フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

12月22日(月) 曇り、夕方から小雨

2008-12-23 03:22:06 | Weblog
  昨日とは一転して曇天の寒い一日だった。
  午前、来年度の現代人間論系の時間割のことでいくつか手直しすべき箇所があり、担当教員や事務所に電話やメールで連絡。なかなか楽にしてもらえない。ゼミの申請をしていない学生たちにメールで問い合わせをするが、なかなか返事がない。メールサーバーが容量オーバーで戻ってきてしまうケースもあり、そのときは事務所で教えてもらったケータイの番号に電話をする。先方のケータイにこちらの番号は登録されていないから、たいてい出てもらえない。留守電にメッセージを吹き込み、折り返し電話がかかって来るのを待つが、なしのつぶてだ。弱った。大田区男女平等推進区民会議の報告書はほぼ固まったので、次は区長との面談だ。もちろん区長はご多忙だが、こちらも2月は卒論の口述試験、期末試験の採点、入試などでそれなりに忙しい。相談の上、候補日を2つに絞る。面談時間は30分とのこと。無駄なおしゃべりはできない。M-1グランプリの一組あたりの持ち時間は4分で、たとえばナイツは4分間に37のボケとツッコミを押し込んでいた。あのくらいの密度で話せるよう準備をしておこう。
  午後、散歩に出る。「鈴文」の前を通るとき、暖簾をくぐりたい誘惑に駆られたが、昨日の昼の「Aランチ」を思い浮かべ、我慢した。昼食の基本は麺類だ。郵便局で牧阿佐美バレエ団2月公演「リーズの結婚」のチケット代を振込んでから、「テラス・ドルチェ」で昼食(アラビアータと珈琲)。シナリオ『風のカーデン』を読む。昨日も電車の中で読んでいて、涙が出そうになったが、今日もそうだ。ごく小さな子どもの頃を除いて、私は人前で泣いたことがないのだが、危なかった。家の外で読むべき本ではないかもしれない。残り2章を残して店を出て、ジムに向う。ラス前とオーラスはジムの後にとっておく。筋トレを3セットと、ウォーキング&ランニングを60分。ジムの後、アプリコ前の「カフェドクリエ」でゆずホッとを飲みながら最後の2章を読む。ときどき涙が出そうになるので、目を閉じて、堪える。
  夕食の後、ユーチューブにアップされている『風のカーデン』の最終回をシナリオを手元に置きながら観る。ちょうど交響曲の演奏を楽譜を膝に置いて聴くような感じだ。シナリオを読んでいるとき、「この場面はなかったな」という箇所がいくつかあったので、それを確認する。たとえば、白鳥貞美(中井貴一)の勤務先であった東京の高林医科大学病院の看護部長の内山妙子(伊藤蘭)が、富良野の白鳥医院を訪ねてくる場面。妙子は貞美のかつての愛人で、貞美を看取りたい一心で、東京からやってきたのだ。喫茶店で貞三(緒方拳)が妙子の申し出を断るシーン、その終わりのあたり。シナリオではこうなっている。

  貞三「恥を申しますが、うちは永いことバラバラでした。でも」
  妙子「―」
  貞三「あいつの最期を一緒に闘うことで、家族が初めて結ばれつつあります」
  妙子「ですから、他の方の手伝いは、ありがたいですが、お受けしたくないンです」
  妙子。
    音楽―静かに続いている。
    間。
  妙子「(かすれて)判りました」
  貞三「―」
    間。
  妙子「ご家族みなさんで闘ってらっしゃるンですね」
  貞三「―」
    間。
  妙子「それが一番良いことですねたしかに」
  貞三「―」
    長い間。
  妙子「判りました」
  貞三「―」
  妙子「余計なわがままを申しました」
  貞三「―」
    間。
  妙子「貞美先生によろしくお伝え下さい」
  貞三「―伝えます」
    妙子。
    立ち上がり、伝票をとろうとする。その伝票を貞三がとる。
    妙子。
    一礼して去りかけて急に振り返る。
    妙子、湧きかけた涙を抑え、懸命に笑顔を作ってみせる。
  妙子「自分がご家族のその作業に―、加われないのが、口惜しいです!」
  貞三「―」
    妙子、頭を下げ、入り口へ急ぎ去る。
    手を全くつけていないコーヒー。
    音楽―。

  しかし、TVドラマの方では、最後の妙子の台詞はない。立ち上がって、伝票のやりとりがあって、一礼して、そのまま黙って店を出て行くのだ。これは演出の宮本理恵子(山田太一の娘)の判断だと思うが、よい判断だと思う。妙子の最後の台詞は未練が過ぎる。婦長の仕事を捨てる覚悟で、昔の愛人を看取るためにやってきた妙子なのだが、未練たっぷりなのはわかるが、やはりここは黙って立ち去る方がいい。この台詞は、もし言うとしても貞美に向っていうべきもので、初対面である父親の貞三に向っていうべきものではない。おそらく宮本理恵子もそう考えたのだと思う。なんだか、こんなふうに解説すると、私が女心をわかっているような印象を与えるかもしれないが、全然、そんなことはないのである。女心は難しい。私にわかるのは女心一般ではなく、特定のタイプの(つまり私が好むタイプの)女性の気持ちなのである。
  もう一つ別のシーン。死の床にある貞美が娘のルイ(黒木メイサ)に氷室茜(平原綾香)への言伝をお願いする。

  貞美「ルイ」
  ルイ「(作業)―ハイ」
    間。
  貞美「居間いっぱいに押し花があるだろう?」
  ルイ「あるわ」
  貞美「あれはあれだけかね。もっとあるのかね」
  ルイ「いっぱいあるわ。整理してないのも」
    間。
  貞美「カンパニュラもあるかな」
  ルイ「カンパニュラ?」
  貞美「ああ」
  ルイ「あったわ、たしか。ラクチフローラか、ウェディングベルが」
    間。
  貞美「いつでもいいからそれを額装して、ある人の所に届けてくれないかな」
  ルイ「いいわよ。急ぐの?」
  貞美「いや、急がない。俺がいなくなったあとがいい」
  ルイ「―」
  貞美「そしてついでにその時、俺が死んだことをその人に伝えてくれ」
    間。
  ルイ「その人って、どういう人?」
    間。
  貞美「別に怪しい関係の人じゃない」
  ルイ「―」
  貞美「氷室茜っていう新人歌手だ」
  ルイ「(おどろいて)カンパニュラの恋で今売り出してる!?」
  貞美「ああ」
  ルイ「知ってるの!?」
  貞美「昔彼女が声の出なくなったとき、父さんが治してやったことがある」
  ルイ「―本当!」
  貞美「最近やっと日の目を見たらしいが、一寸前まではカツカツの暮らしをしてた」
  ルイ「―」
  貞美「バーのラウンジで弾き語りをしてて、父さん時々聴きに行ってたンだ」
  ルイ「―」
  貞美「世に出られてよかった」
  ルイ「判った。必ず届けに行く」
    間。
  貞美「やっぱり眩しいな。カーテン閉めてくれ」
    音楽―ゆっくりと盛り上がって消える。

  しかし、TVドラマでは、ルイの「その人って、どういう人」以下の会話はない。これはおそらく(実際に演じれらたが)時間の関係で編集でやむを得ずカットされた部分ではないかと思う。なぜなら、この部分がないと、貞美と茜がどうして知り合ったか視聴者にはわからないからだ。貞美は「別に怪しい関係の人じゃない」と言っているが、これは嘘で、茜は天性のプレーボーイ白鳥貞美の最後の愛人なのである。しかも茜はルイとそれほど年齢が違わない。私の感覚では、若い愛人への言伝を娘に託すというのは考えられないが(私なら友人に頼むだろう)、貞美は痛み止めの麻薬の副作用で冷静な思考ができなくなっているのだと考えるとしよう。ルイには茜が父親にとってどういう女性かわかったはずだ。たぶんルイが札幌のチャペルコンサートに来た茜に、コンサートの前に面会して、父親のことを伝えたのは、茜に対するジェラシーのためである。茜が貞美の死を知らされてショックを受けるのはわかっているから、普通はコンサートが終った後に面会するだろう(私が貞美の友人なら絶対にそうする)。しかし、ルイはコンサートを前にした茜と面会したのである。ここにはジェラシーと、そして復讐の心理が働いている。実際、貞美の死を知らされて、茜は取り乱し、一曲だけ歌ってコンサートは中止になるのであろう。その唯一の曲、「カンパニュラの恋」をBGMにして、札幌から富良野に帰るルイをカメラは追いかける。これはシナリオでは指示されていなかった部分で、もちろん宮本理恵子の演出だ。これも効果的だった。父親の依頼にかこつけて、父親の最後の愛人に辛い仕打ちを与えた、それをした自分に対してルイは自己嫌悪に似たものを感じている、そういう表情だった。ルイと茜、二人が対面する場面は、愛する者を喪った二人の女がその悲しみを共有する場面というふうには私には受け取れなかったのである。悲しみの共有はもっと時間が経過してから起こるもので、あの場面、茜は初めて貞美の死を知ったのである。初対面の貞美の娘と悲しみを共有するなんてことは無理である。一方のルイは貞美の死から3ヶ月近くが経過しているわけで、目の前で動揺している茜を冷静に見つめている。これも悲しみの共有というのとは違う。女性は愛する者を喪った悲しみを独占したいと、少なくとも当初は、思うものではないかと思う。自分はその人のことを誰よりも愛していた。だから喪失の悲しみもまた誰よりも大きいのだと。こんなふうに解説すると、私が女心をわかっているような印象を与えるかもしれないが・・・って、さっきも同じことを書きましたね。以下、省略。黒木メイサ、いいよね~(はるな愛の口調で)。それにしても、白鳥貞美、もてすぎです。くやしいです!(ザブングルの加藤歩の口調で)。
  このカットされた会話について、もう一言いうと、最後の「やっぱり眩しいな。カーテン閉めてくれ」という貞美の台詞は、それよりも前のシーンで、ルイが西日が顔に当たって眩しそうだからカーテンをしめようかと貞美に聞いて、貞美がそのままでいいと答え、そしてこういうのを何ていうか知ってるかとルイに質問し、ルイがわからないと答えると、「夕陽のガンマン」と言ってルイを笑わせるのである。ルイを笑わせるために眩しい西日を我慢していたのである。そのことを視聴者は「やっぱり眩しいな。カーテン閉めてくれ」という台詞から改めて知るのである。だからやはりこのシーンはカットすべきではなかったのだ。