

京都行きの記事の予告をしてから、PC不調の空白の3日間は、私にとっては年1回の自由市場「かげろう座」に向けての作品作りの時間を与えられたようなものだったと、良い方に解釈してひたすら指を動かし続けた。
町の中心R24の本陣交差点に、画像にあるような大きな交通安全を兼ねた、かげろう座のたて看板が立って、道行く人や、通り過ぎる車からもよく目立つ。
5月の最終日曜日は、晴雨に関わらず、歴史的町並み新町通りのほか、そこに通じる町筋で、フリーマーケットやそのほか多彩なイベントが行われる。
マーケットには、市内は勿論県内外からの出店者たちが、手作りの品々を並べているので、見て歩くだけでも面白いし、ミニライブや、大道芸なども企画されている。

かげろう座の幟が、町の通りのあちこちに見られる。
本陣の交差点から北に向かう陸橋の両側にも爽やかな5月の風に、今朝通ったときにもはためいていた。
天気予報は、当日今のところ曇りと出ていたが、降りさえしなければ、曇っていた方が出店する私たちは、午後からの強い陽射しのさすところなので楽かもしれない。

空白の3日間の指は、このマット編みのために終日動いていて6枚のマットを編み上げた。
大きさは、お風呂の足拭きマットを想定して、大体47×68くらいである。
正座して出来なくなってから少し遠のいていた作品作りだったが、小さい椅子に座り回りに糸を手の届く範囲に並べるとこれが案外作業しやすいものとなった。
来年はもっと頑張れそうである。
1年かかって一人で100枚以上の作品を仕上げてくれる人や、会員でない人が大きな協力者として、沢山の形の変わったマットを編んでくれている。
福祉基金として、市の福祉センターに売り上げ金を、毎年寄付するのが目的の、女性退職者の支部活動の一つである。


かげろう座の由来について、五條市HPより
※『かげろう座』の名前の由来
五條市の吉野川近辺にしか生息しない蜻蛉(かげろう)がいます。この蜻蛉を故御勢久右衛門先生が「五條蜻蛉」と名付けられました。
また、楽市楽座は、織田信長や豊臣秀吉によって都市商業政策として、領国内の市場が享受してきた諸権利を承認し、城下町の繁栄をはかったものです。この「五條蜻蛉」と楽市楽座の「座」をもじって『かげろう座』と名付けられました。
かげろうは、トンボの古名「蜻蛉」でもあり、常に前向きに飛びます。そして、かげろうは、「陽炎」でもあり、大気や地面が熱せられて起こる現象です。これらのかげろうの意味のように、常に前向きの姿勢で熱い心をもって取り組んでいくという心意気が込められています。