孤帆の遠影碧空に尽き

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韓国海軍哨戒艦沈没問題 李大統領、武力報復には言及せず ただし、不測の事態も

2010-05-25 23:17:25 | 国際情勢

(5月24日 海軍哨戒艦「天安」沈没事件に関する国民向け談話に臨む李大統領 重圧はいかばかりでしょうか “flickr”より By GreenDominee
http://www.flickr.com/photos/green_leader/4637545176/)

【ギリギリ選択】
韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は24日、同国哨戒艦「天安(チョンアン)」が北朝鮮の魚雷攻撃で沈没したとする韓国軍・民間合同調査団の調査結果が出たことを受け、国民向けのテレビ演説で、哨戒艦沈没問題を国連安保理に提起するなどの方針を明らかにしました。
しかし、李大統領は、武力報復には言及していません。

****韓国艦沈没:李大統領の対応発表 関係考慮でギリギリ選択*****
韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は24日、海軍哨戒艦「天安(チョンアン)」の沈没事件を「北朝鮮の軍事挑発だ」と断じ、開城工業団地以外の南北交易の中断や国連安全保障理事会への問題提起などを行うと表明。韓国政府はさらに、黄海での米韓合同の対潜水艦訓練を近く実施▽大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)に基づく近海での海上封鎖訓練の実施--などを発表した。

北朝鮮にこれ以上の「挑発」を自制させるために断固とした姿勢をアピールしたことで、厳しい対応を求める保守派からも「大統領が断固とした意思表明を行った」と評価する声が強いが、内容は「象徴的措置にとどまった」(北朝鮮専門家)という側面も強い。李大統領は、金正日(キム・ジョンイル)総書記の名指し批判も避けており、南北関係を完全に断絶させることは避けつつ、できるだけ厳しい姿勢を示すというギリギリの選択をしたといえる。

李大統領は談話で、外遊中の閣僚ら17人が死亡した83年のラングーン事件と、乗員乗客115人が死亡した87年の大韓航空機爆破事件を「軍事挑発」だと列挙した。だが、冷戦下の当時は南北交流などなかった。交流中断など韓国独自の措置が必要になったのは、今回が初めてだ。
軍艦への魚雷攻撃は戦争行為だが、軍事的報復策を取るのは現実的な対応とは言えない。22日の韓国紙「東亜日報」の世論調査でも、韓国が「相応する軍事的対応」を取ることに「反対」が59.3%と、「賛成」30.7%の約2倍だった。(中略)

一方、韓国は今や、北朝鮮を経済的に支える国の一つになっている。韓国統一省によると、開城工業団地を含めた北朝鮮からの昨年の輸入総額は9億3000万ドル(約840億円)。これに対して、今回の交易中断で北朝鮮が被る直接的打撃は約3億ドル(約270億円)程度だ。
同省によると、開城工業団地には現在、韓国企業121社が進出し、約4万人以上の北朝鮮労働者が勤務している。給料と社会保険料を合わせて、北朝鮮は年5000万ドル(約45億円)以上を受け取る計算だ。北朝鮮にとっては貴重な外貨収入源となっているだけに、撤退すれば猛反発してくることは必至だ。
韓国紙、朝鮮日報によると、工業団地を閉鎖した場合には韓国政府の負担も5億ドル(約450億円)に及ぶという。結局、李大統領は「開城工業団地については、その特殊性を勘案して今後検討していく」と表明するにとどめた。【5月24日 毎日】
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【自衛権行使と“主敵”】
李大統領は談話で、北朝鮮が韓国の領海・領空・領土を侵犯した場合は「即座に自衛権を発動する」と表明しています。
「自衛権」とは、軍事的に相手側が武力で侵攻すればそれに相応する措置を取ることができる権限で、国連憲章や国際法で認められています。自衛権の対象となる海外からの侵害とは、必ずしも自国領域の侵害に限ったものではなく、公海やその上空で自国の船舶や航空機が攻撃された場合も、自衛権を発動できます。
核兵器使用の兆候に自衛権を行使すべきかどうかについては学者の間でも論争となっていますが、先制的自衛権については国際法的に「違法」との見解が優勢だとされています。
“これに関連し、青瓦台(大統領府)の李東官(イ・ドングァン)弘報(広報)首席秘書官は、自衛権は専門家間や国際的にある程度概念が確立されており、軍事的脅威の撃退だけでなく侵害を取り除くために必要な行為まですべてを含むとし、「先制的自衛権は含まれていない」と説明した。”【5月24日 聯合ニュース】

また、李大統領は25日、大統領府であった会議のなかで、「我が軍は過去10年間、主敵の概念を確立することができなかった」と述べ、北朝鮮を「主敵」と位置づける考えがあることを示唆しています。
韓国はかつて国防白書で北朝鮮を主敵としていましたが、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代の04年版白書からこの表現を削除しています。

【北朝鮮「即時全面戦争を含むあらゆる強硬措置で対処」】
今回の「魚雷攻撃」は、金正日総書記の指示との見方がされています。
****北朝鮮の魚雷、狙いと誤算…黄海銃撃戦報復か****
「魚雷攻撃」は、金正日総書記の指示との見方が支配的だ。戦力の劣勢を補うための軍事的抑止力の誇示、後継候補とされる三男、金ジョンウン氏への権力継承と関連した軍の士気向上などを狙ったとみられる。
専門家の多くは、「攻撃」理由として、2009年11月、黄海の北方限界線(NLL)近くで起きた南北艦艇銃撃戦で敗北した報復を挙げる。この交戦は、北朝鮮側に複数の死傷者と艦艇の損害を出す韓国の圧勝に終わり、北朝鮮軍は威信回復の反撃機会をうかがっていたとの見方が有力だ。
銃撃戦の結果は、北朝鮮が在来型の戦力で韓国とは戦えない現実を露呈した。韓国国防研究院の白承周安保戦略研究センター長は「北朝鮮はハイテク化した韓国艦艇との性能差など、水上戦力の脆弱さを認識している。このため潜水戦力の強化で、軍事的優位を得ようとの戦略変化があった」と指摘する。
高麗大学の柳浩烈教授も「魚雷の水中爆発で哨戒艦を撃破できる軍事能力があり、海だけでなく、陸でも空でも、変則的な打撃を与えられることを韓国にわからせた」と分析する。【5月21日 読売】
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もっとも、金正日総書記は今月3~7日に訪中した際、胡錦濤国家主席との首脳会談で、「我々はやっていない。韓国が勝手に我々の犯行と言っているだけだ」と自身の口から述べたと報じられています。

北朝鮮は、韓国の制裁措置への反発を強めています。
****北朝鮮「あらゆる強硬措置で対処」 韓国の制裁発表に*****
北朝鮮の朝鮮中央通信は25日、哨戒艦沈没事件で独自の北朝鮮制裁を発表した韓国に対し、「(韓国の)『報復』『制裁』に対して即時全面戦争を含むあらゆる強硬措置で対処する」とする論評を発表した。また、北朝鮮の軍当局者は、韓国艦艇が北朝鮮領海を侵犯しているとして「侵犯が続くなら、軍事的措置が実行される」と警告した。・・・・韓国政府内でも「この状況で北の軍部が何も仕掛けて来ない可能性は低い」(大統領府当局者)との見方が広がっており、新たな挑発行為に備えるほか、サイバーテロも警戒。空港や主要駅での警備を強めている。(後略)【5月25日 朝日】
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また、朝鮮中央通信によると、南北軍事実務会談の北朝鮮側代表団団長は25日、韓国海軍の艦艇が黄海海上の北朝鮮領海を侵犯しているとして韓国軍に通告文を送り、「侵犯が続くなら、実際の軍事的措置が実行される」と警告しています。
北朝鮮は、韓国側が黄海上の境界線と設定した北方限界線(NLL)を認めず、これより南に独自の「海上軍事境界線」を設定しています。同海域では韓国艦艇が活動しており、今回の通知により、緊張が一層高まることが懸念されています。【5月25日 時事より】
同様に、北朝鮮軍は24日、韓国軍哨戒所が掲示している北朝鮮を非難するスローガンの除去を要求しており、韓国側が要求に応じず、拡声機などを新たに設ける場合は、除去のための射撃を行うと警告しています。韓国が24日から北朝鮮向けの軍事宣伝放送を再開することに合わせた措置とみられています。【5月25日 朝日より】

金正日労働党総書記が全軍や人民保安省に万全の戦闘態勢に入るよう指示したとの情報もあります。
****金総書記、戦闘態勢指示か=脱北者団体*****
韓国の脱北者団体「NK知識人連帯」は25日までに、北朝鮮の金正日労働党総書記が全軍や人民保安省に万全の戦闘態勢に入るよう指示したとの情報を明らかにした。韓国哨戒艦事件の調査結果が発表された20日、北朝鮮国防委員会の呉克烈副委員長が有線ラジオを通じて伝えたという。
同団体が北朝鮮の情報提供者の話として明かしたところによると、呉副委員長は一般家庭向けの有線ラジオ「第3放送」を通じて談話を出し、「戦争は望まないが、南朝鮮(韓国)がわが共和国を攻撃するなら、これを機に祖国統一の偉業を必ず成就すること」が金総書記の命令だと強調したという。【5月25日 時事】
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【不測の事態も】
李大統領は武力報復には言及していませんし、“北朝鮮に対する「軍事的対応」について世論調査では、59%が反対している(22日付、東亜日報)”というように、韓国世論も武力行使や戦争は回避したい意向です。
韓国にとって、武力衝突による経済的損失は、あまりに大きなものがあります。
北朝鮮にとっても、戦争になった場合、旧式の軍隊や兵器に頼らざるを得ない北朝鮮の圧倒的不利は明らかで、北朝鮮側もこれを十分に認識していると思われます。
こうしたことから、韓国が武力に頼らない外交を続ける限り、戦争にはならないとの見方が大勢ですが、一方で上記のような反撃姿勢を強める北朝鮮の対応もあって、不測の事態、突発的衝突の可能性、それが全面的衝突に発展するリスクも否定できません。多くの戦争は、理性的判断とは別のところから起きています。

【中国とアメリカ】
韓国が求める国連安全保障理事会での議論については、中国がカギを握っています。
先の金正日総書記訪中の際は、「中国は、国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁の枠組みを超える支援はできない」と、温家宝首相が北朝鮮への大規模支援を断ったことが報じられています。【5月17日 読売】
また、核拡散防止条約(NPT)再検討会議においても、中国は「北朝鮮の核実験を非難する」との表現を削除するよう求めてはいますが、一方で、09年の北朝鮮制裁決議への実質的言及は認める姿勢を示しています。
このように、最近の中国の北朝鮮に対する姿勢は支援一辺倒ではなくなっていますが、武力衝突とか北朝鮮体制の崩壊となると話は別でしょう。北朝鮮体制を決定的に不安定化させる措置には賛同できないと思われます。

ソウルで25日、柳明桓(ユ・ミョンファン)外交通商相らと会談した中国の武大偉・朝鮮半島問題特別代表は、韓国との緊密な協力に同意したものの、「調査結果を真剣に検討する」と述べるにとどめ、国連安全保障理事会での協議を求めている韓国への支持を明言しませんでした。
なお、北京で開かれていた2回目の米中戦略・経済対話では、朝鮮半島情勢の安定維持が重要だとの認識で米中が一致したとのことで、国連安保理による制裁強化は別としても、半島情勢の緊張緩和に向けてアメリカと連携するものとみられています。

オバマ米大統領は24日、政府の関連部局に北朝鮮政策の見直しを指示するとともに、米軍幹部に対し、北朝鮮のさらなる攻撃に備えて韓国軍と緊密に連携するよう指示しています。
朝鮮半島有事の際の韓国軍の作戦統制(指揮)権は現在米軍にあります。
米国防総省報道官は、韓国が発表した対潜水艦米韓共同軍事演習は「近い将来」実施するとし、海上封鎖訓練の実施についても協議していることを明らかにしています。【5月25日 ロイターより】
ただ、現在2万8000人規模とされる在韓米軍が展開兵力を増強した場合、北朝鮮側が「侵略行為」として過剰に反応するリスクもあります。

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