実は高倉健が好きである。というひとはきっと多い。
しかし、健さんのやくざ映画は中途半端にしか観ていない。『ブラック・レイン』(リドリー・スコット、1989年)が、はじめて大スクリーンで観た健さんなので、まあ随分偏っている。他の日本大誤解映画に比べればまだマシだが、そんなに誉められた出来でもない。ただ、この中で、健さんと松田優作の演技は迫力があった。ちょうど映画館の前に「松田優作急逝」の貼り紙がしてあって驚きながら観たので、印象も深かったに違いない。
そのあと、健さんの出る米国映画として、『ミスター・ベースボール』(フレッド・スケピシ、1992年)というのもあったが、これは映画館に行く気にはなれなかった。健さんが中日ドラゴンズの監督に扮する話だ。あとでテレビで観たがひどかった。
きょうは雨が降っていたので、思い出して『ザ・ヤクザ』(シドニー・ポラック、1974年)を観た。離婚した妻が岸恵子、相方がロバート・ミッチャム、敵の組長が岡田英次とかなりつぼを衝いてくる。「妙な日本」はあまりない。指をつめるシーンは『ブラック・レイン』にもあったが、こればかりはやめてほしい。
おもしろいのは、健さんが「義理」について「obligationか?」と訊かれるところ。これに対して、「いやburdenだ。耐え切れないほどのburdenだ」などと答えている。常に堪えているのが健さんだとはいえ、何が言いたいのかよくわからないぞ。
高揚したので、ついでに『単騎、千里を走る。』(張芸謀、2006年)も観た。中国で公開された数少ない日本映画が、健さん主演の『君よ憤怒の河を渡れ』(佐藤純彌、1976年)だったこともあり、中国での健さん人気は高い。これも、張芸謀が健さんを口説いたのだというが、『君よ・・・』も観ていたのだろうか。だとすれば、中国で息子の死を想い涙を流す健さんの姿を撮ったのは、勇気の要ることだったかもしれない。
それにしても、こんないい映画を撮る張芸謀が、なぜ北京オリンピックの開会式のような、こけおどしショーの演出などを引き受けたのだろうか。やはり引き受けざるを得ない事情があるのだろうか。
ところで、健さんのエッセイ集『あなたに褒められたくて』(1991年、集英社文庫)には、高校時代に海外への憧れから密航を企てた思い出が記されている(こんなものも読んでいる)。『ザ・ヤクザ』をはじめ、海外映画に出演したときの気持ちなんかも、どこかに書いてあれば読んでみたい。