今日は「LINE」と言うスマホアプリの話である。
やり始めて数ヶ月が経ち、それにしては気づくのがだいぶ遅かったが、私はあることに気が付いた。
このスマホアプリはマンガのフキダシみたいな形で文字会話ができるのだが、そこの自分の会話(フキダシ)の横に好きな写真やマークを挿入することができるのである。
そしてそれとは別に、自分のホーム画面という所にも自分の気に入った写真を入れることができるのだ。
私は最近カメラ撮りが趣味である。だから、ここのホーム画面の写真はぜひ、自分で撮ったナイスショットの写真を入れて、こまめに更新したい!!と考えた。
そして実際にやってみたのだが、あることに気が付いた。
このアプリはそこの写真を別のものに更新するたびに「タイムライン」と言う自分の知り合いの誰もが見れる画面に載ってしまい、それが結構何日も残り続けるのである。(あくまで自分の知り合いだけが見れる画面であり、不特定多数の見知らぬ人にはそれは見えない)
ちなみにその画面では「いいね!」とかコメントも入れられるようになっているのである。
こんな説明で理解できる内容なのかどうか疑問だが、更に話を続けたい。
数日前にこの仕組みを理解した私は「面倒なツールだな」と思った。
と言うのは、私の友人の中にはいろんな推測や憶測をするのが好きな人もいて、特にここでお馴染みの頭文字にGがつく友人が何を考えるか分からないからである。
土曜日にはこんなことがあった。
Aさんから電話が掛かってきたがその場で取れなかったので、私は折り返すべく電話をするはずが、携帯料金がもったいないので、LINEの無料会話で電話をすることにした。・・・が、私も指が太いのか、うっかり間違えてG子の所を押してしまったようで、G子が電話に出てきたのだ。
「あ、ごめん!!!」と私は大声で言い「電話かけるの間違えちゃった、後でかけるね」と言って用が済んでからG子にゴメンゴメンと電話(LINEの無料電話)を掛け直すと、G子は「それはどうして自分と間違えたのか、相手を間違えたのか、それとも○○(←中身はよく聞こえなかった)を間違えたのか」と言い、私がどうして間違えたのかを過去に遡って現場検証するのである。(そういう一連の検証をして、あぁこの人はこういう考えでこういう行動を取ったのねと言うのが納得できないとそこから前に進めないタチなのだろう。)
それから過去には元彼の携帯のロック番号を暴いて開けてみせて「誰でも分かる番号でロックかけるんじゃないよ」と睨みをきかせたこともある。(詳しくはココに記載)
そんなこんなを想像すると、私はまたしてもヘビに睨まれたカエルのような心境になっていくのである。私が新しいカメラで撮った写真をとっかえひっかえすることも、「いいね!」をくれた友達のこと(交流関係その他)も、ヘビの眼に睨まれ「G」と言うコンピューターに次々データインプットされていくような気がしてならないのである。実際にそんなことはないのだろうが、そう言う気がしてしまうのである。
せめて「いいね」とかコメント欄がなければいいのに。
ブログ友達のことを「この人誰?」と説明するのも面倒だし、かといって友達がいないと思われるのも何となくシャクである。(G子は友達が多い方が素晴らしいと言う価値観を持っているのだ。)
また大喧嘩になった時に「友達いないくせに」と言ってくる。普段は何も言わずそういうデータを揃えておいて、いざという時にぶちまけるのだ。経験者は語れる。
その他にもいろいろ考えて行くと疲れる。
だから私は決めた。タイムラインは非表示にする。誰にも知らせない。
自分1人だけで写真をとっかえひっかえ楽しむ事にする。
やり始めて数ヶ月が経ち、それにしては気づくのがだいぶ遅かったが、私はあることに気が付いた。
このスマホアプリはマンガのフキダシみたいな形で文字会話ができるのだが、そこの自分の会話(フキダシ)の横に好きな写真やマークを挿入することができるのである。
そしてそれとは別に、自分のホーム画面という所にも自分の気に入った写真を入れることができるのだ。
私は最近カメラ撮りが趣味である。だから、ここのホーム画面の写真はぜひ、自分で撮ったナイスショットの写真を入れて、こまめに更新したい!!と考えた。
そして実際にやってみたのだが、あることに気が付いた。
このアプリはそこの写真を別のものに更新するたびに「タイムライン」と言う自分の知り合いの誰もが見れる画面に載ってしまい、それが結構何日も残り続けるのである。(あくまで自分の知り合いだけが見れる画面であり、不特定多数の見知らぬ人にはそれは見えない)
ちなみにその画面では「いいね!」とかコメントも入れられるようになっているのである。
こんな説明で理解できる内容なのかどうか疑問だが、更に話を続けたい。
数日前にこの仕組みを理解した私は「面倒なツールだな」と思った。
と言うのは、私の友人の中にはいろんな推測や憶測をするのが好きな人もいて、特にここでお馴染みの頭文字にGがつく友人が何を考えるか分からないからである。
土曜日にはこんなことがあった。
Aさんから電話が掛かってきたがその場で取れなかったので、私は折り返すべく電話をするはずが、携帯料金がもったいないので、LINEの無料会話で電話をすることにした。・・・が、私も指が太いのか、うっかり間違えてG子の所を押してしまったようで、G子が電話に出てきたのだ。
「あ、ごめん!!!」と私は大声で言い「電話かけるの間違えちゃった、後でかけるね」と言って用が済んでからG子にゴメンゴメンと電話(LINEの無料電話)を掛け直すと、G子は「それはどうして自分と間違えたのか、相手を間違えたのか、それとも○○(←中身はよく聞こえなかった)を間違えたのか」と言い、私がどうして間違えたのかを過去に遡って現場検証するのである。(そういう一連の検証をして、あぁこの人はこういう考えでこういう行動を取ったのねと言うのが納得できないとそこから前に進めないタチなのだろう。)
それから過去には元彼の携帯のロック番号を暴いて開けてみせて「誰でも分かる番号でロックかけるんじゃないよ」と睨みをきかせたこともある。(詳しくはココに記載)
そんなこんなを想像すると、私はまたしてもヘビに睨まれたカエルのような心境になっていくのである。私が新しいカメラで撮った写真をとっかえひっかえすることも、「いいね!」をくれた友達のこと(交流関係その他)も、ヘビの眼に睨まれ「G」と言うコンピューターに次々データインプットされていくような気がしてならないのである。実際にそんなことはないのだろうが、そう言う気がしてしまうのである。
せめて「いいね」とかコメント欄がなければいいのに。
ブログ友達のことを「この人誰?」と説明するのも面倒だし、かといって友達がいないと思われるのも何となくシャクである。(G子は友達が多い方が素晴らしいと言う価値観を持っているのだ。)
また大喧嘩になった時に「友達いないくせに」と言ってくる。普段は何も言わずそういうデータを揃えておいて、いざという時にぶちまけるのだ。経験者は語れる。
その他にもいろいろ考えて行くと疲れる。
だから私は決めた。タイムラインは非表示にする。誰にも知らせない。
自分1人だけで写真をとっかえひっかえ楽しむ事にする。