透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

310~313 立科町の火の見櫓 その4

2012-08-13 | A 火の見櫓っておもしろい

17 (前回からの通し番号) 赤沢
 
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 先日立科町の火の見櫓巡りをした(立科町の火の見櫓 その1、2、3)。特に下調べをして出かけたわけでもないので、見落としが何基かあった。それで再び立科町の火の見櫓巡りをした。

今回はこの町在住のYさんと朝6時半過ぎに役場の駐車場で待ち合わせて、8時ころまでナビをしてもらった。彼女のおかげで効率よく廻ることができた。Yさん 忙しい迎え盆の日にすみませんでした。ありがとうございました。

まずは役場の近く、赤沢の火の見櫓。この町では一般的な型、消防庫を跨ぐ火の見櫓。


 18 平林

 
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鉄筋コンクリート造の消防庫の屋根スラブには雨仕舞のための勾配がついている。火の見櫓は後方の柱脚部をコンクリートの独立基礎で「かさ上げ」して建てている。これは比較的新しい火の見櫓。鋼材の錆止めはコストを考えれば塗装だろうが、この色は亜鉛メッキかもしれない。確認するのをうっかり忘れた。


19 柳沢

**柳沢に、畑の中にうもれて、脚だけカットされたような珍妙な櫓があったので、再訪の際はぜひ探してみてください** それがしさんからこのようなコメントをいただいていた。その火の見櫓がこれ。

 
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ぶどう畑にかくれていて道路からは分かりにくい立地。Yさんがあらかじめ調べておいてくれたおかげで、迷うことなく行くことができた。

確かに櫓の下半分が地中に埋もれてしまったかのようだ。



別の方向からはこんな様子。





脚元に注目。これは踊り場の床だ。この火の見櫓はどこか別の場所から移設したのだろう。下の写真で梯子の支柱を溶接で留めていた痕を2ヶ所確認することができる。これで櫓の下部をカットして上部だけを据えたということが分かる。


20 虎御前

 
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前回は手前の五輪久保という地区の火の見櫓を見て引き返した。あたり一体は果樹園で、もうこの先には集落はないだろうと思ったから。だが、虎御前という変わった地名の集落があった。

でもこの勘は全く外れていたわけではなかった。Yさんが用意してくれた立科町の地図を見ると、確かに上田市、東御町との境界がすぐ近くだった。

虎御前という変わった地名の火の見櫓は消防倉庫の後方、小高い場所に立っていた。このような地形を利用することは珍しくはない。

既に書いたことの繰り返しになるが、この火の見櫓もスレンダーな櫓で、上部はバックルのないブレース、下部はリング式のバックル付きのブレース、四角い屋根に丸い見張り台という型(タイプ)で、東信に多いという印象。


 


314~319 立科町の火の見櫓 その5

2012-08-13 | A 火の見櫓っておもしろい

21 藤沢

 
314 藤沢地区の火の見櫓と消防庫のツーショット


 22 古町

 
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古町の火の見櫓も消防庫を跨ぐというこの町のオーソドックスな型(タイプ)だ。

両足をできるだけ外側に向けてひざを曲げ、この火の見櫓のような立ち方をしてみると、外側にひざが突き出て尻が下にさがりやすいことが容易にわかる。ひざを曲げないで立っている場合とは全く違って、キツイ。

実際、この火の見櫓の脚部の折れ曲がっているところ、即ちひざに相当するところには、櫓の荷重(自重)を受けて外側に開こうとする力がはたらく。それで下の写真のように、スラブを貫通させることで、その力に抵抗させているのだ。

わざわざ脚をスラブに貫通させているのは(いや、施工順序からすれば、脚が貫通するようにスラブをつくっているのはと書くべきだろう)このような理由による。




23 東塩沢

 
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24 西塩沢

 
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 25

 
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背の低い火の見櫓。見張り台は踊り場と同じつくり方で櫓の外に飛び出している。





梯子の下端を接地させないのはこの町の標準仕様のようだが、一体何故だろう・・・。


26 芦田(たぶん)

 
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前回もこのタイプの火の見櫓を見た。このフォルムには何故か惹かれる。マッキントッシュの椅子のデザインにどこか通じるような気がするなあ。