ON  MY  WAY

60代を迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされ生きる日々を綴ります(コメント表示承認制です)

紫色の花の季節だなあ

2024-05-21 18:09:43 | 自然・季節

埼玉から帰って、わが家の庭を見てみると、新緑から深緑へ緑が濃くなっていると思った。

そして、咲いている花々を見てみたら、へえ、と気付いた。

それは、咲いている花の色を見てみると、紫色系統のものばかりだな、ということである。

春に咲いている花は、黄色い花が多いと、今までも何回かここで書いてきたが、春も終わりを迎えこうして初夏が近づくと、花の色が変わっていることに気づいたしだいである。

 

わが家の庭の一角は、こんな感じ。

ご覧のように、紫色系の花々でいっぱいだった。

まずは、シランの花。

シランは、漢字で書くと、「紫蘭」だから確かに紫。

 

そして、手前に大きな一本は、アヤメだ。

これは青紫系。

そして、赤紫系で咲いているのは、「立てば芍薬」ともてはやされた(?)美人花、シャクヤクだ。

その周辺で咲いている紫色ものが2つ。

一つが、ミヤコワスレ。

鉢植えにはピンク系のものもあるのだが、省略。

 

もう一つが、ムラサキツユクサ。

「紫露草」と漢字で書いた方が、なんだか風情がある。

 

まあ、毎年見ているはずのわが家の庭なのだが、紫色系の花の季節だ、などと思ったのは今年が初めてである。

周辺の緑が濃くなると、それに合わせるように紫色の花が多く咲くようになるのだなあ。

見慣れた風景から新たな気付きが得られるというのもいいものだ、と思ったよ。

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「あゝ上野駅」を井沢八郎の娘、工藤夕貴が歌っている

2024-05-20 20:54:44 | うた

いろいろな人に元気を与える歌って、あるよね。

以前、ここでは「イノキ・ボンバイエ」の曲で元気を出していたと書いたことがあった。

 

苦しいときは、心の中でいつも「イノキボンバイエ」を流してきた ~アントニオ猪木氏の逝去を悼む~ - ON  MY  WAY

30代の働き盛り(?)の頃、仕事上いやなことがあっても、自分ががんばらないといけない場面では、自分の頭の中に、いつも自分を励ます音楽を流していた。その音楽の曲名は...

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ほかにも、元気が出る歌の中に、この歌がある。

それは、井沢八郎が歌った、「あゝ上野駅」だ。

 

どこかに故郷の香りをのせて

入る列車のなつかしさ

上野は俺らの心の駅だ

くじけちゃならない 人生が

あの日ここから 始まった

 

地方から東京に出てきた人間にとっては、望郷の思いがありながらも、前を向いて生きていかなくちゃ、という思いが湧いてくる歌だ。

だが、田舎から都会に出た人でなくても、この歌を聴くと、元気が出るのはなぜだろう。

「くじけちゃならない 人生が」と聴くと、「そうだ。くじけてなんかいられない。とにかく生きていかなくちゃ」と勇気が出てくるのだ。

聴くたびに元気や勇気をもらってきたこの歌を、昨夜、久々に聴いた。

テレビもつまらんものしかないから、とBS1の演歌番組を見ていたら、この曲が流れてきた。

しかも、歌っていたのは女性歌手。

それは、なんと井沢八郎の娘、工藤夕貴であった。

 

工藤夕貴は、かつて歌も歌っていたけれど、俳優のイメージが強い。

近年では、山ガールとして登山番組で見ることの方が多い彼女が、亡き父の大ヒット曲を歌っていることにびっくりした。

そして、その歌をあまりにもうまく歌っているので、二度ビックリした。

曲間のセリフもしっかり感情を込めて言っていた。

なぜ、彼女がこの歌を?

その疑問に応えるように、その歌番組でいきさつを語ってくれていた。

 

歌うきっかけは、一昨年、歌を歌いたくなって、日本歌手協会に入ることになったとき、理事長の合田道人氏から、父井沢八郎の歌を歌うのがいいんじゃないかと課題曲でもらったのが「あゝ上野駅」。

そして、昨年、日本歌手協会のステージに出て歌うと、五木ひろしが思いのほか私の歌を感動してくれたのだそうだ。

五木ひろしは、「あゝ上野駅」が発売された年に上京したから思い入れもあったらしい。

彼は、「この歌は、お嬢さんが歌い継ぐべきじゃないか」と言ってくれた。

そこから、「あゝ上野駅」とカップリング曲「父さん見てますか」を発売する運びとなって今に至っているということだ。

この「父さん見てますか」は、父井沢八郎を歌った歌で、五木ひろしが作曲し、作詞は合田氏なのだそうだ。

本音を言えば、カップリング曲には申し訳ないが、彼女が歌った「あゝ上野駅」の方が、聴きごたえがあって、すばらしい。

あの「あゝ上野駅」が、こうして発売から60年たって、まさか当時の青年歌手井沢八郎の、今や50代になった娘が歌うことになるとは、驚き以外の何物でもないなあ。

でも、それに値する名曲なんだな、やっぱり。

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なんてこったい!?逆転負け ~2024アウェイ湘南戦~

2024-05-19 19:52:27 | アルビレックス新潟
幻滅。
なんとも後味の悪い敗戦。
守りを固めてカウンターで勝負するのが定番の湘南のスタイル。
反対に、新潟はボールを保持して得点をねらうスタイル。
試合前から、攻めていく新潟の方が優位になる試合運びを見せるだろうと思っていた。

前半から、その予想通りになっていた。
15分には、ゴール前で守りを固める湘南相手に、小見、谷口、長倉と連続でシュートを放つのだが、いずれも相手のブロックにあい、無得点。
チャンスに決めきれないと、また想定外の形で相手に点が入るものだ。
だから、チャンスには決めようよ。
そんな懸念を抱いていたら、30分、そんな懸念を払拭するように、長倉がコースを冷静についた、技ありのゆるいシュートを決め、新潟が先制した。

新潟が先制するなんて、いったい何試合ぶり!?
今日は勝つぞ、きっと。
こんな展開なら、3-0くらいで勝てるかもしれない、なんて思っていたのだ。

ところが、その5分、信じられないようなミスを冒して同点に追いつかれてしまった。
ペナルティエリア外で、デンが相手FWを背負いながらボールを処理しようとしていたところに、GK小島が近づいて行ってボールを蹴ろうとしてしまった。
背後に神経を張っていたデンに小島がぶつかって2人は倒れ、蹴ったボールは相手FWの前に転がった。
無人のゴールに蹴り入れるなんて、誰でもできる。
これで同点に追いつかれてしまった。
2人とも大ケガにならずに済んだのは不幸中の幸いだったが、今日の小島には珍しくあちこちで判断ミスが見られた。
60分には、シュートを弾いたが、相手の足が届くところに行ってしまい、決勝ゴールとなってしまった。
まあ、このゴールは小島のせいでやられたのではないけどさ。

とにかく、あの同点でムードがおかしくなったのは確かだった。

けが人が多く、控えメンバーに力のある選手が少ない

というかいない状況では、早めに得点してリードをもとに余裕のある試合をしたかったのに。
後半開始からは、湘南に押され気味になってしまったし、リードを許す展開になってはさらにパワーが必要になる。
疲れの色が濃い新潟には、厳しい展開となってしまった。
惜しいシーンはあったが、結局その後ゴールは奪えずじまい。
期待できる交代選手がいないので、交代は2人にとどまった。
交代で入った、2試合ぶり出場の松田も消極的なプレーで全く不発。
降格圏内の湘南相手になんと、負けを食らってしまった。

負けは予想していなかったぞ。
下位チームを助ける新潟クリニック、復活じゃないか。
おまけに、降格圏まで勝ち点2差に近づいてしまった。
/(*o*)\ナンテコッタイ

こんなショックを受けながら、今日の試合はたしかに幻滅はしたけれど、中2日でアウェイ連戦。
水曜日には、秋田のホームでルヴァン杯3回戦の試合だ。
フィジカルにものを言わせてガツガツ来る秋田が相手だ。
本来なら、大勢のターンオーバーでメンバーを休ませたいところだろうけれど、けが人だらけでそうはいかない。
余っているのは、ゴールキーパーばかりだ。
そしてまた、中2日でリーグ戦、ホーム福岡戦となる。
ハードすぎる。
さらにけが人が出るのではないかと、不安だ。
今季一番の踏ん張りどころかもしれない。
へこんでいる暇はない。

Visca Albirex !!!

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たくましき太い根~ギシギシ~

2024-05-18 20:07:07 | 草木花

すごいな、と思う。

埼玉の耕作しない畑の雑草たちの成長の早いこと。

先月畑全体をちゃんと刈り払い機で刈り取ったのに、もう膝が隠れるくらいの高さまで伸びているのもある。

これだから、自分の体調の好不調にかかわらず毎月除草作業に来なくてはいけないわけだ。

 

まあ、そう言いながらも、野草の花見を楽しみながら作業に取り組んでいるのだが。

今年も、この時期、アカバナユウゲショウや

不思議なヤセウツボ

「らんまん」でも紹介されたムラサキカタバミ

などが雑草の中で見ることができた。

 

あまたある雑草の中で、今回驚いたのは、ギシギシである。

スイバによく似ているのだが、葉などがひと回り大きいし、葉の模様も違いがある。

それはともかく、葉が大きく高くなっていて、そのことにまずびっくりだった。

あまた生えたギシギシを刈り取ると、円く茎のあとが残る。

そこをさらに深く掘って切ると、とても大きな根が地下に隠れているので、なおびっくり!

あまりに太い根が隠れていることに驚いた。

なるほど、こうして根を残し、生き残っていくというわけだ。

そこから子孫を残し、増やしていくということだね。

だから、ギシギシはこの畑でこんなに繁殖しているのか。

たくましいなあ。

 

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子育て本としても楽しめた~「子どもと楽しむ草花のひみつ」(稲垣栄洋著;エクスナレッジ)~

2024-05-17 21:42:15 | 草木花

著者の稲垣栄洋氏の植物本は、面白い。

以前ここで紹介した「雑草キャラクター図鑑」は、楽しかった。

 

 

「雑草キャラクター図鑑」を読んで - ON  MY  WAY

「雑草キャラクター図鑑」(稲垣栄洋著誠文堂新光社)どこまでがタイトルなのかはわからないが、表紙には、「雑草キャラクター図鑑物言わぬ植物たちの意外な知恵と生態が1コマ...

goo blog

 

 

今回見かけたこの「子どもと楽しむ草花のひみつ」(稲垣栄洋著;エクスナレッジ)は、「子どもと楽しむ」と書いてあった。

なるほど、中のページをめくると、イラストやコママンガなどかわいい絵が豊富だ。

おまけに、文章が分かりやすいうえに、漢字にはルビがふってある。

読む前から親子で楽しんで読んでほしいという工夫がいっぱいだと思える本だった。

 

読んでみると、1つの植物をあげながら、その植物の秘密を紹介する構成となっていた。

 

草花遊びに関して書いてあるページもあった。

シロツメクサの冠作りやオオバコでの引き比べなど、草花を使っての遊び方なども載っていた。

子どもも楽しいし、大人にとっても童心に帰る懐かしさがあった。

 

だが、この本の本当のよさは、親にとってとてもよい家庭教育本になっている、 ということだった。

その草花の秘密と子育ての大切なポイントを関連付けて紹介しているのだが、説得力があった。

例えば、このイノコヅチ。

「早く大人になるということ」がテーマ。

イノコヅチの葉には成長を促進する作用があるのだが、実は、幼虫をさっさと成虫にして自らの葉が食われるのを少なくしようとするのだとか。

だから、イノコヅチの葉で育った成虫は、他より小さくなってしまうのだそうだ。

ことほどさように、早く大人になることばかり求めていると、子ども時代に必要な大切な経験や素養が足りないままの中途半端な人間になりかねない、というようなことが述べられていた。

また、上方向ではなく、横に伸びていくコニシキソウと関連して、「それぞれの伸び方」をテーマに、子どもに個性があることを言っていた。

 

このように、様々な草花の個性同様に、一人一人の子どもに多様性があり、それを大切にして子育てすることが大事だよね、と著者は示唆している。

いや、明言している。

大人が勝手に決めつけた価値観を押し付けたり選択肢を与えなかったりしてはいけないよ、と教えてくれている。

好きだな、こういう考え方。

個々の草花の特性も楽しめたし、子育ての本としても楽しめた。

この本、気に入った!

 

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まさか本当に3ー1で勝つとは ~2024第14節ホーム横浜Fマリノス戦~

2024-05-16 18:07:23 | 草木花

勝つんなら3-1がいいよなあ。

ホーム戦の試合前に勝敗を予想する企画に、「ハッピースタジアム」というのがある。

昨夜の横浜Fマリノス戦前、私は、期待を込めて3-1で新潟の勝ち、と予想して応募した。

だが、相手は先日ACL決勝で初戦を制し、アジアチャンピオンに王手をかけた、好調のマリノスだ。

そのうえ、こちら新潟は、相次いでけが人が続出している。

それでも3-1で勝利する、なんて希望的観測以外の何ものでもない…かな?と思っていた。

先発メンバーを見たら、マリノスは、アンデルソン・ロペス、ヤン・マテウス、喜田、松原ほか、結構ガチメンバーだった。

こちら新潟の期待は、けがから復帰したセンターバックのトーマス・デン、右ウイングの長谷川巧、大学出で初先発ながらボランチに起用された奥村仁だった。

試合が始まってからすぐ、マリノスが主導権を握り、何本もコーナーキックのチャンスをつくった。

はらはらしながら何とか怒濤のように押し寄せるピンチをしのぎ、チャンスも作れるようになってきた25分、またけが人のアクシデント!

長谷川巧が脚を痛め、立ち上がれなくなってしまった。

巧よ、お前もか!!

暗雲が立ち込めてきた感じなした。

 

その5分後、ゴール前のスペースに出されたパスに鋭く飛び込んだ選手に、先制ゴールを決められてしまった。

いやあ、やっぱりマリノス強いわ。

どの選手もとにかく動きが素早く、隙がない。

アルビの選手たちも一生懸命やっているのは分かるが、このレベルを上回らないと「てっぺん」なんて到底届かないということなのか…。

これでどうやって予想した3-1になるわけ?

1-3ならありうるけど…。

 

でも、去年のことになるけど、松橋監督は言っていたっけ。

「J1の高いレベルの選手たちが、アルビの選手たちの力を引き上げてくれる」と。

今は、その言葉を信じたい。

いや、信じてみよう。

そう思いながら試合を見守っていると、あれだけ翻弄されていた感じのアルビの選手たちが、相手の動きを読みながら互角に戦っているように見えてきた。

 

そんな折、マリノスに2点目のゴールが生まれた。

相手のファウルを主張する奏哉。

日頃冷静な彼があんなにキレて怒っているのは初めて見た。

必死に戦っている選手たちの真実をそこに見た気がした。

幸いVARで、ファウル直前のオフサイドでゴール無効の判定となり、0-1で後半へ。

 

その後半、アルビの選手たちの動きがマリノスの選手たちの動きを上回る姿がよく見られるようになった。

追いかけ回す労苦が実って、51分、FW鈴木のボール奪取からの同点ゴールが生まれた。

その2分後、デンからのパスを受けた鈴木から、谷口へラストパスすると、園長は左足でGKのニアに迷いなくシュートし、逆転ゴールを決めた。

もう1点ほしい、と思っていたら、82分小さな奥村仁がペナルティエリアでするするとドリブルで抜けると、なんとゴールまで決めた。

これでなんと、試合前の予想どおり3ー1になってしまい、オドロキであった。

本当は、稲村からのすばらしいパスを受けた小見が決めていれば4ー1だったのになあ。

 

あとは、交代選手含め全員で勝利をつかみとったのはうれしかった。

まさか本当に3ー1で勝つなんて。

今季最高の勝利だった。

またけが人が出てしまったけれども、チーム力で乗り切っていってほしい。

 

Visca Albirex !! 

 

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5月15日に思う

2024-05-15 14:19:37 | 生き方

5月15日。

目覚めてから、この日は何か過去に大きな出来事があった日だったよな…。

そうだ、自分の頭の中には3つくらいのことが浮かんだ。

 

1つめは、少し古くなったできごとから。

5月15日、5・15、五・一五…と数字を並べて思い出したのは、歴史的事件。

五・一五事件。

1932(昭和7)年5月15日、武装した陸海軍の青年将校たちが反乱を起こし、総理大臣官邸に乱入し、時の内閣総理大臣・犬養毅氏を暗殺した事件だった。

当時は、3年前に起こった世界恐慌の影響で、日本でも大不況の煽りを受け企業の倒産が相次ぎ、社会不安が増していた。

そんな状況下で、政党や財閥を倒し, 軍部中心の政府をつくろうとしたために起こったのだった。

襲撃を受けたのは、首相官邸ばかりではなく、日本銀行・警視庁・変電所などもあった。

この事件以降、軍部がさらに力を強めていったのであった。

そして、日中戦争、太平洋戦争と、戦争の泥沼の中に日本は突っ込んでいった。

 

2つ目は、沖縄の本土復帰記念日だということ。

沖縄は、戦争中、全国の中で唯一アメリカをはじめとする連合国軍が上陸し、民間人を巻き込んだ戦いが行われた場所であった。

そしてその戦争後、沖縄は長くアメリカ軍の統治下におかれた。

ようやく本土復帰を果たしたのが、戦後28年もたってからの1972年5月15日だった。

あの当時、人気アイドル歌手として活躍していた沖縄出身の南沙織が週刊誌の表紙を飾り、本土復帰についてのインタビュー記事が載っていたのをよく覚えている。

実は、私らの新婚旅行の行先は沖縄で、行ったのはその10年後の1982年の5月のゴールデンウイーク期間だった。

空港などで、「本土復帰10年」という文字が多少見られたかな、という覚えがある。

その旅行の際には、かつて戦場となって、いまは慰霊碑が立つ摩文仁の丘を訪れたりもした。

碑には戦争で犠牲になったたくさんの人の名前が刻まれていた。

案内するタクシーの運転手が、戦争のことにはあまり話題に触れようとしないで、本土から来た新婚さんを「ここで写真を撮りましょう」「ここもいい写真が撮れますよ、笑ってください」などと言っていた。

だが、鎮魂の場所だけに、私らは平気で笑顔を作ることなんてできず、ちょっとむっつりした顔で写るしかなかった。

今にして思えば、地元の運転手にとって、「どうせ本土から来た新婚さんなんて、沖縄人の悲しみなんかわからないでしょう。遊び半分で来たのでしょうから、記念写真でも撮ってお帰りください」と、そんな気持ちだったのかもしれない。

それからさらに41年がたち、今日で復帰から52年を迎える。

去年の玉城知事のメッセージの中には、

「復帰後51年を経た現在もなお、国土面積の約0.6%である本県に全国の米軍専用施設面積の約70.3%が集中しており、県民は米軍基地に起因する騒音や事件・事故、環境汚染の問題など、過重な基地負担を強いられ続けています。

さらに、普天間飛行場の辺野古への移設については、県民の理解が得られないまま工事が強行されている状況にあります。」

という内容があった。

本土の人たちからすれば、離れて遠いことから、「自分ごと」ととらえる感覚が鈍いような気がする。

不穏な世界状況を考えると、日本人として誰でももっと沖縄のことを考えていかなければいけない、と思う。

 

最後の3つ目、今日はJリーグの日。

1993(平成5)年5月15日、日本初となるプロサッカーリーグJリーグが開幕した。

大きなJリーグのマスコットキャラクターが、セレモニーでぐんぐんふくらんで大きくなっていったのは、今もよく覚えている。

その開幕戦は、ヴェルディ川崎対横浜マリノスだった。

その試合は1対2で横浜マリノスが勝利を収めたのだった。

当時は10チームしかなかったが、その後、「Jリーグ百年構想」に基づいて、全国各地に「おらがチーム」ができ、今はJ1・J2・J3のリーグで、各20チーム、合計60チームが戦いを行っている。

開幕した頃は、「いつか新潟にも、Jリーグのチームが…」と思っていたら、その後10年余りでJFL➡J2➡J1とカテゴリーを上り詰めたチームが誕生した。

それが、「アルビレックス新潟」だった。

 

そのアルビレックス新潟が、Jリーグの日である今日5月15日に、奇しくも31年前にJリーグの開幕戦を戦った横浜F・マリノスと試合を行う。

歴史を積み重ねたマリノスは、先日ACLの決勝第1戦で2-1と見事に逆転勝ちを収めた。

現在アルビレックス新潟は故障者も多く、苦戦が予想されるが、今夜の試合はホーム戦だ。

なんとか、いい試合を見せてほしい。

そう期待している。

 

5月15日。

首相の暗殺事件があったり、戦争からの復帰を果たしてもまだ残る課題があったりと、心に留めておかねばならないことが起こった日である。

そんな中で、Jリーグの試合が行われるのは、日本が平和だからだということも思う。

その平和が永久に続くことも、世界中が平和であることも、願わずにはいられない。

そんなことを考えた、今年の5月15日…。

 

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「フジ子・ヘミング真実の軌跡~ドラマでは描かれなかった物語~ 」(喜多 麗子著;角川書店)

2024-05-14 18:08:14 | 読む

フジコ・ヘミングの名前は知っていた。

その彼女が4月21日に亡くなっていたことが、この連休中、彼女の公式ホームページから発表されていた。

彼女が、聴力を失いながらも情熱的な演奏をするピアニストであるということは聞いていた。

波乱万丈な人生を送って来たということも。

だけど、恥ずかしながら、じかにピアノ演奏を聴いたこともないし、どのような人生だったのかもよく知らなかった。

そこで、図書館で彼女の名前を見た時に、その人生を知ってみたいと思って、本を借りることにした。

 

2003年秋に放送されたドラマ「フジ子・ヘミングの軌跡」は、菅野美穂が演じて話題となり、そこでフジコ・ヘミングを知った人も多かった。

その番組の制作にあたってインタビューを重ねた際、フジ子本人があらためて自身の足跡を吐露したという。

ドラマでは収まり切れない量の人生とわかったので、本書は、プロデューサーが、改めて本にまとめたのだということだった。

その本が出版されたのは、2004年のことになる。

もう20年も前の本ではあるが、書名の「真実」に変わりはないだろうと考えて、本書を選択した。

 

本書では、母の影響が非常に強かったことが描かれている。

それは、フジ子にピアノを教える以前の母・投網子の生き様まで書かれていることからも分かる。

その母から厳しくピアノをたたき込まれ、幼少の頃から天才ピアニストとして脚光を浴びてきたフジ子。

厳しさに逃げ出す彼女だが、幼少期はアカマンマが一面に赤く咲く原っぱが心のよりどころだったという。

だが、時代もあって、素晴らしい才能を持って生まれながら、決して恵まれているとは言えない境遇に育つ。

外国人の父は、日本から出た後、帰ってくることがなかった。

その後も、様々な苦難が彼女を襲う。

右耳の聴力を失ってしまった。

ピアノで生きるために外国に渡ろうとしたら、国籍がなかった、という問題も起こったりした。

それでも、ピアノの演奏を通じて、なんとか乗り越え、ようやくピアニストとして生きる道が開けようというときに、いつものように起こるアクシデント。

そして、きわめて貧しい生活の連続。

そんな生活に追われながらも、彼女の心の奥底で厳しかった母が支えになっていた。

 

やがて、母の死を契機に35年ぶりに移住した日本で、彼女は奇跡の復活を遂げた。

なんという波乱に満ちた人生だろう。

 

本書では、その彼女の言葉が、2つ心に残る。

①本書の始まりのページに、次の文章があった。

母からは、強く生きること……「忍耐」を教わった。

「母は、世の中で一番好きな人だったけれど、天国では、一緒に住みたくない」

と彼女は微笑んだ。

 

②ピアノの上に乗った猫が、フジ子の頭に向かって、手を丸めて軽くたたくようななでるような様子を見て、〝この子は頑張れと言っているんだ。励まそうとしてくれているんだ″

と気づく。涙が止まらなくなったフジ子は、この子を飢え死にさせないためにもしっかりしなければいけない、と決意した。

後に出てくる言葉がすごい。

「どんな悲しいことがあってももう涙は出ない。だから今、泣いている人なんて、まだ苦労が足りないのよ」

…ははあ~、すみません、そのとおりですぅ~…と心の中で返事をしてしまった。

彼女は、想像を絶するような人生をピアノとともに送ってきたからこそ、なおのこと深く豊かな感性に満ちた音楽を奏でることができたのだろう。

 

彼女の公式ホームページを見ると、今年もたくさんのコンサートの予定が入っていたようだ。

もちろん、すべて中止となってしまったが、多くのファンがいただけに、彼女のピアノの演奏を生で聴く機会が失われてしまったのだなあ、と残念に思う。

たくましく人生をピアノとともに生きてきた彼女の演奏を、今後なんらかの方法でゆっくり聴いてみたいと思っている…。

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5,6年ぶりの酒を伴う懇親会

2024-05-13 21:30:31 | 生き方

何年ぶりだろう。

懇親会と称する宴会、つまり飲み会に参加したのは。

この4月からある団体に週1くらいのペースでお世話になっているのだが、そこでも宴会はずうっとやっていないということ。

宴席では、そこで6年目を迎えた方と隣だったが、その方の言うには、自分が入ったとき以来の酒を伴う会だとのことだった。

ということは、前にこの会が行われたのは、令和元年だということだ。

酒を伴う懇親会なんて、本当にしばらくやっていなかったから、多少はしゃいでしまった。

もっとも、今日はその会の幹事の一員だったから、盛り上げようとしたのだけれどね。

懇親会。

こんなだったねえ。

ビールを注ぎ合う間に言葉を交わし、見つかる話題の共通点に驚く。

特に、この年齢まで来ると、だいたい知っている誰か一人を間におくと、縁がないと思っていた人とつながってしまう。

例えば、その人のお姉さんが先生だとすると、親戚の子がそのお姉さん先生に教わっていたりする。

今のこの団体とかかわりのある外部からのゲストが、息子が以前働いていた職場の上司だったりする。

そんなことが、酒間の話で分かってきたりする。

人の縁は面白い、そう思ってしまう。

以前は、「宴会なんて堅苦しいばかりで面白くない」と思っていたけれども、今夜は「たまにはいいもんだ」と思った。

体調が不安なので気をつけて飲んだこともあって、具合が悪くなることはなかった。

飲み過ぎた年輩の輩が、送りのマイクロバスが出発してから気付いたため、マイクロバスがUターンしてもう一度迎えに行くというハプニングもあったが、まあご愛嬌と笑うことができた。

 

とにかく、私にとっては6年ぶりくらいの酒を伴う懇親会を、自分でも意外に楽しんだ今夜であった。

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大勢来たなあ、レッズサポ

2024-05-12 20:18:17 | アルビレックス新潟

昨日のアルビレックス新潟対浦和レッズの試合、デンカビッグスワンスタジアムの入場者数は、24,652人だったとのこと。

そのうち、応援に訪れた浦和サポは、約5,000人だったという。

5,000人なんていったら、J2くらいだと総入場者数に当たる数字だ。

なかなかの数だね。

試合前から大勢が押しかけてきていて、すごいと思ったよ。

県道290号線のガード下のこちらまで、レッズのサポーターの列ができていた。

目の前には、レッズのレプユニを着た人がその列に並ぼうと歩いていた。

ガード下からずっとスタジアムの入口まで4人ずつ並んだ列が続いていた。

人が多いせいか、この日は、スマホの通信がつながらず、困った。

 

この日は、混雑やトラブルを避けるため,Sスタンド側の入口は、ビジターである浦和サポ専用となっていた。

私らは、Sスタンドの2階に席をとったのだが、Sスタンドは1階も2階も、仕切りと緩衝地帯が設けられていた。

いずれも、およそ半分は、浦和サポが陣取っていた。

さすがにそれだけ集うと、声援も迫力がある。

反対側のNスタンドの新潟サポーターの方が人数は多いはずなのだが、遠い・近いの違いもあり、近くの浦和サポの声援ばかりが試合前から鳴り響いていた。

 

だけど、以前に比べたら、傍若無人な感じは少し減っていた。

場内アナウンスや試合前のセレモニーを露骨に妨害するようなシーンはほとんどなかった。

去年から、いろいろな問題を引き起こしてきたこともあり、少しはけじめがついているのかな、と感じた。

 

試合後も、まとまって声を出している風景は、負けて悔しいけどいいシーンだと思えたよ。

 

帰途につく浦和サポの数も、当然ながら大勢だった。

私らが変えるときには、バスの発着所までの半分近くが間違いなく浦和サポだった。

そして、車ではるばる来た人たちも多かった。

駐車場まで歩く人の中にも赤いレプユニの方をたくさん見かけた。

駐車場の車にも、熊谷ナンバーや川口ナンバーなどがやけに目立った。

 

私らの車の斜め前に、レッズのレプユニを着た運転者の車が出たそうだったので、どうぞと手で合図して車列に入ってもらった。

また気持ちよく新潟まで来てほしいからね。

だいたい、車自体がレッズカラーでひと目でレッズファンとわかったよ。

その車、後ろから見てもレッズサポだった。

リヤウインドーには、「URAWA REDS」の文字があり、バックナンバーのそばにはレッズのシールが貼ってあった。

 

試合は負けたし、Jリーグの公式戦では新潟が16年も勝てていない浦和レッズ。

だけど、今回は、訪れていたたくさんの人たちを見るにつけ、彼らにとって、浦和レッズというサッカーチームは大きな存在なのだな、愛されているチームなのだなと感じた次第である。

 

駐車場を出たばかりの狭い道は、道がよく分からないレッズサポの車で混雑していた。

これから帰るのは大変でしょう。

でも、また大挙新潟まで来てくださいね。

そして、いい試合をしましょう。

私らも、浦和に負けず地元のアルビレックス新潟というチームを愛しているから。

次こそ新潟が、ホームで勝ちますからね。

 

そんなことを思った浦和戦の帰り道だった。

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