孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マラリア  殺虫剤処理の蚊帳とヨモギ由来の新薬で根絶への道筋も

2008-04-08 15:53:49 | 世相
国連が先月27日に発表した2007年版「世界がもっと知るべき10大ニュース」については、3月30日に“ウガンダ”を取り上げた際にも触れましたが、“10大ニュース”の中にふたつ疾病関連の項目が含まれています。
ひとつは「鳥インフルエンザの脅威」、もうひとつが「マラリア予防と治療の進歩」。

鳥インフルエンザは相変わらず世界的規模での感染爆発(パンデミック)が懸念される事態ですが、マラリアの方は“希望が持てる”展開だとか。

マラリアは、日本を含めた先進国では殆ど関心を引かない疾病ですが、世界的に見ると毎年100万人を超える人々の命を奪っています。
WHOの調査では、世界では4億人以上が感染し、毎年120万~200万人の命が奪われていると報告されています。
命を落とす人々の80%以上はサハラ以南のアフリカの人々で、大半は5歳未満の子どもたちです。
アフリカでは今も、30秒にひとり、子どもがマラリアで命を落としていると言われています。
また、妊婦が感染すると流産・死産の確率も高まります。
こうしたことから、マラリアは「沈黙の大量破壊兵器」とも呼ばれます。

マラリアはハマダラカによって媒介されますが、蚊の屋内への侵入を防止できない貧しい居住環境がマラリアの継続的な発生の背景にあります。
毎晩刺され続けることで、年に何回も発症します。
そして多数のマラリア患者の発生は住民の経済状態を悪化させ、貧困を継続させる要因でもあります。
この意味でマラリアは「貧困の病気」と言えます。

予防のためにはワクチン開発が待たれますが、技術的困難に加え、患者が途上国に集中しているため先進国の製薬会社の開発意欲がたかまらないこともあって、ときどきニュースは目にしますが、現実的な製品化としてはなかなか進展していません。

市場メカニズムに基づく経済社会にあっては、人々の関心・必要・好みなどは所得によって裏打ちされた“需要”という形に具体化されます。
この“需要”に基づいて、市場を通して、人々の希望を最大限満足させるように効率的に資源が配分されます。
ただ、残念なことに、最初の時点で人々がどれだけの所得を手にしていたか、そこにどれだけの差があったのかについては何も答えてくれません。
たとえ毎年100万人が命を失う病であっても、1日1ドル以下で生活するような人々の願いは“市場”において“需要”に顕在化することはないので、製薬会社の関心外のものになります。

国連の“10大ニュース”は、そのマラリア根絶が今や手の届く範囲にあるとしています。
その具体的手段は、殺虫剤処理した蚊帳と新しい薬剤です。

殺虫剤処理をした蚊帳を使用することで、幼児死亡率を20%減らすことができます。
2007年WHOが行った調査報告によると、このような蚊帳と新たな薬剤によって、マラリアによる死亡を急速に減少させうるエビデンスが得られました。
また、別の報告では、アフリカの被害の深刻な30カ国におけるマラリア予防策の実施と治療によって、350万人の命が救われ、年間300億ドルの経済生産拡大効果があるとも言われているそうです。

“蚊帳”については、従来から殺虫剤処理をした蚊帳はありましたが、洗うと薬が流れてしまい、半年に1回、殺虫剤溶液に蚊帳を浸し直す再処理作業が必要でした。
先進国の援助で大量に蚊帳の提供を受けても再処理費用までは手が回らず、途上国では結局有効に活用できない実態がありました。

この問題をクリアしたのが、住友化学の“オリセットネット”で、殺虫剤を練り込んだ樹脂を糸に加工して編み込んだ蚊帳です。
この蚊帳の開発にあっての苦労話等は以下のページなどで紹介されています。
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/071206/biz0712060235000-n1.htm

ユニセフはこのオリセットネットを住友化学から購入し、それをアフリカの妊婦・子どもに「無料」で配布しています。
ビジネスと社会貢献の両面を持つこの事業で生まれた利益の一部を住友化学は、マラリア防止を訴えるコンサートへの協賛金や、アフリカのNPOへの防虫蚊帳の寄付にも使用しているとか。

この住友化学のオリセットネットについては、使用している薬剤に発がん性の危険があり、薬剤を使用しない普通の蚊帳を安価で提供したほうがよいとする批判があるようです。
http://www.npo-supa.com/active/noyaku.html

この種の「死んでもいいから“安全なもの”にこだわりたい」というような、“安全性至上主義”というか“安全性原理主義”的な考え方には個人的には違和感を感じます。
minato_nakazawaさんのサイトにも上記批判に対する反論が掲載されています。
http://slashdot.jp/~minato_nakazawa/journal/379124

およそ世の中のもの全てに言えることでしょうが、特に薬剤関係のものについては、単に“安全”か“危険”かだけでなく、“どのくらい、どのように使用したらどの程度危険なのか?”という“量”に関する視点が不可欠です。
その上で、それによって得られる効果と比較検討し、実証データに基づいて判断すべきものだと考えています。

蚊帳に練りこんだ薬剤の影響が実際にどの程度あるのか?
少なくとも殺虫剤を人体に直接塗布したり噴霧したりするよりは安全でしょうし、ハマダラカ対策のひとつの“特効薬”であるDDT散布に比べれば危険度は桁違いとも思われます。
また、私も蚊帳を子供の頃使っていましたが、実際使うとなかなか厄介なしろものです。
多少破れていようが、隙間があろうが、アバウトな使い方をしようが、そこそこの効果をあげるものでないと実用には耐えません。普通の蚊帳の場合、その点どうでしょうか?

新しい薬剤のほうですが、これはヨモギ由来の安価で、耐性寄生虫に有効なマラリア治療薬です。
マラリア治療には、伝統的なキニーネ系の治療薬などに寄生虫の耐性ができている問題点があります。
耐性を持ったマラリア原虫の駆除に世界が注目しているのが、大手製薬会社の関心が薄いマラリア治療薬市場にあって、中国の“桂林製薬”が伝統的な漢方薬、黄花蒿より開発した薬剤です。
主成分はヨモギ類のクソニンジンから抽出したアルテミシニン(アルテミシン)の水溶性誘導体です。
なお、ノバルティス・ファーマから安価なジェネリックが販売されており、WHOはこちらを推奨しています。

WHO は急増する抗マラリア薬耐性寄生虫の対策として、これまでの抗マラリア薬のみの治療をACT治療に換えることを推奨しています。
ACT治療はアルテミシニン誘導体医薬品 を主体として、アルテミシニンに耐性をもつ原虫の出現を防ぐため、他のマラリア薬を併用する方法です。

ただ、ACT用の薬は1錠1ドル余りすることもあり、多くの国民が1日1ドル以下で暮らす国では政府の強力な補助などの対策が必要です。
そうでないと、人々は結局、安価な一時しのぎの薬、迷信、祈祷に頼ることにもなります。

蚊帳も、配布するだけで効果が上がるわけではありません。
暑苦しいアフリカで蚊帳を使ってもらうためには、十分な説明が必要です。
支給された蚊帳を、魚をとる漁網代わりに使っていた例もあるとか。
撲滅キャンペーンでは奥地の村々を劇団が巡回し、芝居仕立てで正しい蚊帳の使い方を村人たちに教えているそうです。【07年6月29日 日経BP】
今後も突然変異で耐性を獲得するマラリア原虫との、そして“貧困”という社会現実との厳しい戦いが続くと思われます。
先ずは結果を出して、人々に、多くの国々に、マラリアが克服可能であることを知らしめることです。
国連が期待するような根絶への途が開けるかは今が正念場とも言えます。
4月25日はアフリカ・マラリアの日だそうです。

コメント
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