フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

7月25日(土) 晴れ

2009-07-26 12:14:10 | Weblog

  9時、起床。豚肉のスープ煮、トースト、オレンジジュースの朝食。ケータイに義弟から「今日は小山台と雪谷の応援に行かないのですか?」というメールが届く。夏の高校野球の東東京予選で小山台高校(私・妻・息子の母校)と雪谷高校(娘の母校)がベスト8に勝ち進んでいて、今日、それぞれベスト4入りをかけた試合があるのだ。知らなかった。そういえば妻がそんなことを言っていたかもしれない。私は野球にあまり関心がなくて、プロ野球のオールスター戦をいまやっていることも知らなかった。でも母校には頑張ってほしい。球場に応援には行かないが、心の中で声援を送ることにしよう。
  「日常生活の社会学」の答案の採点にとりかかるが、なかなかペースがあがらない。昼食は息子を誘って喜多方ラーメンを食べに行く。和風の冷やしラーメンを注文したが、道を歩いているときは暑かったが、店内は冷房が効いているので、待っている間に汗が引いて、これなら普通のラーメンでもよかったように思う。こういうことはよくある。夏といえばカキ氷だが、カキ氷を食べる最適の場所は、お寺の境内の風通しのいい茶屋か海の家である。
  食事のあと、本屋に行くという息子と別れて、「テラス・ドルチェ」に珈琲を飲みに行く。家を出るとき上着を引っ掛けてくるのを忘れてしまったので、店内の冷房を少々きつく感じながら、持参した山田真茂留『<普通>という希望』を読む。山田さんは公的なことと私的なことを分けて考えようという姿勢のはっきりした方で、とくに公的な領域に私的なものが侵入してくることを回避・拒否しようとするが、面白いのは、そういう山田さんも本書の「注」の部分では個人的なエピソードをしばしば語っていることだ。つまり「本」(学術書)は全体としては公的な領域に属するものだが、その内部において、「本文」が公的領域、「注」が私的領域という相対的な棲み分けが意識されているのだ。現代社会に広く深く浸透している表出的個人主義(私的な感性やライフスタイルを重視するタイプの個人主義)に山田さんは批判的だが、それは山田さんが表出的個人主義から超然としているからではなく、それに膝あたりまで浸かりながらもそのことに自覚的であるからである。


踏み切りを渡る

  有隣堂で『村上春樹『1Q84』をどう読むか』(河出書房新社)を購入。35名の論者による『1Q84』論が載っている。賛否両論なのだが、以前から村上春樹に好意的な人は『1Q84』にも好意的だし、村上春樹に批判的な人は『1Q84』にも批判的である。村上春樹は好きだが今回はどうもねという人や、反対に、村上春樹は嫌いだったけど今回は見直したという人は、全体をパラパラと読んだ限りでは、一人もいなかったように思う。評論家にとっては、自分のこれまでの考えを修正するというのは難しいことなのだろうが、それでも、どこか頑なな感じがしてしかたがない。「村上春樹」という作家は評論家たちにとってのリトマス試験紙みたいなものなのだろう。
  深夜、フジテレビの「26時間TV」のコーナーの1つで、私が一番(というか唯一)楽しみにている明石家さんまと島田紳助のトーク(スマップの中居くんも同席しているが二人のトークのスピードについていけていなかった)を視聴する。先日の「笑っていいとも」で冒頭のトークコーナーでたもりとさんまの50分近いトークが話題になり、私もユーチューブで視聴したが、かつてさんまが「いいとも」のレギュラーだった頃に比べると、ギクシャクした感じがいかんともしがたかったが、さんまと紳助は若い頃から同じ吉本で切磋琢磨してきた間柄だけあって、自然体にしてかつ巧妙で、3時間にわたるトークを大いに楽しませてもらった。
  高校野球の方だが、小山台は成立学園に2-3で惜敗したが、雪谷は国士舘を7-5で破って準決勝に進出した。 


7月24日(金) 曇り時々小雨

2009-07-25 02:32:12 | Weblog
  9時半、起床。焼きソーセージ、トースト、オレンジジュースの朝食。11時過ぎに家を出る。駅への道の途中で定期券を忘れてきたことに気づく。妻に電話をして、「これから家に取りに戻るけれど、君も自転車でもってきてくれないか」と頼む。そうすれば途中で受け取ることができ、時間の遅れが最小限ですむと考えたのである。しかし、妻はすぐには出られないという。まだ化粧をしていないからだ。「大丈夫、君はノーメークでも十分に美しい」と言ってみたが、「無理です」とのこと。結局、あと50メートルで自宅というところで自転車に乗った妻と出遭う。あまり時間の節約にはならなかった。
  3限は「日常生活の社会学」の教場試験。登録者281名中、受験者263名(94%)。明らかに普段の出席率よりも高い。普段は70%くらいではなかろうか。もちろん座席がなくなるということはないのだが(登録者数=座席数なので)、「ここが空いてますよ」と遅れて教室に入ってきた学生に空席を指示をするのが一仕事である。試験開始は1時6分。終了は2時6分であった。回収した答案用紙を試験監督の院生たちが整理している間、教室に残っていた(次の時間の授業を待っている)学生たちに試験の出来について聞いたみたところ、みんな自信なさそうだった。ある女子学生が「先生の科目はこれまで2つ履修していますが、2つともB評価でした。今度はAがほしいです」と言ったので、「おっ、Bが2つですか。あと1つBをとったらA1つと交換できるね」と答える。「本当ですか!」と声のトーンが高くなる。もちろん嘘です。そもそもB3つとA1つの交換では単位不足になっちゃうじゃないの。
  4限は空き時間。研究室で昼食のおにぎりを食べながら、授業の下準備。5限は研究室で基礎演習の夏のレポートの個人相談。今回の組(6名)で最後。「この本全部読まれたんですか?」と毎回同じ質問をされる。いいえ、読んでません。本というものは必ずしも最初の頁から最後の頁まで読むものではないのです。読書というよりも調べものといった方があたっています。
  6限はゼミ。前期最後のゼミである。前半の発達心理学の文献の講読を8時までやって、後半は戸山キャンパス向かいの「レトロ」で納会。手探りで開始したゼミであるが、なんとか前期を終えることができた。私個人の満足度は80%。前半と後半の間にスイーツタイムを設けたのは成功であった。これは私のアイデア。えらい。本来は6限で終るはずが、毎回、7限まで延長し、最近では9時半終了というのがすっかり定着してしまったが、居眠りもなく、意欲的に取り組む姿勢がいい。えらい。ひとりひとりをほめてほしいとのリクエストがあったが、今日のところは集合的にほめておくにとどめる。10時、散会。次に全員がそろうのは9月の合宿のときである。みんな、よい夏休みを。たくさん本を読もう。


「レトロ」の前で


7月23日(木) 曇り

2009-07-24 02:25:19 | Weblog

  9時、起床。豚肉とブロッコリーの炒め、トースト、オレンジジュースの朝食。フィールドノートを更新し、12時に家を出る。高温多湿。
  3限は大学院の演習。4限は研究室で専門演習の個人レポートの相談・・・のつもりでいたら、院生のAさんの研究指導とダブルブッキングしてしまった。しまった。こういうミスをするとは、疲れが溜まってきているに違いない。早く夏休みに入らなきゃ。とりあえず先に始めていた個人レポートの相談を30分で切り上げて、残りの1時間を研究指導にあてた。Aさんには個人レポートの相談にも同席してもらって、学部生へのアドバスもしてもらったのだが、どうも卒論指導だと勘違いしていたようで、あれこれの文献を紹介してくれていたが、レポートの締め切りは1週間後なのである。
  5限は専門演習「現代社会とセラピー文化」の最終回。丸々、個人レポートの相談にあてる。参加者は7名。これくらいの人数だと演習という感じがする。結局、35名の受講生の半分と面談をしたことになる。話をすることで、平面的な印象しかなかった学生たちがそれぞれの陰影と奥行きをもった立体的な存在として現われてくる。
  「秀永」で夕食(油淋鶏定食)をとってから、研究室で明日の「日常生活の社会学」の教場試験の問題を作成する。う~ん、これは難問だ、というのは受講生がこのブログを見ているかもしれないことを意識しての発言で、ちゃんと授業に出て、テキストを読んで復習している学生には、なんてことない問題である。でも、なんてことない問題でも、やってみると、A+からFまでばらつきが発生するから不思議である。それが宇宙の秩序というものなのだろう。


夜の校舎

  帰りがけに丸善丸の内店に寄り、ドナルド・キーン『日本人の戦争 作家の日記を読む』(文藝春秋)、原武史編『「政治思想」の現在』(河出書房新社)を購入。文具コーナーをのぞいたら、一部のメーカーではあるが、もう来年の手帳が並んでいた。それらは7月始まりや9月始まりで、購入してすぐに使えるようになっている。この手帳の前倒し現象は一体どこまで進むのだろう。
  蒲田に着いて、電車の中で読んでいた山田真茂留『<普通>という希望』を「シャノアール」で切りのいいところまで読んでから、帰宅。


7月22日(水) 曇り

2009-07-23 11:31:52 | Weblog
  9時、起床。カレー、トースト、牛乳の朝食。11時に家を出る。路上で若者たちが空を見上げている。日蝕を観察しようとしているのだ(「日食」は日本食品とか日清食品とかの略称のような感じがするので「日蝕」と表記してほしい)。しかし生憎の曇り空。1週間ほど早ければ絶好の観察日和だったのにね。

目を閉じると見えました

  昼休み、研究室で卒業研究のガイダンスを一件。1時から臨時教授会。臨時といっても何か緊急事態が発生したわけではない、先週の教授会では時間がなくて取り上げられなかった案件を処理するためのものである。2時半に終る。夕方まで、研究室で仕事。
  同僚の山田真茂留先生から新著をいただく。『<普通>という希望』(青弓社)。

  「このくらいは<普通>のことだ―。<普通>や<常識>が規範として機能し、生活の最低限のモチベーションになっていた時代はもやは遠い過去になった。「当たり前に生きてはダメだ」「独自であれ」「自分らしさをもつために絶えず努力しろ」などの言説の渦のなかでせきたてられるように社会制度から抜け出した途端、社会に戻ることが許されず排除される時代を私たちは生きている。独自性の獲得や社会的成功を生きる指標にするがゆえに、困難に見舞われ、むなしさを感じ、苦悩する人々の現状を、大学生の率直なコメントや若者文化、「私」語りなどの身近な事例を導きの糸にして描き出す。そして、<普通><常識>をシニカルでニヒルな姿勢からではなく、真正面からしっかりと見据えて、希望に満ちた明るい<普通>さの可能性を探る」(本書裏表紙の紹介文)

  そこから抜け出すべき<普通>ではなくて、それに立ち戻るべき<普通>。捨て去るべき<普通>ではなくて、回復すべき<普通>。これからの社会と個人の問題を考える上で、非常に重要な概念であると思う。本書はロバート・N・ベラーの『心の習慣』の日本版かもしれない。私のゼミや専門演習「現代社会とセラピー文化」の受講生にはぜひ勧めたい本だ。
  夕方から、大田区役所で男女平等推進区民会議。担当各課からあがってきた自己点検(というレベルまで達していないものが多い)資料に目を通し、ディスカッション。9時半、終了。区役所側の中華居酒屋で暑気払い。


7月21日(火) 雨

2009-07-22 02:54:45 | Weblog
  9時半、起床。雨が降っている。しかも涼しい。梅雨明けは間違いだったんじゃないか、あれは梅雨の中休みというやつではなかったのかと、思わないでもない。昨夜の残りもののカレー、トースト、冷麦茶の朝食。
  今日は基礎講義(オンデマンド授業)のレビューシートとレポートの締切日。おそらく大学のパソコン・ルームは混雑していることだろう。通常の授業のレビューシートも締め切り当日に提出する学生が多いが、基礎講義の場合もそれは同じで、おかげで去年の今頃は大学のサーバーがパンク状態になって大変だった。今年はその辺のことは改善されているようで、多少接続が遅くなっている感じがする程度で、支障はない。
  私が担当している現代人間論系基礎講義1「現代人間論系への招待」には798枚のレビューシートがあった。もちろん全部、目を通した。そして簡単なコメント(読みましたという挨拶みたいなもの)を返した。質問が書かれている場合はそれに答え、他の講義へのレビューシートが紛れ込んでいる場合は注意を促した。大変そうな作業に思えるかもしれないが、全然、そんなことはない。短期間でまとめてやろうとしたら大変だが、レビューシートは4月から随時投稿できるので、一日に一度チェックするだけ、平均すれば一日10分程度の時間しかかからなかった。仕事を始める前の準備体操、あるいは就寝前の歯磨きみたいなものである。
  大変といえば大変なのは、これから始まるレポートの採点そしてコメントである。現代人間論系には、今回、293本のレポートが提出された。31日が採点の締め切りなので、他の科目の試験やレポートの採点の合間をみてやらなければならない。採点だけならそれほど大変でもないのだが、うちの論系では全部のレポートにコメントを付けて返すということをやっている(そういう教員は他の論系にもいるのかもしれないが、論系全体としてやっているのはうちだけだと思う。今年はどうだろう)。
  私は自分の担当分については、もう全部コメントをつけ終えてしまった。というのは私が担当する「現代人間論系基礎講義1」は論系全体の紹介編なので、一応レポートの対象になってはいるものの、実際に選択する学生は多くないのである。もしかしたら0本かもと思っていたが、さすがに0本ということはなく、12本あった。去年は紹介編のほかにもう1つ個別編の基礎講義を担当していたので、140本ほどのレポートを抱えて、これはさすがに大変だった。泣きながら、歯を食いしばって、全部にコメントを付けて返した。そのため涙は枯れ、「あなたって冷たい人ね」と女性から言われるようになり、奥歯はボロボロになり、就寝中はマウスピースを装着するように歯医者さんから指導され、でも、それでは熟睡できないので、困っている。もしかして労災の対象になるのではないかと考えたりするが、因果関係の立証は困難だろう。それが今年は12本。楽チンである。他の先生方に申し訳ない気もするが、去年がんばったことに免じて、許してね。