上諏訪の八剣神社とは
| あちこちうろうろ

上の写真は3年前に法事で諏訪へ帰ったときに写したものです。この神社には,
甲斐の武田軍団が諏訪を占領したときに武田兵が書いた落書きが,
そのまま残っているそうです。
八剣(やつるぎ)神社は諏訪大社上社の摂社(筆頭子社)で、諏訪湖畔の小和田地区の氏神さま
ですから、かなりの確度で黒曜石文化の縄文時代からの先祖代々の氏族神だろうと思います。

案内してくれた従兄に、これがうちの“まき”の祠だと教えてもらいました。
この祠の前にも4本の小さな御柱が建っていました。
小和田地区に昔から住む住人には、先祖を同じくすると伝えられている
いくつかの同族集団があります。それを“まき”と言います。
この“まき”と言う用語は日本各地にあるようですから、古代にまで
さかのぼる概念だと思います。語源を知りたいのですがまだわかりません。
撒き?巻き?牧? 英語で言う“CLAN”と同じことだと思います。
今は別に親戚付き合いをするわけではなくとも、あの家とは同じ
“まき”だと、皆それぞれが承知しているのだそうです。八剣神社の
境内にはこの“まき”の先祖神を祀る祠が、各“まき”ごとにいくつもあります。
年に一度“まき”の人たちは集まって掃除をし、その後、一緒にお茶を飲んだり
酒を温めて歓談すると別の時に聞いたことがあります。
この祠の小さな御柱も「御柱祭」の年の「小宮の御柱祭」で諏訪大社の全ての
子社の御柱が7年ぶりに建て直されるときに、新しく建て直されます。
小宮の御柱祭りは子供たちが主役だと聞きました。
残念ながら私は一回もこれらの行事に住人として、参加したことはありません。
親も昭和20年代、30年代に、九州や関西から子供を連れて故郷の祭りに
帰る余裕は当然ありませんでしたから。
(本記事は2006年1月18日の記事の再録です。)
甲斐の武田軍団が諏訪を占領したときに武田兵が書いた落書きが,
そのまま残っているそうです。
八剣(やつるぎ)神社は諏訪大社上社の摂社(筆頭子社)で、諏訪湖畔の小和田地区の氏神さま
ですから、かなりの確度で黒曜石文化の縄文時代からの先祖代々の氏族神だろうと思います。

案内してくれた従兄に、これがうちの“まき”の祠だと教えてもらいました。
この祠の前にも4本の小さな御柱が建っていました。
小和田地区に昔から住む住人には、先祖を同じくすると伝えられている
いくつかの同族集団があります。それを“まき”と言います。
この“まき”と言う用語は日本各地にあるようですから、古代にまで
さかのぼる概念だと思います。語源を知りたいのですがまだわかりません。
撒き?巻き?牧? 英語で言う“CLAN”と同じことだと思います。
今は別に親戚付き合いをするわけではなくとも、あの家とは同じ
“まき”だと、皆それぞれが承知しているのだそうです。八剣神社の
境内にはこの“まき”の先祖神を祀る祠が、各“まき”ごとにいくつもあります。
年に一度“まき”の人たちは集まって掃除をし、その後、一緒にお茶を飲んだり
酒を温めて歓談すると別の時に聞いたことがあります。
この祠の小さな御柱も「御柱祭」の年の「小宮の御柱祭」で諏訪大社の全ての
子社の御柱が7年ぶりに建て直されるときに、新しく建て直されます。
小宮の御柱祭りは子供たちが主役だと聞きました。
残念ながら私は一回もこれらの行事に住人として、参加したことはありません。
親も昭和20年代、30年代に、九州や関西から子供を連れて故郷の祭りに
帰る余裕は当然ありませんでしたから。
(本記事は2006年1月18日の記事の再録です。)