今日は数日振りに天気もよくなった。
週の終わりに来ると、何となくホッとする。
ちょっと散らかってしまった部屋を見て、週末片付けようなんて想像したりして、できなかったりして。
接骨院は混んでいて早々に諦め、見切りスーパーに行くと、ここでも普段より人出が多い。
適当に選んで今日は帰ってきた。
ご飯もあまり残ってなかったし。
kekeにごはんだよーと言いながらコタツに惣菜を並べながら、今日はこんな感じなんて言って、見慣れない包みがあるので、「これなんだっけ(・・?」と言うと、kekeがそこから取り出したもの。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/45/87/a8bcafb7142c6e65a3b49960496f6c2a_s.jpg)
ジャン!
「えーーーーーーっ!ウィスキー(@_@)?!」
え?なんでなんでなんで???いったいなんで?今日母の日だっけ?と言うと、「ここ数日眠れないから飲んでみたかった」と言う。
「これ、高かったんじゃないの?」「そうでもない、1700円」とkekeは言い、一緒に炭酸水も買ってある。
えーなんかもったいないねぇ、いいのかなぁいいのかなぁと言うと、「どうぞ」と言う。
kekeは作り方が分からないと言うので、「えーと」と私は言い、この指一本の深さに入れるのがシングルで、二本がダブルです、と言って氷を入れたグラスを渡すと、まずkekeが自分のにトクトクトクと入れ(あー、この音が何ともたまらん!)、どう見ても3本分ぐらい入ってるだろー。
まぁいいか、コップも小さいし。
kekeはロックでもいいよと言うけど、「ロックでは飲んだことがないよ、どっち入れる?」と言うと、kekeは炭酸水を買ってきたのにもったいないのか、今日は水で薄めると言う。
そして二人で飲みながら、何で眠れなかったのかなぁ?と言うと、「自分の将来が心配だから」と言う。
今のバイトでは正社員になれないの?と尋ねると、「たぶんならないと思う。4年ずっとバイトの人もいるから。」と言う。「一番削りたいのが人件費だから」とも言う。
それから昔の事も話した。
kekeはお父さん(元夫でなくても良かったようだ)が居てほしかったこと。
同じクラスに母子家庭が誰もいなくて(それは偶然でもあったのだが)、母親と二人で外食するのがとても肩身が狭かったこと。
自分が女々しい性格なのは男親が居ないからではないのか、と思っていること。
「最低限に頑張っていたのは分かるけど、そこはどうにかしてほしかった。せめて離婚するのは中学とか小学校高学年とか、あの(多感な)時期だけは避けてほしかった。」とkekeは言う。
あぁと私は言い、「この年になった今だったら他に方法があったかもしれない。例えば心が通わなくても一緒に暮らしていくこととか。でもやっぱり若かったんだ。32とか33だったのだもの。パパも私も若かったから仕方なかったんだよ。」と私は言った。
kekeは(相手もいないし結婚するなんて考えられないけど)、自分は絶対にそんな事はしないと言う。
それからいろいろ話をした。
いつ死ぬか分からない自分を養うために掛かった費用は無駄だと思わないのか?と言うから「親はそんな風には決して思わないものだよ。(なっていないと分からないと思うけど)」と言う話や、死のうと思うぐらいなら、いっそのこと有り金全部もって物価の安い国で暮らしたらどうだろう、二人で、とか。そんな非現実的な話もした。
それからおじいちゃん、おばあちゃんがどんなにkekeが好きだったか。
「私がまだ事故を起こしてないのはおばあちゃんが見守ってるからだと思う。」と言うと、kekeも「それはあると思う。」と言うので、「おばあちゃんは絶対見守ってくれてるからね。」と私は言う。
大したことは言えなかったけど、話は2時間近くに及んだ。
そして、もう寝ることにした。
週の終わりに来ると、何となくホッとする。
ちょっと散らかってしまった部屋を見て、週末片付けようなんて想像したりして、できなかったりして。
接骨院は混んでいて早々に諦め、見切りスーパーに行くと、ここでも普段より人出が多い。
適当に選んで今日は帰ってきた。
ご飯もあまり残ってなかったし。
kekeにごはんだよーと言いながらコタツに惣菜を並べながら、今日はこんな感じなんて言って、見慣れない包みがあるので、「これなんだっけ(・・?」と言うと、kekeがそこから取り出したもの。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/45/87/a8bcafb7142c6e65a3b49960496f6c2a_s.jpg)
ジャン!
「えーーーーーーっ!ウィスキー(@_@)?!」
え?なんでなんでなんで???いったいなんで?今日母の日だっけ?と言うと、「ここ数日眠れないから飲んでみたかった」と言う。
「これ、高かったんじゃないの?」「そうでもない、1700円」とkekeは言い、一緒に炭酸水も買ってある。
えーなんかもったいないねぇ、いいのかなぁいいのかなぁと言うと、「どうぞ」と言う。
kekeは作り方が分からないと言うので、「えーと」と私は言い、この指一本の深さに入れるのがシングルで、二本がダブルです、と言って氷を入れたグラスを渡すと、まずkekeが自分のにトクトクトクと入れ(あー、この音が何ともたまらん!)、どう見ても3本分ぐらい入ってるだろー。
まぁいいか、コップも小さいし。
kekeはロックでもいいよと言うけど、「ロックでは飲んだことがないよ、どっち入れる?」と言うと、kekeは炭酸水を買ってきたのにもったいないのか、今日は水で薄めると言う。
そして二人で飲みながら、何で眠れなかったのかなぁ?と言うと、「自分の将来が心配だから」と言う。
今のバイトでは正社員になれないの?と尋ねると、「たぶんならないと思う。4年ずっとバイトの人もいるから。」と言う。「一番削りたいのが人件費だから」とも言う。
それから昔の事も話した。
kekeはお父さん(元夫でなくても良かったようだ)が居てほしかったこと。
同じクラスに母子家庭が誰もいなくて(それは偶然でもあったのだが)、母親と二人で外食するのがとても肩身が狭かったこと。
自分が女々しい性格なのは男親が居ないからではないのか、と思っていること。
「最低限に頑張っていたのは分かるけど、そこはどうにかしてほしかった。せめて離婚するのは中学とか小学校高学年とか、あの(多感な)時期だけは避けてほしかった。」とkekeは言う。
あぁと私は言い、「この年になった今だったら他に方法があったかもしれない。例えば心が通わなくても一緒に暮らしていくこととか。でもやっぱり若かったんだ。32とか33だったのだもの。パパも私も若かったから仕方なかったんだよ。」と私は言った。
kekeは(相手もいないし結婚するなんて考えられないけど)、自分は絶対にそんな事はしないと言う。
それからいろいろ話をした。
いつ死ぬか分からない自分を養うために掛かった費用は無駄だと思わないのか?と言うから「親はそんな風には決して思わないものだよ。(なっていないと分からないと思うけど)」と言う話や、死のうと思うぐらいなら、いっそのこと有り金全部もって物価の安い国で暮らしたらどうだろう、二人で、とか。そんな非現実的な話もした。
それからおじいちゃん、おばあちゃんがどんなにkekeが好きだったか。
「私がまだ事故を起こしてないのはおばあちゃんが見守ってるからだと思う。」と言うと、kekeも「それはあると思う。」と言うので、「おばあちゃんは絶対見守ってくれてるからね。」と私は言う。
大したことは言えなかったけど、話は2時間近くに及んだ。
そして、もう寝ることにした。
自分が記憶している限り、
kekeさんがこんな話しをしてくれた、なんてことは過去無かったのでは。
今となっては叶えられないリクエストばかりですが、
その「~して欲しかった」を話してくれるようになっただけでも、
ものすっ ごい大きな変化だと思います^^
ただ、
アルコールを睡眠導入の手助けにするのはあまり良くない傾向だったような。
アルコール依存症になりやすくなるとかなんとか。
違ってたらすみません。が、気をつけてあげてください。
小学校時代は私はなるべく早く家に帰ってkekeとの時間を作るようにしたつもりでしたが、本人淋しかった記憶ばかりのようでした。
親の目から見た子供と、子供の心にはギャップがあったんだなぁと思います。kekeは自分の気持を語ることがなかったのはずっと我慢していたからかもしれません。
アルコールで会話がはずむのは良いけど、頼るのはあまりいいことではありませんよね。
寝られなくても体を横にしていれば大丈夫なことは、また話をしたいです。^^
なんだか嬉しいですね♪
>本人淋しかった記憶ばかりのようでした。
最近sakeさんが書いてるように、記憶に対する気持ち、変わります。
もう少し親離れして、自分で自活するようになったらsakeさんが仕事をしながらよくやってくれたな…という気持ちが湧いてくるだろうし、
親になれば理想と現実のギャップにも気づくはず。
その時、無い物探しではなく、どれだけしてもらったか感謝の気持ち、寂しいのは自分だけじゃなかったナドナド、、折り合いが段々つくようになると思います^^
sakeさんは1人で頑張ってきた。
kekeくんなら いつかその事実に気がつきますよ♪
逆にすごく前向きな感じがした
そして有り金持って物価が安い国で暮らしたいという願望
私も私も。
たまに考える
でも実際には移住や永住には色々手続きやら資産やら制約あるみたいで
それにやっぱり日本で生活するのが理想かなー
病気した時とか。
あと身内に何かあってもすぐに帰れないとか
でも憧れるなー
離婚して欲しくなかったはやっぱり子供はみんなそう思うだろうな
うちなんて生まれた時から既にいないから。
当然思い出さえもなく。
罪な事をしてしまいました。
一緒にお酒が飲めるなんて、うちも後何年か経ったらかな~と思って読みました(^^)
やっぱりkeke君はそれなりに、色々と悩んで考えてどうしたら良いか頑張ってるんですね。
男って簡単に感情を吐きだせない分、思いつめたりする所があるから、それを察知するのって本当に難しいですよね。
でも、こういう風にお酒でも飲みながら色々と聞けたのは良い傾向ですね!!
お互いに思っていた事が分かってスッキリしたり、安心したりすると思います。
うちも最近やっと上の子が自分の気持ちを少しづつ教えてくれたりするようになって、成長を感じます。
いつも何か話したいけど、話すのを止めていたみたいだから、話をいつでも聞ける体制でいたいと思っています。
1人でとんでもない事を考えちゃう事もあるようですから…。
ちなみにうちの子も上が2歳で、下が6カ月で元夫と別れたから、記憶ないと思ったんですが、そうでもないんですよね。色々と思う事があったみたいです。
でも、私の場合は幸いにも親元に戻れて、兄や父や祖父なんかが父親代わりをしてくれ、男がいる家庭だったから、母子家庭という雰囲気は一切無かったんですよね。有難いと思います。
だからと言って、「父親の存在」が気にならなかった訳じゃ無くて、下と上との心のあり方は違ってました。
上は父親の存在を微かですが覚えてるせいか、父親が自分にいないのは私のせいだと言われました(笑)
我慢が足らなかったからだとか(笑)
下は全く覚えて無から今の夫にとっても懐いてるし、それだけで全然違うんですよね。
子供って親の事情がなんとなくわかるから、言えない事も多いし、大人の勝手な事情で振り回されるから心に色々な葛藤や悩みや不安を抱えてるんでしょうね。
今は離婚した事情の半分を話してあるので、納得してくれており、元父親の事は気にならないようです。
もう少し大きくなったら、詳しい事も話す日が来るかもしれないですし、話さないかもしれないです(笑)
kekeくんがそれだけ成長したと思いますね。
こんな風に母子で語り合う それもウイスキー片手に…
なんて良いわ~。
夫として見るのと親として見るのでは違うと思うけどそれは当然でしょうね。
これからもゆっくりとした時間が持てたら良いですね。
そしていつか就職祝いとして乾杯が出来たら最高だわ。
いつか近いうちにそうなる事を願っています!
なんか羨ましいデス。
うちは何も言わないけど、それでもやっぱ父親にはいて欲しかったと思ってると思う。
私も自分が我慢してでも子供たちのために家族してたかったなあ。
私もいつか息子達と居酒屋行くのが夢です。
kekeよくしゃべりました。お酒飲んで涙腺ならぬ舌線がゆるんだようです。
また今日は元に戻ってましたが。
やがては1人で暮らしたいけど、そうしたら私が淋しくなるのではないか?と心配もしているようですよ。
「そんな気持になったら、奥さん亡くした淋しいおじいさんをみつけて結婚するから平気♪」と言ったら、「その自信はどこからくるの?ありえない」と言われました。
就職とか結婚とか、未知の世界に足を踏み入れるのって勇気がいることなのかもしれませんね。
でも、こうしてだんだん大人になっていくんだろうな。
ririさんが書かれたように、1人で暮らしたり、結婚することがあったらまた考えも変わるでしょう。^^
離婚するかもと思って結婚する人なんていないですからねぇ。誰だって「自分は絶対しない」と思って結婚するんですから。
夫婦揃っていさえすれば良いと言うものでもないし。
そうやって折り合いつけていくんですね。。。
またこの先もいろいろ乗り越える課題があるんでしょうね。^^
ちょっと前にインドに単身で乗り込んだ女性の書いた本を読んで、「いろいろ大変そうだけど、慣れると住めるところなのか」と思いました。物価もメチャメチャ安そうだし。
でも、子供から「会話できないのに?」と突っ込まれました。^^;そもそも虫が苦手だし。
うちは小学1年生で別れたんですが、ほとんど父親の記憶はないみたいですね。
父親を知らないから、「もしも父親になってもどう振舞って良いか分からない」と言われました。だから親になるつもりはないと。。。
ちきさんの息子さんは、おじいさんの姿を見て育っているから、何となく父性を感じて育っているんではないでしょうかねぇ。
私の人生、後悔するポイント多すぎです。
そうなんです。昨日はお酒の力を借りて、いろいろ語り合ってしまいました。^^;
たまにはこう言うのも良いかもしれません。
私自身もあまり親に話した方ではないんだけど、酒を飲まされてついうっかりペラペラ話してしまったことがありました。
まさに今のkekeのようです。でもそんなことで、親子って何となく気持が寄り添えることもあるみたいです。
私も「自分に父親が居ないのは親に我慢が足りないから」と言われました。1人で育てて批判を受けるとは・・とちょっとビックリですね。心が通ってないのに一緒にいる方がかえってピリピリして嫌なムードではないかと思っていたのですが。
TOMYさんのように実家に帰れてオジサン、おじいさんと囲まれて暮らすのはよい事のように思います。
誰かいるってことが淋しくないのかもしれませんね。小学生時代って、何となく単純で笑ってるようなイメージがありましたが、子供の中では淋しい部分がとてもある時期だったのかもしれません。
頑張ったつもりだったけど、やはり物足りなかったんだなぁと思います。でもいつか、また気づいてくれることがあるでしょう。^^