンナはおそらく外向的感情の人で、私とは天と地ほども
考え方も行動の仕方も違います。
あまり違いすぎて、何十年いっしょに生活しようと、
お互いが理解不能の異邦人のままです。
かつてはけっこう言い争いもしたのですが、今では性格が180度違いすぎて、
かえって気楽に仲良く過せている気がします。
感情、思考、感覚、直観と、それぞれ優越機能が異なる人が、
同じ体験したとすると、
次のような態度の違いがあるな、と感じています。(直観のみ、外向的な場合と内向的な場合に分けていてすいません。)
目の前の氷山があるとすると、
感覚が優れている人は、
氷山のサイズや成分や温度や時間による変化や色などを正確に確認し、
技能や体感として自分の益となるものを得るでしょうし、
思考が優れている人は、論理的にそれについて分析して、自分の考えを整理して言葉に言い表すでしょうし、
感情が優れている人は、人といっしょにそれを楽しんだり、それを現実的な社会で価値がありそうなものとして生かすでしょう。
直観が優れていて、外向的な人は、氷山からさまざまな発想を得たり、
それを外の世界のさまざまなものと結びつけるでしょう。
直観が優れていて、内向的な人は、
なぜか見えている氷山にはほとんど興味を示さずに、
その氷山の下に広がっている未知の不可視の部分に目を凝らすはずです。
娘は内向的感情の外向的な部分もかなり持っている子、息子は内向的直感の
思考寄りの子です。
同じ事態に遭遇したとき、
娘と息子の価値の置き方や捉え方や行動の仕方の違いを見ていると、
そのふたつのタイプのちがいが浮き彫りになって見えてくることがよくあります。
たとえば、受験勉強にしても、娘は目標を達成するために何が必要か調べて、
段取りをつけ、
勉強を始めると、いかに要領よくそれをマスターするかということに重きを置いています。
周囲に評価されたり認められたりすることが、
娘の学習動機で、勉強内容に関しては、目標の達成に必要なことを
過不足なくマスターすることに興味を持っています。
娘を見ていると、感情が優れているということが、
いかに社会に適応していくのに役立つのかということが
よくわかります。
同じように受験勉強をしていても、息子の心に響くことは、娘の心に響くこととずいぶん違うんだなと感じます。
今日の昼食時も、息子が、
「(入試の科目に)地理を選んでいてよかったよ」と言うので、どんなところがよかったと思うのかたずねると、
次のような返事が返ってきました。
「地理を勉強すればするほど、いかにぼくたちに与えられている情報が統制されていて、日本が国家として国民にこういうことを信じていてほしいと思っているものにだまされているのかがよくわかるよ。
統計はある意味で嘘をつかないからね。
地理の勉強のために、
統計を眺めているとさ、何でこんな数値が出るんだろうって疑問が
次々湧いてくるんだ。
その背後にある理由を探っていくと、
とても面白い世界の現実が見えてくるよ。
たとえば、この近年、何かというと、エコ!エコ!って耳にするけど、
あれって先進国が地球の環境を汚染しているから、
環境保全に励んで、発展途上国の自然を守っていかなきゃいけないってイメージがあるよね。
でも統計では汚染物質を垂れ流して、環境破壊を加速しているのは、
中国やアフリカといったこれから発展していく国で、先進国が汚染の大元ってわけじゃないんだ。
だから、本当に先進国がしなくてはならないのは、
そうした国々に技術提供をして、さまざまな面で援助の手を差し伸べて
環境を汚染しないで成長する道を支援していくことなんだよ。
でも、エコ、エコ、騒いでいるわりには、
先進国はそうした本当の環境汚染を食い止める手段を実行するのは
避けて、しぶっているんだ。
そうした国々が力をつけていくのは脅威だからね。
二酸化炭素の削減にしても、あまりに大騒ぎしすぎだなってほど
そればっかり騒がれているけど、
それが原子力の問題を隠す情報拡散の役割を担っていたりするんだ。
地理を勉強していると、日本国内だけの常識にだまされる感性はなくなるよ。
もちろん、日本だけじゃなくて、海外は海外でその国民が
信じ込まされている何かがあるんだろうけどさ。
ただネットをやっていると、国がそうして情報統制する理由も
少しはわかる気がするんだ。
本当のことを伝えたところで、本当のことを理解せずに勘違いして、
パニックを起して暴走する人々がいるからね。
勘違いするくらいなら、事実をオブラートに包んで伝えようって気になるのもわかる。
放射能汚染の問題にしても、情報を受け取る側も、せめて単位について正確な感性を得た上で、その話題を議論するってことが必要だと思うからね。」
娘の場合、
「○○を受験の教科に選んでよかったわ」と感想を言うときには、
それが目標を達成する上で、有利だから……という
理由と結びついていたはずです。
息子の説明を聞きながら、受験とはあんまり関係のないポイントが
響く子だけど、
性格のタイプの違いは、本当に奥が深くて面白いなと感じました。
それぞれが 何に一番 価値を置いていて、
どんな動機で、何にどう取り組んで、
どう振り返るのか、
どのような見方で世界と関わり、
人と関係を作り、
何に惹かれ、何を嫌悪し、
どのように自分の考えを練り、
どのようにそれを伝えて、
暮らしているのか手に取るようにわかります。
うちのダンナはおそらく外向的感情の人で、私とは天と地ほども
考え方も行動の仕方も違います。
あまり違いすぎて、何十年いっしょに生活しようと、
お互いが理解不能の異邦人のままです。
かつてはけっこう言い争いもしたのですが、今では性格が180度違いすぎて、
かえって気楽に仲良く過せている気がします。
感情、思考、感覚、直観と、それぞれ優越機能が異なる人が、
同じ体験したとすると、
次のような態度の違いがあるな、と感じています。(直観のみ、外向的な場合と内向的な場合に分けていてすいません。)
目の前の氷山があるとすると、
感覚が優れている人は、
氷山のサイズや成分や温度や時間による変化や色などを正確に確認し、
技能や体感として自分の益となるものを得るでしょうし、
思考が優れている人は、論理的にそれについて分析して、自分の考えを整理して言葉に言い表すでしょうし、
感情が優れている人は、人といっしょにそれを楽しんだり、それを現実的な社会で価値がありそうなものとして生かすでしょう。
直観が優れていて、外向的な人は、氷山からさまざまな発想を得たり、
それを外の世界のさまざまなものと結びつけるでしょう。
直観が優れていて、内向的な人は、
なぜか見えている氷山にはほとんど興味を示さずに、
その氷山の下に広がっている未知の不可視の部分に目を凝らすはずです。
娘は内向的感情の外向的な部分もかなり持っている子、息子は内向的直感の
思考寄りの子です。
同じ事態に遭遇したとき、
娘と息子の価値の置き方や捉え方や行動の仕方の違いを見ていると、
そのふたつのタイプのちがいが浮き彫りになって見えてくることがよくあります。
たとえば、受験勉強にしても、娘は目標を達成するために何が必要か調べて、
段取りをつけ、
勉強を始めると、いかに要領よくそれをマスターするかということに重きを置いています。
周囲に評価されたり認められたりすることが、
娘の学習動機で、勉強内容に関しては、目標の達成に必要なことを
過不足なくマスターすることに興味を持っています。
娘を見ていると、感情が優れているということが、
いかに社会に適応していくのに役立つのかということが
よくわかります。
同じように受験勉強をしていても、息子の心に響くことは、娘の心に響くこととずいぶん違うんだなと感じます。
今日の昼食時も、息子が、
「(入試の科目に)地理を選んでいてよかったよ」と言うので、どんなところがよかったと思うのかたずねると、
次のような返事が返ってきました。
「地理を勉強すればするほど、いかにぼくたちに与えられている情報が統制されていて、日本が国家として国民にこういうことを信じていてほしいと思っているものにだまされているのかがよくわかるよ。
統計はある意味で嘘をつかないからね。
地理の勉強のために、
統計を眺めているとさ、何でこんな数値が出るんだろうって疑問が
次々湧いてくるんだ。
その背後にある理由を探っていくと、
とても面白い世界の現実が見えてくるよ。
たとえば、この近年、何かというと、エコ!エコ!って耳にするけど、
あれって先進国が地球の環境を汚染しているから、
環境保全に励んで、発展途上国の自然を守っていかなきゃいけないってイメージがあるよね。
でも統計では汚染物質を垂れ流して、環境破壊を加速しているのは、
中国やアフリカといったこれから発展していく国で、先進国が汚染の大元ってわけじゃないんだ。
だから、本当に先進国がしなくてはならないのは、
そうした国々に技術提供をして、さまざまな面で援助の手を差し伸べて
環境を汚染しないで成長する道を支援していくことなんだよ。
でも、エコ、エコ、騒いでいるわりには、
先進国はそうした本当の環境汚染を食い止める手段を実行するのは
避けて、しぶっているんだ。
そうした国々が力をつけていくのは脅威だからね。
二酸化炭素の削減にしても、あまりに大騒ぎしすぎだなってほど
そればっかり騒がれているけど、
それが原子力の問題を隠す情報拡散の役割を担っていたりするんだ。
地理を勉強していると、日本国内だけの常識にだまされる感性はなくなるよ。
もちろん、日本だけじゃなくて、海外は海外でその国民が
信じ込まされている何かがあるんだろうけどさ。
ただネットをやっていると、国がそうして情報統制する理由も
少しはわかる気がするんだ。
本当のことを伝えたところで、本当のことを理解せずに勘違いして、
パニックを起して暴走する人々がいるからね。
勘違いするくらいなら、事実をオブラートに包んで伝えようって気になるのもわかる。
放射能汚染の問題にしても、情報を受け取る側も、せめて単位について正確な感性を得た上で、その話題を議論するってことが必要だと思うからね。」
娘の場合、
「○○を受験の教科に選んでよかったわ」と感想を言うときには、
それが目標を達成する上で、有利だから……という
理由と結びついていたはずです。
息子の説明を聞きながら、受験とはあんまり関係のないポイントが
響く子だけど、
性格のタイプの違いは、本当に奥が深くて面白いなと感じました。