昔は神奈川の大磯にアトリエを構えていたが、20年前に故郷にもどり紫波町の小学校の廃校跡に住んでいた。そのアトリエに遊びに行ったのは10年くらい前だったろうか? グランドピアノやチェロが置いてある広い仕事場で早池峰山の超大作を描いていた。その時に「齢とると大作を手がけるのが億劫になる。だいたい夕方になるともう飲みたくなってくるので一向に絵筆がすすまない」とこぼしていた。生来の酒好きのため、夕方から飲み始めるとチビチビ続き12時頃まで飲んでいるようであった。美味しいものと日本酒には目がなかった。大叔母が言っていた。「まだ本人の飲みかけのお酒があるのよね」と。もちろん彼の努力と才能もあるが傍で見ていると、とても羨ましい人生だったと思う(合掌)。