(フランス・マルセイユの街を歩くニカブ着用の女性 正確な定義は別として、一般的には、目の部分以外を覆う衣服をニカブ、アフガニスタン女性が着用している目の部分も網目で覆った衣服をブルカと呼ぶことが多いようです。“flickr”より By erphotos2009
http://www.flickr.com/photos/erphotos2009/4205781617/)
【「架け橋」か「宣戦布告」か?】
9.11やアフガニスタン・イラクでの戦争、世界に広がるテロの脅威・・・今世紀の世界の大きな流れとして、欧米社会とイスラム社会の衝突・対立があげられます。
日本と異なり、国内に多数のイスラム教徒を抱える欧米社会にあっては、国内におけるイスラム教徒との関係が重要かつ困難な問題となります。
****9.11テロ跡地そばにモスク建設計画、賛否両論*****
2001年9月11日の米同時多発テロで崩壊したニューヨークの世界貿易センタービル跡地「グラウンド・ゼロ」の隣にイスラム教のモスクを建設する計画がもちあがり、平和を希求する思いと不信による怒りの狭間で揺れている。
約3000人が命を落とした同時多発テロの現場から2ブロック離れた一角には、放置されたブティックのほか今は何もない。そこにモスクを中心とする数階建てのイスラム教センターを建てる計画を率いているのは、ニューヨークのイマム(イスラム教の指導者)フェイサル・アブドゥル・ラウフ師だ。
■イスラム教徒以外にも解放、「架け橋」めざす
モスクにはスポーツ施設や映画館、デイケア・センターなども併設し、イスラム教徒だけでなくあらゆる人に利用を開放する方針で、イスラム教徒たちも地元コミュニティーの一部なのだとアピールしていきたいと語るラウフ師。同師によると米国内でこうした施設はこれまで存在しない。
同時多発テロ以降、アメリカのイスラム教徒たちは世論からも当局からも「テロリズムの温床」というレッテルを貼られ、辛い時を送ってきた。ラウフ師は計画しているセンターが、テロ事件で沈みきったロウアーマンハッタンに活気をもたらすとともに、イスラム教徒に対する米国民の見方を変えることができたらと願っている。
■「まるで宣戦布告」と怒りの声も
しかし、事件をいまだ「昨日のことのよう」に思い出してしまい、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を訴える市民からは、モスク建設への抵抗感を訴える声も聞かれる。ラウフ師の平和の願いに反し、「グラウンド・ゼロ」間近の立地について「宣戦布告」のようだと怒りをあらわにしたり、アウシュビッツにドイツの文化センターを作るようなものだと批判する人々もいる。
強い反対があることについて尋ねると、ラウフ師はそれでも、センターがイスラム教徒と外部の大きなコミュニティーとをつなぐ架け橋になることを願うと語った。「これは米国人イスラム教徒のアイデンティティー作りでもある。第2世代、第3世代のイスラム教徒の中には、(米国の)一部だと感じていない者たちもいるが、それではいけない。この数年、『穏健派のイスラム教徒の声はどこに行ったのだ?』という声を耳にしてきた。今こそ、『ここにいます』とわたしたちは伝えたい」【5月20日 AFP】
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“イスラム教徒以外にも解放して、アメリカ社会とイスラムの「架け橋」をめざす”というラウフ師の理念は高く評価されるべきものでしょうが、モスクという宗教施設を中心にして「グラウンド・ゼロ」の隣に・・・というのは、現実問題としてはいたずらに軋轢を高める結果にもなりかねません。
もう少し地道な信頼醸成が必要にも思えますが、現実には紛争・テロによって欧米・イスラムの亀裂は深まるばかりです。
【「国家の価値観と相容れない」】
欧州では、イスラムを象徴するようなブルカ・ニカブという女性の服装が問題になっています。
ブルカ・ニカブ、あるいはスカーフというイスラム女性の衣服は、誰の目にも一目瞭然のため、欧州社会にあっても、イスラム社会にあっても、文化的対立あるいは宗教と世俗の対立の象徴として常に問題となります。
****仏、ブルカ禁止法案を閣議決定*****
フランス政府は19日、イスラム教徒の女性が顔や体を覆うベールの公共の場での着用を禁じる法案を閣議決定した。7月に議会に上程する。
法案は、仏国内の公共の場所で「顔を隠すようデザインされた衣服」の着用を禁じる内容。違反者には150ユーロ(約1万7000円)の罰金か、フランス国民の価値観を学ぶ講習会への出席が求められる。また、脅迫や暴力、社会的地位の乱用によって女性に顔を隠す衣服の着用を強制した者には、禁固1年と1万5000ユーロ(約170万円)が科される。
法案が定義する「公共の場」は、道路、商店、映画館、レストラン、市場など一般の人が立ち入ることができるあらゆる場所と、すべての政府施設とされている。【5月20日 AFP】
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法案によると、ブルカなどの名称は明示していませんが、頭から爪先までを覆うイスラム女性の「ブルカ」や「ニカブ」を想定したもので、イスラム教徒を狙い撃ちにした法律です。
禁止される「顔を隠す着衣」の例外は、オートバイ運転時のヘルメット、外科手術を受けた後のマスク、カーニバルでの仮装などに限定されそうです。
なお、仏内務省は、同国内で頭からつま先までを覆うベールをかぶっている女性は2000人に満たないとしています。
議会審議は7~9月に予定されていますが、議会は与党・民衆運動連合が多数を占めているため、この「ブルカ禁止法」は成立する見通しです。なお、ベルギーでも4月末、同様の法案が下院で可決されています(法律の成立は夏以降にずれ込む見通し)。
この「ブルカ禁止法」に先だって、フランス国民議会(下院)は今月11日、イスラム教徒の女性が顔や体を覆うベールは「国家の価値観と相容れない」とする決議を出席議員全員の賛成で採択しています。
決議はブルカなどが「女性の尊厳と男女平等を侵害」するとし、「着用を強制される女性を守るため、必要なあらゆる措置」を検討すべきだと主張。サルコジ政権の右派与党のほか最大野党の社会党も賛成しました。共産党や緑の党は棄権しています。
右派のサルコジ大統領は昨年6月、「ブルカは女性の従属の象徴だ」「フランスはブルカを歓迎しない」と発言し、ブルカ禁止へ向けた動きが進んできましたが、仏国務院(行政最高裁)は3月、公共の場でのブルカ着用を全面禁止することは、「自由や人権と相いれず違憲の疑いがある」とフィヨン首相に勧告しました。
サルコジ政権がこれを振り切って厳格な禁止を目指す背景には、3月の地方選で大きく躍進した移民排斥の極右勢力・国民戦線の支持基盤を突き崩したい思惑があるとも報じられています。【5月12日 読売】
「ブルカ禁止法」を推進した有力与党議員のルカ氏は取材で次のように語っています。
“「ブルカは政教分離の原則にも反する。着用者と市民は共生できない」と強調。(1)ブルカを隠れみのにした強盗など、犯罪防止の観点からも問題(2)世論調査では市民の約6割が禁止法を求めた--など、禁止派の代表的意見を代弁した。
ルカ氏は、ブルカ問題に関する下院調査委の委員。同委は1月、学校など公的機関での着用禁止を勧告した。だが、同氏は「学校では子どもを迎えに来た母親に身元確認のためブルカを脱ぐよう求めている」と述べ、公的機関で事実上の禁止が進んでいると指摘。さらに全面禁止が望ましいと語った。
ルカ氏は「法の目的はブルカを徐々に消滅させることだ。今、禁止しなければ、現在2000人の着用者が、10年後には10倍に増える」と主張した。”【4月24日 毎日】
フランスでは、公的な場所でのスカーフなど宗教色が強い衣服の着用が政教分離を国是とする共和国の理念に反するという観点から、04年に公立学校でのイスラム教のスカーフ着用が禁止されるなど、従前からスカーフなどイスラム女性の衣服が問題となっていました。
今回の顔を隠すニカブ・ブルカについては、更に男女平等の理念にも反し、治安上の問題もあるということで、禁止法に強い反対はなかったようです。
【移民排斥の政治的保守化の底流、女性の社会心理的側面】
こうした流れの底流には、3月の地方選で移民排斥の極右勢力・国民戦線が大きく躍進したように、移民・イスラムの増加が社会の価値観・規範を崩壊させるのではないかとの恐れが、国民の間に広まっていることが考えられます。この移民排斥・保守化の政治的流れは、フランスだけでなく他の欧州諸国でも見られる現象です。
なお、今回ブルカ禁止法は、女性に顔を隠す衣服の着用を強制した者への罰則を厳しく科し、女性は被害者との立場をとっていますが、フランス社会では、夫の強制などによって着用するのではなく、若い女性が進んで着用する場合が多いとも言われています。
なぜ彼女らはニカブなどを着けたがるのか?・・・というのは社会心理学的な問題でもあります。
【受容すべき社会の価値観】
宗教対国家の問題、女性隷属の象徴、治安問題、そして女性の心理的問題・・・検討すべき要素は多々ある訳ですが、個人的な感想としては、日本を含めた欧米的民主主義は、個人が自らの意思を自由に表明することによる市民相互のコミュニケーションを前提にした社会であり、“顔を隠す”という行為はどうしてもこのコミュニケーションを拒絶しているように思われ馴染めません。顔を隠してしまえば、ある意味、正体を隠したような気楽さもあるかも・・・でも、それでは市民社会は成立しないのでは。
宗教的・文化的な問題はあるでしょうが、欧米社会で生活する以上は、その基本的価値観を容認せざるを得ないのではないでしょうか。
「女性のズボン着用は厳禁する」という法律が、フランスでは今も残存していることが話題になりました。
法案が制定されたのは革命直後の1799年。「健康上の理由以外」での女性のズボン着用を禁じ、その後の「改正」で「乗馬などの際に限って」の着用が認められたとか。
今回の「ブルカ禁止」が将来どのように見られるか・・・との指摘もありますが、今となっては無意味な「ズボン禁止」も、当時の社会にあっては、社会秩序維持の観点から十分に意味のあったものだったのでしょう。