二月になってから幾ばくもしないのに、岐阜の繁華街(?)柳ヶ瀬へ出る機会が2度もあった。
かつて、終末や休日となると、肩すりあわせてでないと歩くことができなかった栄華の日々は、もはや偲ぶべくもないが、落日後を思わせる街の佇まいが、再開発されたスマートな町並みにはない独特のくすんだ風情を漂わせ、そのなかに、残り火のように光るものもある。
そんな街を逍遥しながら、アトランダムに。

シャッター通りに不釣り合いな流線型の三輪スクーターを見つけた。
後ろには「弁当女の子」の文字が。
なんだろう? これで弁当を売ったり運んだりしているのだろうか。
よくわからない。そしてそれが面白い。

名古屋から来る女性4人を含む総勢7人で、知る人ぞ知る「娯楽の殿堂」へ。
聞くところによると、こうした場所はもはや全国に20箇所前後しかないのだとか。
半円形に舞台を囲い込んで観るショウは、淫靡な感じなどいささかもなく、カラッとしていて楽しい。さして広くない客席とあって、演者と観客との交流も濃密だ。
また、そうした時間を設定してあって、それ自身が「参加型」のショウともいえる。
ここには、劇場や舞台全体を含めて、独特の文化が息づいていた。

大満足をした後、一同、昭和の匂いを残したレトロな居酒屋で話が弾む。
私は、同会の「シニア部長」だそうだ。
部長といわれる限り、私同様なシニアの部下を見つけねばなるまい。

日を改めてやはり柳ヶ瀬にでた。
映画「沈黙 サイレンス」を観る。
これについては、然るべきところに書く予定があるのでここには書かない。
半世紀前に原作を読んだ折の自分の置かれた状況がふつふつと蘇ってきたことのみを書いておこう。

映画を終えて外に出たら、閉店した百貨店の前で、子どもたちが琉球舞踊エイサーの練習をしている。保護者のような人に、了承を得て写真を撮らせてもらう。
話を聞いたら、三月に行われる公演に向けての練習だとのこと。
そのチラシを貰ったのでそれを貼り付けておこう。


柳ヶ瀬は、未だ明確な再開発や再生への道をもってはいないと思う。
また、外部からそれを押し付けられることがあっても、それが本当に活性化につながるかどうかも疑問である。
しかし、つぶさにみれば、キラリと光るものが随所にあるはずだ。それらを外部に向けた健全なウリにのみに限定して探しても見つからない場合もあろう。
今回は、私が知らなかったというか、あまり意識していなかった街の様相を、少しばかり見つけ直したような気がした。
かつて、終末や休日となると、肩すりあわせてでないと歩くことができなかった栄華の日々は、もはや偲ぶべくもないが、落日後を思わせる街の佇まいが、再開発されたスマートな町並みにはない独特のくすんだ風情を漂わせ、そのなかに、残り火のように光るものもある。
そんな街を逍遥しながら、アトランダムに。

シャッター通りに不釣り合いな流線型の三輪スクーターを見つけた。
後ろには「弁当女の子」の文字が。
なんだろう? これで弁当を売ったり運んだりしているのだろうか。
よくわからない。そしてそれが面白い。

名古屋から来る女性4人を含む総勢7人で、知る人ぞ知る「娯楽の殿堂」へ。
聞くところによると、こうした場所はもはや全国に20箇所前後しかないのだとか。
半円形に舞台を囲い込んで観るショウは、淫靡な感じなどいささかもなく、カラッとしていて楽しい。さして広くない客席とあって、演者と観客との交流も濃密だ。
また、そうした時間を設定してあって、それ自身が「参加型」のショウともいえる。
ここには、劇場や舞台全体を含めて、独特の文化が息づいていた。

大満足をした後、一同、昭和の匂いを残したレトロな居酒屋で話が弾む。
私は、同会の「シニア部長」だそうだ。
部長といわれる限り、私同様なシニアの部下を見つけねばなるまい。

日を改めてやはり柳ヶ瀬にでた。
映画「沈黙 サイレンス」を観る。
これについては、然るべきところに書く予定があるのでここには書かない。
半世紀前に原作を読んだ折の自分の置かれた状況がふつふつと蘇ってきたことのみを書いておこう。

映画を終えて外に出たら、閉店した百貨店の前で、子どもたちが琉球舞踊エイサーの練習をしている。保護者のような人に、了承を得て写真を撮らせてもらう。
話を聞いたら、三月に行われる公演に向けての練習だとのこと。
そのチラシを貰ったのでそれを貼り付けておこう。


柳ヶ瀬は、未だ明確な再開発や再生への道をもってはいないと思う。
また、外部からそれを押し付けられることがあっても、それが本当に活性化につながるかどうかも疑問である。
しかし、つぶさにみれば、キラリと光るものが随所にあるはずだ。それらを外部に向けた健全なウリにのみに限定して探しても見つからない場合もあろう。
今回は、私が知らなかったというか、あまり意識していなかった街の様相を、少しばかり見つけ直したような気がした。