
(25日 首都バグダッドのテロ現場から逃げる人々 【4月26日 TBS Newsi】)
【ISIL、首都バグダッド近郊をもうかがう勢い】
イラクでは今月30日、米軍の撤退後初めての国民議会選挙が行われますが、イラク国内でイスラム過激派が勢力を拡大してテロが頻発、かつての宗派間の内戦当時のような混乱が再現しつつあることは以前も取り上げたことがあります。
(1月6日ブログ「シリア・イラク・レバノンで拡大するアルカイダ系ISILの勢力」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140106
2013年8月29日ブログ「イラク 社会不満を解消できないマリキ政権 激化する宗派対立 」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130829 など)
宗派間内戦を象徴する都市ファルージャを抑えたイスラム過激派は、更に首都への影響を強めています。
****イラクの武装勢力、首都迫る 議会選控え スンニ派の不満吸収****
イラク中部の要衝ファルージャを占拠しているイスラム武装勢力「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」が、首都バグダッド近郊をもうかがう勢いを見せている。
同国の軍・治安機関は、今月30日の議会選を前に、ISILの伸長阻止に全力を挙げているが、実際にはファルージャ制圧もままならない状況で、戦闘の激しい地域では選挙実施に影響が出る恐れもある。
ISILは昨年末以降、協力関係にある部族の民兵などとともに、ファルージャやラマディなどがあるアンバール県での武装闘争を激化させ、今年初めには両都市を占拠した。政府側はその後、ラマディを奪還したが、ファルージャではISILに決定的な打撃を与えられずにいる。
さらに、汎アラブ紙アッシャルクルアウサトなどによると、今月に入ってからは、バグダッド近郊のアブグレイブなどでISILの戦闘部隊がしばしば確認され、ISILがバグダッドに向けて勢力を伸ばしているとの警戒が強まった。
イラクではスンニ派武装勢力によるとみられるテロも後を絶たず、今年に入って、二千数百人が死亡した。
シリアやヨルダンに続く街道上に位置するアンバール県は、イラクでは少数派のイスラム教スンニ派住民が多く、シーア派主導のマリキ政権から冷遇されているとの不満が強い地域。
昨年には大規模な反政府デモも発生しており、同じスンニ派に属するISILは、その混乱に乗じて勢力を伸ばした形だ。
ISILは現在、国際テロ組織アルカーイダから“破門”状態にあるが、アルカーイダが唱える他宗派・宗教への「ジハード(聖戦)」を掲げていることも、シーア派を敵視する地元民らの賛同を得る要因になっているとみられる。
戦闘は、議会選を控えた中央政界の駆け引き激化にもつながっている。
スンニ派のヌジャイフィ国会議長は5日の声明で、政権と結託したシーア派勢力が戦闘を理由に住民を追い出して「スンニ派を選挙から排除しようとしている」などとして、政権側への強い不信感をあらわにした。戦闘が長期化すれば、同県での投票実施そのものが難しくなるとの指摘もある。
選挙は人口で上回るシーア派が優勢とみられているだけに、選挙後にスンニ派の不満が解消に向かうとは考えにくく、政治的安定はなおも遠いのが実情だ。【4月12日 産経】
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25日には選挙集会を狙った大規模テロも首都バグダッドで起きています。
****国民議会選挙控えたイラクで爆弾テロ、死者30人以上****
アメリカ軍の撤退後、初めてとなる国民議会の選挙を来週に控えたイラクで、選挙集会の会場を狙ったとみられる爆発テロがあり、少なくとも31人が死亡しました。AP通信によりますと、テロがあったのはイラクの首都バグダッドで、25日、少なくとも3度の爆発が相次いで起き、少なくとも31人が死亡、38人がけがをしました。
イラクでは来週にアメリカ軍の撤退後初めてとなる国民議会の選挙が行われる予定で、当時、現場には、イスラム教シーア派の政党を支持する人々およそ1万人が集まっていたということです。国連によると、イラクでは、去年1年間で8868人がテロなどで死亡していますが、今年は2月までで1400人以上が死亡しており、テロなどによる死者数はアメリカ軍の撤退後、最悪の水準になっています。イラク政府は、投票日を前に警戒を強めていますが、治安が悪化する中、全国で選挙が安全に実施できるか、懸念が広がっています。【4月26日 TBS Newsi】
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【国際社会はアサドを支援してアルカイダを倒し、同時にアサドに政治的譲歩をさせるべきだ】
イラクにおける情勢悪化はシリア内戦におけるイスラム過激派の台頭に連動していることが指摘されていますが、下記は、そのあたりに関するイラク要人のインタビュー記事です。
****イラクの安定はシリア次第****
インタビュー:フセイン時代の反政府運動の旗手が語るイラク戦争とアメリカの功罪、そしてシリア内戦の影響
モワファク・アルルバイエは、70年代にイラクのバース党政権に拷問され、その後サダム・フセイン大統領時代に欠席裁判で死刑を宣告された活動家だった。
昨年、米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院に招聘され、講義を行う彼の洗練された姿に当時の面影はうかがえない。
イラク国外で何年も過ごし、03年4月のフセイン政権崩壊後に帰国。イラク統治評議会の一員となり、09年4月までイラク暫定政府、イラク移行政府、マリキ現政権の国家安全保障担当顧問を務めた。
今月末に行われるイラク連邦議会選挙に立候補しているアルルバイエに、イラクの重要課題などについてヘザー・ホーンが話を聞いた。
-6月でイラク駐留米軍撤退開始から5年だ。いま振り返ってみてイラク戦争とは?
自国民に化学兵器を使用するなど、多くの犯罪行為に手を染めた冷酷な怪物を倒すという当初の計画は立派だった。だが(フセイン政権が崩壊した)03年4月9日以降の出来事も犯罪だ。重大な怠慢だと思う。
イラクという国は35年間、あの男を中心に回っていた。すべての国民が彼に隷属させられた。アメリカがあの男を排除した後、国民はどうしたらいいか分からず、国はまったくの空っぽになってしまった。政府も経済も食料も、何もかもなくなった。
あれほど洗練され、多様性に満ちた国がなぜこんなことになったのか。私か気になるのは少なくとも将来ほかの国で同じことが起きないようにきちんと調査すべきなのに、それがされていないことだ。
(中略)
-アメリカは、今年初めにイスラム教スンニ派の武装組織「イラク・レバントのイスラム国」が中部の都市ファルージャを制圧した件を注意深く見守っている。イラク人はどうか。
イラク人から見れば、これは宗派対立だ。過激なスンニ派のテロ集団が自分たちにとって象徴的な地であるファルージャを占拠した。(シーア派中心の)政府にはファルージャ奪回計画があるが、動くのは選挙後になるだろう。
-選挙に何を期待し、何を懸念しているか。
心配なのは選挙前に暴力事件が増えることだ。そうなればいくつかの町や村で投票ができなくなる。最悪の事態は、ファルージャが選挙から除外されること。われわれは大半のファルージヤ市民を選挙前に退避させる予定だ。避難民13万人は他の都市から投票できるようにする。
-シリア内戦をイラク国内の動きとどう切り離すのか。
それは切り離せない。イラク西部とシリア東部は一続きの戦場だ。武器と人間とカネが動く2車線道路と、私は呼ぶ。だから私はアメリカの行為が理解できない。アルカイダと戦うイラクを助けながら、アサド(大統領)と戦うアルカイダを間接的に助けるとは矛盾している。
-アサド政権と戦う勢力に、イスラム過激派が含まれていることが許せないのか。
そうだ。
-国際社会にできることは?
シンポジウムや会議での議論を聞いても、何の計画も提案もない。完全な破壊、奪われた命、900万人の難民-議題に上がるのはいつもこの3つ。だが、それらを止める計画はどこに?
いつだってそうだ! これからだって同じことが起きる。破壊がもたらされ、人命が奪われ、難民が生まれる。
国際社会はアサドを支援してアルカイダを倒し、同時にアサドに政治的譲歩をさせるべきだ。
―どんな譲歩が必要か。
内戦の調停、国外の反体制派を平和裏に迎え入れること、新政府の樹立、総選挙、憲法、人権、人道援助、そのほかあらゆること。これらはイランを通じてなら合意できるだろう。イランとアメリカの合意は、その一部に含めればいい。
アメリカはアサドを悪者扱いしたため、彼と取引できなくなっている。このことについてイランと協議すべきだと思う。イランは重要な存在で、シリアに対して大きな影響力がある。
-アサドを排除し、過激派にも対抗できるほど安定したシリアの政権を樹立する方法は?
正直言って、ないと思う。
―もしシリアを安定させることができたらどうなるか。
イラクに相当いい影響を与えるだろう。国境を越えて流人する勢力を食い止められる。
-国際社会がイラクのためにできる最善のことは、シリア情勢を安定させることか。
そのとおり。いや、違う。第1に情報共有、情報収集能力の強化、戦闘部隊の訓練、対テロ目的の軍備獲得といった面でわれわれを支援してほしい。ただしこれはイラクでできることだ。
第2としては、シリアにおけるアルカイダ打倒作戦を加速させることだ。
シリア内戦前からイラクは苦しんでいる。アサドはかつてイラクに過激派を送り込み、自動車爆弾で人々を殺害していた。
アサド配下の情報機関は世界中からやって来る過激派を訓練し、彼らがイラク国境を越えてバグダッドで自爆テロを行う手助けをした。多くのイラク人が殺された。私たちが相手にしているアサドとはそういう人間だ。
われわれは勇気を出してこの苦しみを止めなくてはならない。シリアの反体制派は「アサドを正当化するのか」と言うだろう。だが、時にはそれも必要だ。私だって彼を認めたくはない。けだもののバース党員だ。
-それでも現実的にならなければならない?
そのとおりだ。【4月29日号 Newsweek日本版】
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【マリキ首相のスンニ派軽視も混乱の原因 クルド人の動向も注意が必要】
モワファク・アルルバイエという人物は上記記事によればマリキ政権の要職にあった(ある?)人物のようですが、現在のマリキ首相との関係はよくわかりません。
彼はイラクの現在の混乱の原因を、アメリカが国家再建計画を持っていなかったこと、シリアと連動するイスラム過激派(スンニ派)の浸透に求めています。
確かに、その2点は大きなポイントではありますが、イラク混乱の原因として国際的に常に指摘されているのは、マリキ政権がその政治基盤とするシーア派を重視し、少数派スンニ派との和解をないがしろにしてきたこと、および、マリキ首相の強権的な政治手法です。
その点に関しては上記では全く触れられていません。
また、アサド政権のみがシリアを安定化できるという判断、イランの役割を重視する立場は、シーア派という宗教的立場を同じくするところから来る面も多いように思えます。
ただ、シリアに関していえば、アサド政権を支援してイスラム過激派を排除し、その過程でアサド政権に譲歩を迫るという方向性は、これまでアサド政権が行ってきた非人道的行為を考えると苦渋の判断ではありますが、犠牲者のみが増加している現状を打開するためにの現実的方策だと同意します。
なお、冒頭産経記事では“政権と結託したシーア派勢力が戦闘を理由に住民を追い出して「スンニ派を選挙から排除しようとしている」”というスンニ派側の政権批判がありますが、アルルバイエ氏によれば、“われわれは大半のファルージヤ市民を選挙前に退避させる予定だ。避難民13万人は他の都市から投票できるようにする”とのことのようです。
なお、“(シーア派中心の)政府にはファルージャ奪回計画があるが、動くのは選挙後になるだろう”とも語っていますが、有効な奪回計画があるなら選挙前に行っているはず・・・という感があります。
現実は、対応し切れていないというだけでしょう。
シリアからの過激派流入を止めるという点では、先日新たな動きがありました。
****シリアに越境攻撃=武装勢力8人殺害―イラク軍****
イラク軍は27日、隣国シリア東部のワディスワブで、対イラク国境に向かっていた武装勢力の車列をヘリコプターから攻撃し、8人を殺害した。AFP通信がイラク内務省スポークスマンの話として伝えた。
イラクは30日の議会選を控え、過激派の掃討作戦を強化している。シリアが2011年の民主化要求運動をきっかけに内戦に陥って以降、イラク軍が本格的な越境攻撃を仕掛けたのは初めてとみられる。【4月27日 時事】
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あと、イラクの混乱要因としてアルルバイエ氏が全く触れていない要素がもうひとつあります。
自治政府を形成するクルド人の動向です。
イラク中央政府と距離を置いた動きを示すクルド自治政府が、今後独自性を強める方向で動けば、イラクはシーア派、スンニ派、そしてクルド人の三つどもえの混乱状態ともなりかねません。
そして、このクルド人問題においても、シリアにおけるクルド人勢力が今後どのような動きを見せるのかということが大きく影響してきます。