虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

自閉っ子 と 言葉がしゃべれない子 人形劇で体験を振り返る 2

2013-03-24 09:37:03 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

自閉っ子 と 言葉がしゃべれない子 人形劇で体験を振り返る 1

の続きです。

 

★くんは体操をはじめたそうです。移動する時のふにゃふにゃしがちだった身体の動きが

きびきびしたしっかりしたものになってきたのを感じます。何かを見つめる時の表情も

キリッと引き締まってきました。

 

これまで言葉が話せなかったため

★くんの認知面での発達は猫と犬のイラストを識別するのも

難しいという段階のままでした。

 

要求の出し方や遊び方を見ていると、知恵や賢さが感じられるし、

耳で聞く分にはだいたい言われていることがわかっているようでもあるのです。

★くんのお母さんの話では、「興味が次々と移り変わるため

色の違いや物の名前を教えることさえかできない」ということでした。

 

わたしにしても「★くんは賢いなぁ」「しっかりしているなぁ」「好奇心が旺盛だなぁ」と

感心する一方で、★くんが興味を持っているものについて相手をしようにも、

興味の移り変わりが激しくて、何かひとつのことについて

気持ちと言葉を共有するチャンスをなかなか持てずにいました。

「お母さんのおっしゃる通り、★くんの認知面での発達を

伸ばしていくのは、難しいなぁ」と実感する一方で、

★くん自身が、より複雑な物事を理解しようとして

自ら周囲に働きかけていることや、

★くんがこれまで生きてきた世界に「正しい」と「間違い」が

なかったために、物の理解が進みにくかったことに気づきもしました。

 

「★くん自身が、より複雑な物事を理解しようとして

自ら周囲に働きかけている」というのは、

こんなことです。

 

★くんは帰り際にわざと☆ちゃんの靴に足を入れていました。

それを見たわたしが、「★くん、★くん。それはブッブー。ちがうね。

その靴は誰の靴かな?渡してあげて」と言うと、

★くんはすごく面白いゲームに参加しているという表情になって

間違えた靴を持ち主の☆ちゃんの方に差しだしました。

その様子を見て、「★くんのママの靴はどれかな?ママの!」とか「●くんの靴を取ってあげて」

といった問題を出すと、嬉々としてそれに取り組もうとする姿がありました。

 

この様子から、次のようなヒントが得られました。

 

★くんが「自分発」で何かしたことをきっかけに

学習の課題を広げると、次の興味にそれることなく

考えていられることがわかります。

 

他のものが目に入らない場で課題を与えたのもよかったのでしょう。

 

★くんが身体を使って、動きながら学ぶこと。

また、人との関係をベースに課題を設けると

しっかり集中する。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「★くんがこれまで生きてきた世界に正しいと間違いが

なかった」ということについて、もう少していねいに説明しますね。

 

★くんは好奇心のままに

次々いろいろなことをやっていくのですが、

間違っている時にも、間違っていると気づかずに、次へ次へと興味を移行させて

いく姿がありました。

「間違いに気づいていない」「間違いということがこの世にあることすらわかっていない」

という状態は、

★くんが目にしている世界について

貪欲に探究していても

「これはこういう名前」「これはこういう風に使うもの」

という正しい情報が蓄積されていかない、ということになるのです。

またもともと落ち着かず多動気味な性質に

拍車をかけることになっているようでした。

 

★くんは、人と関わることが好きで、

快活で楽しいことが大好きな子ですから、

ひとつの対象をピックアップして、

「これは正解~マルマル~!パチパチ~」と手を取り合って喜んで、

「これはダメダメ~バツ!」と大きなばってんを手で作って、がっくりくる感じを

オーバーに表現していると、面白がって乗ってくるはずなのです。

ユーモアを交えて相手をしながら、

★くんの心の世界に

正誤に関する敏感さを育てていく大切さを感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


結晶作り と 子どもからもらったうれしい言葉

2013-03-23 16:58:36 | 理科 科学クラブ

結晶を作る材料をいただいたので

小2の★ちゃんと『尿素の結晶』を作りました。

シャンデリア状の結晶用のキットを組み立てて、

ひとつひとつのカップに水性のマジックで色を入れながら、

★ちゃんが、突然、熱意を込めた口調でこんなことを言いました。

 

「先生~。わたしねぇ、ここの教室にいると、もうずうっとずうっと

ここにいたくなる。

勉強とかもあるけど面白いし、そんなに嫌じゃないもん。それより、こんな風に

いろいろなものを作ったり、実験したりするのが、

すごくすごく楽しいから。ずっとそういうことを

していたいって思うから!」

 

それから、小さな結晶がカップの縁にできかかっているのを見つけて、

ひとりで歓声を上げていました。


遊べない子は、遊びに必要な技術を習得していない 2

2013-03-22 22:35:53 | 幼児教育の基本
電車のおもちゃを出してきて、ただ前後に動かしたり、好きな電車を集めたりして
遊んでいた子に、「ブロックを使って、その電車の駅や線路を作らない?」と誘うと、
少しとまどった顔をしながらうなずきました。
 
そこで、「ほら、前に、長い長い道路を作ったことがあるわね。どんどん板をつないでいって」と言うと、
横でそのやりとりを聞いていた子が、パッと顔を輝かせて、
「あぁ、前にやった。もっといっぱい板がいる。もっともっと長くなくちゃ」と言いながら、
ブロックの板を並べだしました。
 

↑と↓は前にブロック用の板を並べた時の写真です。

↑ こんな風に道路を作って遊んだ楽しい体験を思い出したようです。

わたしが列車を走らせるためにブロックを横につないでいく見本を見せると、他で遊んでいた子らも

集まってきて、長い線路を作り始めました。

 

こうして手を使ってする作業に没頭し始めると、子どもの態度は素直で落ち着いたものになっていき、

同時に頭の中はいきいきと活発に動きだすようで、

意欲的でよく練られた考えや言葉が出てくるようになります。

 

線路をつなぎ終えたとたん、Nゲージを走らせてみてから、

「そっちとこっちとで発車したら衝突しちゃうよ。

こっちの線路は、こっちからあっちに行って、あっちに着いたら

戻ってくるようにして、

あっちの線路は、あっちからこっちに行って、戻ってくるようにしたら?」と

言う子がいました。

すると別の子は自分の好きなように走らせたかったようです。

線路に1台だけ走らせるのでは嫌らしいのです。

 

そのため何度かNゲージが衝突することになり、言い合いになりかけたものの、

「それなら、連結したら?」という意見が出て、問題が解決しました。

Nゲージをどんどん(セロテープで)連結すると、長い1台の列車になるので、

1台ずつを行き来させているのと同じになったのです。

 

そうして遊び出すと、ここが終点、こうやって切符を買って……とごっこ遊びを広げる子、

駅で電車に乗る人が住んでいるお家を作ってストーリーを膨らませる子などが出てきて、

遊びが広がっていきました。

 

遊びって、ある程度、「ああ疲れた」「やるだけやった」というところまで

自分の身体なり、頭なりを使いきらないと、

楽しさが湧いてこないものなのです。

その「やるだけやった」は、その時期その時期の子が

やっているうちにどんどん楽しくなっていって、「もうちょっともうちょっと」と

自分の限界までやり遂げないと気がすまなくなっちゃうような活動であること、

五感にとって気持ちいいこと、目で見て満足できるものであることが大事です。

 

だからといって、わざわざこういうおもちゃを買いそろえなくちゃいけないということはなく、

お家にあるもので十分だと思います。

 

今回の「つないでつないで長く長くしていく」という活動は、

子どもにとって楽しくて達成感のある活動のひとつですが、

ブロックの板がなくても、下の写真のように「柵だよ」と言いながら

ブロックを置いていくだけでも、子どもにしたらさまざまな想像力を

掻き立ててくれりものなのです。

 

↑の写真の作品を作った子は、教室の端から端まで柵を付けた後で、おもむろに立ちあがると、

しみじみと自分の作り上げた作品を眺めながら、

「どうして、こんなにすごいのが作れちゃったんだろう?」とつぶやきました。

置いていくだけ、並べていくだけ、囲むだけでも、道路ができ、線路ができ、工事現場ができ、公園ができます。

そうした作業に熱中するうちに、想像力がいきいきと働き始めます。

 

「新しいおもちゃを出して、ちょっと触ってはお終い」という遊び方をしていたら、

自分の想像力を使うところまで行きつかないのです。

 

そうして想像力を働かせて遊んでいると、次には、

「上から電車を眺める駅を作りたいな」「これは特急で、こっちは回送で……」

「こういう風にしたい」「ああいう風にしたい」と

今度は思考力を働かせて、遊び始めます。

↑ 電車をくぐらせようとしたら、人形がトンネルの屋根にあたってしまうから

トンネルを高く作り直しました。

どんどんどんどん線路を長くしていく遊びから、

「地下鉄が上の駅のところに登って行くようにしたい」という願望が生まれ、

苦労してだんだん高くなっていく高架を作りました。

 

どんどんつないでいく楽しみも、お城のなわばり図を作るという意味を意識しながら作ることで、

昔の人の知恵への関心が高まり、自分たちもあれこれ知恵を絞って遊びこむことができました。

↑通ろうとすると、橋が崩れる仕掛け。

どんどん並べて、どんどん乗せているうちに、いろいろな物語が生まれていました。

どんどんどんどんつないでつないで……に熱中していると、こんな素敵な街になった

こともあります。

 

夢中になって遊ぶには、簡単にすぐできて、何度も繰り返したくなるような作業を

思い存分やることができる環境が大事だと思います。

公園でする砂遊びでも、お花を絞って作る色水遊びでも、何でもいいのです。

そうした身体を使って集中する活動を洗練させていきながら、

それがごっこ遊びにつながっていって、

想像力をたっぷり使う機会が生まれるようにサポートしてあげることが大事だと思っています。

また思考力を使って

次々生まれてくる願望を言葉にしたり、それを達成したり、問題を解決したりする楽しさを

たくさん体験させてあげるのも

とても大切な身近な大人の役目だと考えています。

 

 

 


遊べない子は、遊びに必要な技術を習得していない1

2013-03-21 22:34:19 | 幼児教育の基本

 

 

いくつかの記事が途中までになっているのですが、

明日か明後日にでも続きを書きますね。

 

 

 

「子どもは遊びの天才」なんて言われますが、

実際には、遊ぶのが苦手な子、遊び方が不器用な子がたくさんいるんじゃないかな?と

思います。

 

子どもたちが心の底から楽しそうに真剣に遊び込むことができるようになるには、

いくつか体得していかなければならない

技術のようなものがあると感じています。

 

遊ぶのに技術を体得しなくちゃならないなんて

おかしなことを言うように聞こえるかもしれませんね。

でもやっぱりいると思うんですよ。上手に遊ぶためのワザ!

 

目新しいおもちゃをちょっと触ってはうろうろするだけだったり、

 

遊び方の説明を聞いて、ちょっとうまくいかなくても何度か試してみるほどに

ひとつの物に根気よくつきあうエネルギーが乏しかったり、

 

遊びがワンパターンだったり、

幼なかったり、

依存的だったり、

友だちとふざけたり物を取り合ったりするばかりで遊びが発展しなかったりする子っていますよね。

 

そうした遊び方は性格や能力に起因しているように思われがちです。

もちろん、それらの影響も大きいはずです。

 

でも、それとは別に、

「遊びに必要な技術を持っているかどうか」というのも

遊びの質と密接に関わっているのではないでしょうか。

 

では、「遊びに必要な技術」って、どんなものなのでしょう?

 

★  まず最初に大事なのは、「何かとしっかり関わっていける力」をつけることかもしれません。

ひとつの遊びに愛着を抱いて、ひとつの活動を通して、

「面白いな、楽しいな」という気持ちを持続していくことができるようになることです。

 

★ 遊びというのは、おもちゃがあって、それをいじってさえいれば

発展していくわけではありません。

楽しく遊ぶには、「いろんな形で想像力を使ってみる」という

実際に自分の頭と心を使って遊んだ体験が必要です。

遊びの世界で自分の頭を使えるようになっておかないと、

おもちゃがあるから、遊具があるから、楽しめるわけではないのです。

子どもは、自然に、物を何かに見立ててみたり、ごっこ遊びに興じたりするものですが、

大人の接し方やおもちゃが子どもの想像力を枯らせてしまったり、奪ってしまったりすることも

よくあることです。

また、もともと想像力に弱さがあって、ていねいに育んでもらわないと、

自分から使おうとしない子もいるのです。

 

環境と大人の役割は大きいです。

 

 
 
★ 想像力だけでなく、思考力を遊びの中で活かしていく方法を習得すれば、
遊びはどんどん魅力的なものに発展していきます。
 
 
それでは、写真のブロック遊びをしている子どもたちを例に挙げて、
これまで書いてきたことを具体的に説明させてくださいね。
 
5歳と3歳の子たち、5人の遊びの風景です。
 
ひとりの男の子が電車のおもちゃを出してきて、ただ前後に動かしたり、好きな電車を集めたりして
遊んでいました。
遊んでいました……といっても、電車をいじっているだけなので、
それほど面白そうでじゃないのですが、飽きると新しいおもちゃを探しに行って
お気に入りに加えることで、本人の中では遊びが成り立っているようでした。
 
お家で、そうした遊びを遊びと思っている子がたくさんいます。
 
おもちゃをしばらくいじっていると、「片付けなさい」とお母さんに言われ、
片付けると、次のおもちゃが出したくなり、
出してきて触っているうちに、次の「片付けさい」という指示が来るということを
エンドレスに繰り返すうちに、「遊び」という活動が、「赤ちゃん時期の見て触って満足」という
段階から、少しも発展していない子がたくさんいるのです。
 
 
次回に続きます。
 
 
 
 
 

 


自閉症の子がそれまでできなかったことができるようになる境目

2013-03-21 18:16:01 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

「自閉症」とか「広汎性発達障がい」という診断を受けている子たちといっしょに

遊び込んでいると、

こうしたハンディーキャップを持った子たちが

昨日と今日、先週と今週で、別人のように激変していく

「ある重要な時期」があることを感じます。

 

この「ある重要な時期」について説明する前に、

ちょっと遠回りなのですが、それとよく似た「ある重要な時期」を通過していく

一般的な幼い子たちの姿について書かせてくださいね。

 

わたしはふだん、ブロックをしたり、工作したり、

お人形遊びをしたり、ゲームをしたり……とそれはさまざまな種類の

遊びを通して、0歳、1歳、2歳、3歳といった幼い子どもたちと関わっています。

もちろん、ブロック遊びといったって、0歳や1歳の子でしたら、

こちらが、「カッチャン、カッチャン」と言いながらはめていくブロックを奪い取っては、

バラバラに崩していくだけだったり、

ゲームといったって、「せいので、ハイ!」のかけ声に合わせて、カードを出したり、ベルを押して「チリン」と

音を立てるだけだったりします。

それでも、何となくブロック遊びもどき、工作もどき、お人形遊びもどき、ゲームもどきの

遊びを繰り返していれば、ある時、そうした遊びの質が劇的に変化していく時期に差し掛かります。

 

その時期の変化の仕方というのが、

どの子にも共通した特徴のある流れのようなものがあって

面白いのです。

 

先日、『1歳児のこころ』(近藤 直子  ひとなる書房)

という本を読んでいたら、わたしが面白いなぁ、と感じている

「どの子にも共通した特徴のある流れ」について

3年間もかけて実験をした結果が載っていました。

ただ、虹色教室で子供たちの成長する姿を見ていると、遊びの体験が豊かで

親子の気持ちのやりとりが活発な子らは、

データーとしてある月齢よりずっと早い時期に

そうした課題ができるようになるとは感じたのですが。

 

その実験というのは、次のようなものです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

プラスチックでできた中が見える箱に、2.5立法センチの赤い積み木を8個入れて

「ナイナイ」とフタをして見せ、子どもにも同じものを提示して

「○○ちゃんもナイナイしてね」と指示したときの反応の変化をみる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この課題は、

「8個の積み木を入れる」と「箱にフタをする」の2種類の行為でできています。

「ナイナイする」というおとなのことばが意味するプロセスをモデル通りに再現できるかを

調べています。

実験した結果、1歳の初めごろ、過半数の子が、

2種類の行為のうち1種類だけしていたのが、

2種類の行為をするようになったはいいけど、

どこかちぐはぐで、お手本を見せている人とは似てもにつかない結果となっています。

1歳5ヶ月を過ぎると、完璧とはいえないまでも、

お手本通りにしようという意図がはっきりしてきて、

1歳7カ月頃には、お手本を見せている人が何を求めているのか、

その意図を理解していることが明瞭にわかるようになっていました。

 

その姿を『1歳のこころ』では次のような一文があります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

モデルの意図を理解して取り入れるというよりは、

モデルの使った対象を取り入れ、その後対象に対するモデルの行為を取り入れることで

結果として、モデルの提起した「ナイナイする」という意味を取り入れ、

モデルの意図を理解することになるのです。

このモデルを使う対象の取り入れにあたって、1歳3ヶ月~1歳4カ月の間に

興味深い現象が見られます。

 

一人ひとりの反応で見ていくと、9人中7人の子供で、積み木を箱に入れるという

一種類の行為の取り入れ反応で占められていた時期から、

 

初めて2種類の行為が開始する直前の週に「モデルに働きかける」反応が

見られています。

 

具体的には(1個ずつ積み木を箱に入れ、3個入れると私を見て、フタを差し出し、

さらに積み木も差し出す)というように、箱と積み木だけでなく、

次の週に行為対象とするフタを差し出しているのです。

子どもが行為対象を広げる上では、いったんモデルに引き寄せられる必要があると

言えそうです。

    『1歳児のこころ』 近藤直子  ひとなる書房

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

上の文章の終わりに、「子どもが行為対象を広げる上では、いったんモデルに

引き寄せられる必要があると言えそうです。」とあります。

 

自閉症の子の場合、この「モデルに引き寄せられる」という状態が

自然には生まれにくいですよね。

わたしには、こうした人の行為に引き寄せられることの少なさが、自閉症の子たちが

さまざまなことを習得していく困難さの原因のひとつのように見えます。

 

でも、会話をするのも困難な自閉症の子でも、

接しているこちら側の言動を調整していくことで、

この「モデルに引き寄せられる」という状態が生じやすくなることを

実感しています。

そうして、「モデルに引き寄せられる」という状態を経ると、

それから間もなく、その子の行為の対象に広がりが見え始めるのです。

 

わたしは、どうすればそうした状態が生じやすいか、

またどのような時、生じにくいかといったことも

子どもたちと過ごす中でいろいろな気づきを得ています。

 

-------------------------------------

会話をするのも困難な自閉症の子でも、

接しているこちら側の言動を調整していくことで、

この「モデルに引き寄せられる」という状態が生じやすくなることを

実感しています。

------------------------------------

と書いた内容について、もう少しくわしく説明しますね。

 

わたしの体験からすると、

自閉症の子たちは、外から見える以上に怖がりで、

「この人は怖くない人だ」と身体で感じることが、その子の内面の大きな変化につながる

カギを握っています。

 

やっかいなのが、「この人は怖くない人だ」という判断の基準が、

あまりにも微細な変化に左右されているため

何年もいっしょに過ごしていた親ですら気づかない場合が多いということです。

また自分の不安感を外の人に伝える力が弱いために、

本人の動揺の大きさに対して、

サラッとした表情でご機嫌で過ごしているように見えたり、

鈍感に何も感じていないためもう少し刺激が必要かも……という周囲の人にさらなる

怖がらせる行為を誘発してしまう点です。

また普段は甘えている母親相手でも、コロコロ印象が変わって、

ある何気ない場面では恐怖の対象となっているようなのです。

 

わたしが、どうしてそんなことに気づくのかというと、

虹色教室には感覚過敏を持っている子や神経過敏な子がたくさんいるので、

子どもたちがどのような場面でどのような恐怖に囚われるのか、

「よくこんなものを怖がるもの……」と呆れるようなものまで

網羅しているからでもあります。

 

たとえば、時計は大好きなのに、

秒針がカチカチ動くのが怖いから

といってフリーズしてしまい、その後の全ての活動がストップしてしまう子(ハンディーのない子たちにもけっこういます)

というのは、

笑い話でも、オーバーな話でもないのです。

そうした子はさまざまな場面で原初的知覚に振り回されるために、

恐怖心から問題行動を起こしているように見えます。

 

自閉症の子の場合、親御さんのちょっと強めの口調や、二度繰り返す言葉などに

誘発されて、

自分の世界に入りこむことで、外の世界にバリアを張って防御する子らがいます。

 

わたし自身がADD傾向があるので、

他の人々は拾わないような微細な変化や情報まで全て感受してしまうせいで、

そうした敏感な子らといっしょにいる時は、

その子が感じている外の世界に圧倒されるような感覚や、呑み込まれるような恐怖心、その子の内部に侵入して

主導権を奪い取るような人の気配を

自分のことのように感じてもいて、寒気やチクチクする感じや押さえつけられるような息苦しさを覚えるのです。

 

自閉症の子たちが「この人は怖くない人だ」と思う決め手となるのは

遊びの場面、場面で、

その子が主導権を握れるように

こちらの言動をコントロールすることです。

ひとりごとや常同運動が多い子ほど

その基準は見えにくく、「えっ、そんなことを?」と思うような

自分の筋肉への力の入れ具合や興味の移り変わりのスピードでさえ、

子どもの不安材料になっているように思います。

 

自閉症とか広汎性発達障がいと診断される子たちは、

モデルとなる人に働きかけることが少ないためでしょうか、

ひとつひとつ意味でつながっていないバラバラの行為に

興じたまま、なかなか発展しない場合があります。

 

 

たとえば、以前、記事で紹介した広汎性発達障がいの男の子は、

「数の大小はわかる」

「サイコロを振って出た目はわかる」

「数の大小で勝ち負けが決まることはわかる」

という状態にも関わらず、

「自分は1~6までの数が書いてある普通のサイコロを振っていて、

わたしは1しか出ないサイコロを振っているので、

何度、サイコロを振り合って勝負しても、その子が勝つ結果に終わる」

理由に気づけませんでした。

 

それで、いつも勝つか、同点なので、

すっかり有頂天でした。

 

このゲームの後で、この子のわたしへの信頼感は

急激に増しました。

 

確かにそうでしょう。

バラバラな知識がバラバラなままで

つながりあっていないとすると、

もし普通に勝負して、

自分が負けるようなことがあれば、突然、理由もなく「負け」を宣告されて、

自分が不利な立場に追い込まれて、ひどい目にあっていると

感じることでしょう。

相手に対して、突然、自分に嫌なことをしてくる悪い人という印象を持つかもしれません。

 

「サイコロを振り合っていると、自分が勝つこともあれば、相手も勝つことがある」

という事実と、

「勝負の結果、負けたのであって、自分の感じている不快感は、相手の

悪意や良し悪しと関係ない」ということが、

つながっていなければ、

突如、相手がひどい人物になり、自分を迫害してくるといった感じ方をしても

仕方がないのです。

 

この子とのサイコロ勝負で、わたしは常に1しか出ないサイコロを使っていました。

もともとサイコロではなく、6つの面のどこにもひとつ穴が空いている積み木を

サイコロ代わりに使っていたからですが、

こんなささいな出来事が、

この子とわたしとの距離を急速に縮めるきっかけとなりました。

 

広汎性発達障がいの子たちは、このように、

世の中にあるルールや世界のあり様にも

圧倒され、不安を覚えているように感じます。

 

先の記事に次のようなことを書きました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

わたしの体験からすると、

自閉症の子たちは、外から見える以上に怖がりで、

「この人は怖くない人だ」と身体で感じることが、その子の内面の大きな変化につながる

カギを握っています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

わたしがどうしてそんな風に感じるのかというと、

これまで遊んだ自閉傾向のある子たちはどの子も

わたしがその子を怖がらせないように少し配慮するだけで、

「こんなささいなことが、この子にはこんなにも重要なの?」と驚くほど、

その後からわたしに対して友好的な態度を取り始めるこのを何度も

体験したことがあるのです。

何度も「怖がらせない」ことに気をつけていると、

強くこちらに惹きつけられるようになり、

心と心がしっかり共鳴しあったという体験をした後は、

わたしが提示することを真似よう、こちらの意図するものを

読みとろうとする姿もあらわれてくるのです。

その後、数ヶ月の間にコミュニケーション能力が劇的に変化していった子も

たくさんいます。

 

どのような配慮をして、怖がらせないようにしているのか、

具体的なシーンを取りあげて紹介していきますね。

(鎌倉で……)知力、能力、意欲を引き出すってどうするの? 4

(鎌倉で……)知力、能力、意欲を引き出すってどうするの?  5

 

という記事で、トムくんとわたしの水遊びの様子を書いています。

こうした遊びのシーンで、わたしは瞬間、瞬間で、トムくんの注意力や意欲に合わせて

誘う態度やこちらの言動を決めています。

たいていの場合、親御さんにするとわたしの態度は物足りないものかも

しれません。

その子自身が何もしようとしない時、

わたしは子どもの興味をひきたてるような楽しい雰囲気を作るわけでもなく、

子どもに近づいて働きかけるわけでもなく、何かすばらしいことをやってのけるわけでも

ありませんから。

こうした場面で、わたしは少しずつその子の嫌なものを環境から

取り除いてあげます。興味を引きそうなものをそっと近くに置くこともあるし、

本人にできそうな面白い活動を見せることもあります。

でもあくまでも本人の活動のリズムに侵入していくほど

いきいきと動くことはありません。

 

わたしの活発で活動的な姿に引き込もうとすれば、

それはそれで従う場合もあるでしょうし、

楽しんでいるように見えることもあるでしょうが、

おそらく内面では「逃れたい」「不安で怖い」という気持ちが高まっているにも関わらず、

そうした緊張感に操られていっしょに活動しているのでしょうから。

 

そのようにわたしが何かすることよりも

どんな小さな動きでも、本人が自分から動いたことに関しては

ひとつも見逃さないほどていねいに

対応するようにしています。

 

時間を有効活用しようと思わないこと。

 

時間の無駄を気にせず、ゆったりその場で

リラックスして過ごすこと。

 

「わたし」の発信することの重要性を下げて、

「相手」の発信することの重要性を上げること。

 

そうしたことに気をつけて過ごしていれば、

何も発信していないように見える子も、

さまざまなことに好奇心をくすぐられているし、意欲の芽生えが

見えることがわかってきます。

 

ただそうした好奇心や意欲は、最初のうちは、身近な大人が、「~してみる?」と

強い期待を込めて何か提示すれば、

たちまち「怖い」「逃げたい」「不安」に転じてしまうような弱弱しいもののはずです。

ひとこと言葉を発するのにも気を使って、

そっと、こちらがまるで自然の一部や物であるほど

相手を脅かさない動きで、その子のなかで動き出している

好奇心や意欲を受け止めてあげる必要があります。

 

といってもビクビクと不自然に気を使って相手をするのではなく、

一方では、いたずらっぽく楽しく

新しい冒険をしかけてみるのも大事です。

 

この水遊びの日も、わたしのこんなことをさせよう、あんなことをしてあげよう、という意図が

見えないくらい自然に過ごすようにしていました。

しまいには、家族のみなが別の場所に移動し、わたしとトムくんだけが

ベランダに残された時などは、

お互いに何もせず、何の言葉も発しないまま

ずいぶん長い時間を過ごしていました。

そうした静けさのなかで、トムくんはそれまではしようとしなかった

(ちょっと前に見せた)魚釣りのまねごとをしはじめて、

わたしの「トイレはどこ?教えてください」という依頼に対して

決心したように立ちあがって、わたしの手を引いてトイレの前まで歩いていったのです。

 

この時期、トムくんは他人に瞬間的に注意を向けていることも難しい状態でしたし、

人を人として認識しているかすら怪しいような印象がありました。

その日、わたしは妹のジェリーちゃんをモデルとして使って

「トイレはどこ?教えてください」とたずねて連れて行ってもらう姿を

何度も見せていたとはいえ、ちらりともそちらに視線を向けない上、

その言葉の表している意図を理解できるとは

わたしはもちろん、家族の方も誰も思ってはいませんでした。

 

でも、トムくんがわたしの手を引いてトイレの前まで連れて行ってくれた時までに、

わたしとトムくんの間には何度も何度も、

わたし側からは、トムくんが怖がらないようにという細かい対応をしていて、

トムくんはそのたびに、「あれっ?」というささやかな驚きの反応と

信頼感を表すようなかすかな変化が見られたのです。

こうした心の内面と内面の約束事を交わすような気持ちの交換を繰り返したおかげか、

その数ヶ月後にトムくんに会いにいった時には、

次のような変化があったのです。

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4ヶ月前には、トムくんの目には他人が透明人間のように映っているかのようでした。
トムくんのまなざしが私を見ていることを感じたのは、ブランコに乗っていて、足先を私にぶつけようとして、
ゆらゆらしている瞬間くらいだったのです。

それが今回は、
人への興味が強くなっていて、
関わりたい! いっしょに遊びたい! 甘えたい! 自分の要求をかなえて欲しいという気持ちが全身からあふれるように見えることがたびたびありました。


一番驚いたのは、
トムくんが、ひとりで廊下に設置してあるブランコをこいでいたときに、
何メートルか離れた位置にいる私を目にとめて、
「な~お~み~せんせ~い、いっしょに遊ぼ~!」と大きな声で
呼んだときです。
この「な~お~み~せんせ~い、いっしょに遊ぼ~!」は、妹ちゃんが
私の滞在中、四六時中連呼していた言葉なので、口真似と言えばそれまでなのですが、
私が近づいてくるのをワクワクしながら待っている表情をしていて、
実際、自分が呼んだ言葉が通じて
私が来たことを確認すると、
トムくんは、ブランコから落ちんばかりの喜びようで、私の手足にじゃれて遊びだしました。
その姿を見て、
yoshikoさんも、トムくんがただのオウム返しではなく
自分の内面の要求を言葉にしはじめていて、
それが通じた喜びを体中で感じ取っていることを実感していらっしゃいました

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こうしたことを書くと「この人は怖くない」と感じる態度ってどんなもの?

と不思議に感じるかもしれません。

失礼にあたるかもしれないのですが、わたしの目から見ると、

一部の方を除いてどの親御さんも、それこそ腫れものに触るように接している方もそうした態度のせいでいっそう

こうした過敏な子どもを怖がらせているように見えます。

習い事の先生や学校の先生方も

外から見て正しく仕事をしているように見えなくてはならない

ゆえに、怖がらすことも多いと思います。

 


自閉っ子 と 言葉がしゃべれない子 人形劇で体験を振り返る 1

2013-03-21 13:13:51 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

自閉っ子と言葉のしゃべれない子の成長を感じて 1

自閉っ子と言葉のしゃべれない子の成長を感じて 2

自閉っ子と言葉のしゃべれない子の成長を感じて 3 

の記事から1ヶ月。

 

自閉症の診断を受けている3歳前半の☆ちゃんと

自閉傾向があるため療育に通っている3歳後半の●くん、

未熟児で生まれた後遺症から言葉を話すことができない5歳の★くん(自閉症ではありません)

の今月のレッスンの様子です。

 

教室に着くなりニコニコしながら手を振る☆ちゃん。ごあいさつも

上手にできました。

☆ちゃんは人と関わるのも遊ぶのも

とても上手になってきました。整理したり分類する遊びがお気に入り。

 

どらえもんのマグネットシートを枠の中にていねいに貼っていったり、

ディズニーのカードをキャラクターのイラストごとに分けていって

ミニーのカードの時だけ「チン」とベルを鳴らすというゲームを楽しんでいました。

 

カードの中に「半分がミッキーで半分がドナルド」というめずらしいカードを見つけた☆ちゃんは、

少し悩んでいましたが、

わたしが新しい別のスペースにそれを置くように言うと、

素直に従って、最後までカードを分けていました。

 

以前は、このグループの●くんがトーマスの数カードを色分けしていると

ぐちゃぐちゃ~っとカードをかき混ぜに行くだけだった☆ちゃん。

落ち着いて活動に集中できるようになってきたものです。

 

☆ちゃんは、このところ急速に知恵がついてきて、

人と関わるのも上手になってきたのですが、そうしたうれしい変化が

新たな問題を生んでもいるようでした。

 

というのは、まだ自閉症という病院での診断に納得していない☆ちゃんのお父さんが、

☆ちゃんの物覚えの良さを知って

「この子は自閉症ではなく、母親の育て方が悪いだけではないのか」

と言ったり、

☆ちゃんが愛想を振りまいて、何度も手を振る時などに、「しつこくて恥ずかしい」という理由で

厳しく叱りつけたりするようになったそうなのです。

 

☆ちゃんは一度でも「理不尽に激しく叱られる」といったことがあると、

なかなかその時の記憶が消えず、それに近い状況になる度に、

甲高い声でわめき続けたり、パニックを起こしたりする

悪い習慣を身につけつつありました。

 

次回に続きます。

 


相談  <発達の凹凸が気になる子。 専門家からは、個性の範囲と言われました。> 2

2013-03-20 06:11:30 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

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・粗大運動が不器用。粗大の協調運動が不器用。手先はハサミや運筆をみると普通。
・ユニークな遊び方をしたり、懲り性なので、群れて遊ばない。二、三人なら一緒にあそぶが、集団だとひとりになりがち。
・やりもらい文をいまだにたまに間違えたり、くれた、をあげた!といったり。手振りの真似がたまに逆になる。手の向きなど。バイバイは普通。
・こわがり気味、ちょっとしたことをきにしたりする。敏感。しかし過度ではない。
・会話の反応がにぶいときがある。友達とはりきって会話するときはあまり気にならないが、基本、ぽんぽんとかえってこない。
・絵本を読んだり、しりとりをしたり、文字や数字やアルファベットは、三歳ですぐおぼえた。

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というご相談について、

「まだ4歳半ですから、

周囲の子に比べてゆっくりな部分とか、遊び方や行動の仕方の偏りなどがあっても

極端なものでない限り、おそらく自然に気にならないものになっていくだろう」ということを念頭に置いた上で、

先の相談内容ついて感じたことをもう少し細かく書かせてくださいね。

 

「絵本を読んだり、しりとりをしたり、文字や数字やアルファベットは、三歳ですぐおぼえた。」という一方で、

「やりもらい文をいまだにまちがえたり、会話の反応が鈍かったり、集団の空気を読んで動くのが苦手そうだったりする」

という部分からは、

何らかの情報処理能力の偏りのようなものも感じます。

成長するにつれて、勉強には苦手がなくても、

暗黙の了解といったものがわかり辛かったり、

周囲の変化に柔軟に対応していくことが難しかったり

するのかもしれません。

 

少し相談内容から脱線するのですが、

教室で、0、1、2歳の子たちと過ごしている時、

ご相談のお子さんのように

「知力の発達には気になるところはないのに

行動や反応の鈍さのようなものがどうも気になる」という特徴を持っていることが

よくあります。

 

あやすとキャッキャと笑い声をあげたり、

「こわいね、こわいね」と言いながら、何かをのぞきこむ時に、

「こわいけど面白い」というワクワクした表情を浮かべて、その対象とこちらを交互に見比べたり、

「ちょっぴり恥ずかしい」という動作をしたり、

「ママはこれをしても良いって思っているかな?」と振り返ったりする

といった感情のいきいきとした働きがあまり見られないのです。

 

「うれしい、楽しい」と「怖い、悲しい」という感情を感じたり、表現したりする上で、

そのふたつの間にあるさまざまな感情を感じたり表現したりするバリエーションが少なくて、

幼い子ながら無表情でいることが多いのです。

感情の興奮しにくさのようなものを感じます。

中間のバリエーションが少ないと、「ちょっと不安」といった場面で、ものすごく怖がることが

あります。

 

親御さんは、赤ちゃん時期の感情の感じ取り方や表し方の鈍感さのようなものを

あまり気にとめていないことが多いです。

もちろん気を揉んで心配しすぎるのはよくないのですが、

こうした赤ちゃん時期に、笑うことが少なく、ちょっとあやされたくらいでは笑顔がでにくいという子は、

大きくなるにつれて、

物との関わりでは集中できても、周囲で人がしていることに気づきにくく、

話しかけても聞こえていないように振舞ったり、

2,3人では遊べても、集団からがひとりだけ抜けて気ままに過ごしていたりことが

よくあるな、と感じています。

 

赤ちゃんの時期でしたら、「いないないばぁ」などのあやす遊びをたくさんしたり、

ベビーカーでの移動を減らして、歩いて散歩したり、だっこしていろいろなものを見せてあげたりして、

たくさん笑顔を引き出していくと気になる鈍さが減っていくことがよくあります。

 

少し大きくなった子でしたら、ふざけっこや追いかけっこなどをして

キャッキャと笑わせたり、

「だーるまさんがころんだ」などの伝承遊びをしたりするのもいいのかもしれません。

 

次回に続きます。

 

 

 

 


もうすぐ年長さん。知恵遊び と 算数の計算

2013-03-19 07:46:06 | 算数

『ピタゴラス』というゲームをしています。

「コマを4つ並べたら勝ち」というシンプルなゲームですが、

自分の番の時に、「コマを置くか、盤を回転させるか」

選択できます。

柔軟な思考力必要です。

 

「負けそう……」という場面で、よく考えて難所を抜けると、

逆転勝ちできるところが面白いようです。

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6+6 や 7+8 や 9+9 

といった計算で、5と5を10の塊として捉えて

答えを出す計算をしました。

ふたりとも玉を見ないでも

きちんと答えていたので、次に大きな数の計算をすることに。

 

赤いチップを1つ100として、307+208

という計算をしています。

「赤が100にあたる」という設定について

とてもよく理解していたので、

ちょっと考え込んではいたけれど、正しい答えを自分たちで出していました。

 

 

年中さんのふたり……とはいえ、

もう3月。もうすぐ年長さんのふたり……と呼んだ方がいいのかもしれません。

 

ロボット用の迷路をやリモコンで動かす飛行機用の通路を作って

遊んでいました。

「行き止まりになったら、どうなるかな?」

「丸い形のを前に置いていたらどうなるかな?」と

試したいことを相談しながら遊ぶ姿がありました。

工作タイムに立体駐車場にエレベーターを取りつけました。

電車に乗って、弟を教室まで送ってきてくれた1年生のお兄ちゃんには、プラモデルの

舟を作って待っていてもらっていました。上手に完成させていました。


相談 <発達の凹凸が気になる子。専門家からは、個性の範囲と言われました。>

2013-03-18 19:47:58 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

はじめまして。
関東在住の、二児の母です。
四歳半になる長男のことで、ずっともやもやした思いを抱えてきました。
様々な情報を自分なりに調べているうちに、先生のブログにたどり着きました。
いくつかの記事を読むうちに、今すぐにでも先生に相談にいきたい!と思うほど、先生の子供にたいする観察眼の鋭さに感動し、今すぐに相談にうかがうことはできなくても、せめてコメント欄に、相談を書かせていただきたいと思いました。
以下、お時間ができましたら、目を通していただければ幸いです。

長男は、生まれてからこれまで、育てにくいと言うほどではありませんが、まわりの子供たちとちょっと違うな、でも集団を逸脱するほどでもないし、日常こまるわけでもない。。。と、もやもやした違和感を感じさせる子でした。
わたしは心配性なので、一歳半の頃から、一年ごとに、小児神経の専門家に相談にいきました。すると、たしかに個性はあるが、発達障害ではない。と数人の先生言われ、幼稚園の先生からも、最初はゆっくりだったが本当に伸びました、心配ありませんと言われました。

しかし、私としましては、やはり気になることがいくつかあり、もやもやした悩みが消えずにいます。
先生の記事に、発達障害ではないけれど社会性が未熟な子供、発達障害ではなく健常児だけれど独特の美意識が強い子供、と、グレーゾーンとはまた違う、発達障害と完全な定型発達の間に位置するような個性ある子供に関する記事をみつけ、わが息子はどこに位置し、どういった対応が必要なのか、ヒントをいただけるのでは、と感じました。

以下に、息子の気になることを書かせていただきます。
・粗大運動が不器用。粗大の協調運動が不器用。手先はハサミや運筆をみると普通。
・ユニークな遊び方をしたり、懲り性なので、群れて遊ばない。二、三人なら一緒にあそぶが、集団だとひとりになりがち。
・やりもらい文をいまだにたまに間違えたり、くれた、をあげた!といったり。手振りの真似がたまに逆になる。手の向きなど。バイバイは普通。
・こわがり気味、ちょっとしたことをきにしたりする。敏感。しかし過度ではない。
・会話の反応がにぶいときがある。友達とはりきって会話するときはあまり気にならないが、基本、ぽんぽんとかえってこない。
・絵本を読んだり、しりとりをしたり、文字や数字やアルファベットは、三歳ですぐおぼえた。

以上のように、社会性や協調運動が幼く、認知ははやい、とでこぼこがあります。が、専門家からは、療育はいらないから、個性の範囲だから、安心感をもたせ、愛をもって見守ればよいと言われます。が、わたしは、本当に見守るだけでよいのだろうか?社会性がをのばす療育をしたり、検査をして、苦手な部分をはっきりさせ、対応をすべきなのではと考えてしまい、育児に迷いが出ます。見守るだけでよいなら、自信をもって、見守りたいと思うのですが、個性の範囲でよいのか、不安になります。
心の理論をテストしてみたら、まだできませんでした。やはり社会性が未熟なのだろうと感じます。
大丈夫とまわりが言うのは、日常こまらないし、楽しみや笑いを共有できる、幼稚園でも普通にすごすし、学習してのびている、一歳半のときもゆっくりだったが非言語コミュニケーションはうまいといわれたことなどです。
聴覚認知がよわいなど、可能性を考えてみましたが、ききわけや記憶など大丈夫そうです。
しかし、今後問題がでてこないか不安です。
どうかアドバイスをいただけたらと思います。長文失礼いたしました。

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こんにちは。コメントをいただきありがとうございます。

わたしは専門家ではありませんし、直接、本人に会って

遊びや会話の様子やコミュニケーションの取り方などを見させていただいてから

お返事しているのでもありませんから、

どれほどお役に立てるかわかりませんが、

わたしの実体験からわかる範囲で答えさせていただきますね。

 

「数名の専門家から個性の範囲と説明されたけれど、親の目から見ると、

社会性の未熟さや粗大運動の不器用さなどが気にかかる。

見守るだけで本当にいいのか心配……」

これまで虹色教室にいらっしゃった

多くの親御さんから、同様のご相談をいただいたことがあります。

 

どの子にしても、長い期間、さまざまな場面でのその子の姿を観察してきた

親御さんにとって気になるところがいろいろ目についてきたわけですから、

ただの思い過ごしとか、心配のしすぎというケースはなく、

診断する時期(学童期に不登校や友だちとのトラブルが深刻化した場合には、

凹凸の問題はほとんど目立たないものでも

発達障害の指摘を受けることもよくあるようです)

や診断する医師によっては、「広汎性発達障害の疑い」という指摘を受けるかもしれない

と思われるところがありました。

 

といっても、それはあくまでもわたしがこれまで会った親子についての印象です。

 今回コメントをくださったMさんが「気になること」として

挙げておられるお子さんの特徴については、

書かれていることからだけ判断する限り、確かに療育は必要なさそうだし、

専門家の言葉通り、「安心感をもたせ、愛をもって見守る」ことが一番

なのだろう、とわたしも感じました。

 

とはいえ、実際には、言葉で表現しずらい微妙な違和感や

気がかりを、子どもさんの言動からたくさん感じ取っているにちがいない……とも

推察されました。

 

「今後問題がでてこないか不安です」というご心配に関しては、

Mさんのお子さんの場合、

 

『イラスト・まんが教材で「気持ち」を理解

自閉症スペクトラム児の発達支援』

 

納富恵子 今泉佳代子 黒木康代 編著 川島書店

 

という著書が、役に立つのではないかと思いました。

 

4歳半という年齢では、

まだこの本の内容がぴったりあっているとはいえないのですが、

小学校に入ってからのお子さんがどのような困り感を抱えそうかということや、

どのようなサポートをしていけばいいのか、わかりやすく解説されているのではないでしょうか。

 

次回に続きます。

 

関連する記事を紹介します。

 

幼稚園でひとりで遊ぶのを見るのが辛い