
(ナコンパトムでの会議を終えた後に足の怪我を気遣う住民から激励されるインラック首相 【3月19日 「インラック首相ファンページ」】http://yingluckfan.blogspot.jp/2014/03/blog-post_19.html
怪我は改善し、今は車椅子は使っていませんが、政治的窮地は相変わらずです。)
【「憲法裁はデモ隊と協力し、選挙によらない政権を樹立させようとしている」】
タイのタクシン元首相の妹インラック首相の政権に対する反タクシン派の反政府行動、出口の見えない対立と混乱について前回取り上げたのが2月14日ブログ「タイ 4月27日再投票 政権側・反政府派ともに苦しい状況」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140214)でした。
前回ブログから1月半が経過しましたが、状況は“相変わらず”です。
大きく燃え上がることもないかわりに、いつ消えるでもなくブスブスと燃え続けている・・・そんな感じです。
野党・民主党は、2月2日の総選挙が、勝ち目のない総選挙を否定する反政府派の選挙妨害により28選挙区で候補者不在のまま行われたことについて、同じ日に選挙を実施するよう定めた憲法の規定(108条)に違反すると指摘し、憲法68条の「憲法の規定にない方法での権力の奪取」にあたると主張し、憲法裁判所に選挙の無効を申し立てていました。
反政府派の選挙否定・妨害については、単に“勝ち目がない”というだけでなく、“そもそもタクシン派を支持している地方農民や貧困層はカネで誘導されているだけで、政策を判断する能力がない連中だ”といった考えが背景に見え隠れします。
民主主義否定とも言えますが、彼らにすれば、単純に選挙によらないタイ独自の民主主義を目指している・・・という話にもなります。
前回ブログでも触れたように、タイの憲法裁判所は2月12日、野党民主党によるこの総選挙無効の訴えを「68条に違反した根拠がない」として却下し、危機に直面しているインラック政権は一息ついた感がありました。【2月13日 読売より】
これを受けて、反政府デモによって投票が妨害された選挙区で投票をやり直す・・・という話で進むのかと思ったのですが、そうはいかないようです。
反政府デモ隊の妨害で立候補者ゼロとなり選挙が実施できなかった南部8県28選挙区の扱いに関し、選挙管理委員会と政府の意見が対立し、3月5日、選挙管理員会は(1)28選挙区で再選挙を実施する権限が選管にあるか(2)選管に権限がない場合、新たな勅令が必要か(3)新たな勅令が必要な場合、適用されるのは28選挙区のみか、それとも憲法108条に従って全ての選挙区か―の判断を憲法裁判所に求める申し立てを行いました。【3月5日 時事より】
政府の意向は、新たな勅命は必要なく、選管の権限で28選挙区だけの再選挙を実施するというものですが、選管は新たな勅命が必要との立場です。
この選挙管理員会の抵抗とは別なのか、連携してなのかはよくわかりませんが、公的機関関係者の違法・越権行為の有無を審議し、憲法裁判所に提訴できる権限を有する国王勅命の「国家オンブズマン」が、同日に全国の選挙が実施できなかったことに関する訴えを起こしており、憲法裁判所は3月21日、2月の総選挙(下院、定数500)は違憲・無効とする判決を下しました。
****タイ:総選挙やり直しへ 憲法裁判所「2月選挙無効」判決****
反タクシン元首相派による反政府デモが続くタイで、憲法裁判所は21日、2月2日に行われた総選挙(下院、定数500)は違憲だとして無効とする判決を下した。
改めて選挙がやり直される見通しだが、デモ隊側は再びボイコットし、インラック政権への退陣圧力を強める構え。政権与党は憲法裁を「政権崩壊を狙うデモ隊寄り」と批判し、タイ政治を巡る混乱と分断はより深刻化した。
総選挙はデモ隊の妨害により全国約2割の選挙区で投票を完了できず、いまだ選挙結果を確定できていない。憲法裁は、これを「投票は全国で同じ日に実施されなければならない」と定めた憲法に違反すると判断した。
判決を受け、政権は60日以内に新たな総選挙実施のための勅令案を国王に提出する見込み。
しかし、デモ隊を率いるステープ元副首相は「政権が権力をあきらめない限り、選挙は拒否する」と主張。デモ隊に同調し総選挙をボイコットした最大野党、民主党も再び選挙を拒む可能性を示唆している。
憲法裁を筆頭とする「独立機関」は、エリート層が支える反タクシン派の牙城とされる。
今回の訴えを起こした「国家オンブズマン」や、首相の弾劾に向け不正疑惑捜査を進める「国家汚職追放委員会」もその一つだ。
勝ち目の薄い選挙は拒み続け、昨年12月の下院解散以降続く「政治空白」を長期化させる。その間に独立機関が「法的」に政権を退陣に追い込み、タクシン派を排除した暫定政権を樹立する−−。反タクシン派が描くシナリオが、現実味を帯びてきた。
だが、総選挙に問題が生じたのはそもそも反タクシン派による妨害が原因で、政権側が納得するはずはない。
政権与党、タイ貢献党は21日、「憲法裁はデモ隊と協力し、選挙によらない政権を樹立させようとしている」と批判。
農村住民や貧困層らによるタクシン派グループ「反独裁民主戦線」幹部は「判決は(我々の怒りに)燃料を投下した」と抗議行動の激化を示唆した。【3月21日 毎日】
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“総選挙は無効 やり直し”とは言っても、反政府派が妨害を公言しており目途はたちません。
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・・・・法律専門家の中には、クーデター(2006年)後の反タクシン元首相体制で選ばれた憲法裁判所の中立性を疑問視する声も根強い。今回の判断にも、一部の選挙区を妨害すれば選挙全体を無効にできる危険な前例ができたとの批判がすでに出ている。
再選挙で、事態はどう動くのか。
期日は政府が選管と協議して決めるが、反政府派の妨害で、混乱が繰り返される可能性が高い。デモ指導者のステープ元副首相は20日夜、「次の選挙も阻む」と語った。【3月22日 朝日】
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【国家汚職追放委員会、首相告発へ】
憲法裁判所、「国家オンブズマン」と並ぶ、もうひとつの「独立機関」である「国家汚職追放委員会」も、政権の最重要施策であるコメ農家への融資制度に絡んで、インラック政権を追い込んでいます。
****インラック首相を告発へ=国家汚職追放委****
タイ国家汚職追放委員会(NACC)は18日、コメ農家への融資制度に絡み、インラック首相を職務怠慢と職権乱用の罪で告発する方針を決めた。
首相の弾劾につながる可能性があり、インラック政権と反政府デモ隊の対立が続くタイ政局に大きな影響を与えるのは必至だ。
NACCによると、国家コメ政策委員会の委員長を兼務するインラック首相は、同制度で約2000億バーツ(約6330億円)相当の損失が出たとの報告や、深刻な不正につながる恐れがあるとの警告を受けていたのに、制度の推進を主張。これが職務怠慢と職権乱用の罪に当たると判断された。
NACCは首相に対し27日に説明するよう求めている。NACCが最終的に上院に首相弾劾を求めることを決めた場合、その時点で首相は職務停止となり、上院が弾劾を決議すると首相の座を追われる。(後略)【2月18日 時事】
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こちらの動きについては、以下ように報じられています。
****タイ首相、汚職追放委に出頭=弁明期限の延長要請****
タイの国家汚職追放委員会(NACC)がコメ担保融資制度をめぐる不正行為に絡み、職務怠慢などの疑いでインラック首相を調査している問題で、首相は31日、首都バンコク郊外のNACC本部に出頭した。
NACCによると、インラック首相は文書を提出するなどして弁明するとともに、公正な扱いを求めた。また、追加の証人がおり文書もあるとして、弁明期限を延長するよう要請した。【3月31日 時事】
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【既得権益層を守護する「独立機関」】
約50日間続いた反政府派の街頭実力行使「バンコク閉鎖」は、動員力の低下もあって3月3日に終わりましたが、憲法裁判所、「国家オンブズマン」、「国家汚職追放委員会」という「独立機関」によるインラック政権包囲網が狭まっています。
****タイの「憲法裁判所」は誰を守っているのか?****
国王が任命する3機関
最も民主的な憲法と内外から評価された「仏歴2540(1997)年タイ王国憲法」が(民主党を軸とする野党勢力や民主派から「反王制、国家権力の独占と乱用、透明性や倫理を欠いた政権運営」などと批判された)タクシン政権を生んでしまったとの判断から、(1)国民の権利と自由の保護、(2)権力集中の是正と権力乱用の防止、(3)政治の透明性・道徳・倫理の確保、(4)権力チェック機関への高い権能を付与――を盛り込んだ現行「仏暦2550(2007)年タイ王国憲法」が07年8月に制定されたわけだ。
では、現行憲法のどこに上記(1)(2)(3)(4)の機能が規定されているのか。その柱が憲法裁判所、国家オンブズマン、そして国家汚職防止取締委員会といえるだろう。
まず憲法裁判所は、「本憲法が保障する権利および自由が侵害された者」の「請願」を受け、政党解散を含む政治事案に対して判断を下し、「その裁決は絶対的であり、国会、内閣、裁判所および国のその他の機関を拘束する効力を有」(第212条)する。
そして国家オンブズマンは、国民と公共の利益を守るため、中央・地方政府や国営企業など公的機関関係者の違法・越権行為の有無を審議し、憲法裁判所に提訴できる(第242-245条)。
さらに国家汚職防止取締委員会は、一定以上のポストの公務員が「異常に裕福になったか、職務に不誠実な行為を犯しているかについて審問・裁決を行う」ことに加え、「政治職にある者の道徳および倫理を監督し監視する」(第250条)。
憲法の規定によるなら、この3機関は要するに、「国王を元首とする民主主義政体」を守護するために存在していると言えるのだが、ここで注目すべきは、いずれの機関も、構成員の定数は9人(憲法裁判所、国家汚職防止取締委員会)、3人(国家オンブズマン)と異なるが、共に任期は9年で、上院の助言に基づいて国王が任命する点だろう。
しかも上院議員は下院議員関係者、政党党員であってはならない、つまり下院を構成する政党、いいかえるなら現実政治と緊密な関係にあってはならないと厳しく規定されている。
いわば、この3機関こそ「国王を元首とする民主主義政体」の番人といっていいだろう。
「ABCM複合体」の守護神
たとえば、2005年末からの反タクシン運動の高まりのなかで問題となった、タクシン一族の脱税疑惑をキッカケに行われた05年2月 の総選挙である。タクシン派が勝利したにもかかわらず、憲法裁判所は無効と判断し、結果として下院の半数を押さえたタクシン政権の正当性にノーをつきつけた。
08年1月、総選挙でタクシン派が過半数を制し、タクシンの代役としてベテラン政治家のサマックが首相に就任した。これに対し、5月には国王を象徴する色である黄色のシャツを着た反政府民主化同盟(=PAD)がサマック政権を事実上のタクシン政権だと批判し、首相府やバンコク国際空港を長期占拠するなど、街頭行動を過激化させる。
こういった反タクシンの動きと呼応するかのように、9月 になると、憲法裁判所 はサマック首相のTV料理番組出演料を不正収入と看做し、首相資格なしと判断している。
じつは、料理好きで知られたサマックは、首相就任後もTV出演を続けていたのだが、その出演料が政治職公務員にあるまじき不正行為と看做されたわけだ。ちなみに、その出演料は当時の邦貨で換算しても、1回僅かに6000円ほどの少額だった。
金額と首相ポストの重みを考えれば、「法匪」と非難されても致し方のないほどの、タメにする判断だったといえよう。
そして今回、国家オンブズマンの提訴を受け、憲法裁判所は6対3の評決で、総選挙無効の判断を下したわけだ。
つまり憲法に従って総選挙を実施し、政権を運営するタクシン派の行動は、同じ憲法によって否定されたことになる。
憲法に従った厳格な判断といえないこともないが、見方を変えれば、憲法は、憲法が定めた憲法裁判所などの機関に、一種の“超法規的措置権能”を付与しているともいえる。
ならば、やや極論だろうが、憲法裁判所、国家オンブズマン、それに国家汚職防止取締委員会は、ABCM複合体(Aristocrat=王室、Bureaucrat=官僚、Capitalist=財閥、Military=国軍)の守護神といってもよさそうだ。
(後略)【樋泉克夫氏 3月31日 フォーサイト】
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タクシン元首相は“バラマキ”とも批判される政策で、地方農民らに利益をもたらし、彼らの支持を基盤として既得権益層と対峙しましたが、その既得権益層の牙城とも言える憲法裁判所など「独立機関」によって、タクシン派政権は追い詰められています。
【タクシン流ポピュリズムのつけ】
政権側の姿勢・施策にも問題があります。
インラック政権はタクシン元首相の“バラマキ”路線を追随していますが、財政難から行き詰っており、結果的に農民の首を絞めることにもなっています。
****(風 タイ東北部の農村から)タクシン・ポピュリズム 農民を自殺に追いやったもの****
2月のある朝、タイ東北部の村でコメ農家のパンさん(当時61)は庭先のマンゴーの木で首をつった。いつものように隣人と立ち話をし、普段と変わらず陽気だった。しかし、隣人と別れた20分後、遺体で見つかった。
1月下旬からタイの米作農民の自殺が相次いだ。保健省の調べでは8人にのぼる。
インラック政権のコメを担保にした貸付制度の支払い時期だった。政府系の農業銀行が、持ち込まれたコメに市場価格よりも高い金を出す。買値より高く引き取る質屋のような制度で、コメは最終的に政府が売る。3年前の総選挙で与党が目玉公約に掲げた。
農民にとっては「打ち出の小槌(こづち)」だが、高いコメは売れない。政府は大量のコメを抱え込んだ。そして昨年末、反政府デモに追い詰められたインラック首相が下院を解散すると、予算権限がほとんどない選挙管理内閣では資金が手当てできなくなった。選挙は妨害され、新政府は発足しないまま。
農家の多くはすべてをこの制度につぎ込んでいる。支払いが止まって暮らしはたちまち行き詰まった。
パンさんの場合、制度利用後、約5万バーツ(約16万円)だった年収は倍増した。だが、負債は10倍になった。「借金が怖くなくなったのです。家を建て、孫を大学に行かせるお金を借りました。父は、特に孫のことを心配していました」と娘のラムパイさん(39)は唇をかむ。
どの国にも人気とりのポピュリズム政策はある。タイでも花盛りだ。だが、農民の自殺はその行き着く先の一つを示しているようにみえる。
タイのポピュリズム政策の嚆矢(こうし)は、インラック氏の兄、タクシン元首相の30バーツで診療が受けられる国民皆医療制度や地方貧困層に小口融資の道を開いた全村100万バーツ基金などだ。
それまで顧みられなかった農民や低所得層に恩恵を実感させ、初めて農村部に強固な支持基盤を持つ首相になった。特に農業世帯は全体の3割を占める大票田だ。
衝撃を受けた最大野党の民主党も、そっくりの政策で選挙を争うようになった。
タイ開発研究所(TDRI)のソムキアット所長は「タクシン政策もばらまきだが、一定の普遍性があった。インラック政策は第2世代のポピュリズムといえる。アイデアは底をつき、特定層を優遇し、財政規律も踏み外すようになった」と指摘する。
同じTDRIのウィロート農業経済研究部長は「農民の自立を奪って制度に依存させ、コメ市場もゆがめる」と警鐘を鳴らしてきた。
有力閣僚にそれを伝えると「選挙運動であれだけ売り込んでおいて、やらないわけにはいかない。何年かやって行き詰まれば『政府としては頑張ったがだめだった』と言ってやめられる」と答えたという。
背景に、今の政治危機につながるタクシン派、反タクシン派の対立がある。一度つかんだ支持者は手放せないとタクシン派は懸命になり、それを何とか引きはがそうと反タクシン派も必死になって、政策インパクトの無謀なエスカレートが始まった。
タクシン・ポピュリズムは「金銭的な恩恵と同時に、1票によって自分たちの利益が実現するという政治的な覚醒を農民に与えた」(農民評議会のプラパット議長)とも言われる。だが、農民の自殺を通して垣間見えたのは、むちゃな政策の脆(もろ)さと罪深さだ。【大野良祐 3月31日 朝日】
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【新たな混乱の懸念】
反政府派に垣間見える民主主義否定とも言える独善性、民意を受けた政権を追い込む「独立機関」、タクシン派政権の無責任なバラマキ・ポピュリズム・・・・簡単な解決策は見つかりませんが、たとえ遠回りでも、時間がかかっても、不十分でも、民意を反映した選挙で決着させるしかないように思います。
それ以外の国王の権威とか軍部の力などに頼っても、長期的にはタイの進路を大きく誤らせる危険があります。
身近な危険としては、インラック政権が「独立機関」によって瓦解し、与党の政権運営が行き詰まった場合、これまで抑制してきたタクシン支持派「赤シャツ」による抗議行動が燃え上がり、収拾のつかない混乱がうまれることも懸念されます。
****タイ総選挙、違憲判決 対立・混乱さらに長期化****
・・・・憲法によれば、下院が構成されなければ首相の選出ができないため、超法規的に首相を任命する可能性が膨らむ。赤シャツはこうした、選挙を経ない首相やその統治は絶対に認めない立場で、バンコクで抗議行動を始めるとしている。その場合、街頭の混乱や暴力が懸念される。(後略)【3月22日 朝日】
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