(パキスタン 圧縮天然ガス(CNG)の金曜から土曜の販売停止を伝えるガソリンスタンドの掲示
厳しいエネルギー事情で、パキスタン政府はCNG販売についても規制を行っています。
なお、パキスタンではCNGを利用した自動車の数が約155万台に上りますが、これは総台数の18パーセントにあたります。この保有台数は世界一です。
“flickr”より By Raja Islam
http://www.flickr.com/photos/rajaislam/4588025449/)
【イラン包囲網に穴をあけるパイプライン】
世界第2位の埋蔵天然ガスを持つイランから、パイプラインでパキスタンへ天然ガスを供給する契約が正式に調印されたことが報じられています。
イランは天然ガス埋蔵量でロシアに次ぐ世界第2位ですが、経済制裁などで輸出先はトルコに限定されており、新たな輸出先の開拓が急務となっています。対テロ戦の長期化によって深刻なエネルギー不足に陥っているパキスタンは、主に発電用にガスを利用するとのことです。
****2014年から天然ガス供給開始 イラン・パキスタン、パイプライン合意****
イラン国営プレスTV(電子版)によると、同国の天然ガスをパキスタンへ運ぶパイプライン建設計画で、両国政府は13日、2014年から天然ガスの供給を開始するとの契約に正式調印した。国連安全保障理事会で追加制裁決議が採択され国際的な孤立が深まる中、イランとしては外貨収入源を確保する狙いがある。イランの核兵器開発を警戒する米国の反発が強まるのは必至だ。
計画は1990年代にイランが提案。当初はインドも加わったが、米国の圧力を受けて昨年、当面の参加を断念していた。計画ではパキスタン経由で周辺国への輸送も可能としており、資源獲得を進める中国が強い関心を示している。
供給される天然ガスは日量2150万立方メートル。パイプラインはイラン南部サウスパースガス田とパキスタン各都市を結ぶ全長約2100キロで、イラン側はすでに約900キロを完成、残りの約400キロについても近く着工する。ただ、パキスタン側では工事が十分に進んでいない上、契約調印後も1年間は建設予定地の調査に費やすなどとしており、計画が予定通りに進むかは不透明だ。【6月14日 産経】
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【離脱したインド 復帰も模索】
90年代の当初計画では、イラン・パキスタン・インド3国の頭文字を取って「IPI計画」と呼ばれていました。その後、イランを利する計画に反対するアメリカは、インドと特別待遇的な民生用原子力協定を06年締結し、インドの計画からの離脱を促しています。
イランとパキスタンは、もしインドが離脱するならライバル新興国・中国を加えるという“中国カード”を使ってインドをつなぎ留めようとしましたが、結局、インドは計画から離脱しました。【09年7月1日 産経より】
もっとも、インドはやはり「イランのガスは必要」ということで、復帰への道を模索しているとも報じられています。
****復帰への道探るインド****
インドは、イランとパキスタンの最終合意に神経をとがらせている。高度成長によるエネルギー需要の増大から「イランのガスは必要」(クリシュナ外相)だが、米から民生用原子力協定の“見返り”としてIPI計画を断念するよう圧力を受ける一方、パイプラインが通過するパキスタンとの関係も冷え切ったままだ。
「(8日の最終合意は)インドにとって何の問題もない。(イランとの)交渉は続いている」。インド政府高官は7日、そう楽観してみせた。しかし、3日に米ワシントンであった初の米印戦略対話で、米側はイランからのパイプライン計画に懸念を示したとされる。このためインドでは、同国を特例扱いにした米印民生用原子力協定を背景に、米の意向を無視できないとの見方が改めて浮上した。
また、パキスタンとの長年の確執から、インドはパキスタンがパイプラインを“人質”にする可能性と、インドを敵視する武装勢力による攻撃への懸念を抱く。08年のムンバイ同時テロ後、その懸念に拍車がかかり、パキスタンとの通過料交渉も難航。インドはイランにパキスタン領内を通過しない海底ルートを打診したが、工費が3倍以上にかさむため実現の見通しはない。クリシュナ外相は7月、パキスタンを訪問し、包括的対話再開に向けて協議する。米もアフガニスタンの安定化を巡って印パ間の対話を求めており、インドはパキスタンとの関係改善を通してパイプライン復帰への道を探る考えだ。【6月8日 毎日】
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【イランのガス供給能力に疑問】
パイプラインの建設自体は、上記記事にもあるように、すでにイラン側で進行しています。
しかし、イラン最大とされるペルシャ湾のサウスパルス・ガス田は、外国投資の足踏みで開発が進まず、近年の国内の天然ガス消費量は生産量を上回るのが実態とされています。イランに天然ガスの十分な国外供給能力があるかは疑問とする見方もあります。【6月8日 毎日より】
当然、資金的な問題もあります。
【パキスタン アメリカの要求を拒否】
パキスタン側についても問題は山積しています。
インド同様に、イラン包囲網を崩したくないアメリカの圧力があります。
アフガニスタンでの対タリバンの戦闘にとって、パキスタン北西部でのイスラム過激派対策が決定的に重要となるため、アメリカはパキスタンに対テロ対策、あるいは難民支援対策として巨額の資金援助を行いつつ、パキスタンの協力を求めてきました。
しかし、パキスタンにしてみると、アメリカに協力したことで国内のイスラム過激派が反発し、社会が不安定化し、国内にテロが蔓延する結果ともなっています。
そうしたアメリカへの反発もあって、今回、パキスタンのギラニ首相はアメリカからの見直し要求を拒絶し計画を予定通り進める意向を表明しています。
****パキスタン:ガスパイプライン計画の見直し要求を拒否*****
パキスタンのギラニ首相は22日、イランと今月8日に最終合意したイランからの天然ガス輸入パイプライン計画に米国が見直しを求めたことについて、要求を拒絶し計画を予定通り進める意向を表明した。核開発問題に絡む国連安全保障理事会の追加制裁決議を受け、イランに対する国際社会の圧力を強めたい米国にとって、同盟国であるパキスタンの反発は頭痛の種となりそうだ。
ギラニ首相はイスラマバードで記者団に「パキスタンは(9日の)国連安保理の対イラン追加制裁決議は考慮するだろうが、米の独自制裁に従ういわれはない」と述べ、不快感をあらわにした。
発言は、ホルブルック米特別代表が19、20両日に訪問してパイプライン計画への懸念と、経済制裁を主とした独自制裁に協力するよう求めたことに対し、政府の姿勢を初めて明確にしたもの。パキスタンは、アフガニスタンで約9年続く米の「対テロ」戦争の重要な同盟国だが、ギラニ首相の発言は、「戦争よりもインフラ整備」で地域の安定化を目指したいパキスタンの本音を示す狙いがある。
米はカナダで25日から開かれる主要8カ国首脳会議(G8サミット)で安保理の追加制裁決議を確認し、対イラン包囲網を強めたい方針。だが、パキスタンは元々「制裁よりも外交的解決を求めていた」(同国外務省幹部)とされ、パイプライン計画遂行を妨げかねない安保理制裁にも反感を持っている。
パキスタンは対テロ戦の長期化を背景に、深刻なエネルギー不足に陥った。この2年間は、首都を除く全国各地で1日の半分は停電し、相次ぐ工場の閉鎖で失業者が増加。家庭用ガスや自動車燃料も不足し、物価の高騰で市民生活は破綻(はたん)寸前だ。このため反政府感情は高まり、内政を不安定化させている。
政府はパイプラインの早期実現を緊急課題に位置づける一方、パキスタン軍は米が強く求める武装勢力掃討作戦の戦線拡大に難色を示し、米との距離は広がっている。一方で、政府は友好関係にあるトルコに、イランとのパイプライン計画に関する価格交渉などの「調整役」を依頼。追加制裁に反対したトルコとの緊密化も図ってきた。【6月23日 毎日】
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「戦争よりもインフラ整備」というパキスタンの立場は理解できます。
アメリカの不興をかったとしても何とかしないといけないほど、パキスタンのエネルギー事情は逼迫しているようです。パキスタンにアフガニスタンでの協力の強要するアメリカの方針が、パキスタンをイランに頼るしかない状況に追い込んだとも言えます。
もっとも、パキスタンはこれまでアメリカからのテロ対策資金援助を核開発や、大統領選挙不正工作などに流用していた疑惑が指摘されています。
今回パイプラインのもうひとつの問題点はパキスタンの資金負担能力です。総建設費は約70億ドル(約6400億円)とも言われています。
アメリカからの資金援助がイランの外貨獲得を可能とするパイプライン建設に流用されるといったことも想像されます。アメリカもそんなことが起きないように締め付けを強めることでしょう。
治安上の問題もあります。
“パイプラインが通過するバルチスタン情勢だ。イランと国境を接するパキスタン南西部バルチスタン州には、両政府に抵抗する武装組織が複数あり、既存の別のガスパイプラインや送電設備などへの攻撃を繰り返している。
武装組織のうち、パキスタンを拠点にイラン国内でテロ活動を行うイスラム武装組織「ジュンドュラ」(神の兵士)は、最近もイスラム教礼拝所で自爆テロを起こした。イランは、同組織のネットワークを一掃しなければパイプライン計画にも影響を及ぼすと、パキスタンに警告している。”【09年7月1日 産経】
【中国 そしてロシア】
当初はインドから年約10億ドルの通過料収入を当て込んだパキスタンは、インド離脱を受けて、パイプラインの中国延伸による通過料に期待。中国も、パキスタンからパイプラインを延長させ自国へ引き込むことに関心を寄せています。
“パイプラインのルートの周辺にある(パキスタンの)グワダルでは、中国の資金援助で大規模な港湾施設が建設されており、中国へのガスの海上輸送も可能となる。”【09年7月1日 産経】
更に、ロシアの国営天然ガス企業「ガスプロム」もパキスタン国内でのパイプライン建設に加わると言われています。
イラン、パキスタン、インド、アメリカ、中国、ロシア・・・資源をめぐる関係国・大国の駆け引きが続いています。