(夏の朝、那珂川を往く@井尻~大橋間)
最近はちょっと資格試験なんかの勉強をしなくてはならなくなって、勢いブログなんかを書いている暇もない。それに加えて仕事も毎日21時までの残業続きで、平日はほとんどパワーが残らない生活が続いております。そうなると、8月の話がダラダラ続いてしまうのだけど、夏の九州遠征3日目は朝の西鉄那珂川橋梁から。福岡市内の便利の良さそうなところに宿を取ろうと思ったのだが、最近のインバウンドの影響なのか天神も博多周辺もまあ高いんだよね。円/ドル150円時代は多少高くても外国人からふんだくっちゃえってのは分かるけど、そもそもの値付けが強気。そのため、ちょっと中心街から離れた西鉄大橋駅からバス便の温泉旅館に宿泊しました。旅館って言っても地下に温泉のある3DKのマンションって感じで、一人では広すぎましたかね。ここにした理由は、西鉄の撮影地の一つでもある那珂川橋梁に近かったってのがあった(笑)。朝6時から那珂川で5000形の急行撮って、宿に帰って温泉入って、さっぱりしてから朝ごはん。充実した朝活です。
最終日のスタートは西鉄バスから。西鉄バス、福岡都市圏で言えば地下鉄よりも鉄道よりも頼りになる公共交通でして、鉄道がない場所でも西鉄バスに乗れば大体どこへでも連れてってくれるという安心感がある。日本最大のバス事業者は神奈川中央交通ですが、西の覇王というならこの西鉄バスでしょう。とにかく福岡の中心街だと幹線道路だったら息つく暇もなくバスがガンガン走って来るのですが、逆に素人には系統が多過ぎてどれに乗ったらいいのかがさっぱり分からない、という問題はあったりする。あと、福岡の人ってバス停で並ばないね。なんかバスが来るとワサーっと乗車口に集まってめいめいに乗ってく感じがアジアっぽい。海外行ったことないけどw
宿の近くのバス停から西鉄バスに乗り、JRの竹下駅へ。ここにはJR九州の博多運転区があって、留置線に色々な車両が置かれていた。お、「ななつ星」も置かれてるね。九州なんか来るの久し振りだから肉眼で見るのは初めてだ。オレンジ色の特急は佐世保方面に向かうハウステンボス号かな?西九州方面も、長崎新幹線が中途半端な区間だけ開業してしまい、佐賀県内が紛糾したまま取り残されていますが、どうするつもりなんでしょ。佐賀県的には多額の建設費を計上しても、佐賀から福岡くらいだったら現行の特急で往復しても時間のメリットがそう変わらない(運賃は上がる)では、なかなか説得が難しそうなのですが・・・
鹿児島本線の快速電車に乗り、ウトウト、快速電車で飛ばしていっても、小倉までは1時間ちょっとはさすがに遠い。関東に住んでいるとあまりピンと来ないが、博多から小倉の距離は約70km弱と、東京からだと平塚の先くらいまでの距離がある。この日の帰りは小倉から新幹線だったので、まずは背中の重い荷物をコインロッカーに押し込んで身軽になりたかった、というのがあった。猛暑の中で2日間行動して多少疲れてるってのもあるし・・・小倉から普通電車に乗って折り返してきたのは黒崎駅。駅隣の黒崎バスセンターの1Fにある乗り場は、筑豊電気鉄道の黒崎駅前電停。
元々北九州市には、門司から小倉駅前を通って黒崎から折尾に至る西鉄北九州線という路面電車が平成初期まで走っていましたが、折しもの鉄鋼不況で北九州全体の産業が停滞する中、1992年を持って砂津(小倉)~黒崎駅前間が廃止。最後まで残っていた黒崎駅前~折尾駅前間も2000年ごろに廃止となっています。北九州市は、門司市・小倉市・戸畑市・八幡市・そして若松市の広域5市合併により生まれた巨大工業都市ですが、その隆盛はやはりエネルギーの供給源としての筑豊炭田を背後に控え、明治維新以降の官営八幡製鉄所を中心にした重化学工業地帯の旺盛な生産力だったことは間違いありません。ここからはそんな北九州の街から産炭地である筑豊地方を結ぶ筑豊電気鉄道に乗ってみようと思います。
筑豊電気鉄道は、黒崎駅前から直方市の筑豊直方までの16.0kmを約30分少々で結ぶ都市間連絡鉄道。やって来たのは同社の主力車両である3000形。車両は軌道線に準じた低床型車両が使われていますが、路面電車のように道路上を走ることはありません。西鉄の北九州線と異なり、クルマ社会と干渉せずに生き残れたのも、終点まで路面を走ることのない純然たる「鉄道」だったことも大きいのかもね。元々、筑豊電鉄は西鉄の北九州線の兄弟分のような路線で、その成立の経緯も西鉄が資本を拠出して設立した実質の連結子会社。西鉄の鉄軌道路線が北九州市内から消えた今でも、グループ会社として地元の足を守っています。
それにしても、戦後間もなくの開業当時は、西鉄が直方から八木山をトンネルで越えて福岡までの路線延伸を計画していたというのだから、なんと遠大な計画であろうか。
それだけ筑豊も北九州も勢いがあったということなんでしょうね。