【全文公開】池上彰氏×佐藤優氏が緊急対談 トランプ大統領による「ウクライナ停戦」後の新しい世界地図を読み解く 「新帝国主義の時代」に備えよ
トランプ米大統領がブチ上げた「ウクライナ停戦」は世界に衝撃を広げた。ロシアのプーチン大統領と協議を進めようとするトランプ氏と、それに反発するウクライナのゼレンスキー大統領が批判の応酬を繰り広げた。この停戦をめぐる動きをきっかけに、世界の勢力図は大きく塗り替えられようとしている。と同時に経済にも様々な変化がもたらされるだろう。ジャーナリストの池上彰氏と作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が緊急対談で読み解く
ゼレンスキーを相手にせず
佐藤:一連の応酬の起点はどこか。ポイントは2月1日、プーチンとトランプが交わした電話会談にあります。
これは表に出ていませんが、私がモスクワから得ている情報によれば、プーチンはこう述べています。〈停戦交渉には応じる〉〈ただ、ゼレンスキーの任期は昨年5月に切れており、交渉相手とは認められない。ウクライナの最高会議議長と交渉する〉と。それを聞いたトランプは〈あなたとよく相談して決める〉と応じたそうです。
さらに続く12日の電話会談でトランプは〈基本的には私とあなたでやる〉と発言。これはあからさまな“ゼレンスキー外し”で、プーチンが敷いたレールで話を進める流れを決めたのです。
なぜ12日だったか。それは2日後に米国のバンス副大統領とゼレンスキーの会談が予定されていたから。そこでの発言が流れをつくる可能性を潰し、米ロ首脳でより大きな絵図を示したのです。
池上:当初は(トランプ氏の再登板に)「期待します」と上手に立ち回っていたゼレンスキーさんも、カッとなってトランプ批判を始めてしまいました。
佐藤:あの人を相手にカッとなってはいけない。
池上:トランプさんは根に持ちますからね。気持ちはわかりますが、ここはグッと堪えて、石破さんのようにヨイショして、「ウクライナの苦境もわかってください」とやっていれば、アメリカをここまで敵側に追いやることはなかったでしょう。
佐藤:トランプはゼレンスキーについて「国民の4%しか支持していない」と発言しましたが、トランプの心証では“事実”。それに対してゼレンスキーは〈実は国内の世論調査では57%です〉と言えばよいだけなのに、「トランプ氏は偽情報空間で生きている」などと非難してしまった。これは情報戦でロシアの勝利を認めたようなもの。インテリジェンスの素人と判断せざるをえません。
池上:23日には、「彼(トランプ)は永遠ではない」とも発言しましたね。
佐藤:あれで“ゼレンスキー相手にせず”というトランプの腹は完全に決まってしまったと思います。
プーチンが攻勢に出る
池上:プーチンが「ドナルドと会いたい」とファーストネームで呼んだのは驚きでした。急激な米ロ接近を印象づけました。
佐藤:そうやって米ロ首脳会談をするからにはプーチンも結果を出さないといけない。ハシゴを外されたウクライナが反米国家になるかもしれない。今回の動きをきっかけに、国際政治の“ゲームのルール”が変わる可能性があります。
池上:おぉ、というと?
佐藤:私は米ロ首脳会談の実現にはやや時間がかかると見ています。というのも、ロシアがどうもこれを機に米ロ関係の全面的な立て直しを考えているようだから。政治的な合意だけだとトップが代わればひっくり返るものですが、そうさせまいと、ロシアは経済分野まで踏み込んで包括的な関係改善を探っています。
池上:バイデン政権はデカップリング(経済切り離し)を進めてきましたよね。
佐藤:ロシアもアメリカと対立が続くと考えてきたけれど、ここにきて急速に発想が変化している感じがします。欧州に対抗し、米国と手を握れる可能性があるぞ、と。
池上:攻勢に出る絶好の機会と捉えたわけだ。
佐藤:撤退したアメリカ企業をもう一度呼び戻す。あるいは北部ヤマール半島の天然ガスなど鍵になる開発プロジェクトを共同で行なうことも視野に大きな絵を描き始めている。実業家のイーロン・マスクのようなトランプ政権周辺のビジネスマンとも一定の話をしている節がある。
池上:バイデン政権までは〈ロシア対欧米〉だった図式を、〈米ロ対西ヨーロッパ〉と塗り替えるということですか。「欧米」という言葉が使えないってことですよね。
佐藤:その通りです。嫌な話ですが、こうなるとウクライナは米ロの“食い物”になる可能性もあります。
東部の占領地域のレアアースはロシアが収奪し、西部のレアアースはアメリカが収奪する。そして米ロは「金持ちケンカせず」になる。いくら「ロシアの力による現状変更を許さない」と唱えたところで、最も強大なアメリカがそれを追認しているんじゃ、世界はこれを認めざるをえません。
池上:まさに「新帝国主義の時代」ですね。
グリーンランド「購入」の意図
佐藤:ただ、就任当初大きな注目を集めた「ガザ地区を中東のリビエラに」という構想からは手を引くでしょう。世論の反発があまりに強い。
むしろ今、トランプにとっての主戦場はヨーロッパです。“経済もボロボロなのに生意気だ。一発絞めて誰が主人かわからせてやる”という感じではないか。次の標的は、グリーンランドです。
池上:トランプさんが「買いたい」と意欲を示したデンマークの自治領ですね。3月に自治議会の総選挙が行なわれます。
佐藤:5万6000人の人口のうち9割は先住民ですから、選挙をすれば自ずと“独立”を望む人たちが多数になる。
池上:トランプさんが購入をふっかけたことで、驚いた住民の間で、“何を言っているんだ”と自決の意識が高まっています。
佐藤:デンマーク支配に対する不満も強い。彼らが自ら行なう住民投票で「デンマークからの独立」が過半数を取れば一方的に独立を宣言できる。
池上:ロシアがウクライナ東部でやったのと同じことですよね。
佐藤:当然、デンマークは「独立を認めない」と主張しますが、自治政府にとっては主権侵害とも言えます。そこで自治政府の要請を受けるかたちで、アメリカは相互安全保障条約を結んで現状は小さな米軍基地をうんと大きくする口実ができる。
池上:グリーンランドが位置する北極海は中ロの艦船が出没する物騒なエリアですから、犬橇やヘリといった装備しかない自治政府に、“守ってあげますよ”とアプローチすれば、保護国のような状態に持ち込む道が拓ける。実際にどうなるかはさておき、トランプさんはそんな落とし所を念頭に最初にふっかけたのだと私は見ています。
佐藤「購入」という異様な話から出発して「民族自決権」の話に転じると、まともに聞こえますよね。最初から自決権と言っていたら“デンマークを分裂させるつもりか”と反発を食らいますが、突拍子のない話から始めて軌道修正すると人々の受け止めは全く違ったものになる。人の認知のフレームを変えてしまう天才的な能力がトランプにはあるように思えます。
池上:稀代のトリックスターでしょうね。不動産王とよく言われますが、実は何度も事業に失敗しています。彼の凄みは、その度に裁判所に持ち込み、取引で借金をチャラにしてきたディールの才でしょう。政治指導者というより、ディールによって利益をものにする人物として見たほうがわかりやすい。
台湾有事より危険な日中衝突
池上:東アジアの安全保障にも影響を与えそうです。トランプさんはこれまで一度も「台湾を守る」と言ってない。
佐藤:ウクライナ同様、アメリカが東アジアからいつ退くかなんてわかったものではありません。白人の国にも兵士を送らないのに、有色人種の国に送るかって話ですよ。
池上「中国が台湾を攻撃したら守るのか」と問われたトランプさんは、攻撃があれば「中国に150~200%の関税をかける」と発言。関税でお仕置きはするが、軍を出すとは言わない。佐藤さん指摘の通り、見捨てる可能性がありますね。
佐藤:それがアメリカのリアリズムでしょう。
池上:極めて皮肉な話ですが、台湾に向け米軍が出撃しないとなると、その出撃基地である沖縄に中国がミサイルを撃ってくることにはならない。だから「台湾有事は日本の有事にはならない」ということなんですよね。
佐藤:その文脈で注意しなければいけないのは、2月7日の日米共同声明です。辺野古の新基地建設に関してトーンダウンしている。「唯一の選択肢」という言葉が落ちましたからね。大幅な米軍再編のなかで、今後、海兵隊が沖縄からいなくなる可能性さえあります。
池上:なるほど
佐藤:だから防衛力は絶対に整備しなくてはならない。防衛力を背景に中国や北朝鮮と交渉し、戦争を起こさないためです。
与那国島を要塞化したことで、確率の問題として中国との偶発的な銃撃戦が起きやすくなっている。米軍の抑止が働きにくいから、日中首脳間で偶発事態として処理するしかなく、両者を結ぶホットラインが死活的に重要です。
もう一つ、日米の同盟もこの際、「本音ベース」に立ち戻るべきだと思います。敗戦で民主主義や基本的人権という「価値観」をアメリカと共有する国になったというのはウソではないけれど建前です。本音は、戦争に強く敵に残虐なアングロサクソンと二度と戦争をしないと誓った。そのためにアメリカと同盟関係を結び、ジュニアパートナーとなる道を選んだわけで、その原点に戻ってアメリカの言う通りにすること。その軛から離れるなんていう間抜けなことは考えないことです。
世界を動かす「冷徹な論理」
池上:トランプ政権の今後を占ううえで、イーロン・マスクさんが主導する政府効率化省(DOGE)の動きも気になります。AIを自在に駆使する若いテクノリバタリアンたちを率いて、財務省の機密データにアクセスしたり、乱暴なやり方で国際開発局(USAID)を閉鎖したりと物議を醸しています。しかし、混乱の末に最小限の官僚だけで社会を管理する強力なデジタル政府が誕生する可能性もある。それは恐ろしいとも思うんです。
佐藤:その実験に成功したのがウクライナですよね。マスクはあの国に通信衛星スターリンクのサービスを提供し、実績も重ねています。
池上:アメリカでは納税者データを引っ張り出そうとしましたし、よもや有権者登録の際に記入する支持政党の情報なんかと紐付けされたら、どの職員が民主党支持か権力側が把握できる。中国以上の国民監視国家ですよ。
佐藤:でも、政治にさえ関心をもたなければ、安楽な生活はできる(笑)。
池上:全くその通りですが(笑)。トランプさんはLGBTQを否定するなどキリスト教保守派の支持を受けていますが、マスクさんはAIで政府の再編成に挑んでいる。宗教とテックの複合国家がつくられるのかと警戒しています。
一方で、「共同大統領」として振る舞うマスクさんに対する暗闘も起きています。2026年の中間選挙まで2人の関係が持つかどうかも注目です。
佐藤:私はトランプの権力基盤は固まっていると見ています。が、唯一の懸念は「暗殺」です。後継の体制が定まらないうちにこれが起きると、トランプに代わる人間はいないから、再びカオスになる。
池上:恐ろしいことを言いますね。毎日トランプさんのニュースに接していると、振り回されるゼレンスキーさんやガザの人たちが気の毒になります。その優しさは大切ですが、リアルな国際政治は佐藤さんが指摘するような冷徹な論理によって動いているのも確か。「新帝国主義の時代」と向き合うのは辛いことですが、現実を知るところから始める必要がありそうです。
聞き手/広野真嗣(ノンフィクション作家)
【プロフィール】
池上彰(いけがみ・あきら)/1950年長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、1973年NHK入局。1994年から「週刊子どもニュース」のお父さん役を11年務め、2005年よりフリージャーナリストとして活動。名城大学教授、東京工業大学特命教授。著書に『池上彰の世界の見方 ロシア』『一気にわかる!池上彰の世界情勢2025 トランプ再選で日本と世界はどうなる編』など。
佐藤優(さとう・まさる)/1960年、東京都生まれ。元外交官、作家。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在露日本国大使館などを経て外務省国際情報局に勤務。現在は作家として活動。主著に『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』、近著に『賢人たちのインテリジェンス』『佐藤優の特別講義 戦争と有事 ウクライナ戦争、ガザ戦争、台湾危機の深層』など。
※週刊ポスト2025年3月14日号
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