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MR.コールマンの挑戦日記

セカンドライフを迎えて趣味のランニングや街歩き、スケッチ水彩画、地域活動などの日常のあれこれを綴っています。

春の芸術を楽しむ

2009年05月16日 | まち歩き

先月のフランススケッチ旅で一緒だった画家の水彩画展が新宿で開催されているので、出かけてきた。

新宿には時々訪れるが訪れるたびに、西新宿の摩天楼街は変貌しているようだ。

この日は、清々しい快晴で摩天楼のビル街には、朝の陽射しが差し込んで輝かしい風景であった。

ビル群の中でも誰の目にも一番目立つのが、異様な姿の『コクーンタワービル』である。

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昨秋には建築中だったその景観に驚いていたが、今や都庁以上に最も輝いているビルではないだろうか?

このビルは、意外や専門学校のモード学園で、コクーン(繭)の形は「創造する若者を包み込み、羽ばたいて育つ」を象徴しているそうである。

その外観も無数の白糸が絡まっている姿だそうだ。

IT関連の学校らしく、クリエーターを育てるべく若者の感性を刺激するモード環境が出来ているそうである。

そのようなビル街をさらに進むと、アイランド(i-LAND)タワー街角には、これも通りかかる全ての人の視線を奪うアートがあった。

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アイランドタワーのパブリックスペースには素晴らしいアートの数々が見られた。

「人間の愛と未来」をテーマにしているそうで、愛(LOVE)が溢れる街にと願いを込めているそうだ。

そんなアートに魅せられて目指す水彩画展会場に着けば、多くの絵画ファンが会場を埋めるほど多くの方が見えていた。

この会場には、いつもプロ級の画家の展示会が開かれているが、今日も4人の画家の作品が約120点ほど展示されていて、その素晴らしい作品に圧倒された。

それぞれの画風は異なるが、どの作品も今回のテーマである『~水の戯れ~』を描かれており、何回も回廊して見とれていた。

どの作品も素晴らしいが、開催2日目にして多くの売却予約済みの赤マークが付されており、価格も素晴らしかった。

帰路は、京王プラザホテルに立寄って休息したが、ここのロビーにも思わぬアートが陳列されていた。

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広いロビーの空間には、端午の節句を祝うつるし雛が、飾られていて行き交う人々が思わず立ち止まり写真に納めていた。

ここでも、子ども達の未来を見つめて和布を心を込めて縫い合わせて感動の作品が、広いロビーの空間に彩を添えていた。

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思わぬアーテイステイックな時を過ごして、春の芸術に浸った一日であった。

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放課後子ども教室推進事業へ参画

2009年05月15日 | 受験・学校

一昨年よりスタートした文部科学省が推進する『放課後子ども教室推進事業』に地域の一員として、事業計画などへ推進委員の一人として参画した。

『放課後子ども教室』は、小学校の余裕教室などを活用して地域住民の参画を得て、子ども達とともに学習やスポーツ・文化活動、地域住民との交流活動などを実施するものである。

地域の小学校が、モデル校として一昨年からスタートして、多くの方がボランテイアとして参画されて、安全管理面に配慮して子ども達を見守ってきた実績を持つ。

運営委員会は、地域の各協議会や安全管理者、学習アドバイザーなどで構成されて放課後の子ども達の安全で健やかな活動場所の確保を図るための事業の推進役である。

この2年間の実績では、多くの利用者があり健全な活動が維持されてきているが、それぞれの地域の事情があり、如何に地域の事情に呼応してニーズに応えられるかと日夜関係者は知恵を絞っておられるようだ。

昨年度の利用状況では、低学年の利用が多かったが、子ども達は工作やお絵かき、ブロック遊びなどボランテイアの皆さんの様々な知恵と工夫で、毎日楽しんでいるようだ。

教室には、子ども達の作品や遊戯などが整然と陳列掲載されているが、活動中の子ども達の顔が見えるようである。

利用者数では、必ずしも多くはないが、多い事が喜ばしいことではなく、それぞれの家庭のニーズに応えられればいいと考えられる。

ただ、自習教室の利用は少なく、運動や遊びで楽しんでいることが多いようだ。

今の子ども達は、塾通いやジム通いなどのスケジュールが詰まっているそうで、「今日は教室、明日は塾へ行きます・・・・」と忙しいようである。

毎日、20人前後の利用の中で、安全・安心な活動拠点を確保し、遊びを通して異年齢間の交流や、子ども達の創造性、自主性、社会性を養うことにより、心豊かで健やかに育まれることを願っている。

その為にも、地域と家庭、学校が一体となっての連携が求められている。

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パリの自転車事情

2009年05月14日 | サイクリング

今回のフランスの旅で関心のあったのが、バイクファンとしてフランス特にパリ市内の自転車事情であった。

事前に聞いていたところでは、レンタル自転車が普及していて、自由に乗りたいところから借りて、乗り捨てOKで、安く利用できて是非利用してみたいと考えていたのだ。

ツール・ド・フランスが行われるフランスは、自転車文化も先進国としてあらゆるシステムが機能している筈と期待していた。

パリに入る前に、南フランスのカステルノーダリーのミデイ運河では、バカンスを利用して1ヶ月の自転車(バイク)旅行中のサイクリストに出会ったが、さすがの自転車王国と感心していたのだ。

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ホテルのレンタサイクルで、ミデイ運河を半日程、ポタリングを楽しむこともできた。

ところが、パリで見たものは、全く期待したものとは程遠いものであった。

確かに、無人レンタルシステムのベリブ(Velib)は、市内のあちこちに見られて、整然と駐輪場に並べられていた。

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ベリブ(Velib)  =自転車(Velo) + 自由( Libert )から生まれた造語である。

市内には、約2000箇所の利用発券機があり、約2万台のベリブが配置されているそうである。

年間登録料は、29?で、1?/日。更に、30分以内であれば無料だそうである。

ところが、パリの交通ルールは、日本とは異なり自転車は車道を走らなければならないのである。

その上、自転車専用道路が完備しているものと理解していたが、裏切られた。

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2日間に見聞した範囲では、一部で見られた意外は、自転車専用レーンはなく、その上に石畳が多く、快適に走れるとは言い難い。

ドイツやスイスで見た自転車レーンは見られず、フランスは意外や自転車後進国だと聞かされた。

日本では、自転車+電車の通勤風景は、今や常識となっており、最近はジテツウ者が大変多くなってきている。

確かに、ジテツウの人も見かけたが、ルールを守る人はすくなく、市内の交通事情では大変危険である。

ロータリー交差点では、出入りが慣れないと非常に難しそうであり、信号のあっても守る人は少ないようだ。

ベリブは、ママチャリとMTBを合わせたようなスタイルで、ギヤチェンジも出来るが、決して手入れがいい状態ではなかった。

しかも、市内で覗いたサイクルショップは、実にお粗末で高級車は殆ど見られず、日本の自転車屋さん以下であった。

それに、市内では殆どロードバイクにはお目にかからなかった。確かに、あの石畳の上はロードでは走れないだろう・・・・・

休日のパリ郊外でポタリングを楽しむ光景を見たかったが・・・・・・

ツールでは、シャンゼリゼ通りや市内を周回するのだが、あれは特別だったのである。

夫々のお国の交通事情があるが、まだまだ日本の歩行者と自転車が共有するシステムも、パリに比べれば 悪くはないのだろうか?

日本も自転車利用者が増えているが、ルールを守り楽しむサイクルシステムを作り上げていきたい。

今日も、ジロ・デ・イタリアでは凄い光景が楽しみである。

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小澤代表辞任騒動に思う

2009年05月13日 | 国際・政治

民主党小澤代表が突然辞任表明して、メデイアがその経緯や影響など大きく取り上げて報道しているが、その論調に関心をもって見比べてみた。

新聞・テレビの情報を元に、感じたことを批判を怖れずに敢えて記してみた。

今回の辞任表明の記者会見を見る限りでは、我々国民の求める説明責任は全くされていない。

それも、説明しようとする姿勢も見えず、 「衆議院選挙を間近に控えて、政権交代の実現に向けて、挙党体制を強固にするため身を投げ打つことにした」と述べるだけである。

国民の70%以上の大多数が「説明責任を果たしていない」と考えていることに、何も応えておらず、その姿勢すら感じられないのである。

とにかく政局、政権奪取しかこの人の頭の中にはないのだろう・・・・・

まして、民主党から重い腰をあげて申し込んだ党首会談は、本来、今日国会で実現する筈であったのである。

常に、「国民生活重視の政治へ切り替える」と述べてきているが、この辞任騒動で国民の信頼を得られると思っているのであろうか?

いつも国会論争の場で感じているのは、幹事長やあの国対委員長など幹部の態度は、自民党への批判ばかりで、その言い草も耳を覆いたくなるような言葉が多く下品である。

いざ我が身への批判には、全く耳を貸さずに説明すらしない。まるで報道が悪いと言わんばかりで、我田引水ばかりではないか。

国民は、自民党であれ民主党であれ、日本丸が沈没しかねない危機状況のなかで、将来に希望を持てるために、どのような政策を取るべきなのかを国会の場で示して欲しい。

今こそ、政局一辺倒ではなく政策論争をやって欲しいのだ。

また、代表辞任で終わりではなく、巨額の政治献金問題には蓋をせずに、徹底的に司法の場でも追求してほしい。

今回の西松献金は、かっての田中派の金権政治そのものではないのか?

代表を退き裏で実権を握るのではないか?という評論も見かけるが、反小澤意見にも謙虚に耳を傾け、本来は政治家をやめるべきだと感じている。

次の代表に誰が選ばれるのか非常に関心があるが、国民の目線に立っての、開かれた議論の上で国民の信頼を得られる民主党へ脱皮して欲しいものである。

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ジロ・デ・イタリアが開幕

2009年05月12日 | サイクリング

ヨーロッパの3大ロードレースである「ジロ・デ・イタリア」がイタリア・ベネチアをスタートした。

今回は、100周年記念の特別の大会であり、コース設定を作ったそうである。

レースは、9日から全21ステージで、オーストリア、スイス、フランスの一部を加えての約3400Kmを走破してローマにゴールである。

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自転車ファンの管理者には、毎日の実況放送を見逃せずに眠れない日々が続く事になる。

『ジロ』は、イタリアでは国を挙げてライダーと市民が一体となって楽しむ最大のスポーツだそうである。

勿論サッカーも、イタリアではサイクルスポーツ以上に、国民の熱い支持があるが、無料で観戦できて、選手と観客の間に壁が無いのがジロであると、ある雑誌で紹介されていた。

初夏のイタリア国内を3週間に亘り熱くする国民的イベントのようだ。

日本でも、毎日J-Sportsで実況されるので、ツール・ド・フランスとともに、グラン・ツールが始まると、日本時間の深夜放送となるので眠れない期間となる。

今年の最大の関心事は、何と言ってもあのツール・ド・フランスを7連覇を成し遂げた英雄のランスアームストロングが復帰して出場する事だ。

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我が家は、長年ランス君の大ファンであり、所属するU.S.Postal、Discovery、今はアスタナチームの応援団である。

そのランスくんが3月に鎖骨骨折の大怪我をして出場が危ぶまれていたが、奇跡的な回復で出場してきたのだ。

残念ながら、ツール・ド・フランスの覇者、我がASTANAのドンタドールは出場していないが、バッソやサストレ、メンショフなどの有力選手との「マリア・ローザ」争いが楽しみである。

ランスくんは、第2ステージでは、10位とまずまずの順位につけており、Astanaとともにこれからが大変楽しみである。

特に、2000M級の超ステージの山岳コースでの激しいデッドヒートには、目を離せないシーンが予想され、それを応援する観戦者の様子にもビックリである。

日本では、考えられないシーンが続出するのではないだろうか

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ランニングの楽しさ

2009年05月11日 | ジョギング

夏を思わせる陽気が続いているが、スローランニングには絶好のシーズンである。

春のマラソンシーズンも、後1ヶ月あまりとなり大きなレースもほぼ終了したようだ。

かって経験した事のないふくらはぎの肉離れを患い、東京マラソンなどエントリーしていたレースも残念ながらパス(DNS)せざるを得なかった。

3ヶ月近いブランクが出来てしまったが、リハビリの効果もあって、ようやく先月末からそろりとスロージョグから再スタートである。

久し振りに、早朝から思い切ってヒル・コースでLSD(ロング・スロー・デイスタンス)に挑戦してみた。

GWの後とあって、コースでは顔見知りの走友とも出くわして「久し振りだね・・・どうしてたんや」と声をかけてもらったりで、走汗の快適さを感じながら、気分よくコースを延ばしていた。

未曾有の不景気ムードは変わらないが、ランニング業界はランニングブームで不況風はないようであるが、マイロードを走るのには金はかからない。

最近のランナーはおしゃれ志向で、 『走ってスリムになり、きれいになる』ことを目標にしているそうだ。

特に、女性ランナーが多くなり、『まずファッションから』で、若い人も中年も大変カッコいいのである。

ブームの刺激を受けながら我々中高年ランナーも頑張りが目立っている。

何よりも時間に束縛されず、自由に「好きなときに、好きなコースを、好きなだけ走る」をモットーにランニング人生を続けて生きたいと願っている。

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この日も、五月晴の中 真白き富士山がすばらしい勇姿で迎えてくれたり、ツツジやいろいろの花々が咲き誇っているのを見やりながら、元気をもらい気分爽快。

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今年の役目を終わった鯉のぼりの疲れた姿や、公園の水に戯れている子供の姿が疲れを癒してくれていた。

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月末の久し振りのレースに向けて、「しくる」日々の継続に挑戦していきたい。

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市民総合体育大会開会式に参加

2009年05月11日 | スポーツ

藤沢市の市民総合体育大会の開会式が行われ、地区体育振興協議会の代表団として参加した。

今年も、第64回として6ヶ月かけて市内35地区が、地区対抗7種目、オープン競技15種目で技を競いあい熱い戦いの火蓋が切られた。

開会式には、市長始め多くの来賓や各競技団体の関係者が出席したが、「生涯スポーツの振興やスポーツを通じて相互のコミュニケーションを図る」というコンセプトで、毎年多くの参加を得て、長い伝統を引き継いで開催されてきた。

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近年は、少子高齢化が進み、健康志向のふれあいスポーツか?技を競い戦うスポーツ志向かでは、参加者が減少する中で議論のあるところである。

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華やかに開会式を終えて、今日から軟式野球とバレーボールが各会場に分かれて、競技が始まったが、地区の熱い期待を受けて快晴の空の元で、気持ちよい汗をかいた。

野球では、1回戦から我らがチームは、コールド勝ちで素晴らしいスタートを切り、2回戦でも前年度好成績を残した相手に競り勝った。

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若い人と中年とのコンビネーションやチームワークが、勝負に微妙に影響しているようだ。

女子バレーボールでも、ママさん達の元気な声が響き、若い選手も呼応してのチームワークを活かしてのコミュニケーションが試合後も盛り上っていた。

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スケッチ旅=パリのあれこれ

2009年05月10日 | 旅行記

今回は、パリ市内の観光は初めてであったが、2日間の市内見て歩きで感じた『パリのあれこれ』を綴ってみた。

シャンゼリゼ通りの有名なカフェテラスやヴィトンやエルメスなどのブランド店を覗きながら、凱旋門まで華やかな雰囲気を感じながら散策したが、ヴィトンなどの店内には、やはり日本人の観光客だろうか目立つ存在である。

凱旋門には中に入る時間もなく、ゆっくり出来なかったが、さすがに市内の道路の中心であり多くの車がロータリーを廻りながら流れる光景には、しばし見とれていた。

聞けば、ロータリーは入ってくる車が優先だそうで、出て行く車で慣れない車は、何周もロータリーを廻る羽目になりそうである。

最も関心があったのは、約3ヵ月後には、ツール・ド・フランスのゴール地点となり、世界中のバイクファンの目が集中することである。

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ここの表彰台に立つのは、コンタドールかランス・アームだろうか

セーヌ川はパリ市民の憩いの場と言われている通り、多くの市民が特に目的も無く、春の陽気を感じながらの散歩を楽しんでいる方が実に多い。

セーヌ川右岸を歩いていると、繋留している船が実に多いが、その殆どがレストランやホテルなどである。

また、あちこちで工事中が目立ち、これも景気対策なのだろうか?その期間も長いそうだ・・・

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アレクサンドル3世橋は、最も美しい橋だそうであるが、戦士の姿やモニュメントが飾られていて実に美しい姿であった。

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さらに下流のポン・ヌフ橋は、最も古い橋だそうで成る程貫禄を感じた。もっとも画になる橋であると思われる。ここでもお色直しだろうか?工事中であった。

シテ島でUターンして左岸に渡り歩いていると、河岸には緑の四角の箱がやたら目立つのである。

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最初は、ゴミ箱か何かと思いきや、しばらく進めば、それが古本屋(ズキニスト)だった。

多くの古本がビッシリ陳列されていて、みやげ物もある。美観も損なうと思うが利用権はどうなっているのだろうか?

更にオルセー美術館までくると、ルーヴルが休みであったこともあり、多勢の見物客が屯していた。

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その隣にある美しい建物が目立ったが、美術館の付属建物かどうか不明であるが、何とこれがアメリカのホワイトハウスのモデルになっているそうだ。

ルーブル美術館は生憎休みであったが、屋外庭園のカルーゼル凱旋門やアート作品もすばらしく休憩を取りながら、その光景に見とれていた。

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マドレーヌ寺院の広場周辺には、高級食材店やファッション店が並び、ここにも多くの人が集まっていて賑わっていたが、通行人のイケメンが『日本人彼女募集中』と黒パンツに黄色文字で縫いこんで闊歩していたのには驚いた。

追っかけてカメラを構えたが、撮れなかった。如何にもパリの伊達男らしい・・・・

ここのマスタードの有名店には、やはり日本人観光客が多く見えていた。

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多くの想い出を詰めて「フランス・スケッチ旅」も無事終わり、このシリーズを完結します。

『merci beaucoup!!』  ありがとう・・・

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南フランス・スケッチ旅=パリ編?

2009年05月09日 | 旅行記

パリ2日目は、朝からどんよりと重い雲が垂れ下がり、晴れたかと思えば、時折土砂降りの雨になったりの不安な天候に終始した。

午前中は、思い切って日本人向けの日本語ガイドによる『My bus』の半日市内観光に出かけてみた。

My busは、JTB系列のガイド会社で、ベテランガイドさんの案内による3時間のメニューはさすがに密度の濃い満足したものであった。

同行されたのは、14名の日本人ばかりで相互に情報交換しながらの呉越同舟となった。

市内中心部のみのバスによる観光スポットめぐりであるが、説明がわかりやすく立て板に水を流すような流暢な解説には、初めての訪問者には大変充実した3時間となった。

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前日の散策と一部ダブルところもあったが、エッフェル塔やノートルダム大聖堂、モンマルトルの丘には、記念写真も撮れて楽しい想い出多いものとなった。

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また、バスの目の前でオートバイの事故に遭遇したりのハプニングもあった。

モンマルトルの丘では、 『サクレ・クール聖堂』に入る時間は無かったが、この頃は晴れ間も見せて白亜のドームが輝いていた。

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さらに、画家が集まる『テルトル広場』には、多勢の観光客が集まっていて狭い広場を埋めつくされていた。

この地域は、盗難など治安が良くないと聞かされていたが、確かに何となく不安定な気分を感じながらのブラ散歩になった。

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展示即売されている画にも興味をもって見て歩いたが、さすがに色付けや構図などには、大変参考になった。

午後からは、再びセーヌ川周辺とルーブル美術館へと散策に出かけて 近道を取った筈が、筋を間違えたらしく思わぬところへ出てしまい、パリ市内の散策の難しさを実感。

シテ島近くを歩いていた時に、またもや目の前でオートバイと自家用車の衝突を見せられパリ市内のオートバイや車の混雑振りは、異常な状況である。

さらに、その事故直後に、近くで大事件か事故が発生したのか、パトカーが10数台が走り回り、緊張を感じた。

その後も、一日中パトカーのサイレンは、あちこちで聞き、パトカーDAYだろうかと思うほど、凄まじかった。

パリという街の治安状況を垣間見た日である。

市内の街角は、どの通りを見ても似たような風景で歩道上の美しいカフェやビルの光景など、画にしたくなる美しい街であるが、歩道での喫煙が多く、タバコの吸殻が道端には多く捨てられており、何とも興ざめであった。

路上喫煙禁止や受動喫煙防止が、普及している日本と比較して何とも理解し難いところで、率直言って『美しい街、汚い街』の印象が強い。

ルーブル美術館は定例の休館日だったため、残念ながら入館出来ず、やむなくオルセー美術館に回ったところ、ここでも時間が遅く締め切られていた。

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スケッチの旅最終日も、スケッチできる時間的余裕も無く歩き回ってたっぷりとパリの薫を身に浸み込ませて、夜遅く土砂降りとなっていたパリ市内を後にした。

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南フランス・スケッチ旅=パリ

2009年05月08日 | 旅行記

スペイン・ベサルーから最後の訪問地パリへ移動日となり、早朝7時半に専用バスにてホテルを出発し、一路 高速道路を利用してペルピニャン空港へと向かった。

この日は、抜けるような青空となり 朝もやが漂う牧歌的な雰囲気の牧場と新緑が拡がる田園風景が続き、遥か向こうには真っ白なピレネー山脈の美しい姿が見えて、後ろ髪を引かれる思いであった。

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約1時間で国境を通過してフランスに入り、さらに美しい絵になる田園風景を約2時間、ペルピニャン空港に到着。

地方の小さな空港であったが、のんびりと到着便を待ちながら最後の訪問地パリの光景を思いやっていた。

パリ・オルリ空港には、12時過ぎに到着し、パリ市内のホテルに13時頃にチェックイン、近くのレストランで昼食後、パリ市内散策に出かけた。

この日も、穏やかな快晴となり散策するには、最高の日和となり、これまで仕事で立寄ったことは何回かあったが、観光での訪問は初めてとなり、コースの選択に迷いながら市内へ出かけた。

ホテルからオペラ座、マドレーヌ寺院、コンコルド広場を経由して、シャンゼリゼ通りの公園にはカラフルな花が咲き誇っており、ベンチに腰を下ろして休息した。

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シャンゼリゼ通りのマロニエの並木道は、歌にも読まれる通りで白とピンクの花が満開であった。

丁度その前には、お洒落な店があり 近づいてみれば、日本でも人気のあるパテイスリーの学校の『ルノートル・ヴァビオン・エリゼ』である。

アマチャア向けの料理教室が開かれるそうだ。

しばしの休息後、反対側のプテイ・バレ市立美術館とグラン・パレギャラリーへ向かい、その優雅な建築美に感嘆して見入っていたが、何か企画展示が行われていて長い列が出来ていた。

続いてシャンゼリゼ通りを凱旋門までは、素晴らしいカフェテラスや劇場などが賑やかでパリの雰囲気をたっぷりと味わった。

凱旋門では、高さ50mの門の中をくぐり見上げると、そのスケールの大きさに圧倒されてビックリした。

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壁面の浮き彫りには、ナポレオンや義勇軍の様子が描かれており、まさにパリの中心にいることを実感していた。

ここで踵を返してセーヌ川沿いに出て、エッフェル塔を左手に眺めながらアレクサンドル3世橋、コンコルド橋まで戻り、チュイルリー公園では多くの団体ツアー客や市民が集まり、開放的な空間が広がっていた。

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パリの初日は、美しい街に吸い寄せられていて、スケッチブックを広げる間もなく終わっていた。

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南フランス・スケッチ旅=ベサルー編?

2009年05月07日 | 旅行記

『中世の橋』で代表される町ベサルーの2日目は、朝から小雨模様であった。

この日も早朝ジョギングで、ベサルーの郊外周辺を散策しようと地図を片手に約1時間ばかりFluvia川の下流に向かい川沿いの道を走ってみた。

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新緑の樹木が、川周辺を覆うように茂っていて鳥が伴走してくれるかのように、さえずりが続く中を行くと、まもなく大きな堰があり瀧のようになっていた。

しばし、休息して引き返し、反対側のには、今は通う人もいない古い教会に立寄ってホテルへ引き返した。

この日の天候は、9時過ぎにかなりの大雨となったが、お昼前には青空ものぞいていて、前日とは違う角度からの「中世の橋」を描いて後、街中の小路に移って描いていると、また、大雨に見舞われた。

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町の中心にある商店街のアーケードの下から、雨を避けながらの風情のある街風景を描いていたが、多勢の観光客も雨避けでアーケードで足を止めて、ひと時筆を止めて観光客との画の談議をすることになる。

このアーケードの中に、画家の店があり、描きながら画を直売していたが、仲間の皆さんが褒め上げて100ユーロの正札の画を、半額以下に値引きさせて買われていた。

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午後も、晴れ間や走り雨が繰り返していたが、中世の名残を残す歴史的集落を何回も行ったり来たりしながら、街中や川原を練り歩いてロマネスクやゴシック調の教会など風情を楽しんだ。

街中にある古い井戸やゴミ箱には、中世の十字軍のマークが印されており、何故だか意味が不明であるが、十字軍はこの街のシンボルということなのだろうか

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夜は、ホテルでのパイリア料理を食べたが、日本で食べるパイリアとは異なり柔らかく、チョッと日本人は合わない食味であった。

ここはスペインであり、本場のパイリア味はこんなものかと実感した。

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相模の大凧まつり

2009年05月07日 | まち歩き

ゴールデンウイークに相模川で行われる伝統行事『相模の大凧まつり』に、久し振りのマイチャリで出かけてみた。

自宅より約70分、マイチャリTREK「樹号」で5月の薫風を心地よく肌に受けながら11時前に現地に着いたが、まだ、凧上げの準備中で大空には、これも伝統の鯉のぼりが約200匹ぐらいだろうか 元気よく風に向かって泳いでいた。

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相模川河川敷の座間市と相模原市の両方の会場には、朝早く来られた家族連れやご近所隊が、テントやシートで場所取りが行われていて、待ちきれずに宴会が始まっていた。

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「大凧まつり」は、相模の風物詩として有名であるが、 「かながわの民俗芸能50選」「かながわのまつり50選」にも、選ばれているそうである。

本部の方に聞いてみると、準備作成は昨年の秋から進められ、今年の題字は市民から募集して『』に決まり、市長が自ら揮毫されたそうである。

この日は、約10mを超す絶好の風が吹いていて正に凧揚げ日和である。

本部資料によれば、大きさは14.5M(八間)、重さ約950Kg、綱の長さ 約200m、凧揚げに要する人員は80~100人である。

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その綱の太さやアンカーなどを間近で見たが、その規模には驚いた。

また、この日の風は最高の条件だったが、風が無ければ中止にならざるを得ないとか。

約1時間かかりリーダーの掛け声で一端は揚がりかけたが、うまく行かず失落。

さらに、準備調整が続いてようやくそろりと浮上したときには、会場を埋めつくした観客や関係者からバンザイが連呼されていた。

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あの巨大な大凧の揚げ方に興味があり、どのようにやるのか何か特別の方法でやるのか見ていたが、約100人の引き手が大綱を持って約100mくらい走り、極めてオーソドックスなもので、納得した。

この日の風の具合では、夕方まで大空で泳ぎながらのまま維持されるだろうと、係りの方は言われていたが、当然風が凪いでくれば、自然と降りて来るそうだ。

凧の揚がった高さは、約100メートルぐらいだろうか?あの八間凧も下から見ると何と小さく見えることか。

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相模原市側で3凧、座間市側で1凧が、五月晴れの大空を悠然と泳いでいた。

その間は、引く事も無くアンカーに繋いだままであり、アンカーも巨大なものでその周囲には、撮影ポイントとなり大勢のカメラマンが陣取っていた。

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帰路は、相模川堤防からの新緑をサイクリングで楽しんで引き返したが、大凧には絶好の風もバイクには厳しい向い風で、喘ぎながら帰宅した。

久し振りのミドルライドは、48Kmだった。

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南フランス・スケッチ旅=ベサルー編

2009年05月06日 | 旅行記

光と原色の町コリウールに後ろ髪を引かれながら、この日は朝9時に、バスにて次の目的地スペインのベサルーへと向かった。

約40分で山の上のスペイン国境に到着し、ハイウエーをひたすら走るが、北海道の美瑛高原を連想するようなパッチワークの麦畑を右に左に眺めながら、10時30分頃にベサルーに到着した。

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途中、何組かのロードバイクによるツーリングを楽しむグループを見たが、さすがに自転車文化が進んでいるスペインである。

バイクツーリングを楽しむ管理者も、このグループに加わりこのような田園風景の中を走りたい欲望に駆られていた。

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ベサルーは、フレビアー川周辺の極めて小さな村で、『中世時代の橋』を中心とした歴史的集落の観光地である。

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村の隅々を一周するのにも、約30分とかからないような村であったが、橋とロマネスクとゴシック様式の教会などを中心に、何とも風情のある村であった。

どこから見えているのか、街中は引切り無しに観光客が限りなく続いていてレストランやみやげ物屋が軒を連ねており、実に飽きない光景があった。

振り返ればカステルノーダリーからコリウールを経て、このベサルーへとコースが組まれているが、だんだん趣が高まってきて良くなるのである。

このツアー企画の妙に感嘆しながら、ベサルーを楽しみたいと期待は高まってきた。

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名も知れないこの『中世の橋』は、約100m余の長さであるが、二つの塔と微妙な曲がり通路から眺める景色は素晴らしい。

橋上からも川原からもどこから見てもスケッチポイントとしては、言いようの無い景観がある。

川面に写る橋の姿とともに、アーチを通して見える遠方の教会が絶妙のバランスである。

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また、並行して仮設されているアーチ橋も「中世の橋」とともに、美しい対照を見せていた。

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横浜 フラワーアートフェステイバル

2009年05月06日 | まち歩き

横浜開港150周年記念事業の一環として、開催された『横浜 日本大通りフラワーフェステイバル』を、横浜みなと祭「ザよこはまパレード」とともに観覧してきた。

横浜公園から神奈川県庁までの日本大通りで、道路幅一杯に、約220Mに亘り21個の巨大な花絵(花アート)が描かれていた。

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その花アートは、何とチューリップ約6万本、バラ18万本の花びらで描かれており、その画はペリー提督から始まり、横浜の開港以来の歴史を描いたものだそうである。

その画は、実に鮮やかな色彩で描かれており、どうして花びらであの色彩を出せるのか?と思い近いづいてみると、ところどころは砂や石が使われているが、テントの中では様々のバラやチューリップの花の花ビラにちぎっていて、色別に箱一杯に詰められており、これが花びらかとビックリした。

しなびた花びらは、市民ボランテイアの手で丁寧に取替え作業が行われており、本当に楽しそうである。

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敷き詰められた花絨毯を少しでも高いところから眺めてみようと、観覧台が準備されていたが、500円で整理券を買い求めた客の長い列が出来ていた。

一巡してから、神奈川県庁『キング塔』が、メモリアルイベントとして、一般開放されていると聞き、またとない機会で駆け込んだ。

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公開されていたのは、知事室はじめ大会議場、完成時には天皇陛下の貴賓室として使われていた応接室、屋上などで、多くの観客が入館していたが、階段は大渋滞でようやく各室に着いても、入室にも10分以上かかる状況であった。

説明によると、本庁舎は昭和3年に完成し80年の歴史を刻んだ昭和初期の代表的な歴史的建造物で国の有形文化財に登録されている。

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知事室や応接室、会議室などは、昔の姿がそのまま?のこっており、その調度品や天井などは、崇高な雰囲気が満ちていた。

特に、いつもスケッチの対象として描いていて親しんでいる『キング塔』の中を見たいと興味があった。

屋上には、既に多くの観客が見えており、上から横浜湾やベイブリッジなどの景観とパレードを眺めようと、鈴なりの状態であった。

『キング塔』は、ライト様式(フランク・ロイド・ライト氏)と言われる建築様式で、その幾何学様式でいかめしい雰囲気が特徴である。

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屋上から眺めるキング塔や、開港記念館(ジャック塔)、横浜税関(クイーン塔)を見下ろす光景は、いつも見上げて描いているので、しばし、なんとも言えぬ感激に浸っていた。

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フジロードめぐりジョギング

2009年05月05日 | ジョギング

藤沢市のシンボルの花「藤」は、市内のあちこちの公園に、藤棚が設置されており、市民に愛されている花であるが、この度 市内のフジの名所を繋いだ『引地川・フジ史跡ロード』が完成したと聞き、見頃になったとの情報を得て久し振りにジョギングで駆け巡ってきた。

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このフジ・ロード構想は、地域活動団体の提案を実現すべく形成された市民団体『藤クラブ』が市内の公園の実態調査を行ったところ、多くの藤棚の管理が不充分のため、開花しても花房がうまく咲かないことが判り、その保護育成を目的に取り組まれたそうだ。

藤沢市内を流れる引地川沿いの公園11箇所を対象に選び、整備されている。

今回は、11箇所の内、二番構公園から海岸までの8箇所を訪ねながらのジョギングとなったが、意外や公園の藤棚は大変立派であったが、肝心の藤の花は、何れも花の開花は少なく咲いていても花房は小さく無残な形態であった。

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特に、引地川親水公園は約100Mに及ぶ藤棚であるが、殆ど今年は咲かなかったようだ。

すぐ近くの大庭城址公園も、大小4つの藤棚も同様に開花は無かった。

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毎年、その見事な開花振りに、スケッチをしていたが、誠に残念な様子である。

同様に、引地川下流の舟地蔵公園、長久保公園も全く同じであった。

この活動も「藤の専門家」として有名な藤沢名誉市民でもある 端山氏の自宅の藤棚を訪ねて覗ってみた。

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端山藤園の藤は、見事な開花振りであり、鉢物は時期が約2週間早かった。

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毎年、「開花したよ。見頃だよ・・・」と連絡を受けて拝見しており、この差は何なのだろうか?

同氏とは地域活動を通じて懇意にしており、今回のフジロード構想への指導されたとも聞いていたので、事情を聞いたところ、残念ながら管理する園芸担当の方たちへの指導が充分行き届かず、剪定時期が不適切だったそうだ。

この連休中には、フジロードを巡るウオーキングも企画されているが、今年の開花ぶりでは参加者の落胆ぶりが目に見えるようである。

来年以降の開花に期待して、藤沢の名所に育つ事を期待したい。

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