藤岡靖洋『コルトレーン ジャズの殉教者』(岩波新書、2011年)を読む。著者はジョン・コルトレーンの研究家として昔から有名な存在であり、よく『スイングジャーナル』誌において名を目にしていた。
私はコルトレーンのテナーサックスの音色が好きではなく、勿論独特であることは認めるものの、テナーらしくもないと思っている。そんなわけだから、著者がコルトレーンのテナーサックスを「独特の野太い音」と表現することには甚だ違和感がある。バップでのアドリブのセンスもあるとは思わない。ソニー・ロリンズ『Tenor Madness』でのロリンズとの対決を聴けばそれは明らかだ。また、マイルス・デイヴィス『Someday My Prince Will Come』においても、ハンク・モブレーのソロの方が表題曲にマッチしている。
本書にあるように、日本でのインタビューで「聖者になりたい」と答えたコルトレーンには、バップの文脈ではなく、唯我独尊、ただ己の文脈こそが求められていたのだと思える。その意味で、私がいまだ手放さないコルトレーンの盤は、(リラックスしている『Lush Life』を除いて)後期のものばかりだ。
児山紀芳「あなたは、いまから10年、20年後、どのような人間になりたいですか?」
コルトレーン「I would like to be a saint. (laugh)」
児山「聖者になりたい?」
コルトレーン「Definitely!」
(亡くなる前年の1966年)
それにしても、このような研究者による真っ当な評伝を読むのは面白い。チャーリー・パーカー+ディジー・ガレスピー『Bird & Diz』の有名なジャケット写真の横に実はコルトレーンが立っていたこと、よく教えを乞いに訪れていたイリノイ・ジャケーのことを(ホンカーとしてではなく)フリー・ジャズの先達として評価していること、コルトレーン直筆の「Circle of 5th」(コード変更の図)があったこと、1960年代半ばからのロフト・ジャズ・シーンにコルトレーンが並々ならぬ興味を寄せて「スラッグス」に足繁く通っていたことなど、もっと心を白紙にしてコルトレーンを聴きなおしてみようかと思わせてくれる。
問題作とされてきた『Ascension』(Impulse!、1965年)録音時のエピソードも面白い。40分一本勝負、集団即興の合間にはその後重要となるプレイヤーたちがソロを繰り出す記録である。ソロは、コルトレーン(テナーサックス)、デューイ・ジョンソン(トランペット)、割れた音で叫び続けるファラオ・サンダース(テナーサックス)、いつものフレディ・ハバード(トランペット)、突然抒情的になるマリオン・ブラウン(アルトサックス)、ブルージーなアーチー・シェップ(テナーサックス)、塩っ辛いジョン・チカイ(アルトサックス)、マッコイ・タイナー(ピアノ)、ジミー・ギャリソンとアート・デイヴィス(ベース)(どっちがアルコでどっちがピチカートだろう?)という順に渡される。エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)は、ずっとあのタイコを叩きまくっている。みんなの個性が出ていて飽きない盤だ。
本書によると、さらにテッド・カーソン(トランペット)やジュゼッピ・ローガン(サックス)にも声をかけていたのだという。数年前にホームレス姿を発見され、酷いとしか言いようのないヨレヨレのサックスを改めて録音しているジュゼッピが、『Ascension』に参加していたとしたら!(とは言っても、当時のESP盤は好きなのだが)。
このあたりを機に、マッコイ・タイナーとエルヴィン・ジョーンズはコルトレーンのもとを離れる。
「・・・これまでと違うのは、カルテットのメンバーも聴衆と同じ思いを抱いていたことである。マッコイとエルヴィンの二人は、完全に嫌気がさしていた。曲全体に宗教的潜在意識が込められ、いつ終わるとも知れない混沌とした演奏をさせられるのは、もはや難行以外の何者でもなかった。」
「ファーストテイクが終わるや否や、エルヴィンは「やってらんないよ!」と叫んでスネア・ドラムを放り投げ、裏庭へ出て行ってしまった。」
コルトレーンの死後、マッコイもエルヴィンもコルトレーンの曲を採りあげ続けてきた。エルヴィンに至っては宗教のようであった。そんな彼らにとって、離脱前後のコルトレーンをどう捉えてきたのか、とても興味がある。
●参照
○ラシッド・アリとテナーサックスとのデュオ(コルトレーンとの『Interstellar Space』)
○マッコイ・タイナーのサックス・カルテット
○エルヴィン・ジョーンズ(1)
○エルヴィン・ジョーンズ(2)
○アーチー・シェップの映像『I am Jazz ... It's My Life』
○マリオン・ブラウンが亡くなった
○マリオン・ブラウン『November Cotton Flower』
○イマジン・ザ・サウンド
○ジャズメンの切手