子供の頃は横浜駅を利用していたので、川崎駅は通過するだけだった。空は灰色で空気は何となく汚く、そして利用者は工員さんが多いせいか何となく怖い感じのする駅だった。
横浜の市電は結構路線距離も長く、今でも立派な市電保存館があるため有名だが、川崎にも市電があったと知ったのはずっと後年のこと。JTBキャンブック等の書物も出ているが、何しろ「避けて通りたい街」だったため乗ったことはおろか、見たこともなかった。
個人的な思い出だけでなく一般的にも地味な印象のある川崎市電だが、幸いにも一両だけ保存車両があり、天気の良さにちょっと出かけて見に行った。産業道路のすぐ近く、川崎区桜川公園という所にある。
元々は大正製の東京都電の払い下げを受け、その後木製車体を鋼製車体に載せ替えたという中々のツワモノ。ひさしが掛けられており、保存状態はまぁ良いほうか。フェンスで囲まれており細部の観察はできない。
モータリゼーション以前、こうした電車と乗り継ぐバスによって多くの工員が臨海部の工場に通勤し、高度成長(前夜)のニッポンを支えたはずで、そういう人たちの足音をイメージしながら車両を眺めていると、何となくしみじみしてしまった。
横浜の市電は結構路線距離も長く、今でも立派な市電保存館があるため有名だが、川崎にも市電があったと知ったのはずっと後年のこと。JTBキャンブック等の書物も出ているが、何しろ「避けて通りたい街」だったため乗ったことはおろか、見たこともなかった。
個人的な思い出だけでなく一般的にも地味な印象のある川崎市電だが、幸いにも一両だけ保存車両があり、天気の良さにちょっと出かけて見に行った。産業道路のすぐ近く、川崎区桜川公園という所にある。
元々は大正製の東京都電の払い下げを受け、その後木製車体を鋼製車体に載せ替えたという中々のツワモノ。ひさしが掛けられており、保存状態はまぁ良いほうか。フェンスで囲まれており細部の観察はできない。
モータリゼーション以前、こうした電車と乗り継ぐバスによって多くの工員が臨海部の工場に通勤し、高度成長(前夜)のニッポンを支えたはずで、そういう人たちの足音をイメージしながら車両を眺めていると、何となくしみじみしてしまった。