短大図書館で、ふと目に入った「家族の歌」を借りてきた。昨年2月に出版された「河野裕子の死を見つめた344日 「家族の歌」」である。
しばらく忘れていた河野さん、もう亡くなって一年半になるのか。
産経新聞紙上で、家族4人のリレーエッセイ「お茶にしようか」の連載が始まってから、裕子さんが亡くなった平成22年8月12日までの344日間の日々の記録だ。
日々衰えていく体力を冷静に見つめる河野裕子さん。その後の葬儀を終えてからの家族の思いが綴られていく。一篇一篇の家族のエッセイに胸が詰まる。
○裕子さんのエッセイ「往診」、書かれた数日後の旅立つた彼女の思い。
”聴診を受くるは何年ぶりのこと胸と背中をゆっくり滑る”
口述筆記や種々家族に負担をかける自宅看護をありがたく思い、問診や聴診に入院時とは違うぬくもりを言う。
○亡くなる前の夫のエッセイ「最期の歌」にも、涙が溢れた。
”おはようとわれらめざめてもう二度と目を開くなき君を囲めり”
死の間際まで歌を作った、生まれながらの歌人の最後の口述、
”あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言い残すことの何と少なき”
”手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が”
別れは切ない。いつかは来る、自分にもほど遠くはない人生の別れだ。
ふと、河野ファミリーと同じように妻を囲む自分と子供たちが浮かんできた。一日一日を大切に過ごさなければ。
以前の感想を拾う。【拙ブログ「逝く母と詠んだ歌五十三首 永田 紅」2010-11-04】http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/9c45a4af5f218184a9233ccab10c9460《一年一年、何と早く過ぎていくことか。あれから7年、あれから15年、30年と、思い返す懐かしかったあのころ・・・。生きた密度は比べぶくもないが、私も妻も、河野さんと同い年だ。本当に人生は短いと思う。また、家族の幸せを思う。》