
(ナイル川 流域には濃い緑が、しかし、離れると不毛の大地 “flickr”より By Ed Yourdon http://www.flickr.com/photos/yourdon/3140354193/)
【「エジプトはナイルの賜物」】
古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは、著書『歴史』のなかで、「エジプトはナイルの賜物」と書いています。
現在のエジプトにとっても、ナイル川は貴重な水源です。エジプト国内で一年間に消費される水のうち、86%は青ナイルの水で、14%は白ナイル川の水で賄われています。
【「互敬の世界へ」(http://gokei.seesaa.net/article/149919865.html)より】
ただ、ナイルの水が貴重なのはエジプトだけでなく、ナイル上流国も同様です。
ナイル川はアフリカ大陸の10カ国を流れる国際河川です。
【新協定「ナイル流域協力枠組み協定」】
東南アジアでは、異常渇水のメコン川をめぐる流域各国と上流国中国の対立があること、経済的・政治的影響力を高めている中国が流域各国の不満を抑え込んでいるようにも見えることは、4月7日ブログ「メコン川異常渇水 流域国首脳会議は中国に“配慮”して沈黙」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100407)で取り上げたところです。
アフリカでは、ナイル川の水資源利用をめぐって、エジプト・スーダンの下流国と上流国の間で、やはり対立があるようです。
この地では、「水は命」「血の一滴」とも言われます。
エジプトは人口急増で1人当たりの取水量が年々減少しており、容易に妥協できない事情があります。
一方、上流の各国も人口増や経済発展のため、発電やかんがい用の水需要が増加しており「水が必要ならエジプトは上流国から買うべきだ」(ケニア)と譲りません。
昨年7月末も、エジプト・アレクサンドリアで「ナイル流域イニシアチブ(NBI)」の閣僚会合が開かれ、ナイル川の水利用に関する新協定案の合意を目指しましたが、結論は出ず、協議は半年間延長されました。
また、2010年4月13日にNBIの臨時閣僚協議会がエジプトで開催され、新たな取水割当量を定める協定について話し合われましたが、1959年の協定の維持を求めるエジプトとスーダンの反対により、合意に至ることはできませんでした。
****ナイル川流域の新利水協定、上流4か国が署名 下流国は欠席******
ルワンダ、エチオピア、ウガンダ、タンザニアのアフリカ4か国は14日、ウガンダのエンテベで、ナイル川流域国の公平な水利用を目指す新協定「ナイル流域協力枠組み協定」に署名した。
ナイル川上流の諸国は、下流のエジプト、スーダンと協議して、かんがい施設や水力発電所の建設ができるようにしたい意向だが、利用可能水量の減少を恐れ新協定に反対している下流のエジプトとスーダンは会合に欠席した。
エジプトとスーダンが1959年、ナイル川の水の90%以上を両国で利用することで合意していた。新協定は、流域国は他国に悪影響を与えない範囲で自由に水を使えると定めている。
ケニアは署名はしなかったが新条約を支持する声明を出した。ブルンジとコンゴ民主共和国(旧ザイール)は会合に出席しなかった。【5月18日 AFP】
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その後の報道によると、ケニアも署名しました。
“エジプトとスーダンは、上流7か国がかんがい施設や水力発電所を建設した場合、自国への水供給が大幅に削減されるとして、新協定に反対している。エジプト政府は、「新協定には法的拘束力がなく、自国の水の取り分が減らされるいかなる協定も拒否する」と表明している。
署名に臨んだケニアのチャリティ・ヌギル(Charity Ngilu)水利相は、「(署名を拒否する)2か国は、協定の導入を妨げることはできない」と強気の姿勢を見せた。”【5月20日 AFP】
【「歴史的権利」か、植民地時代の「悪しき残滓」か】
歴史的にみると、ナイル川流域国の水配分は基本的に、1929年にエジプトと英国(支配下のアフリカ4カ国を代表)、59年にエジプトとスーダンがそれぞれ結んだ二つの協定に基づくとされています。
この協定では、ナイル川の年間水量を推定840億トンと規定。うち約100億トンを蒸発喪失分として差し引き、エジプトは555億トン(約75%)、スーダンは185億トン(約25%)の取水権を持ちます。
他の流域国の取り分については「要求があれば両国が共同対処する」(59年協定)とあるだけ。
エジプトは自国の取水に影響が出る上流国でのナイル川関連事業などに対する事実上の拒否権(29年協定)も保持しています。
こうした歴史的経緯から、ナイルの水使用を「歴史的権利」と考えるエジプトに対し、60年代初頭に独立した上流・水源国のほとんどにとって、既存の協定は植民地時代の「あしき残滓(ざんし)」と映っています。
エチオピアやケニアでは干ばつの影響で、1600万人以上が食料不足に直面しているとの国際NGO報告もあります。この地域には人口増加率が高い貧困国が多く、水は国の存亡にかかわる資源です。【09年10月5日 毎日より】
“世界では水を巡る争いは枚挙にいとまがない。米オレゴン州立大の調査では、48~99年に37件の武力衝突が発生した。中東では、ヨルダン川の水利問題が67年の第3次中東戦争の一因になったと言われる。世界的にも「21世紀には水資源の争奪から戦争が起きるだろう」(世銀幹部)との懸念がくすぶる。ヨルダンの元水資源相、ムンター・ハッダディン氏は「合意できなければ国際司法裁判所を利用する方法もある。武力で水紛争を解決するのでは意味がない」と話している。”【同上】
【水資源の有効活用】
上流国当事者が参加していない29年、59年の協定を押し付けられても、上流国は納得できないでしょう。
上流国の利益を考慮した新たな枠組みが必要とされています。
いずれにしても、貴重な水資源の有効利用が求められています。
上記毎日記事では、そうした水資源の有効利用を可能とする日本の活動も紹介されています。
“流域国の政治的駆け引きが続く一方、ナイル川の水の有効利用を目指す草の根的な事業もある。その一つが、日本の国際協力機構(JICA)が支援するエジプトの「水管理改善プロジェクト」だ。灌漑(かんがい)施設の整備、水利組合の設立・活動促進による水配分の効率化が狙いだ。・・・「米の収量は10~15%向上。使用可能な耕地も増えた」(エジプト水資源灌漑省の出先機関担当者)・・・また、灌漑水路からの取水を巡る地域住民のトラブルも「年間40~50件の水争いが半減した」”
アフリカでは急速な経済発展、中国・インドなどの資源獲得競争などが報じられていますが、日本のこうした地道な活動を国家的に支援・拡大していけば、将来の日本にとっても大きな利益が還元されるのではないでしょうか。