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青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。写真はおおめ、文章はこいめ、コメントはすくなめ。

陸の孤島に穿つ道 ~伊勢志摩の旅二日目②~

2009年09月24日 08時00分00秒 | 日常

(画像:トンカツ定食)

道の駅「紀伊長島マンボウ」にて。
中の食堂に入ったんだけど、海鮮系には全く食指が動きませんでねえ…
尾鷲のさんま寿司とか、普通だったら食ってたんだろうけどねえ…
結局トンカツ定食なんかを頼んでしまった(笑)。
あ、ヨメさんは唐揚げ定食w
一応、ご飯のコメは三重県は阿山町の「阿山米」らしいので、ご当地グルメです(笑)。
中濃ソースじゃぶじゃぶのトンカツウマー。

 

寄り道を続けていたら時間が押してしまった。
腹も減っていたので先を急ぐ。
本来であればR260最高の見どころであった旧道棚橋隧道に行きたかったのだが、
新道から2kmくらい進んだ地点から落石と落葉枝がひどく、路面が荒れ放題だったため撤退。
このまま自然に還ってしまうのでしょうかねえ。
大人しく紀勢南島トンネルで錦に出て、大人しく旧紀伊長島町(現紀北町)へ。
R42との交点でR260めでたく完走。道の駅「紀伊長島マンボウ」で昼食&お土産。

紀伊長島は、熊野灘に面した東紀州の港町。
漁業が盛んですが、造船所なんかもありました。
写真は長島港の入り口にある江の浦橋。
奥の造船所から出て来る船を通すために、可動橋になっています。

道の駅から眺める荷坂峠。
紀州と伊勢を隔てる、交通の難所でした。
この山にある荷坂峠とツヅラト峠は、熊野古道の一部となってもいます。

 

R42荷坂峠にある「マンボウの丘」。
古くは熊野詣での旅人が、初めて見る紀州の海がここからの風景だったと言います。
海から僅かの距離で、これだけの深い山に囲まれてしまう東紀州路。
交通の隔絶した、陸の孤島だったのも頷ける話ですね。
R42荷坂峠は、今でもちょっと雨が強くなると通行止めになったりするそうなので…
そんな紀伊長島にも、平成24年には隣の紀勢大内山ICから東紀州道が伸びて来るらしい。
東紀州の新たな夜明けである。

紀伊長島の街に、鉄道が通ったのは昭和5年の話。
多気からは紀勢東線として、和歌山からは紀勢西線として建設された鉄道は、
東紀州の峻嶮な山々に行く手を阻まれ、ようやく昭和33年に九鬼~三木里間の開通により全通します。

そんな紀勢本線の全通から今年はちょうど50年の節目の年。
そして、50周年を記念したイベント列車が、この日新宮~亀山間を走りました。
「急行紀勢本線全通50周年フィナーレ号」は、キハ181系の6両編成。
僚系キハ80系が「特急南紀」として闊歩した東紀州路を走ったそうな。
沿線は、その姿を収めようとする撮り鉄多数w
まあ、こっちはソレ系は今回控えめにせざるを得ない事情もあり(笑)、
荷坂峠を駆けるキハ85系「ワイドビュー南紀」を収めて終了。
碧い熊野灘をバックに、緑濃き深山の荷坂を登る列車。
最高の鉄道風景写真撮影地だな、ここは。

 

食後のスイーツ(笑)は、R42沿いにある「大内山ミルクランド」のソフトクリーム。
東海~関西にかけては、乳製品のブランドみたいですね。大内山牛乳。
関東では見ませんけど…
道行く観光客が、次々にやって来てはお土産を買い求めて行く。
ソフトクリームはいかにもウシのチチ製品!って感じ満載の濃厚なもの。
後味のチチ臭さ(笑)みたいなものがちょっと気になるが、それだけ濃いって事でしょうな。

 

ソフトクリームを舐めながら、東紀州を後に伊勢へ戻る。
高速使っても良かったんだけど、まったり風景を楽しみたかったので下道で。
R42からR23へトラバースする際に、適当に走っていたら見付けた櫛田川の堤防道路。
全く車もおらず、快適な道でした。
R23に入っては、これが私の知っている三重だなあと言う風景ですね。
電柱に輝く「伊勢名物・赤福」の看板とか、イオン系のショッピングセンターの看板とかね。

岩田川を渡り、今日のお宿は津駅前の「ドーミーイン津」
高い建物のない事に関しては県庁所在地とは思えない津駅前ですが、
なんかしばらく来ないうちに「アスト津」とか言う大型ビルが出来ていた。
それでも3階建ての横長建物、屋上に「津駅」のネオンサインを抱く駅舎を見ると、
やっぱり昭和の香りのままの津駅前。

津まで来たので、ハギーさんをホテルまでお呼出しw
メシでも食うべって事になりまして、向かった先は…

ここしかないでしょw
餃子の王将・三重大学前店。
スタミナラーメンと餃子、美味しゅうございました(笑)。

続く。

コメント
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