虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

広汎性発達障がいと診断されたり、広汎性発達障がいの疑いを指摘されたら 20

2012-02-20 12:26:24 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

前回の記事で、 

 

非常に微細なものや特殊なものまで測れるような自分のなかにある 『ものさし 』のようなもの

のお話をしました。

 

この『ものさし』は、あまりにいろいろな種類の様々な段階の違いを扱っているため

その全てを書いて伝えるのは不可能な気がしています。

 

でも、「そんな基準のものさしを使って、こうした判断や推理を導くことがあるのか~」

と気づいていただくだけでも、

少しは子育て中の親御さんのお役に立てるのではないかと感じています。

 

この記事に下部に赤茶の文字で書いている部分は、半年ほど前の★くんのレッスンの様子です。

★くんは天井につけているフックにひもをかけて

上げ下げできるカゴを吊ってあげると

「エレベーターだ」といって非常に喜んで遊んでいました。

 

こうした「エレベーター」遊びは、どの子も大喜びするのかというと

そんなことはありません。

1、2回引っぱってみて、すぐに別の遊びに興味が移っていく子や

ただただ乱暴にひもを引いて、終いにかごが天井についているのに、

さらにひもにぶらさがるようにして引っぱり続ける子、

視野が狭くて、上下に動くものを目で追えない子、

全てのものに興味が薄く、ひもに触れることも思いつかない子などさまざまです。

 

ですから、子どもがひとつの動きや感触を面白がっていて、「もう一回、もう一回」と繰り返したがる時、どんなに無意味で無価値な行動に見えたとしても、

興味や意欲も含んだ特殊なものさしで

その状態を観察すると、その子の興味や個性的な才能や成長の可能性を秘めた面が

見えてくるかもしれないのです。

 

エレベーター遊びをするとき、★くんは遊びだすやいなや

ひもを引っ張ればかごが上に上がり、ひもを握る手の力をゆるめれば

かごが下に降りてくることに気づいていました。

これはあたり前のようで、多くの幼児がつまずく難所なのです。

幼い子の多くはエレベーターを降ろしたい時も

手の力をゆるめることができません。

自分が下に引っぱると、エレベーターも下のさがってくるに違いないと考えて、

いくら体験で悟らせようとしても、

なかなか思い込みを改めることができないのです。

もちろん非常に幼い子のなかにも、こうした力の向きに関する推理が

得意な子がいます。

回転させたり、転がしたり、巻き取ったり、上下に移動させたりする

おもちゃに惹きつけられて、少し遊べば、その原理を別の遊びに応用させる子がいるのです。

自閉傾向のある子たちのなかには

こうした能力が長けている子がけっこういます。

わたしは子どものそうした遊び方に気づくと、同系統のさまざまなおもちゃを用意したり、

そうしたからくりを楽しめるような工作の見本を作ってあげたり、

ブロック遊びのなかに、ストローや紙で仕掛けを取りつけて、

動きを作りだしたりしてみます。

すると、遊び方も行動も極端に幼かった子が、

非常に知的でしっかりした一面を垣間見せるようになることが多々あるのです。

 

もちろんエレベーターはひとつの例に過ぎません。

それが水の流れを眺めることでも、スライムのような素材に触れ続けることでも、

そこには子どもの能力を見極めるための

非常にさまざまな『ものさし』が存在するのです。

 

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今日は、自閉症スペクトラムの子と工作 で2010年12月~2011年7月までの

レッスンの様子を記事にしている広汎性発達障がいの4歳半★くん

のレッスン日でした。幼稚園を一日お休みして通ってくれています。

ささいなことなのですが、上の文の「レッスンの様子」という言葉は、最初、「成長」という言葉にしていたものを

書きなおしたものです。

こうして、レッスンの記事を時間で整理して眺めると、「★くん、すごく成長したな~。あんなこともできるようになった。

こんなこともできるようになった」と感激するのです。

でも、どうして「成長」という言葉を避けて、書きなおしたのかというと、

「成長」とか「発達」といった目に見える成果にこだわりはじめると、

結果的には、むしろ子どもの育ちを妨害することにしかならないからです。

なら、わざわざ教室に通ってもらって何を目指しているのかというと、

「子どもの世界を広げる」ということ、つまり縦に上方に「伸ばす」のではなくて、

その子を中心に球形のボールが膨張していくようなイメージで、「広がる」ことを大事にしているのです。

 

ですから、「わがままが言えなかった子が自分の要求をはっきり出すようになる」とか、

「隣のおばあちゃんに声をかけられると微笑むようになった」とか、「散歩中、観察する動物や虫の数が増えた」とか、

能力アップとは無関係に思われるようなものも、「広がり」のひとつひとつとして

大切に育んでいるのです。

 

そうする中で、「あれっ?いつの間に?」という縦の上方向の伸びも確認できるのは

うれしいことです。でも、最初から、それを意識して子どもと関わり始めたり、子どもを観察し始めると、

大きく丸く成長しようとしている畑の野菜を、

いびつな型に押し込めて引き延ばそうとするような不毛な努力に終わってしまう気がするのです。

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お父さんとお母さんといっしょに虹色教室に来た★くんは、

プラズマプレイトというプラズマ光が指先にそって動く科学グッズと

お茶犬のドールハウスで、遊び始めました。

カミナリがピカピカ光っているとき、お人形がトイレに行くという設定で

ごっこ遊び(もどき)を始めました。

今日の★くんは、レッスン開始時から、私と目が合うたびに、

顔いっぱいに笑顔を浮かべて、今からすることが楽しみで

たまらないという様子でした。

よほど、前回会った時のユースホステルでの体験が

楽しかったようなのです。

これまで★くんは、一本調子の、ちょっと相手を責めるような口調で話をする癖がありました。

「何か嫌なことが起こりそうで怖いので、先に怒っておく」と言ったらいいような

防御が行き過ぎた身構えた物の言い方です。

それが、今日の★くんは、ちょっとおませな女の子がしなを作って笑顔を振りまくように、

小首をかしげた格好で、何ともいえないかわいらしい笑顔を、何度も何度も、私や両親に向けていました。

 

★くんは、トイレネタが大好きで、お母さんにも「便器を描いて!」とねだることが多いそうで、

お茶犬のドールハウスを取ってきたときも、

遊ぶ前から、人形たちをトイレに行かせる気満々、

私がいっしょにトイレ遊びで盛り上がってくれるだろうという期待でいっぱい……という様子でした。

 

前回までは、お茶犬ドールハウスといえば、

「トイレ、トイレ」と、あわただしくトイレにかけこむストーリーが

延々と続いていたのですが、

今回の★くんは、プラズマプレイトを持ってきてちょっとだけ新しい趣向を取り入れる気らしく、

「カミナリだよ。ひとりでトイレに行ったらねぇ、怖いかもしれないよぉ!」と

怪談話でもするような口調で遊びをスタートしました。

私がマイメロディーの人形をトイレに入れると、

「じゃぁ、ぼくは、階段のぼろう」と、先生だけトイレの話で遊んでてね……とでも言うように、

あんぱんまんやミニーちゃんの人形を2階に上げだしました。

そこで、私が、「私も2階に行きたいわ。上でいっしょに遊ぼ」と言うと、

「いいよ~」と調子がいい返事が返ってきました。

 

これまで★くんは、人形に会話をさせる形で遊びが続いたことはなかったのですが、

「でも、はしごがないから上に上がれない」と言うと、手のひらをエレベーターのようにして降ろしてきて、

「さっ、これに乗って!上に行かせてあげる」と言いました。

その後、はしごを取ってきてかけたり、上の階で遊ぶなどのストーリーが展開しました。

 

広汎性発達障がいの子たちとお人形遊びを楽しむようにしていると、

遊びの幅が広がることはもちろん、ソーシャルスキルを教えたり、

双方向の会話のより自然で豊かなものに変えたりするときも、とても伝えやすいツールになります。

ただ、シルバニアファミリーのお家やシンプルな木製のドールハウスは、

自閉症スペクトラムの子に、白い画用紙を与えたときのような不安を与えることが多いようです。

トイレ、台所、玄関、階段、お風呂……など、具体的な何をすればよいのかわかる

閉ざされた空間があるもので、ひとつは、子どもがこだわっている好きなものが含まれているように

すると、遊びがスタートしやすいように思います。

たとえば、子どもが玄関の靴箱を開け閉めするのが好きなら、

ドールハウスの玄関に、開け閉めできる靴箱(手作りOK)を置きます。

電気をつけたり消したりするのが好きなら、プッシュライトを天井に貼り付けます。

最初は、「もう夜だね。暗いから電気つけよ。パチ。」

「まぶしいまぶしい!電気消してー!電気消してー!パチ」の繰り返しで

遊びは、十分だと思います。

子どもは今の状態をしっかり受容していると、それを踏み台にして

自分から次のステップに進みます。

私のマイメロ人形をトイレに残して、自分の人形たちを2階に上げ出した★くんのように。

 

 

★くん、広汎性発達障がいの多くの子どもたちと同じように

他人の指示に従うのが苦手です。

でも、私の誘う遊びに、これまで面白かった体験からか信頼は寄せてくれているようで、

「★くん、見て!こんなのどう?」というと、気乗りしない様子で、

「それはいいんだよ」と、即座に却下することはよくあるものの、

少しすると★くんが、私の提案に似た遊び方をしてみせて、「見て、見て。面白いよ。奈緒美先生も遊ぼうよ」と

自分発信の案に変えて、こちらを遊びに誘うということがよくありました。

 

私は、こうした広汎性発達障がいの子の対応を、

「いったん、拒否して、受け入れる」態度として大切に扱っていて、

その微妙な差異を調節して、バリエーションを豊かにすることで、

困った行動が減って、お友だちと遊ぶのもずいぶん上手になってくるな、と感じています。

広汎性発達障がいのの子というのは、たいてい新しい展開を嫌がります。

でも、

そこに、いったん拒否することをOKとする受容的なまなざしがあって、

それを周囲にサラッと流してもらっていて、

(広汎性発達障がいのの子は他人の感情の変化に敏感なので、

子どもの拒否におろおろする大人の態度や、「やりなさい」と強制したり、「やったら?」としつこく誘う態度で接すると、

頑なに拒否にしがみつくようになる子が多いです)

自分の気もちを新しい展開にならしていく静かな時間があると、

少し前の提案を受け入れたんだな……とわかる自分発信の提案が返ってくるのです。

 

そうやって、「いったん、拒否して、受け入れる」ことを何度も体験するうちに、

だんだん切り替えがうまくなって、拒否の言葉を口にせずに、

少しの間、首をかしげて考えている態度を取る程度で、

「じゃぁ、する」と取り組めるようにもなってきます。

広汎性発達障がいの子と心と心が通じ合う

人間関係を作っていくことで、「人への信頼感」が、「新しい挑戦への不安」を超えて、

素直に場に自分をゆだねることができるようになってくるのを実感しています。

 

広汎性発達障がいの子がそのように一度パターンとして形を学ぶと、

きちんと指示や提案に従えるようになってくる能力を利用して、

大人が次々と自分のさせたいカリキュラムや指導に子どもを乗せる目的で

大人の望む形に態度を変化させることを続けるとしたら、

一時期はうまくいっていたとしても、最終的には、破綻するように感じています。

 

それは、広汎性発達障がいの子が「いや」を乗り越えて指示に従えているのではなく、

「いや」を感じられないよう、「いや」が言えないように

しつけているだけの場合があるからです。

 

広汎性発達障がいの子が自分の好きなことを自由に繰り返し行うことを認めて、

その子の世界に大人の側が降りていって

いっしょにその子のファンタジーの庭で戯れる時間がたっぷりあってはじめて、

苦手なこちら側の指示に従ったり、提案に乗ったりすることも、

本人の達成感や満足感を満たす行動になっていくのだと思っています。

 

上の写真は、ユースホステルで「エレベーター作りが楽しかった」という★くんと、

教室内でエレベーターということにしたかごを

天井に付けているフックに引っかけて、吊りあげる遊びをしているところです。

←ユースホステルでエレベーター遊びをする★くん。

私はエレベーターの一方の端を椅子に引っ掛けて、その先を車のおもちゃに結びました。

こうすると、車を移動させる力で、エレベーターを上に上げることができるのです。

これを見た★くんは、「ダメだよ。そんなの取って!」と繰り返し、しまいにひもを

工作で使っていたはさみで切ってしまいました。

そうして、しばらく手動で引っぱりあげたり、降ろしたりして遊んでいた★くん。

先ほどまで遊んでいたドールハウス(こうしたシンプルなドールハウスは、取ってもらいたがっただけで遊んでいません)

にひもを引っ掛けて、後ろずさりしながら、

「見て、見て。奈緒美先生。

こうすると、エレベーターがあがるんだよ」と得意満面で言いました。

★くんは、自分で運動の方向が変えられたことがうれしくてたまらない様子で、

引っぱったり、手を緩めたりして、満面の笑顔でした。

 

また、こんなこともありました。

★くんは、お片付けがきらいです。

さあ、「自分で出したものを片付けてね」と言っても、聞こえないふりをして

遊んでいます。

その態度そのものが、「いったん、拒否して」という態度なのですが、

そこで、少しすれば「受け入れるだろう」と捉えつつ、

指示は出しつつも、こちらの要求する態度を★くんの呼吸に合わせていって、

ちょっと気持ちが切り替わるような声かけをして、

外側から、そっと包み込んでこちらが望んでいる活動の流れに乗せるようにしていくと

ちゃんと最初の指示に従って片付けをしはじめるようになってきました。

「えっ? 外側から、そっと包み込んでこちらが望んでいる活動の流れに

乗せるようにしていくってどういうこと?」と感じた方もいらっしゃいますよね。

それは次の記事で説明させていただきますね。

 

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★くんは、いったんひとつの考えにこだわりだすと、なかなか頭を切り替えることができない

ところがあります。

先日も、こんなことがあったそうです。

 

★くんのお父さんが、★くんを幼稚園に送っていく途中、

ちょうど駅の階段を下りかけたところで、突然、「幼稚園、行かない」と言い始めたのだとか。

どんな理由があるのかはわからないけれど、

★くんが「行かない」と構えた物言いになるときは、

無理強いしたり、説得したり、なだめたりすると、火に油を注ぐようなもので、

かえって頑なに「行かない」と言い張るようになります。

 

そこでお父さんは、これまでもだいたい20分もあれば、興奮状態が鎮まってきて、

気持ちを切り替えることができていた……と考えて、

★くんのイライラした表情が少しなごむを待って、

「ふみきりを見に行こうか?」と誘いました。

 

★くんは、ふみきりが上がったり下がったりするところと、

電車の往来を眺めるのが大好きなのです。

その誘いに素直に従った★くんは、ふみきりを見ているうちに優しい表情になっていきました。

 

お父さんが、「ふみきりを見たら、幼稚園に行こう」と誘うと、

★くんは納得した様子で園に向かうことができたそうです。

 

大人の誘いというより、当然の日々の行為である幼稚園に向かうということに、

「いったん、拒否する」をしてみた★くんが、「幼稚園に行く」という行為を受け入れて、

再び幼稚園に向い出したという出来事。

このエピソードからは、終始、無声映画のような静けさが伝わってきます。

 

いったんは拒否してみたものの、

★くんの中には幼稚園に行きたい思いや、行ってあれもこれも楽しかったという記憶があって、

お父さんもそれがわかっていて、

★くんの気持ちが切り替わるのを信頼して待っています。

 

すると、★くんの心は静けさの中で、自分に求められていることを受容する方向に向かっていったのです。

前回の記事のお片付けでは、「★くん、自分で出したものを片付けてね」と言っても、

「ほら、このおもちゃをこの箱に入れて」と言っても、

「イージーチター(楽器)を戸棚にしまってきてね」と言っても、聞く耳持たなかった★くん。

 

けれども、知らんふりしてこちらに背を向けている態度で、「いったん、拒否して」いるのを、そっとしておいて、

それでいて無視したり、あきらめるのではなく、

★くんの周囲の物が、黙って静かに、少しずつ片付けられていき、(少し、オーバーに★くんに見せるように片付けています)

★くんの目にも自分に期待されていることが

身体でわかるような雰囲気を作りました。

 

ひとつひとつの物がかっちりと元の場所に収まっていく様子に惹きつけられていた★くんは、

私が、楽しそうだけど小さなつぶやくような口調で「こうして、こうして入れるのよ」と

おもちゃをひとつひとつ入れながら言うと、

決心したようにイージーチターを手にすると、戸棚に片付けに行きました。

  

★くんが比較的、短い時間で、「片付けはいやだ」という気持ちを克服して、

私の指示に従いだしたのは、

この日私が、「手動のえんぴつけずりを使ってみたい」「えんぴつけずりのけずりかすがどうやって落ちるのか興味がある」

「ベイブレードを自分で回したい」「レストランのメニューを読み取る機械が作りたい」という★くんの思いが

思った通りの形で実現するように、ゆっくり付き合っていたからでもあります。

 

そのように自分の気持ちを十二分に受け止めてもらっていると、

シングルフォーカスに陥って頑なになっていても、

自分の力でそれを乗り越えようとする意志がみえてきます。

 

期待されていることをわかりやすく目に見える形で提示してもらって、

後は静かに待っていてもらうか、少し落ち着いて、別の切り口から声をかけてもらうと、

自分から「する!」という決意を固めるようです。

 

帰り際、★くんは、ヘリコプターの羽根の部分を回しながら、

「奈緒美先生、ヘリコプターが行くよ。

奈緒美先生のところに来たよ」と言いながら、私の近くにあった箱の上に着陸させました。

この言葉は、★くんなりの私への親愛の情の表現のようです。

 

「はい、バナナと牛丼を届けてくれたんですか?ありがとう」と言うと、

「待っててください。また届けます」と言って、ヘリコプターを飛び立たせると、

今度は2台で戻ってきて、「はい、バナナ。はい、牛丼」とニコニコしながら何かを差し出す真似をします。

 

★くんは、こうしたおもちゃを介して会話を継続させていくのがうれしくてたまらないようでした。

 

★くんは、虹色教室で工作をするようになってから、

物のしくみについて説明したり、うまくいかない原因について、ていねいに観察しながら

解説したり、どんなことがしてみたいのか順序立てて表現することなどは

とても上手になっていました。

 

ひとりで一方的にしゃべるのなら、4歳の子とは思えないほど

しっかりした物言いをするようになっていたのです。

しかし、自然な会話のキャッチボールはかなり苦手で、

途中で会話が途切れてしまうことがほとんどでした。

 

が、今回は、ごっこ遊びを通して、会話のキャッチボールを自分から望んでくる

★くんの姿があって、とてもうれしく感じました。

 

 

 

 

 


表に整理すること と 規則を見つけだすこと (科学クラブのレッスンで)

2012-02-19 17:25:03 | 算数

小学2、3年生の科学クラブのレッスンで。

メンバーのひとりの☆ちゃんが、「お家でしたけれどわからなかった」という問題を

持ってきてくれました。

小学2年生用の問題集(『スーパーエリート問題集』)に載っているものだとはいえ、

東京学芸大附世田谷中の入試に出た過去問でなかなか難しい規則性の問題でした。

ちょうど科学クラブの子たちは、実験のデーターを表に整理することや、

表から規則的なルールを読みとることを大切にレッスンをしていますから、

実験後の学習タイムに

みんなで取り組んでみることにしました。

まず、大きな紙に図を描きなおして、

並んでいる奇数に番号を打ちました。

 

それぞれの番号にある数を書き込んでから、

どのように数が変化しているのか、

その数を求めるためにはどんな式を作ればいいのか

アイデアを出し合いました。

科学クラブの子らはどの子もこうしたルールを見つけだすのが

とても得意なので、「できるからやらせて!」「ぼくがやりたい!」「わたしが!」と

難なく書き込んでいました。

が、わたしがいじわるにいきなり、「それなら、100番目はどう?」と

たずねると、1+2×(100-1)のところを、1+2×(101-1)と

間違えていました。数が大きくなるというだけで、

何となくこんがらがりますね。

その後、1列目、2列目、3列目それぞれの一番最初の数に

つけた番号を調べて、その番号の求め方の規則についても考えました。

↑ ■くんは、30列目の1番最初の数についている番号を

当てることができてうれしそうでした。

答えは、1+2+3+4+5………+29+1

で求まります。

プログラムロボットで遊んでいます。(左端の円柱形のおもちゃです)

一度壊れてから、子どもたちが

線をつなぎなおしているので、元の形と異なります。

ロボットで紙コップを倒すコースを作っていたのですが、

良い写真が残っていません。

■くんがブロックで作ったゲームで■くんと☆ちゃんが遊んでいたのですが、

「ルール違反をした」とか「こんな小さなスペースで試合の仕様がない」とか

「そんなルール聞いていない」とか「サッカーでの罰則は、

このゲームでもあたり前に守るべき」とかでひと揉め。

 

そこへ●くんが、「何揉めてるの?」と仲裁に入り、

どうすれば解決するかいっしょに考えてあげていました。

ルールをもう一度確認しあい、ゲームのサイズを大きく作りなおして

一件落着です。

 


やる気まんまんカセット   (学習面で気がかりがある子たちのレッスン) 

2012-02-18 13:24:23 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

前回の続きは明日にでも書きますね。

(前々回の記事で、過去記事をコピーした部分が2重になっていたようです。お見苦しくて申し訳ありません)

 

学習面で気がかりなところがある子たちのレッスンでの出来事です。

病院で広汎性発達障がいの疑いを指摘されている小学1年生の●ちゃん。

多動があって衝動性が激しいので、

前回までのレッスンでは、他の子らが工作をしたり、ゲームをしたりしている間も、

幼児向けのショッピングカートを引っぱりまわしたり、あちこちのものをひっくり返したり、

大きな声で騒ぎまくったりしていました。

勉強面では、頭の回転はいい子なのに、

問題文を落ち着いて読むことができないために、

実力を発揮できずにいました。

 

気が長くていつも温和な●ちゃんのお母さんも

四六時中、めまぐるしく動き回っては、かんしゃくを爆発させてわめきちらす●ちゃんの世話に

ほとほと疲れ果てておられるようでした。

 

それが今回 教室に来た●ちゃんは

いつもより落ち着いた表情をしていました。

 

グループのみんなで『お買いものゲーム』をした後で、

それぞれの子が教室でやりたいことを口々に言いあいました。

「工作したい~」と「わたしも工作~」とお友だちの★ちゃん、☆ちゃん。

 

でも●ちゃんは、「工作なんかいやだ~おもしろくないよ。そんなの」と言っていました。

「●ちゃんは何がしたいの?自分がしたいことを考えればいいのよ。

★ちゃんも☆ちゃんも、●ちゃんも自分たちと同じように工作しないとダメだよなんて言わないでしょ?」

とわたしが言うと、「ごっこ遊びがしたい」と答えた●ちゃんは、

「ね~お店ごっこしようよ」と★ちゃんたちに声をかけていました。

 

でも、★ちゃんは、「わたしは本が作りたいの。たくさん図鑑を作りたいから、

先生、色画用紙と切ってもいい本を用意して」

ときっぱり言い切り、

☆ちゃんは、「本の作り方ならわたし知ってるから。折る方法教えてあげる。

わたしも画用紙をちょうだい」と言って、

工作をはじめました。

 

普段の●ちゃんなら、みんなと同じことをするのは嫌だけれど、

自分だけみんなと違うことをするのも嫌だと言って、

大騒ぎしたりおもちゃをどんどん散らかしたりして、他の子らの注意を引きつけようと

していたはずです。

 

でも今日の●ちゃんは、ちょっと静かに考え込んでいて、

「じゃあ、わたしはお雛様作るわ」と言いました。

 

「●ちゃん、今日はとても落ち着いてるね。ワーワー騒ぎたくなった時も

ぐっと抑えて我慢できていたね。すごいすごい」と褒めると、

照れたように笑っていました。

 

「どんなお雛様にしたいの?」とたずねると、

「大きくいやつ。それから、お内裏様は、お雛様よりもっと

大きのよ、だって男だから」と言いました。

●ちゃんはわたしが提案したお雛様の作り方が

とても気に入っていました。髪の毛をつけた後で、「散髪!」と言いながら

髪を切りそろえたり、「パーマ」と言いながらえんぴつで髪の部分をくるくると

巻くのを楽しんでいました。

 

これまでひとつのことにじっくり取り組むのが難しかった●ちゃんですが、

お雛様を作り終えるとお内裏様も作りました。

 

その上、☆ちゃんが「わたしも●ちゃんみたいにお雛様が作りたい」と言いだすと、

「わたしももう一回、お雛様とお内裏様を作る!」と言いました。

 

それから「さっき作ったお雛様とお内裏様は、

おばあちゃんとおじいちゃんになったことにするの。

今度作るやつは、その子どもの子どものお雛様とお内裏様ってことにするのよ。

着物の作り方、もうわかってるから、教えてあげよっか?」

と☆ちゃんに話しかけていました。

 

わたしは●ちゃんはえらくはりきっているものの、

そろそろがんばりの限界が来ているのではないかとも思っていました。

 

ですから、「●ちゃん、すごいね。今日はがんばっているね。ちょっとやってみて、もう飽きた、ポイッとか

しないもんね。もう一回お雛様作りたいの?すごいな~。

だったら、そのもう一回作るよ~って元気パワーを、カセットに吹き込んでよ。

教室にね、いやだいやだ、工作するのもめんどくさい~勉強するのもめんどくさい~

歩くのも遊ぶのも寝るのもめんどくさい~って子がいるのよ、いっぱい。

そういう子らが、カセットを聞いたら、元気が出て、がんばってやってみようかなって思えるような

言葉を吹きこんでほしいのよ」と言いました。

これには●ちゃん大乗り気。「そんなにめんどくさくって、あれもこれもやりたくない人って何人くらいいるの?

どうせ男の子でしょ!」と言ってゲラゲラ笑いながら、カセットに

お友だちといっしょに「元気まんまん~がんばるぞ~勉強も工作もがんばるぞ~!」

と吹きこんでいました。

それから、「先生、わたしの作ったお雛様とお内裏様を家に持って帰ってもいい?」とたずね、

「いいわよ、もちろん」と答えると、

また少しすると、「先生、わたしの作ったお雛様とお内裏様を家に持って帰ってもいい?」「本当の本当に持って帰っていいの?」と念を押していました。

 

わたしはこれまで

よほどの理由がない限り(大型段ボール作品など)

作った工作を持って帰ってはいけないと言ったことが一度もないので、面白いことをたずねるなぁと思いながら、

その度に、「いいわよ。もちろん、●ちゃんが作ったすばらし作品じゃない!」と答えていました。

 

が、五度目か六度目に、「先生、わたしの作ったお雛様とお内裏様を家に持って帰ってもいい?」とたずねた

●ちゃんが、「だって、わたしいつも工作をちゃんと作らなかったから、

一度も作品を持って帰ったことがないんだもん。はじめて、自分の工作を持って帰るんだもん」と

大事そうにかばんに入れたお雛様を撫でながら言い足したのを聞いて、

●ちゃんが自分が最後まで工作に取り組めたことを心底誇らしく感じていたことがわかりました。

 

 

工作後、算数の学習テーマは、水のかさと線分図でした。

 

 

『う』は『い』のいくつぶんですか

 

という問題。

●ちゃんは、終始、落ち着いていて集中して問題に取り組んでいました。

折り紙を折って確かめる教具を作るときも

がんばっていました。

お友だちに余った折り紙を渡す際にふざけて投げそうになりましたが、

「●ちゃん、今日、がんばってたよね」と小声で言うと、おふざけをやめて

静かに作業に戻っていました。

 

 

線分を描いて、□を当てる問題も

きちんと正解し、自分でも新たに問題を作っていました。

 

帰り際に、●ちゃんのまじめなレッスン態度を●ちゃんのお母さんに伝えると、

前回のレッスンで「もう少し生活体験を」と伝えたわたしの言葉を受けて、

毎日お料理に挑戦していたそうです。

●ちゃんのお母さんは毎日毎日、お料理の手伝いをするうちに、

●ちゃんの多動が次第におさまって、集中して物事に取りくめるようになってきているのを

実感していたそうです。

この1ヶ月、叱る回数も激減していたそうです。

 

 


広汎性発達障がいと診断されたり、広汎性発達障がいの疑いを指摘されたら 19

2012-02-18 06:52:06 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

話が脱線していてすいません。

(広汎性発達障がいと診断されたり、広汎性発達障がいの疑いを指摘されたら 17)のなかで、

次のようなことを書きました。

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でもそんな★くんのできることが外からは見当もつかないような期間にも

わたしは★くんにふたつの素質が潜在していることを感じていました。

ひとつは工学に関わるような素質で、機械の仕組みに興味を持って、原理を理解する能力です。

またもうひとつは、映画や劇を創作したり、物語を生み出したりする力です。

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わたしが「この子はこういう素質を持っているから、こういう環境をととのえて、

こういう働きかけを増やしていった方がいい」と判断するのは、

分析したり、比べたりする対象もないまま

適当にそんなことを閃いて決めつけているわけではありません。

 

「外からは全く目に見えないし、想像もつかないようなレベルの

子どもに潜在する兆候」を感じとるというと、何も判断する材料がないまま

まるで占い師のように先を予測しているようにも見えるかもしれません。

 

でも実際には、これまでわたしが子どもと関わる体験のなかで磨いてきた

非常に微細なものや特殊なものまで測れるような自分のなかにある「ものさし」のようなものがあって、

「この子はこういう素質があるのかな?」と思う時には、何十、何百の自分なりの「ものさし」をあてて

得たデーターをもとに推理しているのです。

また、発達障がいの子はひとりひとり特性が異なるので、

その子独自の新しい「ものさし」をあらゆる場面で作っていって、

そこでの成長の伸びや広がりを確かめてもいるのです。

 

もちろん、将来のことは絶対ではありません。

ただ可能性のひとつであるだけです。

子どもの素質について推理するのは、子どもの伸びそうな資質にフォーカスして働きかけることで、

全体の能力を底上げする目的でするのであって、

夢を抱いて現実逃避をするためでも、予言でもするように言い当てることに価値を置くわけでも

ないのです。

 

自分なりの「ものさし」とはどういうものか少し説明させてくださいね。

たとえば、発達障がいの有無を診断する材料のひとつに受けるテストや

IQを調べる知能テストというのは、

それぞれの子のそれぞれの分野の得意不得意を判断するための

大まかなものさしの役目を果たしますよね。

 

でもある分野のある数値が全く同じである子がいたとしても、

同じ内容をもう少し微細で複雑なものが測れるものさしをあてて測りなおせば

同じとは言い難い結果が出るのです。

プリント形式のテストだとほとんど正解できなくても、

思いついたことを自由に発言するような場面ではできる子とか、

ブロックのように手で操作できるものでは高い能力をしめすという子がいます。

サリーとアンの課題のようなものも、テストそのものはできなくても、

そうした話題にしつこいほどの強い興味を抱く子と、

お話が展開しているということすら気づいていない子とでは

同じ数値(ふたりとも×とか0点)で表すことができないほどの大きな開きがあるはずなのです。

 

現代の能力差だけでなく、先の可能性ともなると、

意欲や柔軟性や他人の模倣がどれくらいできるかや

他人をどれくらい受け入れているかのちがいによって

雲泥の差がでてくるのです。

 

次の記事では、わたしが★くんのどのような特徴から

「こういう素質がありそうだ」と判断していたのか

非常に微妙で言葉にするのが難しい内容なのですが、

書かせていただきますね。

 

 


チョキチョキ 切るのが楽しい時期に  紙皿で作るパズル

2012-02-17 17:00:58 | 幼児教育の基本

チョキチョキとはさみを使うのが楽しくてたまらない時期の子たちと

紙皿でパズル作り。

 

紙皿に絵を描いて、好きなように切ります。

子どものリクエストに応えて絵を描いてあえて、

子どもが切る役をするのを楽しいです。


広汎性発達障がいと診断されたり、広汎性発達障がいの疑いを指摘されたら 18

2012-02-17 09:44:24 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

コメントで次のような質問をいただいています。

はじめまして。なおみせんせいのブログに最近偶然出会って以来、毎日読ませて頂いております。小学校受験、子育て、子供との向き合い方などのことで、色々迷いなどもがありましたが、とても参考になりましたし、深く深く感銘して、日々の接し方も大きく変わりました。ありがとうございました。オンライン教室というのは、決まった期間いつでも何回でもみられるのですか?また、是非、一度、お教室にも子供たちを連れて行きたい、と強く思いました。そのような機会を作って頂くにはどうしたら良いのか教えて下さい。

 

お問い合わせいただきありがとうございます。オンライン教材は、何回でも見ていただけるものです。

大変申し訳ありませんが、

教室のレッスンはかなり先まで予約でいっぱいなため、新規の方のレッスンのご予約はお受けしていないのです。

 

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★くんの話の続きを書く前にちょっと脱線させてくださいね。

 

 

『RDI 対人関係発達指導法』 には、

「ワシントン大学の研究で、

1歳の誕生パーティーを撮ったホームビデオのごく短い場面を分析するだけで、

90%を超える正確さで

自閉症の子どもを見分けることができることをしめした」とあります。

 

そんな幼い子の何を分析するのかというと、

経験共有の有無、

つまり自閉症の可能性の低い一般的な赤ちゃんは、

新しい物を目にしたときに

視線を親に移して、また物を見て、ふたたびよく見慣れた親をちらっと見て、また物を見て、ふたたび親の方を

眺めるということです。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

乳児は大人を参照にして、そのモノに対して取るべき情緒的反応を知り(コレ、コワクナイ?)、

そのモノの意味を理解し(コレ、ダイジ?)、

この発見からもっとも多くを得るためにはどのように関わればよいか

知ろうとする(コレ、ナンデスルノ?)。

だが、それだけではない。何か新しいモノに出会ったとき、乳児が親に

視線を移すのは、もうひとつ理由がある。

子どもが、親が自分と同じように興奮したり感嘆したりしている様子を見ることで、

発見したものについての

自分の興奮をさらに高めようとしているのである。

 

                  引用(『RDI 対人関係発達指導法』 スティーブン 

                 E.ガットステイン  クリエイツ かもがわ p87) 

 

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虹色教室に1~3歳の子を連れてはじめていらっしゃる親御さんのなかには、

子どもの知能を高めることやかわいらしい動作を写真におさめることには関心があるけれど、

子ども自身と情緒的なつながりを持つことに

極端なほど無関心な方がけっこういます。

 

1、2歳の子が、2時間のレッスンの間、

次から次へとおもちゃに関心をしめすものの、

お母さんが注意を促す怖い声などを出さない限り、一瞬たりとお母さんの方を

振り返ろうとしない、といったことはめずらしくないのです。

 

そうした子のなかには、先天性の深刻な問題を抱えていることを

感じさせる子もいるし、

親御さんが接し方を改めれば、気がかりなこと(言葉の遅れや多動など)は

激減するだろうと思われる子もいます。

 

わたしが、「子ども自体の問題は大きくなくて、親御さんが接し方を改める必要がある」と

判断する子たちは、

いっしょに来ているお母さんの顔はほとんど見ようとしないし、

お母さんの視線を避ける仕草を

するものの、わたしが何かを指さして注意を誘うと、そちらを見るし、

いっしょに遊びながらふざけたり、あやしたりすると、いたずらっぽい目つきでこちらを見て、

笑い声をあげたり、

その後も何かしようとするたびに、わたしの反応をうかがうようにチラチラこちらに視線を投げてくるように

なる子たちです。

そうした子らは、「子ども自体の問題は小さい」ことは確かだと思うのですが、

親御さんの抱えている問題は、

複雑で大きい場合がよくあります。

産後の鬱状態からまだ完全に回復していないとか、

親御さん自体が親から虐待を受けて育った傷が癒えておらず、

子育てに強い不安を抱いているとか、

早期教育の情報に洗脳され過ぎて、子どもが見えなくなっているなどです。

 

以前、教室にいらした2歳の女の子の親御さんに、

「子どもさんが、常にお母さんの視線をいつも避けて緊張した状態にありますから、

今は、早期教育の実践法を学ぶよりも

まず子どもとリラックスして遊べるようになることを

課題にしましょう」と提案したところ、

「どうしても、ちょっとの間も子どもの相手をするのが耐えられないのです。

でも、教材を見せていくとか、知育玩具で遊ばせるような目的があれば、

何とか子どもと過ごす時間を我慢することができるんじゃないかと思っているんです」

というお返事が返ってきて、とまどったことがあります。

その方は、「3歳までに知的なインプットをたくさんしておかなければ、

一生知恵が遅れた子になる」という情報を鵜呑みにしていて、

強い育児不安に囚われていました。

その女の子は表情が乏しく、お母さんをお母さんと認識していないような態度が気になりましたが、

わたしが関わって遊び出すと、かわいらしい笑顔が出て、こちらを遊びに誘う仕草も

するようになっていました。

 

この女の子は、お母さんとの愛着の問題を抱えているのかもしれないけれど、

「モノの世界での新しい経験を大人と分かちあったり、自分から積極的に働きかけて、

自分の発見を大人に注目させることができる」という共同注意という

他の人との視線の共有はできているという点は安心でした。

 

親子関係の希薄さの原因が、

親御さんの育て方にあるのではなく、

子ども自体が先天的に持っているハンディーによる可能性が高いとき、

誰がどのように接しても、この共同注意につながらないことがあります。

 

『RDI 対人関係発達指導法』にも次のような一文があります。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ピーター・マンディーの研究グループによると、「共同注意をはじめることができない」という兆候だけで、

自閉症の幼い子どもの80%~90%を、自閉症以外の発達上の遅れがある子どもから

見分けることができるという。

                 引用(『RDI 対人関係発達指導法』 スティーブン 

                 E.ガットステイン  クリエイツ かもがわ p88,89)

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前回までの記事で紹介している★くんも、「共同注意をはじめることができない」という

問題をずっと抱えていました。

★くんが3歳後半の頃、共同注意を促すためにしていた工夫を過去記事から紹介します。

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2つの病院で、高機能自閉症、広汎性発達障害の診断を受けている3歳後半の★くんのレッスンでの話です。
★くんとは、これまでグループでするレッスンに何度か来てもらったことがあります。
人への興味が薄く、他人との関わり方がわからないため、
3歳くらいの男の子が好みそうなミニカーや電車での遊びも
友だちや私といっしょに遊ぶことは困難でした。
面白そうな遊びに
呼んでも来ないか、相手を見ずにいきなりおもちゃを奪い取るような乱暴に関わる姿が目立ちました。
そこで、段ボールで壁を作って、お店の窓やビー球をやりとりする穴を
作って、直接人と変わらなくても
遊びが成り立つようにすると、
友だちといっしょに遊ぶことができました。

そうした小さな成功体験は、次の成長の新しい芽になります。

今回は、少し年下の子1人といっしょのレッスンでした。
★くんは、その子も私のことにも頓着しない様子で
ままごとのコーナーに向かいました。
無関心そうに見えても、★くんの中に、こちらに対する興味や親しみが芽ばえてきているのを感じました。
私が面白そうな遊びをしてみせるたびに、
ほんの一瞬、チラッとこちらを見る程度の変化でしたが……。

その後、線路のおもちゃを出してひとりで遊びはじめた★くんは、
丸く線路をつなぎたかったのに、レールが1本足りないことに困惑していました。
「どうしてないの!」と訴えつつ、別のもので代用しようとしてみたものの
気に入らず、「ないない~」と、おもちゃの入っているいくつかの引き出しをかきまわしていきました。
私もそのレール探しに参加して、「ないね~」とやっていると、
以前は私の顔を見ようとしなかった★くんが、
時折り、言葉を発する私の顔をチラッと確認しています。
最後に、意外なところからレールが見つかって、「やったね~よかったね~」と喜び合うと、私の表情を見上げる★くんの顔いっぱいに笑顔が広がっていました。

★くんは、これまで、他の人と視線を共有する「共同注視」ができませんでした。それ以前に、相手の目や表情を見るということもほとんどなかったのです。

それが、ほんの1瞬とはいえ、私の表情を自分から確認するようになったのですから、
次に「共同注視」をうながす遊びができないかな~という期待が膨らみました。

サイコロを転がしはじめた★くんの横で、私もサイコロ代わりに穴のあいた積み木を転がしました。
「あっ、★くんが5!先生は1だ。ざんね~ん」
「あっ、★くん6だね。先生、また1だ。ざんね~ん」とオーバーに残念がっていると、数の多い少ないが少しわかっている★くんは、
私の表情を見て、私の視線の先のサイコロを見て、ふたたび私の表情を見て
キャッキャッと笑うということを繰り返しました。
私が転がすサイコロ(積み木)がいつも1しか出ないことは、
★くんをとても安心させ、楽しい気持ちにさせたようです。
でも、「どうして、1しかでないのかな?」とたずねると、
「わかんない~」と首をかしげていました。
★くんは、数はわかるし、数の大小もわかるけれど、こうした意味を問う問題はとても苦手なのです。

広汎性発達障がいの子たちに、「ごめんなさいって言いなさい」「勝手に取っちゃだめ。」「ありがとうは?」「お友だちに入れて~って言ってごらん」など言葉でコミュニケーションする方法を教える方は多いです。
けれども、
非言語の世界の
「場の雰囲気を読み、それにふさわしい行動をとったり、
相手の気持ちを察して、相手を良い気持にさせたりする」といったやりとりは、教えにくい上、こうした子たちは教えてもわからないと
捉えられている場合がよくあります。

けれども、
友だちに親愛の気持ちを行為であらわしたり、
遊びや仕事で協力したり、
視線や身ぶりで気持ちを伝えたり、
他人と歩調を合わせたりといった
広汎性発達障害の子たちが苦手な非言語の世界のやりとりは、

ひとつひとつ成功体験を積むことで、
少しずつですが、身についてくることでもあります。
私は子どもたちの姿を観察しながら、
広汎性発達障害の子たちであっても、
3人くらいまでの少人数のグループで
良い体験を積むことで、
お友だちと程良い関係が築けるようになってくるなと感じています。

それには、療育の場で、友だちと過させるというだけでは足りなくて、
いくつかの具体的なステップが必要だと感じています。

その一番最初のきっかけとなるのが、
ひとりの人に対する好感とか、愛着とか、興味を持つことです。

私は子どもとの間にそうした親しい心の結びつきを作るために、
出会ってからしばらくは積極的に誘ったり、
何かさせようとしたりしないようにしています。
子どもがこちらに心を許すより先に、
子どもをこちらの思うようにコントロールしようとすると、
それだけで、その先ずっと心を閉ざしてしまう場合もあるからです。
広汎性発達障害の子たちは、こうした他人の態度をとても怖れます。

(ケースバイケースで、場合によっては、強行手段に出ることもあります。子どもによって必要は異なります)

そうして、誘わない代わりに、その子にとって魅力的な遊びや行動を
いろいろします。
どういう遊びがその子にとって魅力的かは、
また次の機会にくわしく書きますが、
たいていの場合、親御さんはその子が嫌がる遊びをして、
「この子はブロックをさせようとしても、~しても遊びません」と言ったりします。

広汎性発達障がいの子たちは、他人であるわたしの反応が
「わかりやすい」と、私に興味をしるします。
次が予測しやすい人が安心できて好きなのです。

その子がサイコロを振れば、私もサイコロを振るとか、
私が、「そのおもちゃちょうだい」と手を差し出して、もらってから、

「あ~げ~る」とオーバーに返すといったことを繰り返すなどです。

そうして、子どもが安心して私とやりとりするようになると、
少しずつ私の行動が私として意味を持っていること、意図があることを
感じさせる行動を増やしていきます。
また、私が見ているものを、子どもも見て面白いと感じるような
場面を作っていきます。共同注視を誘うように遊ぶのです。

広汎性発達障害の子たちは、それぞれの子が
その子固有のこだわりを持っていることがよくあります。
そうしたこだわりをやめさせたい、減らしたいと考えている親御さんは
多くて、
子どもがひとつのことに熱中しはじめると、
他のことをやらせようとしたり無視したりしがちです。
でも、そこで、こだわりを助長するのでは‥‥‥という不安をいったん脇において、本人が楽しいと感じていることに、こちらも参加してみると、
それが子どもの世界を広げるきっかけとなることが
よくあります。

特に、大人がやめさせたいと思うようなこと‥‥‥
パンパン机をたたくくせや、
紙をやぶったり、ドアを繰り返し開け閉めしたり、輪ゴムを引っ張っり続けたり、
かなり大きいのにベビー向けのおもちゃで遊びたがったり、
大量のビーズを糊の中に放り込んだり‥‥‥
といったことを、ユーモアを交えて、こちらも楽しそうにやってみせるのです。(危険がないように注意)

そうして、真似ると向こうもやって、向こうがすればこちらもするという具合に
順番にするようになっていき、
次第に、「相手は次にどうするかしら?」といった期待や、思った通りでゲラゲラ笑いだすと、こちらもいっしょに期待する表情や、笑いを重ねます。
すると、子どもの側に、
ああ、他人と呼吸を合わせるってこんな感じなんだな、というコツがつかめてくるのです。
同じ場面で、いっしょに笑ったり、同じことをいっしょにする
楽しさに少しだけ気づきます。

広汎性発達障がいの子たちは、他の人がすることを見て真似るのが苦手です。
集団で過ごしているとき、お手本を見せて、
他の子たちが私の方に注目して真似ていても、
ひとりだけ自分のしたいことをしていることがよくあります。

障害特性ゆえ‥‥‥といえば、そうなのですが、
『他人のすることを見て真似る』という体験自体をしたことがなくて、
真似るってどいうことなのかわかっていない面もあります。
ですから、ごく簡単なことでも、真似るパターンを学んでいくと、
「お友だちのしているのをよく見てちょうだい。どうやってすればいいかわかるでしょ」と言うだけで、さっと態度を正せるようになってくることがあるのです。

そうした真似る体験をさせるのにも、
まず1対1で、広汎性発達障害の子のこだわりの世界に
大人の側が近づいていくというのが役に立つのです。
まず、本人の大好きな世界にこちらが共感をしめすことで、
子どもは、誰かといっしょに楽しむという体験をします。
まず大人が子どもの真似をします。
すると、自分の真似なので、子どもは興味を持つのですが、
それを見て、自分もやってみることを繰り返していると、
相手の手本を見て真似るという形に移行していくことがよくあるのです。



写真は、★くんと私の共同作品のカメラです。
この日、私が、ティッシュ箱に穴を開けていくと、★くんはチラッとこちらを見て、知らんふりでした。

が、その後で、私がサイコロを振る遊びや引き出しをかき回す「ないない」につきあって、★くんの真似をし、いっしょに笑いあうことをしたところ、

★くんは自分からこの箱を手にして、穴に目をあてて、カメラに見立てているような素振りをしました。
そこで、「カメラを作ろうか?」といってキラキラする折り紙をセロハンテープを用意すると、積極的に制作に参加しました。
★くんは、これまで工作の誘いにほとんど乗ったことがなかったのですが、
その様子からは、「他人といっしょに何かする」ことを
自分から求めているように見えました。

それから、うれしそうにポーズ。私の写真を撮ってくれています。

 


3歳児の世界の広がり

2012-02-16 17:05:03 | 通常レッスン

3歳5ヶ月と3歳6カ月の☆ちゃんと○ちゃんのレッスンの様子です。

写真は工場のベルトコンベアーに乗せるための

製品作りの様子です。

大豆を10個数えて小さな容器に入れています。

3歳の子らは自分を取り巻く世界の意味に強い関心をしめします。

また数に敏感になる時期なので、

数を手で触れて実感できる遊びを喜びます。

ごっこ遊びの世界も、仕事の流れを再現した設定や、

物事と物事のつながりを意識できるような設定を取り入れると喜びます。

そうして遊んでいると、5歳を過ぎる頃には、宇宙や世界の国々のような

図鑑や想像でしか触れることができないものも

遊びのなかに取り入れるようになってきます。

 

この日の☆ちゃんと○ちゃんは、

工場で作った製品を小さな段ボールに詰めて

宅配で送ることにして、

『地理と郵便の箱』を開けて遊びました。

 

荷物といっしょに送るカードに

お手紙も書いていました。

 

 

お人形たちの服作りをした後で、おふとんとまくらも作りました。

布をとめるとき、洗濯バサミやクリップを使うとうまくいくことを覚えて、

布で帽子やうさぎのマントも作っていました。

 

 

○ちゃんがお人形のまくらを作るのを見て、

☆ちゃんも作りたがりました。

○ちゃんのお人形のまくらはティッシュペーパーを4つ折りにして布で包んで

作ったのです。

☆ちゃんにティッシュペーパーを渡すと、

「ハムスターさんたちがみんな寝られるように、こうやってする」と言いながら、

下の写真のように細く折ったのにはびっくり!

☆ちゃん、日頃からお家で工作をしているので、

問題解決能力がとても高い子です。

 

☆ちゃんも○ちゃんも

今日はじめて会ったのですが、たちまち打ち解けて、

帰り際には、「こうして遊ぼうよ」「~しようよ」とニコニコしながら相談するほど

仲良しになっていました。

 


広汎性発達障がいと診断されたり、広汎性発達障がいの疑いを指摘されたら 17

2012-02-16 13:13:10 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

マリンさんの質問へのお返事は、近いうちに記事のなかで書きますね。

 

広汎性発達障がいの子の好奇心を育んだり、

子どもの対象への関心の持ち方を分かち合ったりする際、

「外からは全く目に見えないし、想像もつかないようなレベルの

子どもに潜在する兆候」を感じとることも、大事だと思っています。

 

それを親御さんに求めるのは酷なのですが、

この記事は子どもに接する職業に就いておられる方も読んでいるでしょうし、

わたしがどのように子どもたちと接しているかを説明する上で避けて通れないので

書かせてくださいね。

 

上の写真は広汎性発達障がいの診断を受けている年中さんの★くんが描いてくれたものです。

「奈緒美先生と、キリスト病院の看護婦さんと、洗濯機」なのだそうです。

昨年まで★くんとわたしの遊びは

積んだブロックをがグラグラさせて、崩すことが主でした。

 

といってもその前の年までは、自閉傾向がとても強くて、

人の目を見ることもほとんどありませんし、誰かが近づこうとするだけで

激しいパニックを起こしていたので遊び自体が成り立たなかったことを思うと、

それでもわたしを(ブロックをグラグラする際の)遊び仲間として認めてくれるようになっただけ

進歩と言えるものでした。

 

その「ブロックのグラグラ遊び」が、

次第に「ドールハウスの横でのグラグラ地震遊び」や「カミナリと人形が逃げる遊び」に変化して、

それが「ドールハウスの階段を作って登って、グラグラして怖い怖いという遊び」に変化して、

それが警察やヘリコプターの救助隊が登場するごっこ遊び

(「たすけて~!」とヘリを呼ぶあたりが、グラグラ遊びのなごり)に変化して、

人形を使って、お話を考えながら、問題が起こると工作や積み木で解決する遊びに変化してきました。

 

★くんの遊びが長い間、積んだブロックをグラグラさせて崩すだけだったのは、

広汎性発達障がいの子の特徴である

想像力の弱さに原因があるようでした。

4歳の頃の★くんは、1歳前半の子が喜ぶような遊び方にこだわって

しつこくそればかりやりたがり、話しかけても聞こうともしなければ、遊びの手本を見せても

見ようとしないだけでなく、

「しちゃだめ~」とかんしゃくを起こして、

こちらの手元にあるものをぐちゃぐちゃにかきまぜてしまうところがありました。

 

でもそんな★くんのできることが外からは見当もつかないような期間にも

わたしは★くんにふたつの素質が潜在していることを感じていました。

ひとつは工学に関わるような素質で、機械の仕組みに興味を持って、原理を理解する能力です。

またもうひとつは、映画や劇を創作したり、物語を生み出したりする力です。

そうしたことを★くんのお母さんに伝えても、最初はピンとこなかったようです。

 

でも、今回、レッスンに見えたお母さんがひどくびっくりした様子で、

カメラのなかに収めている映像を見せて、

「ムーミンのドールハウスを購入したところ、

今まではそうしたおもちゃは何でもぐちゃぐちゃにしておしまいだったのに、

いきなり自分ひとりで完璧に組み立ててしまったんです。おまけに横にテーブルまできちんとセッティングして

自分でこしらえたストーリーで遊びはじめたんです。

これまでずっと本当にめちゃくちゃに遊ぶだけだったんです。でもいきなりこんな難しいおもちゃを

組み立ててしまうなんて!」と言いました。

また「とてもびっくりすることがありました。

いきなり自分でお話を3つも作ったんです」と、いっしょにいらしていた親戚の方と

信じられないという様子で顔を見合わせながら、

そんな報告もしてくださいました。

絵もこれまでは顔から手足が出ていたのですが、胴体も

描かれるようになっていました。

 

次回に続きます。

↑年下の子といっしょにマラカスを作る★くん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


広汎性発達障がいと診断されたり、広汎性発達障がいの疑いを指摘されたら 16

2012-02-15 15:07:31 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

↑ 二年生の子どもたち、鍾乳洞を制作中。

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前にも書いたことがあるのですが、

わたしが自閉症の子たちといっしょに遊びや物作りをする時には、

小林隆二先生が『関係発達臨床』で書いておられる

「関係発達支援の基本」をベースにしています。

 

「関係発達支援の基本」として挙げられる6つは、

ひとつひとつが非常に大切なことですが、療育の場や家庭で

実践されるのは難しい印象もあります。

 

関係発達支援という方法に賛同できない方はもちろんのこと、

たとえ共感していたとしても、

やってみたくてもどうすればいいのか

漠然としすぎてわからないという方が多いかもしれません。

 

というのも、わたしはこれまで

広汎性発達障がいの子を育てている親御さんに、そのひとつひとつについて

易しい言葉に言いなおしたり、実際やってみせたりして、

何度も何度も説明を試みてきたのですが、

わかっていただくのは、子どもに明らかな変化が現れ出した後や

何ヶ月もの期間を経て、親御さんがその言葉が意味することを身体で実感した後なのです。

それも、6つのうちのたったひとつのことを理解していただくのに、

それくらい困難が伴うのです。

 

でも、そのうちのたったひとつでも、

親御さんがしっかりと意味を把握し、

子どもへの対応に生かせるようになると、対人交流が困難な自閉傾向が強い子ほど

驚くほどの効果が現れることがあります。

 

何でも、即戦力が求められる時代です。マニュアルさえ覚えれば、技術はなくても

人に教えることができるし、そのように

「即座に誰でも実践できるようにならない教授法」は

やっても意味がないと考える方までいます。

 

でも、「自転車に乗る」とか「けん玉をする」といった誰でもできるようなイメージのものも、

初めて取り組む時には、一定の練習期間がいりますし、

何度もくじけそうになるような失敗をするものですし、

そうして身体でコツをつかむことが必要なのです。

 

対人関係に困難さを持つ子への接し方を習得するのは、

「自転車に乗る」とか「けん玉をする」といった技能をマスターするより

難しいか、時間がかかるかというと、

そんなことはありません。

 

でも、試してみたら即座に成功して、魔法のような効果が現れるほど

簡単でもありません。

 

子どもと真摯に向き合いながら、少しずつ関係を微調節していく強い意志と根気を

必要としています。

 

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「関係発達支援の基本」

 

1 関係欲求をめぐるアンビバレンスに基づく悪循環を断ち切ること

 

2 関係欲求を引き出し、受け止めること

 

3 彼らの好奇心を育むこと

 

4 子どもの対象への関心の持ち方を分かち合うこと

(私たちが認知する世界と、自閉症の子どもが捉える世界がいかに異なった様相を

呈しているか、彼らの心を動かすのはどのようなものか、彼らの視点に立って感じとることが大切)

 

5 子どもの対象世界を映し返すこと

(彼らの心の世界を私たちのことば文化で映しだすという営み)

 

6 快の情動興奮を分かち合い、高め、持続するように支援すること

(人間同士の気持ちが響き合うようになるために、快の情動の興奮が持続し、

容易に再現することが不可欠)

 

    (『自閉症の関係発達臨床』  小林隆児 鯨岡 峻 編著  日本評論社)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

関係発達支援の基本として挙げられている内容のひとつひとつは、

子どもの発しているものと、大人の発するものの値の

「バランスをとる」ための感受性を磨くと、おのずとできるようになってくるものです。

でも、最初は難しいかもしれません。

なぜならわたしたちは広汎性発達障がいの子の目に映っているものにしても、

五感で感じているものにしても、心の世界にしても、

あまりにも知らないし、

知らないということすら知らない場合がほとんどなのです。

 

関係発達支援の基本で書かれていることとは、

よくわからない難しい方法が書かれているように見えて、

いたってシンプルです。

わたし流の易しい言葉に言い換えて、説明させてくださいね。

 

「わたしたちは自閉症の子の見ているものも感じているものも考えているものも

知らないんですよ。

 

ですから、自閉症の子と関係を築いていくには、

自閉症の子が嫌でたまらないことはしつこくしてはいけないし、

そのためにはどんなことを嫌がっているのか知らなくてはなりませんよ。

 

自閉症の子はハンディーゆえの理由があって、本当は人と関係を持ちたいと願っているのに

それが正しく表現できない状態にあるのですよ。

それをわたしたちは知らないのです。

ですから、自閉症の子が関係を持ちたくても持てなくなる理由について

よく理解して、関係を持ちたいという気持ちを引き出してあげなくてはなりませんよ。

 

自閉症の子の行動はいつもでたらめで、つまらないことにこだわってばかりいるように見えても、

そのなかにはその子の好奇心が隠れているのですよ。

それを見出し育む身近な人の感受性が必要です。

 

自閉症の子たちが何かに興味を持つ時、

その持ち方はわたしたちと同じではありません。

わたしたちはそれを知らないのですから、知ろうという好奇心を持つことが

大切です。

どのように世界を捉えているのか、その子が世界を見るように見て、

その子が世界を感じるように感じ、その子が世界を理解するように

理解してみてください。

すると、何がその子の心をつかみ、動かしているのか

感じとることができます。

 

自閉症の子がパニックを起こしているときばかり人は注目するけれど、

楽しいときもあるし、快を感じているときもあるのです。

その快の感情をいっしょに味わって、それがより高く長く持続するように、

サポートすることが必要なのです。

 

自閉症の子の問題行動をやめさせることに躍起になって、

不快な感情ばかり刺激して増幅させていては

自閉症の子は、いっこうに人と共鳴し合うよろこびを知ることができません。

どんなことを心地よく感じているのか、どのようにすればその心地よさを共感しあえるのかに敏感になって、

自閉症の子が人間同士の感情を響き合わせる体験ができるようにサポートをしましょう。

 

自閉症の子の心の世界はわたしたちの心の世界と少し異なります。

ですから、わたしたちの言葉で、わたしたちが見て感じて考えている世界を説明しても、

捉えている対象が異なるのですから、

ちぐはぐなのです。

 

自閉症の子たちに言葉の便利さや、おしゃべりする楽しさを伝えようと思ったら、

自閉症の子らが何を見て、何を感じて、何を考えているのかについて、

知れる限りの情報を集めて、自分の観察力を磨いて、自分の想像力を駆使して

しっかり把握しながら、

その子の心の世界に、

わたしたちの言葉を乗せていくことが大事ですよ