阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

三番目が生まれて 10ヶ月たちました。

2017年04月16日 | 身辺あれこれ
 今から14年前に電車の中で10ヶ月児とのこんな出会いがありました。その彼は今や中学2年生のはずです。
「10ヶ月児とのアイコンタクト

電車の中に入っていくと二人席の一つが空いていたが、窓際の席には若い男が大きく足を 広げていた。もう少し先を見ると女性の横が空いていたのでそちらに座った。

座って気がつくと彼女は赤ちゃんを膝に乗せている。足元には大きなカバンとリュックが 置いてあり、隣の席にはみ出さないようにつつましく縦に積んである。
彼女の足がようやく 下におろせるくらいの大きな荷物だった。 そんな荷物なので、孫を見せに実家に里帰りした帰りかなと思いながら座っていると、
窓の外を見ながら子供に小声でひっきりなしに話し掛けている。

 「あっ、チョコレートの看板や、お菓子の工場かなあ。反対側の電車が来たよ、あれに乗るとオジイチャンの家に帰るんや けどね」 赤ちゃんはおとなしく
膝の上に抱かれて立とうとしているが、まだつっぱるだけで立つことは 出来ない。
冷房は入っているが汗かきの私には利きが悪いので、夏の必需品の扇子を後ろの ポケットから出して扇いだ。

しばらくすると「あれ扇子やよ。ウチワと違う動きが面白いんかしら」という声が聞こえた。 横を見ると赤ちゃんがこちらに向き直って扇子の動きを
じいっと見ている。つい「パタパタ」 「パタパタ」と言いながら赤ちゃんの顔にも風が行くように扇いでみた。

真っ黒な前髪が風に あおられて少し動いた。そして赤ちゃんがニッコリ笑った。 「ごきげんさんやね。ぐっすり眠ったあとかな」とお母さんに言うと
「そうなんです」と言った。 「何ヶ月ですか」「十ヶ月です」「うちも娘が二人いて、こんな時もあったはずやけど、おおきなると
そんな時代があったこと、忘れてしもて」「そんなもんなんですか」。

赤ちゃんは二人の話を静かに聞いている。何回もパタパタをしてあげるとその都度私の目を じっと見上げてうれしそうに笑う。
黒い瞳の可愛い男の子だった。しばらくこの子と目を合わせていた。彼はまったく視線を外さない。 気持ちよさそうに風を受けて私をじっと見つめる。
生まれて十ヶ月の赤ちゃんと昨日東京の本社で退職の行事をすませたばかりの六一歳の男の 二人がお互いじっと目を合わせる。

涼しい風って気持ちいいねえ。ほんとやねえ、おじさん、と 言っているように思えた。

 新大阪から乗った電車が芦屋に近づき、普通電車に乗り換えようと準備を始めたら 「おじさん降りられるみたいやねえ」と母親が子供に話し掛けた。
「丈夫な子オに育ちや~」と言って席を立つと「ありがとうございます」と彼女が言った。

先に動き出したこちらの普通電車をすぐに新快速が追い越しかけたが、向こうの窓からこちらに 気がついた彼女が、軽く会釈したのが見えて
私もあわてて頭を下げた。 親子の乗った電車は速度を上げて普通電車を追い越していった。

 生まれて十ヶ月の赤ちゃんと、思いがけない出合いがあって、明日からの退職の日々に 新しいスタートを切れたような気がして、
少し弾んだ気持ちで下車駅の改札を出た。

  '04.2.11の神戸新聞[文芸欄]エッセ-・ノンフィクション部門に入選・掲載されたエッセイです。男の子に出会ったのは'03.7月の第一週でした。
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 ☆もう顔の記憶はおぼろげだが、昭和29年5月に亡くなった阿智胡地亭の父方の祖母によく似ていると思う。遺伝子は隔世遺伝という不思議なことをする。
      祖母は生涯を生まれ育った信州諏訪で過ごした人だ。

 

2017.04.09 〜 2017.04.15、閲覧記事数:12219 PV、訪問者数:2971 IP、ランキング:1601 位  / 2700354ブログ
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最近の昼食は,パンにカレーにパスタに、いかなごにぎり など

2017年04月16日 | ある日のランチ






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農耕の春の到来告げる 諏訪大社上社で御頭祭、長野日報

2017年04月16日 | 諏訪便り

2017年4月16日 6時00分

諏訪大社上社前宮境内の最期の上り坂を進むみこしの行列

神前に鹿の頭をささげて五穀豊穣を祈る諏訪大社の御頭祭が15日、茅野市安国寺の上社前宮で行われた。氏子や観光客が見守る中、御霊代を運ぶみこし行列が諏訪市神宮寺の上社本宮と前宮の間をあでやかに往復し、諏訪地方に農耕の春の到来を告げた。

白丁や黄色い衣を身にまとった茅野市泉野地区の中道、槻木両区の氏子が薙鎌や矛、のぼり旗を手にし、みこしを担いで本宮を出発。諏訪大社の諸行事に奉仕する御頭郷を担っている諏訪市中洲、湖南両地区の大総代、氏子ら約200人が行列をつくり、小雨の中、約2キロ先の前宮を目指した。

御霊代が到着した前宮では神事が行われた。神前に鹿の頭部の剥製や農産物、魚などをささげ、豊作を祈った。みこしを担いだ伊藤研一さん(51)=中道=「無事務めを果たすことができて良かった。達成感があります」と話していた。

御頭祭はかつて、3月の酉の日に行われていたため、「酉の祭り」とも呼ばれている。

神長官守矢資料館、高過庵、空飛ぶ泥舟(茶室) by 藤森照信 (クリック)

一部紹介

入ってすぐの広間では御頭祭(おんとうさい)の復元展示がある。

諏訪神社上社で御柱祭と並び重要な神事で、上社前宮の十間廊で行われ、かつては鹿の首70頭余りが供えられていた。

現在でも剥製の鹿の首3頭で神事を行っているそうだ。

こちらの展示では猪と合わせて25頭あった。

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 御頭祭(おんとうさい)とは⇒こちら

 

 

 

 

 

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