遅場米の産地であるこのあたりも、さすがに先々週の末あたりでほとんど稲刈りが終了した。
そのなかで、毎年、稲架(はざ)掛けをする田の様子が最初の3枚である。
稲架掛けをしない田のように、稲わらがばらばらになって田に堆積するのではなく、稲束として刈られる。それを、稲木にかけて天日干しにする。
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いま、一般的なのは稲刈りの段階で籾だけにし、それを機械乾燥させるのだが、稲架掛け方がはるかに手間がかかる。しかし、稲架掛けに依る天日干しのファンもいて、これらはそれを明記することによってプレミアが付くようだ。
作業をしていた田んぼの持ち主に、「写真を撮っていいですか」と訊いたら、「母ちゃんの顔を撮らなければ」といって許してくれた。母ちゃんの顔は見る人の想像に任せよう。
ところで、気になる田んぼがある。私のうちから見下ろせる田んぼであり、田均しから田植えと、私が毎年ウオッティングしている田んぼである。
早いところから比べると2週間以上、遅いところからでも1週間は経つのに、未だに刈り取る様子はない。
土曜日に、所要でこの辺をあちこち行ったのだが、私が見た限り、刈られていないのはもうこの田のみである。日曜も刈られなかった。
この田の持ち主の米作りにはある種の特色がある。有機農業まがいの土入れなどをしているが、それほど厳密にそれに徹しているようにも見えない。
また、用いられる農機具も、それに詳しい友人がその写真を見て驚くほど古いものを使っている。実のところ、その古いコンバインが故障しているのではと密かに心配もしている。
でも思い出してみれば、田植えもほかの田よりかなり遅かったようだからこれでいいのかもしれない。
ついでにこの田んぼ、一昨年は9月の風と雨で、かなりの部分が稲の倒壊に見舞われ、稲刈りにとても苦労していた。今年はそんなことはないのだから、早く刈り取って私を安心させてほしい・・・って単なる私の主観的願望だろう。
最後に、あまり書きたくない事実をひとつ。
やはり土曜日、私の家の前の道路より東に走る岐阜市の幹線道路に沿って、郵便局からスーパーへ向かう途中、かなり広い田んぼが埋めててられているのを目撃したのだ。
その面積たるや5~6反=1,500坪から1,800坪=約5,000㎡~6,000㎡にも及ぶ。
もういつでも上モノが建立てられる状況だ。一体何ができるのだろうか。この右手に100メートルほど行ったところに私がいつも行くスーパーがある。
もしここに、大型の商業施設ができるなら、熾烈な競争になり、通例としては古いものが駆逐されるであろう。
これら商業施設の争いは、いわば仁義なき戦いで、食うか食われるかだから、その趨勢にはさして興味はない。
問題はこれほど広大な農地が、手放されたという事実だ。そこには都市近郊の農業者、とりわけ小規模で兼業農家の将来への展望が重ね合わされている。今問題の、TPPも関連していることだろう。
かつて、農地の保有は、先祖伝来の保険のようなものであった。それがもろくも崩れ去ったのがこの状況だろうと思う。
当事者でもなんでもない私が、岡目八目でとやかく言う問題でもないし、田園風景へのノスタルジーのみで、農家の生活がかかった判断に何かを言うことなどできないことは重々承知している。
ただし、この地に半世紀以上住み続けた私が、寂しいと呟くぐらいは許してもらえるだろう。
【おまけ】Googleで、「稲の倒壊」と打って、「画像」を検索すると、最初の方の4枚ほどは、一昨年ここに掲載した、私の写真。それをクリックすると、「レ・ミゼラブル! 稲よ 立ち上がれ! 」という一昨年の私のブログが出てくる。
そのなかで、毎年、稲架(はざ)掛けをする田の様子が最初の3枚である。
稲架掛けをしない田のように、稲わらがばらばらになって田に堆積するのではなく、稲束として刈られる。それを、稲木にかけて天日干しにする。
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いま、一般的なのは稲刈りの段階で籾だけにし、それを機械乾燥させるのだが、稲架掛け方がはるかに手間がかかる。しかし、稲架掛けに依る天日干しのファンもいて、これらはそれを明記することによってプレミアが付くようだ。
作業をしていた田んぼの持ち主に、「写真を撮っていいですか」と訊いたら、「母ちゃんの顔を撮らなければ」といって許してくれた。母ちゃんの顔は見る人の想像に任せよう。
ところで、気になる田んぼがある。私のうちから見下ろせる田んぼであり、田均しから田植えと、私が毎年ウオッティングしている田んぼである。
早いところから比べると2週間以上、遅いところからでも1週間は経つのに、未だに刈り取る様子はない。
土曜日に、所要でこの辺をあちこち行ったのだが、私が見た限り、刈られていないのはもうこの田のみである。日曜も刈られなかった。
この田の持ち主の米作りにはある種の特色がある。有機農業まがいの土入れなどをしているが、それほど厳密にそれに徹しているようにも見えない。
また、用いられる農機具も、それに詳しい友人がその写真を見て驚くほど古いものを使っている。実のところ、その古いコンバインが故障しているのではと密かに心配もしている。
でも思い出してみれば、田植えもほかの田よりかなり遅かったようだからこれでいいのかもしれない。
ついでにこの田んぼ、一昨年は9月の風と雨で、かなりの部分が稲の倒壊に見舞われ、稲刈りにとても苦労していた。今年はそんなことはないのだから、早く刈り取って私を安心させてほしい・・・って単なる私の主観的願望だろう。
最後に、あまり書きたくない事実をひとつ。
やはり土曜日、私の家の前の道路より東に走る岐阜市の幹線道路に沿って、郵便局からスーパーへ向かう途中、かなり広い田んぼが埋めててられているのを目撃したのだ。
その面積たるや5~6反=1,500坪から1,800坪=約5,000㎡~6,000㎡にも及ぶ。
もういつでも上モノが建立てられる状況だ。一体何ができるのだろうか。この右手に100メートルほど行ったところに私がいつも行くスーパーがある。
もしここに、大型の商業施設ができるなら、熾烈な競争になり、通例としては古いものが駆逐されるであろう。
これら商業施設の争いは、いわば仁義なき戦いで、食うか食われるかだから、その趨勢にはさして興味はない。
問題はこれほど広大な農地が、手放されたという事実だ。そこには都市近郊の農業者、とりわけ小規模で兼業農家の将来への展望が重ね合わされている。今問題の、TPPも関連していることだろう。
かつて、農地の保有は、先祖伝来の保険のようなものであった。それがもろくも崩れ去ったのがこの状況だろうと思う。
当事者でもなんでもない私が、岡目八目でとやかく言う問題でもないし、田園風景へのノスタルジーのみで、農家の生活がかかった判断に何かを言うことなどできないことは重々承知している。
ただし、この地に半世紀以上住み続けた私が、寂しいと呟くぐらいは許してもらえるだろう。
【おまけ】Googleで、「稲の倒壊」と打って、「画像」を検索すると、最初の方の4枚ほどは、一昨年ここに掲載した、私の写真。それをクリックすると、「レ・ミゼラブル! 稲よ 立ち上がれ! 」という一昨年の私のブログが出てくる。