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「田中一村 かそけき光の彼方』 荒井 曜 : 単行本

2024年11月01日 | 本と雑誌

遅読のわたしだがはやくも三回目読了。

昭和33(1958)年12月12日午後一時過ぎ、著者は一村と同じ時刻ごろ鹿児島港から奄美大島名瀬港に向かった。

物語りでは、それからずっと著者は一村と共にいる。

乗り移ったのは、一村なのかそれとも著者なのか。綿密な取材と地元の人々の惜しみない協力がうかがえる。

島の人々の方言がじつにリアル。一村は相手に対し、様をつけ丁寧な敬語で話すその姿勢はついに変わらない。
時には(一度だけだったと思う)激しい気性を示すこともあるが。しかし著者は冷静に一村を捉え続ける。

難解な方言は、一村がそうであったように、読者にも次第に意味が分かるよう配慮されている。
実に巧みだ。そうして会話の中で奄美の歴史をも学べるのだった。

常人には理解しがたい一村の芸術にたいする信念も生真面目な生活習慣も次第に地元の人々を折り合いをつけていく。

圧巻は、「海辺のアダン」の本画に取り組む一村の姿。
一村の筆先に美大出の著者が乗り移ったのか、それともキーボードに一村が乗り移ったのか。
紡ぎ工場で働いたお金を貯め、南の島で何者の掣肘も受けない理想の環境を得た一村

P228一村は全精力を遣い果たし、筆を置き、二尺五寸巾絹丈五尺一寸の画面をぐるりと見回した。
絹本著色による本画は、この惑星の軌跡ともいいうる奄美の自然を凍りつかせたように完成していた。P228
この絵にはアダンと海辺だけが描かれているのではない。
鹿児島からの船で隣り合わせた老漁師からその後に聞いた、この浜に降りてくる島んちゅの霊魂(まぶり)

P226この絵の一つの主役は、アダンが嵐に負けないよう逞しく根塊をはる土坡でありP226
絹本の縁まで敷き詰められる砂礫の一粒一粒に命を吹き込むのだ。

己の余命、残りの貯金残高、画材調達の費用。制作に没入する前の現実的な算段にまで著者の筆はおよぶ。


大島紬にもいえる光をころして活かす。これまでの、一村の人生に対するイメージも、絵の見方も大きく更新された一冊。

亜熱帯の植物群に魅せられ紆余曲折のあと紬工場の染色工としての職を得た一村。
奄美との出会いは奇跡的だったのだ、と思える。

 


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