不明の弁護士、遺体で発見 阪本の琵琶湖沖合
数日前に新聞やTVで報じられた京都の弁護士が琵琶湖でボートから消えたという記事を読んでDrは驚いた。
その弁護士はDrと小中高校を共にした友人であった。
Drはまさかという懐疑心と何とか生存していて欲しいという切ない思いで胸が一杯になった。
彼と初めて出会ったのは小学校高学年でクラスが同じになったときであった。
思えばこの時が一番仲良しで元より秀才であった彼とどちらかいうと徐々に落ちこぼれていったDr(泣)とではやはり世界が違ったのだろう。
それでもDrが18歳で運転免許を取った時には一緒に乗ってくれたことを今でも覚えている。
彼も結構クルマや機械じりが好きであったから相通じるものをお互いに感じてたのだろう。
それから随分と空白期間があり人伝えに弁護士になったというのを聞いた。
Drからすると恐れ多い存在であったが相談事があって20数年ぶりに再会したのが今から10年は前であった。
お互いに歳はとったけど「昔の友人」であるからうち解けるのにはそれほど時間は懸からなかった。
ただ彼は超多忙のようであったしDrも気遣って決してプライベートで合うようなことはなかった。
それから10年ほど経って偶然に裁判所で再開した。
なんと彼の愛車は156であった! (同型同色車)
裁判所の駐車場にシルバーの156が置いてあってDrはその横に駐車していた。
そのオーナーと思われる初老?(失礼ロマンスグレーなので)の紳士を最初誰だかわからなかった。
彼も私の方を見て怪訝な顔していた(苦笑)。
10年の歳月は恐ろしいと思ったけどしばしこの裁判所の駐車場で彼と久しぶりに話しが出来た。
Drは彼がアルファに乗ってくれていたのを嬉しく思った。
結果的にこの日が彼との最後だった。
彼のお通夜に行って来た。
それはかって経験したことないくらいの大勢の参列者だった。
彼は検事もしていたから警察関連や司法関連にDrの知る小学校時代の名前も多く見た。
これだ多くの参列者に見送られて彼は幸せだと思う。
彼は秀才であったけど決して気取らなかったし遊び心もあった。
Drとは決して友人という程の付き合いもなかったけどきっとお互いに世界は違っても一目おいてたのだと思う。
彼から一度冗談かしれないけど誉め言葉をDrは貰ったことがある。
曰く「H君は大人物やな」と・・(汗)
半分冗談お世辞にしてもこと彼に言われて嬉しかった。
彼は司法の道を歩みDrはクルマ屋の道を歩んだ。
そしてお互いにその分野に関しては名を残したと言える。
いつまで経っても距離は決して近づかない・・そんな関係であったけどたぶんどこかでお互いに一目おいていたのだろう。
Drがもう少し秀才であったら距離は短くなっていたかもしれない。
非常に残念だけど彼は遠い所へ行ってしまった。
彼の冥福を祈りたい。
合掌