都会に住んでいる人たちは、稲が生える田んぼの風景を、郊外や地方へ出た折の車や列車の窓越しに見たりすることはあっても、その香りにまで触れることはあまりないであろう。
稲の香りというのはたしかに一定の時期を除いてはそれほど強いものではない。
田植えが済んだばかりの折には、稲の匂いというよりどちらかといえば土の匂いのほうが強い。土をよく撹拌し、均し、そこへ根が浮かないように土のなかに差し込んで植えるのだから土の匂いが沸き立つのだろう。
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子供の頃、田植えはやったことがある。母方の実家が農家で、そこへ疎開していたので、農繁期の頃はよく手伝いに駆り出された。当時の農業はほとんど機械化されていなくて、簡単な道具のほかはすべてを人力に頼っていたから、猫の手も借りたい忙しさで、猫より多少ましな子どもも労働要員だったのだ。
だいたいが、植えている大人たちのところへ苗を運んだりする雑用が多かったが、時折は、「ほら、お前もやっってみろ」といわれ稲を植えたことがある。先程もいったが、浅くちょいちょいと置くぐらいだと、根が浮き上がってきてしまう。だから、根や茎に、人差指と中指を沿わすようにもって、そのままずぶりと差し込んで植える。これは今生きていると150歳に近いような爺さまから教わった。
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根がしっかりついて稲が成長し青々としてくる夏の盛り、稲の香が強くなる。むっとするような青臭い香りが傍らを通るものにまといつくが、決して不快ではない。その生命力を感じさせる匂いだ。
そして、夏の終わりに稲の花が咲く。
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秋、直立していた稲が色づき、うなだれる頃、またちがった香りがする。ほのかではあるが、そう、ご飯が炊きあがった時に近いような匂いがする。
この辺ではちょうど今がその頃で、この香りがだんだん強くなる今月末から来月はじめが稲刈りの時期になる。
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何やら造成工事を行っている向こう側も去年までは田んぼだった
子供の頃の話にに戻るが、稲刈りの折も田に出た。その頃、農村地区では、田植えの時期、稲刈りの時期には学校にも農繁期の休日(何日間ぐらいかは忘れた)があって、子どもたちも働き手として員数内だったわけである。
私の手伝った田では、田植えはさせてくれたが、稲刈りは鎌を使うので危険だからとして、させてはくれなかった。稲刈り用の鎌はノコギリ状の刃がついたもので、こんなものでスネでも引っ掻いたら痛みはもちろん、鋭利なもので切るよりも傷の治りも遅れるにちがいない。
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この稲刈りの時期、その香が稲の一生のうちでいちばん匂い立つのではなかろうか。あちこちで稲刈りが始まると、車で走っていても稲わらの匂いが感じられるほどだ。
その匂いたるや、ご飯が炊けたときの匂いを一層強くしたむせ返るようなもので、さぁ、今年もこの通り立派に実をつけ収穫に漕ぎ着けたぞと、辺りに高らかに宣言しているかのようだ。
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昨年の11月、稲刈りのあと この手前の休耕田にやがて家が建つ
こうして稲の一生の匂いは終焉する。
前にも書いたが、私のうちの周辺から、田んぼがどんどん消えている。いつまでこれらの匂いを嗅ぎ続けることができるだろうか。私がくたばるほうが早いかもしれない。たぶん。
稲の香りというのはたしかに一定の時期を除いてはそれほど強いものではない。
田植えが済んだばかりの折には、稲の匂いというよりどちらかといえば土の匂いのほうが強い。土をよく撹拌し、均し、そこへ根が浮かないように土のなかに差し込んで植えるのだから土の匂いが沸き立つのだろう。
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子供の頃、田植えはやったことがある。母方の実家が農家で、そこへ疎開していたので、農繁期の頃はよく手伝いに駆り出された。当時の農業はほとんど機械化されていなくて、簡単な道具のほかはすべてを人力に頼っていたから、猫の手も借りたい忙しさで、猫より多少ましな子どもも労働要員だったのだ。
だいたいが、植えている大人たちのところへ苗を運んだりする雑用が多かったが、時折は、「ほら、お前もやっってみろ」といわれ稲を植えたことがある。先程もいったが、浅くちょいちょいと置くぐらいだと、根が浮き上がってきてしまう。だから、根や茎に、人差指と中指を沿わすようにもって、そのままずぶりと差し込んで植える。これは今生きていると150歳に近いような爺さまから教わった。
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根がしっかりついて稲が成長し青々としてくる夏の盛り、稲の香が強くなる。むっとするような青臭い香りが傍らを通るものにまといつくが、決して不快ではない。その生命力を感じさせる匂いだ。
そして、夏の終わりに稲の花が咲く。
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秋、直立していた稲が色づき、うなだれる頃、またちがった香りがする。ほのかではあるが、そう、ご飯が炊きあがった時に近いような匂いがする。
この辺ではちょうど今がその頃で、この香りがだんだん強くなる今月末から来月はじめが稲刈りの時期になる。
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何やら造成工事を行っている向こう側も去年までは田んぼだった
子供の頃の話にに戻るが、稲刈りの折も田に出た。その頃、農村地区では、田植えの時期、稲刈りの時期には学校にも農繁期の休日(何日間ぐらいかは忘れた)があって、子どもたちも働き手として員数内だったわけである。
私の手伝った田では、田植えはさせてくれたが、稲刈りは鎌を使うので危険だからとして、させてはくれなかった。稲刈り用の鎌はノコギリ状の刃がついたもので、こんなものでスネでも引っ掻いたら痛みはもちろん、鋭利なもので切るよりも傷の治りも遅れるにちがいない。
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この稲刈りの時期、その香が稲の一生のうちでいちばん匂い立つのではなかろうか。あちこちで稲刈りが始まると、車で走っていても稲わらの匂いが感じられるほどだ。
その匂いたるや、ご飯が炊けたときの匂いを一層強くしたむせ返るようなもので、さぁ、今年もこの通り立派に実をつけ収穫に漕ぎ着けたぞと、辺りに高らかに宣言しているかのようだ。
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昨年の11月、稲刈りのあと この手前の休耕田にやがて家が建つ
こうして稲の一生の匂いは終焉する。
前にも書いたが、私のうちの周辺から、田んぼがどんどん消えている。いつまでこれらの匂いを嗅ぎ続けることができるだろうか。私がくたばるほうが早いかもしれない。たぶん。