ウォン・カーウァイ『花様年華』(2000年)を観る。
1962年、香港。同じ日に隣に越してきた男(トニー・レオン)と女(マギー・チャン)は、お互いの結婚相手が浮気をしているのではないかと気付きはじめる。寂寞の中、ふたりは惹かれてゆく。しかし、一緒になることができないまま、男はシンガポールへと逃げ、女も心を固めることができない。60年代後半にそれぞれは香港に戻ってくるが、すれ違い、遭うことはない。男はカンボジアに出向き、アンコールワットの古い遺跡に、記憶の残滓を共有するように、額を押し付ける。
ウォンにとって、薄暗い部屋の壁や、花の影や、佇む人の影や、汚れたガラスや、苔むした石壁といったものは、心が吸い付けられてやまない「記憶」なのだろう。それらは不可逆的に触れないところへと去っていく。映画も、その哀切の念を断ち切るように、突然終わりを迎える。見事。
●参照
ウォン・カーウァイ『恋する惑星』(1994年)
ウォン・カーウァイ『楽園の疵 終極版』(1994/2009年)
ウォン・カーウァイ『グランド・マスター』(2013年)