寮管理人の呟き

偏屈な管理人が感じたことをストレートに表現する場所です。

元安川を走る水上タクシー

2007年12月26日 | 日記

今から20年前、私は広島市で下宿生活をしていた。その一年半の間に元安川や本川沿いを散歩したことはなかった。爆死者のうめき声が聞こえてくるような気がしてあえて避けていたのだ。

元安川をゆっくり下る水上タクシーを眺めながら、月日の流れを強く意識した。一瞬にして黒焦げになった街は多くの人達の情熱と努力により復興した。

美しい景観から昭和20年当時の廃墟を想像するのは難しいが、目を閉じて「悲しみの川」に向かって手を合わせていた。

元安川を下る水上タクシー

にほんブログ村 その他日記ブログ ひとりごとへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

舟入幸町の雀荘

2007年12月26日 | 学生時代
私の下宿から舟入方面へ行くには橋を二つ渡る必要があった。鷹野橋商店街を抜け、まず明治橋を、そして本川に架かる住吉橋を通過した。

住吉橋東詰めから舟入本町方面を望む

住吉橋西詰めから“元締め”のアパートまでは歩いて数分の距離だった。彼は数ヶ月に一度、貧困に喘ぐ同級生を招いて、温かい食事をふるまってくれた。

誘いを受けると飢えた野犬のような三人(ろくでなし・ひでえ・私)は嬉しげに出掛けたものである。ソーセージ入りの鍋や納豆汁を食べて満腹になった後に必ずすることがあった。

“元締め”はカーテンを少し引っ張って、道路を挟んで斜め向うの雀荘の様子を窺い、私達に「またやっとるわ」と呟いた。某ビルの2階は裏稼業専用の雀荘だった。そこにたむろしているのは人相の悪い日陰者ばかりで、皆真剣に牌を眺めていた。それが賭け麻雀であることは明らかだった。

“元締め”は眉間に皺を寄せて「嫌やな~」と言い、“ろくでなし”と“ひでえ”はニヤニヤ笑った。四人の中で麻雀をするのは最年少の私だけであり、彼の部屋では肩身の狭い思いをしていた(笑)

にほんブログ村 その他日記ブログ ひとりごとへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする