編集者のSさんに、『広重名所江戸百景/望月義也コレクション』(合同出版、2010年)を頂いた。歌川広重については『東海道五十三次』が馴染み深く(永谷園のお茶漬けでもカードセットを貰ったし・・・今はないのだろうか)、『名所江戸百景』はちゃんと観た記憶がない。そんなわけで、この土日に、本書をじろじろと観賞した。
最大の印象は、江戸が水の都であったこと、空や水の藍色が深く素晴らしいこと。両方とも、収集家によるまえがきにずばり指摘されている。
何枚か、過激さに眼を剥いてしまう作品がある。「10景 神田明神曙之景」では、高台、画面の真ん中に松の木を配している。普通このような描き方はしない。シンプルなだけに、ゴッホが模写した「30景 亀戸梅屋敷」より、また「90景 上野山内月のまつ」より、遥かに過激だ。
笑ってしまうのは「47景 王子不動之滝」。やはり画面の真ん中に、つやつやした円柱のような、モノリスのような、藍色の滝を配している。いくら王子とは言え、こんな滝はないだろう。吃驚だ。
水の都という点では、日本橋から小名木川を経て江戸川まで航行した行徳船のことを思いながら観てしまう。「61景 中川口」は途中の合流地点であるし、「98景 小奈木川五本まつ」は、下町以東の沖積地でよく観る「支え」付きの大松と小名木川の船、イメージが膨らむ。わが家の近く、浦安の堀江と猫実の間を流れる境川を描いた「97景 堀江ねこざね」も素晴らしい。
どの水辺もお堀などを除いてはあまり人工化されておらず、葦がたくさん生えている。これがもっとも羨ましい点だ。水害のことは置いておいても、このエコトーンのもたらす生物多様性と親水性は、将来、都市が目指すべき姿であると思う。
それにしても、広い範囲を行動している。東は市川市の国府台や真間まで、西は井の頭まで。「118景 湯しま天神坂上眺望」などは、20歳のころに、貝塚爽平『東京の自然史』を片手に東京を歩きまわり、地形を確かめていたときに見比べた記憶がある。同じように、現在の風景と比べることができればさらに面白いだろう。
科学映像館が配信している映画『廣重』(1955年)(>> リンク)は、そのような観点で当時の映像と『東海道五十三次』の作品群とを比較している。武家階級・特権階級ではなく市井の人々を描いたものだとの広重評は、まさにゴッホらに受け入れられた点でもあり、非常に興味深い。
比較する映像は当然50年以上前のものであるから、それも面白い。日本橋に都電が走っている。また、東海道にありながら鉄道が走らなかった町の印象は、確かに古い宿場町のそれだ(「取り残され、如何にも痛ましく感じられます」との配慮のないナレーションがかぶさる)。
●水運
○浦安・行徳から東京へのアクセス史 『水に囲まれたまち』
○PENTAX FA★200mm/f2.8 で撮る旧江戸川
○行徳船の終点
○いまは20分、昔は3~6時間
○北井一夫『境川の人々』
●科学映像館のおすすめ映像
○『沖縄久高島のイザイホー(第一部、第二部)』(1978年の最後のイザイホー)
○『科学の眼 ニコン』(坩堝法によるレンズ製造、ウルトラマイクロニッコール)
○『昭和初期 9.5ミリ映画』(8ミリ以前の小型映画)
○『石垣島川平のマユンガナシ』、『ビール誕生』
○ザーラ・イマーエワ『子どもの物語にあらず』(チェチェン)
○『たたら吹き』、『鋳物の技術―キュポラ熔解―』(製鉄)
○熱帯林の映像(着生植物やマングローブなど)
○川本博康『東京のカワウ 不忍池のコロニー』(カワウ)
○『花ひらく日本万国博』(大阪万博)
○アカテガニの生態を描いた短編『カニの誕生』
○『かえるの話』(ヒキガエル、アカガエル、モリアオガエル)
○『アリの世界』と『地蜂』
○『潮だまりの生物』(岩礁の観察)
○『上海の雲の上へ』(上海環球金融中心のエレベーター)
○川本博康『今こそ自由を!金大中氏らを救おう』(金大中事件、光州事件)
○『与論島の十五夜祭』(南九州に伝わる祭のひとつ)
○『チャトハンとハイ』(ハカス共和国の喉歌と箏)
○『雪舟』