鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

23.イエスの意識波動体が住まっている者の内にも出現

2018年11月19日 | 鬱を打破する聖書の論理


鳥瞰しよう。
筆者は、ヨハネ15:7を、「人間は永続する」という聖書の思想を証拠する夢の方法として解読し始めた。

 
とはいえ思想は「口だけなら何とでも言える」と受け取られる面を通常持っている。

だがそれに超自然的な事象が伴うと、人はそれをまことだと思う。
その「しるしと不思議」を現す方法として、イエスが教えていった言葉が下記であった。
   
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「(Ⅰ)「諸君がわたしの言葉に留まり、(II)わたしの言葉が諸君の内に留まるなら、(III)求めるものはすべて与えられます」
(ヨハネによる福音書、15章7節)
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筆者は「(Ⅰ)「諸君がわたしの言葉に留まり」の部分を解読するため、まずイエスの言葉群の中で、イエスが教えた「祈り方」に着目した。
 
そして「御国が来たら実現する」とイエスが教えた事態の意味を解読してきた。事態は下記の三つであった。

 
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(御国の空間が来れば)
~①私たちに日常の糧が与えられます。
~②我らの罪は許され、我らも私たちに罪を犯すものを許せるようになります。
~③我らは悪の試みに会わせられることはなく、すでに悪に誘い込まれているものは悪魔より救い出されます。
(マタイによる福音書、6章9-13節の真意)
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聖句は「知的」理解がなされなかったら、まじないと変わらぬものとなる。
筆者はそのために知的解読を試みた。そして前回までにこの三つの事態についての~筆者の当座の~解読を終えたのであった。
 
 
 
<ベルグソンの認識哲学>
 
今回はイエスの夢の言葉のうちの「(II)わたしの言葉が諸君の内に留まる」の解読に入る。
 
結論から言うと、この事象はイエスの意識波動群(言葉群)の中に~信頼を持って~住まわり続けていれば、実現する。

人間にはそういう心的資質が与えられている。
それを認識論的に明かしたのは20世紀フランスの哲学者ベルグソンであった。
 
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彼は、認識対象の実在そのものを認識するには、それに心を寄り添わせた状態で待つことが必要だと述べた。
この状態を続けていると時とともに、認識者の心の内に、対象実在と共鳴する波動体ができていく。同一性を持った実在像が出来上がっていく~と。
 
認識者は出来上がったそれを内省自覚~純粋直感によって~対象実在そのものを認識できる。
ベルグソンはそれこそが、実在そのものを認識する手法だと明かしたのであった。
 
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なにやら「花を思えば花が見え、月を思えば月がくっきりと見えるようになる」という禅の達人の境地の話を連想させられる。
実際、ベルグソンの認識論には、禅の認識論に共通したところが少なからずある。

 
 
<量子論的に言うと>
 
これを量子物理学的に言うと、こうなるだろう。
 
言葉群は意識波動体でもあり、波動体はそれ特有の波動を発している。
その波形も周波数もそれ特有のものである。
 
そして、認識者の意識波動体がこの中に住まっていると、時とともにその波動に共鳴する意識波動体が、認識者の意識体の中に徐々に形成されてくる。
それは対象と同一性を持った実在だ。
認識者は、自らのうちにできたその意識体の波動を感知することでもって、認識対象の実在が認識出来るのだ~と。

 
 
<同一意識体が住まう者の意識内に>
 
われわれがこの(II)の聖句を理解するのに助けになるのは、そのうちの「認識対象と同一の意識波動体が認識者の内の出来ていく」という部分である。
 
この「対象」は(II)のイエスの言葉群が形成している意識波動体であってもいい。そう読み替えることも出来るのだ。
すると、その中に住まっている状態は、これに共感し同化するための時を維持している状態に相当する。
 
さすれば、その結果として、住まっている者の意識波動体の内にも、イエスの言葉群、イエスの意識波動体が形成されていく、となるだろう。
 
これが「(II)わたしの言葉が諸君の内に留まる」の意味だったのだ。


 
<他の聖句理解にも援用できる>
 
そしてこれはまた~
 
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「あなたがたのからだは、あなたがたの内に住まわれる、創造神から受けた聖霊の宮であり・・・」
(コリント人への第一の手紙、6章19節)
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~の意味をも明かしてくれる。
手紙の著者パウロはここで、「イエスの言葉群が形成するイエスの意識波動が、そのなかに住まった者の内に形成された状態」を言っているのだ。
 
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さらに、次のイエスの言葉も、上記の解読を援用して意味理解が可能になる。
 
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「あなたがたの律法に、『私は言った、あなた方は神である』と書いてあるではありませんか。もし、創造神の言葉を受けた人々を、神と呼んだとすれば、聖書は廃棄されるものではないから・・・」
(ヨハネによる福音書、10章34-5節)
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創造神イエスの言葉群についてもそれが人の内に形成されたら、その人は神と呼ばれてもいい、とこの聖句は言っているのである。
 
今回はここまでにしておこう。






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