(エルバラダイ氏が進める、民主改革を求める請願書に署名するエジプト女性
“flickr”より By madmonk
http://www.flickr.com/photos/zarwan/4486133191/)
【「時間がかかっても民主化は必要だ」】
****エジプト:変革求めデモ激化 11年の大統領選前に*****
エジプトで野党勢力や労働関係のデモが目立っている。経済発展の恩恵を受けられない庶民の不満が強まる中で、11年の大統領選にエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長が立候補の意欲を表明しており、強権的とされる現政権の「チェンジ(変革)」に期待が高まっているからだ。
ムバラク体制は来年で30年を迎える。大統領は6日、カイロで演説し、「変革と混乱の取り違えは受け入れられない」と警告を発し、憲法改正にも否定的な姿勢を示した。
人民議会(国会)前では4月から失業や低賃金などへの対処を求めた座り込みが続く。地方住民の「直訴」だ。現政権に批判的な著名作家のアラー・アスワニー氏は「極めて異例なことで、国民の不満の大きさを示すものだ」と見ている。(中略)
カイロ中心部では3日、野党政治家や民主化運動家ら約100人が集結。約30年来続く非常事態令の解除や、大統領選の立候補要件を緩和する憲法改正などを要求した。憲法改正要求は、エルバラダイ氏ら独立系政治家の大統領選出馬を可能にするのが目的で、数百人の治安要員が包囲する中、参加者は「ムバラクは去れ」などと叫び、小競り合いで逮捕者も出た。
エルバラダイ氏の支持組織幹部で、3日のデモに参加したハムディ・カンディーラ氏は「政府は国民の不満に対処していない。時間がかかっても民主化は必要だ」と言う。
各種デモや労働争議は小規模ながら連続しており、与党国民民主党議員が4月、デモ参加者の扱いに関し「手ぬるい。発砲すべきだ」と国会で発言。5月になって謝罪した。【5月8日 毎日】
*****************************
【「キファーヤ(もうたくさん)」】
ノーベル平和賞受賞者でもあるエルバラダイ国際原子力機関(IAEA)前事務局長(67)は、11年9月に予定されているエジプト大統領選挙への出馬の意思があることが昨年12月4日のエジプト各紙に報じられ、今年2月19日には、空港に詰め掛けた約1500人の群衆に熱烈な歓迎を受ける形で帰国しました。
エジプト治安当局は空港で出迎えるなど集会行為を禁止し、支持者による「違法なデモ」を阻止するための措置を取ると警告していましたが、“群衆は国歌を斉唱、ムバラク大統領の長期政権を批判する横断幕を掲げた。民主化の加速を求める大衆運動体「キファーヤ(もうたくさん)」などの野党支持者や一般民衆が集まり、「違法集会の禁止」を求めた治安当局の警告を無視した”【2月20日 時事】
帰国後のTV番組出演では、“90%以上で当選するような選挙は芝居だ”とか“ファラオ国家”といった刺激的な言葉も使って、28年あまりにおよぶムバラク長期政権を激しく非難しています。
****ムバラク長期政権を痛烈批判=「国民望むなら出馬」-エルバラダイ氏****
来年のエジプト大統領選への出馬を求める声が強まっている国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ前事務局長は21日夜、テレビ番組に約2時間にわたって出演した。この中で約28年余り続くムバラク大統領の長期政権を痛烈に批判、「人々が望むなら出馬する。変革の手段になりたいだけだ」と述べ、出馬への意欲を改めて表明した。
エルバラダイ氏は「国民は50年間も民主主義不在の中で暮らしてきた。候補が(得票率)90%以上で当選するような選挙は芝居だ」と、ムバラク政権下での不正選挙や非民主政治を指弾した。
さらに、1960年代にエジプトは韓国と同じ経済水準だったが、現在の1人当たり国民総所得は韓国約2万5000ドルに対し、エジプトは1200ドル前後だと、数字を示して国力の低迷を強調。「関心はエジプトをファラオ(古代エジプト王)国家から政府組織で統治される国家に再生することだ」と述べた。【2月22日 時事】
***************************
これだけの発言をして当局がおとがめがないのは、国際的に評価・知名度が高く国際メディアが注目するエルバラダイ氏へのうかつな対応は国際的悪評を呼びかねないとの当局側の懸念があるとみられています。
しかし、支持者らの街頭デモは「違法」と取り締まり、4月6日のカイロのデモでは30人を拘束しています。
また、同氏に関する本を最近出版した出版社幹部が一時拘束されたりもしています。
28年あまりにおよぶ長期政権を続けるムバラク大統領は、イスラム過激派の脅威などに対処しつつ、経済自由化にも一定の成果を出しているとの評価もあります。しかし、一方で与党・国民民主党(NDP)の事実上の一党支配を背景とした権威主義体制や経済格差拡大への国民の閉塞感も高まっています。
高齢のムバラク大統領は健康不安も話題にもなります。
11年の大統領選挙については依然、態度を明らかにしていませんが、次男ガマル氏(46)擁立が有力視されています。
国民の間にはこうした“権力世襲”へ反発が強く、04年の総選挙と05年の大統領選を契機に、「キファーヤ(もうたくさん)運動」など市民運動が民主化を求める声を上げています。
しかし、エルバラダイ氏に関する報道のたびに指摘されているのが、同氏の大統領選挙出馬を現実的に阻む法的なハードルの存在です。
【困難な立候補資格問題】
****「法律と制度」か「民主的な実態」か******
1981年から権力の座にあるムバラク大統領(81)が5選を果たした2005年のエジプト大統領選は、初めて直接投票の複数候補制で実施された。以前は、人民議会(下院)で与党から大統領を選出し、国民はそれを国民投票で追認するだけだったので、制度としては大幅に“民主化”された形だった。
ところが、来年秋の大統領選に出馬の意思を表明して話題を呼ぶエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長(67)は、05年に改正された大統領選に関する憲法条項の再改正を訴えている。
改正後の憲法76条では、立候補資格を「人民議会、諮問評議会(上院)、地方議会の議員250人以上の支持が必要」とした上で、「人民議会と諮問評議会で5%以上(07年の再改正で3%に引き下げ)の議席を有し、5年以上の実質的な活動実績を持つ政党の最高意思決定機関メンバーを1年以上務めた者」との条件を課している。
複数政党制が正常に機能していれば特に問題とも言えない内容だが、既存野党が極めて弱く、ムバラク氏率いる国民民主党(NDP)の一党支配を補完する“飾り物”にすぎないと指摘される現状では、新興政治勢力や独立候補を締め出す効果があることも否定できない。
「民主化に見せかけた一連の制度改革には、NDP幹部である大統領の次男ガマール氏(46)に合法的に権力を世襲する狙いが込められている」
エルバラダイ氏らの言い分だが、多くの国民は一理あるとも受け止めている。客観的にエルバラダイ氏出馬の芽はないようにみえるが、同氏は民主化を求める市民運動のみこしに乗って、あくまでも体制に挑戦する構えだ。
法律と制度が民主主義を作るのか、民主的な実態が先なのか? エジプトは今、興味深い実験場となっている。【3月22日 産経】
****************************
ムバラク現政権の与党・国民民主党(NDP)が国と地方議会で大半を占めており、無所属候補が250人を集めるのは事実上、不可能です。既存の野党に参加した場合は、1年間党の役職を務めることを条件に立候補出来ますが、エルバラダイ氏は既存政党すべてと距離を置いており、これも実現の可能性は薄いとされています。
こうした現実的な制約がありながらも、出馬への意欲を語るエルバラダイ氏の意向、同氏を支持する運動の高まりは、不思議でもあります。
エルバラダイ氏は「大統領になることより、エジプトに変化をもたらすことが重要だ」と語っており、国際的に知名度の高い自らの出馬への動きが、長期政権の続く政治の変革につながるとの見方を示しています。
“市民運動や野党勢力は、知名度が高い同氏を担ぎ出し、憲法改正を手始めとする民主化要求に勢いをつけようという狙いだ。前回大統領選で旋風を巻き起こした独立系候補、アイマン・ヌール氏はその後、選挙にからむ容疑で逮捕されたが、国際的に知られたエルバラダイ氏には体制側も手を出せないとの思惑もあるだろう”【2月21日 産経】との指摘もあります。
【変革か混乱か】
エルバラダイ氏は支持者獲得への運動を進めており、遊説や集会など伝統的な手法に加えてインターネットも活用し、「ツイッター」での発信や、ウェブサイトでの支援署名募集を展開しているとも報じられています。
法的・制度的には不可能と見られるエルバラダイ氏の大統領選挙出馬への取り組みが、閉塞状態のエジプトに何らかの変革をもたらすのか注目されています。
ただ、エジプトの“民主化”については若干の不安もあります。
エジプトでは、穏健派イスラム原理主義組織で事実上の最大野党「ムスリム同胞団」は非合法組織とされており、議会選挙には無所属の形で出ています。前回選挙では、ムスリム同胞団メンバーは人民議会の2割弱に当たる88議席を保持、同組織は慈善活動などで国民の支持を広げています。
一方、勢力拡大を懸念した政府は弾圧を強化、「非合法団体に所属している」などの理由で幹部やメンバーを拘束するなどしています。このため、今年予定される人民議会選挙では大幅な議席減が予想されています。【1月17日 毎日より】
良くも悪くも、ムバラク政権の強権的弾圧で押さえてきたイスラム過激派ですので、“民主化”実現でイスラム原理主義の台頭という新たな火種を抱える不安も感じます。だから強権支配が正当化されるという話ではなく、“民主化”には向き合うべき課題もあるという話ですが。