原題:『L'IMAGE MANQUANTE』 英題:『THE MISSING PICTURE』
監督:リティ・パニュ
撮影:プリュム・メザ
2013年/カンボジア・フランス
相手によって選ばれる「イメージ」について
『アクト・オブ・キリング』(ジョシュア・オッペンハイマー監督 2012年)の登場人物たちがハリウッド映画を目指した結果、それをも凌駕する大虐殺を引き起こしたのだとするならば、本作で使用されている残された記録映像は余りにもチープなように見える。「革命とはイメージである」ということをポル・ポトは十分に認識していたはずで、だからクメール・ルージュにとって都合の悪い映像は処分しており、自分たちに不都合な映像を撮ったとして専属のカメラマンまでも処刑されてしまったのである。しかし残された記録映像は、例えば、大勢の農民たちが手分けをして土を運んでいるものなどは国民が一所懸命に働いている様子をアピールしたかったようであるが、長い列をなす蟻のように働かされているように見える。その上、ポル・ポト政権によって製作された娯楽映画は、わざわざ大根役者たちを揃えたような驚くべきレベルの低さで、知識人たちから粛清していった結果がこの有様なのである。
これらの残された記録映像を検証する際に、ハリウッド映画のスタイルを持ち込んでも「議論」がかみ合うことはないはずで、だからリティ・パニュ監督はクレー人形を利用したように思う。いわば本作は悪夢の「セサミストリート」なのである。
アプローチの方法は素晴らしいと思うが、最初と中程と最後に挿入される波の映像の意図がよく分からなかった。