これはいかん。考えたら、ここ2、3日というもの、ほとんど家を出ていないし、したがって、歩いていない、ひと様と口もきいていない。このままでは、独居老人のヒッキーになってしまう。
ちょうど、銀行にゆく用件があったので、歩くことにした。といっても大した距離ではない。せいぜい往復3,000歩ぐらいだ。でも今の私にとっては、その移動のために体を動かすことは必要なことだし、それに今回の用というのがATMではすまないことなので、窓口の人と話すこともできる。

出かける前に発声練習で「あいうえお」などと言ってみる。というのは、同じような状況だった先日、いきなり電話がかかってきて受話器を取り上げたのだが、うまく声が出ないことがあったからだ。
ようやくでた声が、どこかが漏れているようなかすれ声で、相手から、「風邪でも引いたんですか」と訊かれてしまった。

エンジンや機械類が、使わないまま放置しておくと錆びついてしまうように、私の機能も随分怪しくなってきている。いちばん可能性があるのが頭脳の衰えで、認知などの障害のほかに、老害による感受性や思考能力、あるいは表現能力の低下などは確実に私を蝕みつつあるのだろう。
日記やブログの更新が間遠になって来ているのも、その兆候だろう。何かに接して、それを受容し、咀嚼しながら表現し返してゆくという作業そのものが幾分億劫になってきているのだ。
それではというので、銀行の帰り、いつもは素通りするだけの鎮守の境内を散策し、しばしのウオッチングを試みることとした。ここは昨秋、2、3人の人たちが、スマホ片手にウロウロしていたところである。ポケモンがいるのかもしれない。

それはともかく、鎮守の森の社殿の裏には、日常では見かけないいろいろなものがある。それらをガラケーで撮っては来たが、それらが何であるのかはよくわからない。
何か文字が彫ってあったのが、長い歳月風雨にさらされて、解読不能なものもある。その形状からして何であるかを推し量ることができるもの、形状ははっきりしているがなんだかわからないものもある。切り倒された樹木や、一箇所に集められた鯱瓦の破損したものなど、人為の痕跡をはっきりとどめたものもある。
それも含めてここはちょっとしたワンダーランドだ。もう少し暖かくなったら、それらの痕跡をもっと丁寧に観るためにゆっくり来たいものだ。

猿面のような写真があるが、片目はもともとそうなっていたが、もう一方にも黒い石を置くことをやってのけたのは私である。だからこの猿面そのものには意味はないが、その土台の石がなんであったのかはやはり謎である。

こんな片田舎の小さな神社にもある遺物のような品々、これらに精通しその由来などを知る人はいるのだろうか。もう少し範囲を広げて考えると、全国にはたくさんのこうしたお社があり、大は観光の目玉としてしっかり管理されているものから、もはや地域からも見放されて荒れ放題になっているものまでがあると思われる。
そしてその一つ一つに、遺物のような痕跡があるとしたら、それらのうちには、もはやかつてそれがなんであったのかもわからず、その機能からも切り離されて、たんなるモノ、オブジェとして遺されているものもかなりあるのではないだろうか。
それらは、歴史においての連続と非連続を象徴するまさに痕跡そのものであるのかもしれない。
ちょうど、銀行にゆく用件があったので、歩くことにした。といっても大した距離ではない。せいぜい往復3,000歩ぐらいだ。でも今の私にとっては、その移動のために体を動かすことは必要なことだし、それに今回の用というのがATMではすまないことなので、窓口の人と話すこともできる。


出かける前に発声練習で「あいうえお」などと言ってみる。というのは、同じような状況だった先日、いきなり電話がかかってきて受話器を取り上げたのだが、うまく声が出ないことがあったからだ。
ようやくでた声が、どこかが漏れているようなかすれ声で、相手から、「風邪でも引いたんですか」と訊かれてしまった。

エンジンや機械類が、使わないまま放置しておくと錆びついてしまうように、私の機能も随分怪しくなってきている。いちばん可能性があるのが頭脳の衰えで、認知などの障害のほかに、老害による感受性や思考能力、あるいは表現能力の低下などは確実に私を蝕みつつあるのだろう。
日記やブログの更新が間遠になって来ているのも、その兆候だろう。何かに接して、それを受容し、咀嚼しながら表現し返してゆくという作業そのものが幾分億劫になってきているのだ。
それではというので、銀行の帰り、いつもは素通りするだけの鎮守の境内を散策し、しばしのウオッチングを試みることとした。ここは昨秋、2、3人の人たちが、スマホ片手にウロウロしていたところである。ポケモンがいるのかもしれない。

それはともかく、鎮守の森の社殿の裏には、日常では見かけないいろいろなものがある。それらをガラケーで撮っては来たが、それらが何であるのかはよくわからない。
何か文字が彫ってあったのが、長い歳月風雨にさらされて、解読不能なものもある。その形状からして何であるかを推し量ることができるもの、形状ははっきりしているがなんだかわからないものもある。切り倒された樹木や、一箇所に集められた鯱瓦の破損したものなど、人為の痕跡をはっきりとどめたものもある。


それも含めてここはちょっとしたワンダーランドだ。もう少し暖かくなったら、それらの痕跡をもっと丁寧に観るためにゆっくり来たいものだ。

猿面のような写真があるが、片目はもともとそうなっていたが、もう一方にも黒い石を置くことをやってのけたのは私である。だからこの猿面そのものには意味はないが、その土台の石がなんであったのかはやはり謎である。

こんな片田舎の小さな神社にもある遺物のような品々、これらに精通しその由来などを知る人はいるのだろうか。もう少し範囲を広げて考えると、全国にはたくさんのこうしたお社があり、大は観光の目玉としてしっかり管理されているものから、もはや地域からも見放されて荒れ放題になっているものまでがあると思われる。
そしてその一つ一つに、遺物のような痕跡があるとしたら、それらのうちには、もはやかつてそれがなんであったのかもわからず、その機能からも切り離されて、たんなるモノ、オブジェとして遺されているものもかなりあるのではないだろうか。
それらは、歴史においての連続と非連続を象徴するまさに痕跡そのものであるのかもしれない。