King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

お米パワー

2019年11月26日 09時48分51秒 | 珈琲

昨日は暖かく雨も上がり気分も軽くなる日でした。

夜走りに出ると亀の子石の周りにはお祭りの幟が立っていました。

桟敷建設の資材も搬入されいつも市役所駐車場からここを団子坂を

走り下りますが、亀の子石の公園はぐるりとテープで封鎖となっていました。

 

これはこれでそうかお祭りかという感じを出していますが、こちらの気分と

この気温との乖離でちっともお祭り気分でもないなと思うばかりです。

 

昨日書いた通り、スキーに早く行きたいと思う気持ちが今年は強いので

今オープンしているスキー場などの情報を日々見るのですが、かつては

11月には毎週のように一本しかない雪の廊下のようなところに一日滑りに

行っていましたが、今ではそんなこととてもできなそうということと他の

人は例え一時間でも滑るだけに出かけているということです。昨今は個人でも

地球のために飛行機に乗らないとかエコ袋を断るという人も増えています。

 

そんな時に人工雪の廊下を滑りに何時間もドライブして一時間滑るという行動は

どんな判断にかかるのか、そもそも得られる滑走感などはもはや言い訳にもならない

ものでしょう。かといってふかふかの雪を踏みに行くというスキーリゾートと何が

違うのかというのも説明もつかないものですが。

 

かの200SNOW REPORTSでも滑走記のほとんどが一回券三枚とか五枚とか

いう滑走記なのです。海外の上海やスペインなどの室内スキー場などもわざわざ

一時間券という一番少ない滑走量の券を買いそこだけを滑りに行っているような

ものを読むと趣味の範囲を超えなにかの使命を受け行動しているのかに思えるよう

もので、それでもそれにしては突如その行動も辞めており、ドバイや上海はなぜ行かない

のかという思いをします。

 

しかし、世の中ハルピンに行った人の記録などや真夏にヨーロッパアルプスへ

行った記録なども一泊二日とか二泊三日程度のものでわざわざスキーのためだけに

でかけたものなのです。

 

海外の人はスキーリゾートとして過ごすのに対して日本人は何かのミッションをこなすが

ごとき弾丸ツアーでそれだけをしに行き、わずかな滑走をして滑ったと世界に向け

発信しているという何とも無残な休暇の消化のようなものなのです。

 

それに比べ地域の人が祭りとともに生活があるというスタイルは日常と祭りが密着しており

長い時間の拘束なども気にせず参加して生活そのもののようにこなすのは国民性なので

しょうか。

 

こういう性質と呼応するかのようにNHKスペシャルでは食を特集してお米と日本人とを

結びつける番組をやっていました。

 

お米をたくさん食べる人は腸内細菌の組成で太りにくい体質であるという情報ですが、

これはこれで重要な物ですが受け取りようによってはすぐ日本人は優秀だとか別な意味に

取りかねないものを感じます。

 

これと祭りと天皇が即位してやたら行事やらのアピールが強くなったことと同列に

何かを意図しているのではと感じるのは私だけでしょうか。

 

かつての日本の歩みを見れば何かといいたいことはありますが、あえて細部には踏み入りません。

 

一日に三本だけ滑るだけにわざわざ何百キロの移動をするのも批判的でしたが、今年の春の

ことを考えると日帰りのスキーでも何のリゾート感もなくても滑りたいとなったら行っても

いいのではないかと最近考えるのです。

 

これも色々な可能性を今後の発展と鑑みての変化です。

 

どうしてもこの時期に見ておきたい景色があったらそのためだけに出かけてもいいのではと

思えてきたということです。

 

 

コメント
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