
(デモが暴徒化したコパカバーナビーチ近くのファベーラ(スラム街)で、男女に銃口を向ける警官 【4月23日 AFP】)
【「新しい競技場よりも病院の建設を」】
6月12日からのワールドカップ開催が目前に迫るブラジルで社会混乱が続いています。
W杯開催への抗議行動が断続的に行われ、これを鎮圧する警察との間で衝突が起きています。
****「競技場より病院を」 サッカーW杯に抗議のデモ****
サッカーのワールドカップ(W杯)が6月12日から1カ月間、南米ブラジルで開催される。過去19回のW杯に全て出場し、うち5度優勝しているのもブラジルだけだ。
だからこの国ほどサッカーが盛んな国は他にないと、誰しも思う。
しかし、国民のサッカーに対する視線は意外に冷ややかだ。
例えば昨年、プロリーグ戦の平均観客数は1万4951人。競技場の客席が38%しか埋まらなかった計算だ。日本のJリーグ1部でも1万7226人を集めている。
昨年来、W杯の開催に抗議するデモがブラジルの各地で発生している。時に暴徒化する若者たちの主張は「税金を無駄遣いするな」の一点に集約される。
サンパウロでは不動産バブルに乗じて雨後のたけのこのように高層マンションが林立。半面、全世帯の1割強はファベーラと呼ばれる貧民街に住む。舗装や下水も整っていないレンガ造りの掘っ立て小屋から、マンションを仰ぎ見て暮らす人々がいる。
中産階級もまた、ブラジルの急速な経済成長の恩恵を享受していないと感じ、不満をためている。サッカーは所詮、娯楽に過ぎず、W杯の誘致で暮らし向きが劇的に改善されるはずもない。
公立病院の前では毎朝、暗いうちから患者が行列をなし、診察時間を待つ。ブラジルでは公立病院の診察は無料だ。しかし医師が足りず施設も手狭なため、待合室と廊下は患者であふれる。
私立病院を受診するために必要な民間医療保険は、保険料が高額で国民の4人に1人しか加入できない。
「新しい競技場よりも病院の建設を」というデモ隊の訴えは至極まっとうだ。
4月8日に発表された世論調査結果でブラジル国民のW杯母国開催に対する意見が明らかになった。賛成48%、反対41%だった。【4月19日 毎日】
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下記の抗議デモは直接にはW杯に対するものではないようですが、人々の不満は様々な形で噴出しているようです。
****リオでデモ隊が暴徒化、男性が撃たれ死亡****
2014年サッカーW杯ブラジル大会の開幕が約2か月後に迫ったブラジルで22日、リオデジャネイロ有数の観光地として知られるコパカバーナビーチ近くのファベーラ(スラム街)で、抗議デモを行っていた群衆が暴徒化し、警官隊と衝突した。このデモの中で男性1人が銃で撃たれ死亡した。
国内の報道によると、先週末、ダンサーの男性(25)が警察に麻薬密売人と間違えられた後に死亡する事件が発生。群衆は男性が警察に殺害されたとして抗議していた。
デモ参加者らがバリケードやタイヤに火を付け、ガラス瓶を投げるなどしたことから、周辺の主要道路2本が封鎖された。
国内メディアはまた、地元の市役所職員の話として、デモに参加していた30歳の男性1人が頭部に銃撃を受けて死亡したと伝えている。誰が発砲したかは明らかになっていない。【4月23日 AFP】
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ブラジルでは、昨年6月にもFIFAコンフェデレーションズカップ2013開催時に大規模な抗議行動が起こっています。
“デモは当初はバス、鉄道、地下鉄の運賃値上げに対する抗議に端を発し、ブラジルの複数の都市で起きたが、当初は公共交通機関の運賃無料化を目指す政治団体「無賃運動」のごく一部の政治運動から始まった。 デモ参加者に対する警察の残虐行為のようなものも抗議の対象に含まれるようになった。6月半ばには、運動は1992年のフェルナンド・コロール・デ・メロ大統領に対する抗議運動以来の最大の規模に発展した。”【ウィキペディア】
100以上もの都市で200万人を動員したと言われる昨年の抗議行動に比べると、今年の抗議行動は数千人規模と小さくなっていますが、“「ブラック・ブロック」と呼ばれる無政府主義者のグループが参加するようになり、過激化しているとも言われている。”【2月1日 産経】とも。
【低迷する経済成長 インフレで中間層の困窮化】
こうした社会不安の背景には、経済成長の恩恵を享受していないと感じる貧困層、政府の貧困者向け対策によって逆に生活が苦しくなった中間層の存在がありますが、ブラジル経済自体の低迷で政府の対応策も選択の幅が狭まっています。
****S&P:ブラジルを「BBB-」に格下げ-経済成長低迷で****
米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は24日、ブラジルの長期外貨建てソブリン格付けを引き下げた。経済成長の低迷と拡張的な財政政策で政府の債務レベルの上昇に拍車が掛かっていると指摘した。(後略)【3月24日 ブルームバーグ】
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****ブラジル特集 不調の経済が課題****
ワールドカップ、そしてオリンピックの開催が次々に決まったブラジル。
2010年には、GDP・国内総生産が7.5%の高い伸びを記録。経済成長が続くと見られ、当時は高層ビルの建設が相次いだ。
しかし、最近は空き室が目立つ。ビルのオーナーは「部屋が売れず、借り手もいないとコストだけがかかってしまう」と話す。
サンパウロのオフィスビルでは、空き室の割合は増える一方で、今や18%に上っている。エコノミストのルイス・カラード氏は「不動産市場は以前は良かった。しかし、今はもうかっていた時とは違う」と話す。
経済低迷の理由。それは天然資源や食料品などの輸出が、ヨーロッパの信用不安や中国の景気減速を受けて、停滞したからだ。
さらに、国内を襲ったのがインフレの加速だった。政府が一時押し進めた通貨レアル安政策の影響もあり、物価が上昇。ブラジル経済に大きな打撃となった。
レアル安の影響は、国内企業を直撃した。電源装置を製造するこの企業でレアル安で中国などから輸入する部品の価格が上がり、製造コストが大幅に増えた。
さらに足かせとなったのが、政府がインフレ対策として打ち出した金利の引き上げ。借入金の利子が膨らみ、経営を圧迫しているという。
会社のジョイルソン・ラセルダ社長は、「低金利政策を実施してほしい.今の金利レベルは現実的ではない。ワールドカップだけでなく産業にも投資してほしい」と話す。
この企業では生産ラインの一部を止め、従業員200人のうち50人を解雇せざるを得なかった。インフレによる物価の上昇で個人消費は冷え込んでいる。
自動車市場では、消費者の関心が値段の高い新車から中古車へと移り、中古車フェアが賑わいを見せている。かつては右肩上がりだった新車の販売台数は、去年10年ぶりに前の年を下回った。
中古車フェア主催団体の責任者は「ここ3か月に訪れた人は、去年と比べ30%増えた。中古車の価格は下落していて、市場はとても魅力的になっている」と話す。
新車を売り払い中古車に乗り換える人もいる。デザイナーのエバンドロ・サントスさんは、2年前に日本円で210万円の新車を購入した。ところが保険代などの維持費だけで年間20万円かかるため、手放すことにした。中古車に買い換えれば、維持費も半分にできるという。エバンドロ・サントスさんは「稼ぐお金よりも、出費のほうがかさむので、もっと経済的な車にしたい」と話す。(後略)【4月13日 NHK】
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新車から中古車へ・・・・インフレの進行により生活が苦しくなっている中間層については、下記のようにも説明されています。
****サッカーをこよなく愛するブラジルで、ワールドカップ反対デモが起こる理由****
・・・・ブラジル政府は国民生活の底上げを、近年努力して行ってまいりました。貧困層と呼ばれている層の底上げを積極的に行い、最低賃金を2倍にするなど、貧困層の生活面の向上を図りました。実はそれが、デモなどのワールドカップの開催不安に寄与しているのです。
状況をたとえで説明します。ブラジル社会をAの裕福層からEの貧困層まで分類する事が出来たとしましょう。
いわば近年のブラジル政府はEの貧困層を一つ上のDのクラスに上げる施策を打ち、バラマキ施策などと言われながらも実質Dのクラスが増加しました。
確かにこの事は、ブラジル経済の消費増加に貢献しました。
しかし、一方でこの施策を快く思っていない層があります。それは今まで中間層を形成していたCの人たちです。
新Dクラスの消費の増加に伴い、物価が大幅に上昇しました。その為、収入の変わらないCクラスの人たちは物価上昇の影響を受け実質Dクラスに落ちてしまったのです。
今年10月には大統領選挙が予定されています。今のブラジル政府の票の基盤は、EからDに上がった人や、これからDに上がろうとしているEの人たちです。
ブラジルの選挙は国民の義務となっており全員が選挙に行かなければ罰則を受けるシステムです。その為、投票率は基本100%です。一票に貧富の差はありません。だから、大票田である層に対して、依然として現ブラジル政府はこの底上げ施策を進めています。
その為、デモという行動に出ているのがこの施策を快く思っていない、旧Cクラスの人々です。彼らはFacebookを使う層です。そこで本来は楽しみしていたワールドカップを利用し、政府に対して抗議をしている。というのが、今のワールドカップの反対運動の原因の一つと言われています。(後略)【3月29日 Mega Brasil】
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【垣間見える無責任さ】
基本的には好調な経済を背景にしたバラマキ政策のつけが回ってきている・・・そうした事態にルセフ大統領も適切に対応しきれていない・・・・という感があります。
票集めのバラマキ政策に終始する政治を含めた社会全体に、目先の自己の利益ばかりに走る無責任さも垣間見えます。
****ストで警察不在、略奪横行=W杯開催地で40人死亡―ブラジル****
サッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会の試合会場となるサルバドルで15日から2日間にわたって警察官が賃上げを求めてストライキを行った。
この間、スーパーマーケットや家電量販店を狙った略奪が横行。地元メディアは、混乱の中で約40人が死亡したと報じている。
ルセフ大統領は「市民を危険にさらすような事態は受け入れられない」と指摘し、軍隊の出動を指示。州警察の上部組織に当たる連邦警察の部隊も街頭に展開し、約5000人がサルバドルの治安確保にあたった。【4月18日 時事】
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警察がストを行うなかで略奪が横行、40人が死亡・・・本来は国の安定を揺るがす大変な事態ですが、続報がないところみると、ブラジルではそれほど深刻には受け止められていないようです。
無責任さはW杯関連施設の準備状況にも表れています。
****サッカー大国ブラジルがW杯で屈辱的「敗北」?****
ブラジルのサッカーには、常に最上級の賛辞が贈られてきた。
1930年にワールドカップ(W杯)が始まって以来、世界で唯一全大会に出場し、過去5回優勝を勝ち取った。
だが今年のブラジルは、史上最悪のW杯開催国として屈辱的な「敗北」を喫するかもしれない。
大会開幕まであと2ヵ月だが、試合会場やインフラの準備が間に合いそうにないのだ。
国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長が今年1月、過去40年のW杯の中でどこよりも遅れていると語った。
大会に掛かる費用は推定110億ドルと史上最高。熱烈なファンのはずの国民も昨年は、税金はW杯より医療や教育に使えと抗議デモに繰り出した。
改築している12の競技場のうち、3ヵ所はまだ未完成だ。開幕戦が行われるサンパウロの会場は半分しかできていないように見える。工事の遅れで開催地の地位を失いかけた市もあった。
空港や地下鉄など56の交通インフラ整備のうち、完成したのは7つだけで、大半は中止された。
北東部のサルバドでは、地下鉄建設が途中で民間に丸投げされ、完成はW杯終了後になった。
リオデジャネイロ国際空港の新しい滑走路は、16年のオリンピックに間に合うかどうかも分からない。
ルセフ大統領は強気の姿勢を崩さず、ブラジル大会は「最高のW杯になる」と言う。だが本当に天変なのは、W杯の後だろう。折からのインフレや高失業率に加え、2年後にはオリンピックの開催が待っている。【4月22日 Newsweek日本版】
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後れを取り戻そうと無理をするせいか、工事関係者の犠牲も出ています。
****W杯競技場でまた死亡事故 死者6人目、同じ会場で3件目 ブラジル****
今年6月にサッカー・ワールドカップ(W杯)が行われるブラジル北部マナウスのアマゾニア競技場で7日、クレーンの部品が落下し、直撃した建設作業員が死亡した。アマゾニア競技場の建設作業中の死者は3人目となった。
AP通信によると、作業員(55)は、競技場の屋根を設置するために運び込まれたクレーンを解体する作業を担当。クレーンの金属板が何らかの理由で落下し、作業員の頭や胸を直撃した。競技場関係者によると、工事は97%完成しているが、事故原因の調査で完成が遅れる可能性もある。
ブラジルでは競技場建設が急ピッチで進められており、アマゾニア競技場以外でも、サンパウロのイタケロン競技場で昨年11月、作業員2人がクレーンの下敷きになり死亡するなど死者は計6人に上っている。
国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長は今年1月、競技場建設が滞っていることに触れ、「これほど準備が遅れているW杯はない」と語っている。【2月8日 産経】
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問題が山積しているように見えるブラジルですが、10月の大統領選挙に向けてルセフ大統領の世論評価は安定しており、再選が濃厚とのことです。
なかなか外部からはわからないことも多々あります。
タイのタクシン派政権、ベネズエラのチャベスおよびその後継政権など、バラマキ政策で貧困層の支持を得た政権は選挙では強さを見せます。
しかし、16年には更にオリンピックが控えていますが、どうでしょうか・・・・。