阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

京都国立博物館の「細川家の至宝展」に行きました。        11年前の今日 2011年11月17日の本ブログに掲載

2022年11月17日 | 音楽・絵画・映画・文芸

阪急京都線の終点、河原町で下りて、四条大橋を渡って京阪電車の四条駅から七条へ。


七条駅の地上に出たところで相方からメールで、2番出口1分のインド料理屋の店名が来た

800円のランチはカレーが2種類でスープとチャイもついている。値段なりに可もなく不可もなく。

自然に西宮北口の「デリーキッチン」のレベルの高さを思い出す。

京都国立美術館は七条駅から歩いて7分ほどで、かって正月に大的の弓を引いたことがある「三十三間堂」の真向かいにある。


最近は展示会では、ワンコイン払って「音声ガイダンス」セットを借りる価値があるのがよくわかったので、今回も使用した。

相当人は多かったが、幸いすべてを目の前で鑑賞できる範囲の混雑だった。

鑑賞する対象は700年の範囲のものだから驚く。「細川家」を維持すると言うことは「一つのシステム」を維持することと

同じだなと思いついた。脈略なく、「システム」は日本語でも「システム」と使われているが、大和言葉に直したら

どういう言葉がいいのかなあという考えが見てまわっているうちに浮かんだ。「拵え(こしらえ)」「構え(かまえ)」??

それにしてもこのコレクションは凄い。細川ガラシャや豊臣秀吉の自筆のレターにも驚いたが、1300年代の大型の

軍旗が残っていることも凄い。細川護煕理事長も音声ガイドの中で語っていたが、細川家は戦乱の時代にも

なにしろ大きな火事に会わなかったということは考えられない僥倖だったと。

侍大将と言えども、そもそもを言ってみれば、火つけや強盗の集団からはじまっている。しかし安定期が続くと

「美しいもの」を人の世の最善最上の価値あるものとみなして、それらを集めるパトロネージの精神が自然にこの列島にも現れた。

徳川260年の安定期のお蔭もあって、また細川家代々にも人を得て、これらの中国と日本の「美の極致」が今に残ったと言える。


時計を見ると館内に2時間半いたことになった。ずっと立ったまま、イヤフォーンの説明を聞きながら結構根を

詰めて見て歩いたので疲れ果て、三条大橋袂の舟橋屋に寄って固オカキを買うのは止めて、十三経由神戸線乗換の同じルートで神戸に戻った。

 連続写真アルバム「細川家の至宝 京都国立博物館'11/11/16」 左下のをclickでスタート。


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