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(キングメーカーとなった自由民主党のクレッグ党首(43歳)
“flickr”より By Liberal Democrats
http://www.flickr.com/photos/libdems/4497706278/)
【「あら、あら、あら」】
6日投開票の英総選挙の結果、予想されていたことではありますが、36年ぶりにどの政党も単独過半数を制していない状態(ハング・パーラメント=宙づり議会)となったこと、また、それを受けて連立交渉が行われていることは連日報じられているところです。
“予想されていたこと”とは言え、微妙な結果でした。
“「あら、あら、あら」――5月6日のイギリス総選挙の結果を受けて、7日未明、イギリスのデイリー・テレグラフ紙は書いた。そう言いたくなるのも無理はない。近年のイギリス史上で最もエキサイティングな選挙は、複雑で矛盾に満ちた結果になった。
政権奪還を狙った最大野党・保守党は第1党に躍進したが、過半数の議席は獲得できなかった。
苦戦が予想された与党・労働党は、これまで強固な地盤だった選挙区で多くの議席を失ったが、予想外の選挙区でいくつか新たに議席を獲得した。
台風の目と見られていた第3党の自由民主党を率いるニック・クレッグ党首は、「浮気相手にはいいが、結婚相手にはふさわしくない男」と思われていたらしい。事前の世論調査ではクレッグが支持を伸ばしていたが、いざ投票日になると、自民党の得票は伸び悩んだ。結局、自民党の議席は改選前を下回った。”【5月10日 Newsweek】
【選挙区割りのマジック】
特に、選挙前に支持率が一気に高まり、労働党をしのぐ勢いだった自由民主党の“議席減”は以外でもありました。
得票率は保守党が36%、労働党が29%、自由民主党が23%・・・・自由民主党の得票率は23%で前回より得票率を1ポイント増やしたのに、議席は逆に5減らして57議席。一方で、得票率29%の労働党が約4.5倍の258議席獲得しており、自由民主党のクレッグ党首は「選挙制度は崩壊している」と語っています。
僅かな得票率の差が大きな議席数の差となるのは小選挙区制の本質でもありますが、イギリスの場合、特殊な事情もあるようです。
“かつての産業都市は選挙区数が多く、労働党の地盤。しかし、こうした地方都市は人□が減り、投票率も低いところが多い。プリマス大学のコリン・ローリングス教授(政治学)は「投票率の高い田舎が支持基盤の保守党は1議席を取るのに必要な平均票数は2万5干票。労働党は1万5干票でいい」と話す。
一方で、自民党の支持層は若者や知識層が中心で、全国に拡散。同党が地方で伸びる分、保守党が議常数を減ら
し、労働党に有利に働く”【4月28日 朝日】
労働党に有利な“選挙区割りのマジック”と呼ばれる現象です。
【保守・労働双方が連立交渉、首相辞任も】
議席数こそ減らしたものの、ハング・パーラメント状態でキングメーカーの立場に立った自由民主党を自陣へ引き込もうとする連立交渉が保守党、労働党双方で並行して進んでいます。
第1党となった保守党サイドの協議が先行して行われて、自由民主党との連立について「原則合意」との報道もありました。
****英連立政権の協議大詰め…原則合意報道も*****
英総選挙で第1党になった保守党と第3党自由民主党の連立協議は10日、大詰めを迎え、英スカイニュースは同日、両党が連立政権の枠組みで原則合意したと伝えた。
だが、同ニュースは合意の中身に触れておらず、両党の報道担当者もこの件については口を閉ざしている。(中略)
自由民主党は同日午後、合意事項を諮るための議員総会を開き、党内の意思統一を図った。保守党も同日夜、同様の総会を予定している。
ただ、最大の焦点である選挙制度改革で、現行の単純小選挙区制の存続を主張する保守党と完全比例代表制への変更を求める自由民主党がどこまで折り合ったのかは、明らかになっておらず、協議の行方次第では、自由民主党が閣外協力にとどめる可能性もある。【5月10日 読売】
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しかし、労働党サイドも、不人気かつ自由党との交渉でネックとなるブラウン首相が党首を辞任することを発表する形で自民党への働きかけを強めています。
****ブラウン英首相:辞任表明 自民と連立交渉促進*****
6日投開票の英総選挙で敗北したブラウン首相(59)は10日、労働党党首を辞任する意向を表明した。また「必要以上に職にとどまるつもりはない」と明言。新政権樹立、新党首選出をめどに首相も辞任することも表明した。次期政権の獲得を目指し第3党・自由民主党と正式な連立交渉に入る。自民党は「首相辞任」を労働党との連立交渉の条件に突きつけていた。自民党は第1党・保守党との連立交渉も進めており、新政権の行方は極めて流動的になっている。(中略)
総選挙はどの政党も過半数に達しないハングパーラメント(宙づり議会)という結果となり、保守党と自民党がまず連立交渉を始めた。保守党は、首相の辞任表明を受けて、自民党が最大の要望とする選挙制度改革で国民投票を提示した。報道によると、労働党は同改革で一歩踏み込み、比例代表制への変更を国民投票にはかることを自民党に提示。両党は週末に接触、クレッグ党首とブラウン首相も2度会談している。
労働党(258議席)と自民党(57議席)では過半数の326に達しないが、スコットランドなどの地域政党を加えた中道左派主体の「反保守党連合」を組めば、過半数に達する見通しだ。【5月11日 毎日】
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なお、労働党の次期党首として、ブックメーカー(公認賭元業者)のオッズ(賭け率)で人気が最も高いのは、デービッド・ミリバンド外相だそうです。
【悩ましい自由民主党クレッグ党首の選択】
自由民主党が関心を持つのは、多くの政策課題もありますが、一番は今回のように23%もの得票を得ながらその多くが「死に票」となってしまった選挙制度の改革、比例代表制度の導入をどちらがより強く確約してくれるのかという点です。単に検討委員会設置だけでは結局何も変わらない結果に終わることが予想されます。
労働党側は、新議会で単純小選挙区制を「死に票」が減るように修正した上で、来年中に完全比例代表制導入の是非を問う国民投票を行うとの二段構えの提案を行っています。
選挙制度改革に消極的な保守党は、「死に票」減に関する同じ提案を国民投票にかけることを「最後の譲歩」として自民党に提示しています。
自由民主党とにとってもこの連立交渉は、ハングパーラメントなった選挙結果同様、微妙で悩ましいものがあります。
完全比例代表制の導入を悲願とする自由民主党からすれば労働党案が好ましく、また、基本的に労働党は保守党よりも政策面で共通する部分が多く連立しやすい側面があります。
しかし、第2党と第3党の連立、それにより敗北したはずの労働党が復活することは世論の批判を招くことが予想されます。
更に、労働党と組んでも過半数議席には届かず、スコットランドなどの地域政党ような他の少数政党の支持を得る必要があり、政権基盤は安定しません。
一方、保守党と連携すれば、2党だけで過半数議席を握ることができ基盤はより安定しますが、政策面での差異いが大きい保守党との間で妥協する部分が増え、比例代表制導入も遠のきます。
安定政権を生む小選挙区制か「死に票」を減らす比例代表制か・・・という問題については万巻の書があるところですが、個人的には、日本の小選挙区比例代表並立制のような折衷案が妥当なところではないかと考えます。
【1年以内の再選挙?女王の役割に注目?】
こうした事態に、1年以内に再選挙が行われる可能性も指摘されています。
****1974年以来のハングパーラメントとなった英国、1年以内に再選挙も*****
英国で6日投票が行われた総選挙はどの政党も過半数を獲得できず、1974年以来の「ハングパーラメント」となった。これを受け、1年以内に再び選挙が行われる可能性がでてきた。
(中略)巨額な財政赤字に対する強力な措置を望んでいる金融市場は、政局不透明感を歓迎しない。総選挙結果は、すでにギリシャ問題で混乱している市場に追い打ちをかけかねない。
保守党関係者は自民党との連携実現を楽観しているが、アナリストは、自民党が保守党、労働党どちらと連携するにも障害は大きいとし、保守党単独政権が生まれる可能性が高いとみている。ただし、保守党の少数単独政権となった場合、さほど期間をおかず、選挙で再び有権者の信を問う可能性があるという。(後略)【5月10日 ロイター】
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“法律上、退任する首相の辞職を認め、新しい首相を指名するのは、女王の役割。通常は儀礼的な権限に過ぎないが、もし政治の混乱が続くようであれば、女王が調停役を買って出ることになるかもしれない。政党間で政権協議がまとまらなければ、再び議会を解散して選挙を行う権限も女王にある。にわかに、女王の存在が大きくクローズアップされてきた。”【5月10日 Newsweek】との指摘もあります。
まあ、イギリスではそこまでの混乱もないとは思いますが、カナダでは、2008年の選挙結果を受けた政治混乱で、儀礼的な名誉職と思われていたカナダ総督の役割(イギリスにおける女王のような役割)が現実問題として注目を集めたこともありました。