前回、稲盛の自由思考空間創設策を概説しました。
彼は京セラの成員に自由思考の可能な空間を提供すべく、
会社の大半の領域を簡素な独立採算の任意小集団に分割しました。
そしてそれらを階層管理システムの大枠の中で相互に任意連携させました。
これはまことに大胆にしてダイナミックな組織再編成でした。
だがそこまではしない状態で、通常の管理階層システムの中に自由思考空間を形成し、
その効果を発揮させている例もあります。
トヨタ社がそれです。この会社は社員が自由思考できる空間を労働時間の内と外の
両方に形成しています。
それにその効果を促進する方策(自由提案報奨制度)を組み合わせています。
<QCサークルという自由思考空間>
同社の自由思考空間の代表はQCサークル(品質コントロールサークル)です。
これはいまやトヨタ方式として広く知られるに至っていて、当時の工場長、
大野耐一によって考案創始されたものです。
基本的にはこれは数人から10人程度の従業員の自由思考スモールグループです。
それは工場の自動車製造現場で開始されました。
ここでは従業員個々人に言動の自由だけでなく、生産中にベルトコンベヤーを止める権限も
与えられています。
仕事中に欠陥品を見出すと、各人は即座にベルトコンベヤーを止めることができるのです。
誰かが問題を発見して止めるとします。
するとそのラインの従業員は各々少グループに分かれて原因を究明すべく自由討論を開始します。
そして改善案を作りだし実行するのです。
その際、各々のラインで出た改善案はそのまま実施されます。
現場によって改善案が異なってもそのまま実施させる。
だから同社の工場では同じ製品の生産においてもラインによって工程の細部が異なる
という事態も起きています。
自由思考小グループの探究をここまで尊重することによって、
従業員の知性活性化はさらに加速されています。
このQC活動は1980年代までは工場の生産現場のものでした。
だが1990年代以降、その原理が事務系統にも広げられ始めました。
その結果、2000年代に入ると活動は全社に及ぶに至っています。
<任意小グループを推奨>
この会社は自由思考スモールグループを別の面においても形成しています。
全社員に勤務時間外における任意小グループ活動を推奨・援助しているのです。
野球、サッカー、ゴルフなどのスポーツから囲碁、将棋、和歌、俳句などの趣味、
さらには出身県、出身校毎の交流会など、ありとあらゆる契機を用いて
自由小グループをつくらせている。
この効用は多面的です。
第一に、所属部課を超えた交流は会社の機能組織における人間関係の硬直性を和らげます。
これが社員の精神の活性を回復し、職場での仕事を活発にします。
第二に、こうした自由な会からは業務改善の飛躍的アイデアが出やすいです。
コンパなど職場の枠を超えた闊達な話し合いのなかで、
仕事場における問題点が話題になることがある。
そうした場からは、職場では生まれがたい改善アイデアがでることが多いのです。
<提案報償制度を組み合わせる>
同社ではさらに、こうした自由思考空間に全社的な提案制度を組み合わせています。
社員が思いついたときに会社に直接改善の提案ができるような設備を
全社的に整備しているのです。
これは自由思考、自由交流の中で生まれるアイデアが雲散霧消するのを防止する役割も
果たしています。
自由小グループでの会話から生まれ出るアイデアは愚痴披露に終わりやすい。
あるいはそれを提案として管理階層システムに乗せると、階層組織を登っていく過程で
立ち消えになったり、時には上司に握りつぶされることも起きえます。
そうしたことによって社員の自由発想意欲が殺がれないための方策にもそれはなっています。
さらにその意欲を促進するために報奨金制度もつくられています。
どんな提案も軽蔑しない姿勢が、全提案に与えられる最低限500円の報奨金で
表現されています。上限は10万円としています。
評価は各部署から派遣された代表で構成される評価委員会が行います。
提案は毎月平均1500件あります。会社はそのための予算を毎年計上しています。
トヨタ社では以上のような三つの制度を協働させ、
成員の自由思考の活力を増幅させるに成功しています。
その成果のいくつかが、いまやトヨタ方式として話題にされているわけです。