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(NATO加盟国及び加盟検討国 【7月9日 日経】)
【THAADの在韓米軍配備に反発するロシア】
先日取り上げたように、在韓米軍への「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」配備決定については、高性能レーダーによって自国ミサイルシステムが弱体化しかねないとして中国が激しく反発していますが、ロシアも同様に反発しています。
****迎撃ミサイルに懸念=「地球規模で悪影響」―ロシア****
ロシア外務省は8日、声明を出し、在韓米軍への地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」配備の正式決定について「地球規模の戦略的安定性に悪影響を及ぼす」と深刻な懸念を表明した。
声明は「(配備は)地域の緊張を先鋭化させ、朝鮮半島における非核化を含む難題の解決を一層困難にする」と主張。米韓両国に「北東アジアで悲劇的かつ取り返しがつかない結果につながる非建設的な行動を取らないよう願う」と訴えた。【7月9日 時事】
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ロシア側は、アメリカが欧州で進めるミサイル防衛計画と併せて、ロシア包囲網・ロシアへの脅威としてとらえており、今後北方領土を含む千島列島における防衛強化を加速させるとも見られています。
*****<米韓ミサイル配備>露で極東軍拡論 日本の平和交渉影響も*****
米韓両国が終末高高度防衛(THAAD)ミサイルを在韓米軍に配備すると決めたのを受けて、ロシアでは極東における軍備強化をより一層進めるべきだとの議論が出ている。現状の強化対象地域は北方領土を含む千島列島(ロシア名・クリル諸島)が中心で、今後、日露の平和条約交渉にも影響を与える可能性がある。
ロシア軍は昨年から北方領土の択捉、国後両島で基地建設を続け、要塞(ようさい)や演習場、兵器庫、兵舎など計約400の施設を建てる予定だ。さらに、6月下旬には千島中部の松輪島(ロシア名・マトゥア島)に太平洋艦隊の基地を新設すると内部決定した。
北朝鮮の核攻撃を念頭に日米韓が構築する重層的なミサイル防衛(MD)システムについて、ロシアは「米国による地球規模のMD網の一環」と認識し、「自国の核戦略にとっての重大な脅威」と捉えている。モルグロフ露外務次官は8日、かねて予定されていた金烔辰(キムヒジン)韓国外務次官補との協議でこれらの点を強調し、「深い憂慮の念」を伝えた。
プーチン大統領は6月、北大西洋条約機構(NATO)が欧州で進めるMD配備に関して「攻撃システムの一部に転じる潜在性があり、対抗措置を講じざるを得ない」とインタビューで語っており、極東でも同様の姿勢で臨むとみられる。
ロシア通信によると、露上院国防・安保委員会のセレブレニコフ第1副委員長は8日、「国防省と共に(極東への)ミサイル部隊配置など対抗策を検討する」と述べ、千島列島でロシア軍が実行中の軍備強化について「加速する可能性がある」と指摘した。【7月9日 毎日】
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【NATOの東方拡大が許せないロシア ロシアの脅威に備えるNATO】
日本からすると、どうしてもアメリカ・中国の対立に目がいきます。実際、12日に予定されている仲裁裁判所が下す裁定如何では、南シナ海での米中の対立は一気にヒートアップする可能性もあります。
ただ、世界的に見た場合、東西冷戦の尾を引くアメリカ・欧州とロシアの対立は依然として中心的な問題であり、現実にこれまでもジョージア(グルジア)やウクライナでは激しい戦火が交えられれています。
両者の対立の主戦場は欧州です。
NATOの東方拡大に対し、ロシア・プーチン大統領が根強い警戒感を抱いており、近年ロシア軍機の異常接近などの緊張が高まっていることは、4月30日ブログ「ロシア NATO東方拡大への強い不信感 日ロ首脳会談への思惑 国内統制強化の動き」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160430でも取り上げたところです。
そもそも、東西冷戦終結でNATOに対抗していたソ連が主導していたワルシャワ条約機構(WTO)が解散したにもかかわらず、NATOがロシアを仮想敵として今も残存していること自体がロシア側には許せないということになります。
更に、NATOの東方拡大は“公約違反”とロシア側には認識されています。
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ゴルバチョフ元ソ連大統領はドイツ統合の際に、「NATOがドイツ以東に拡大しないという確約を得たから統合を容認した」のだと主張しており、この認識は現在のロシアサイドで共有されている。
つまり、ロシア側はNATO拡大そのものが公約違反であると考えており、さらに拡大がバルト三国という旧ソ連の一部や旧東欧諸国、つまり旧共産圏に及ぶにつれ、ロシアの勢力圏がどんどん脅かされている実情に、その怒りをさらに募らせている。【6月8日 WEDGE】
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こうした基本認識があるため、ジョージアやウクライナの西側・NATO接近に対しロシアは実力でこれを阻止する行動に出たと考えられます。
一方、NATO側からすれば、ジョージアやウクライナに見られるようなロシア側の露骨な介入に対抗して防衛力を更に高めなければならない・・・という話になります。
ブッシュ米大統領時代に計画されたミサイル防衛計画は、オバマ時代にロシアとの「リセット」もあって一時中断したものの、その後の関係冷却化に伴い、MDシステム(迎撃ミサイル)をポーランド、ルーマニアに、そして、ミサイル発射を捕捉する早期警戒レーダーをトルコに設置する形で進められています。このことがまたロシアを刺激するところとなっています。
6月6日から17日までポーランドでは、ポーランドや米国をはじめとした24カ国による軍事演習が行われました。。全参加者が約3万1000人に及び、軍用機やヘリコプターが計105機、軍艦12隻などが投入され、ポーランド史上最大規模の軍事演習となりました。
この大規模演習は、「アメリカとその同盟国は北大西洋条約の定める責務を果たし、東欧諸国を守り抜く覚悟だ」とのロシアへの意思表示であるとも指摘されています。
ロシアの脅威を一番強く感じ、ウクライナの次は・・・と懸念しているのはバルト三国やポーランドです。
****東欧でのNATO軍事演習にプーチンは?*****
・・・・バルト3国(ラトビア、リトアニア、エストニア)はいずれも小国で、地理的に他のNATO加盟国と切り離されている上、国内にかなりの数のロシア系住民を抱えている。
バルト3国は今、軍事力の行使とは異なる、ソフトな脅威に直面している。積極工作と呼ばれる手法だ。近頃では、こうした工作による介入を「ハイブリッド戦争」と呼ぶことも多い。
積極工作は一種の情報戦だ。偽情報、プロパガンダ、世論操作などを通じて、外国の政府や人々の行動に影響を与える。旧ソ連時代には、KGBが特定の地域を不安定化するために盛んにこの手法を行った。
ロシアは今、バルト3国にさまざまな積極工作を仕掛けている。メディアを通じた世論操作もその1つだ。ロシア政府の支援を受けたロシア語メディアがロシア系住民やロシア語を話す住民に向けて日々、ロシア寄りのメッセージを流している。
ロシアマネーの影響も見逃せない。キプロスの金融危機以降、ロシアの特権階級や犯罪組織がラトビアに資金を逃避させるようになった。ロシアマネーが流入すれば、ロシアの影響力が強まるのは必然の成り行きだ。
目に見えない工作に加え、あからさまな軍事的恫喝も辞さない。ここ2、3年、ロシア軍機がエストニアなど周辺国の領空をたびたび侵犯、最近ではバルト海の公海上で訓練中の米駆逐艦にロシアの戦闘爆撃機が異常接近するなど挑発的な行為を繰り返している。(後略)【6月23日 Newsweek】
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バルト三国などの不安を背景に、ロシアがクリミアを併合した2014年以降、NATOの対ロシア戦略は協調から対決へ180度転換しています。
アメリカ・NATOとしては、こうした国々の不安を鎮める必要があっての大規模軍事演習でもありました。
また、NATOは6月14日にブリュッセルで開かれた国防相理事会において、東欧で軍事的圧力を強めるロシアの抑止に向け、バルト3国とポーランドに新たに4部隊を交代で展開させることで合意しました。
この合意が更に具体化されています。
****<NATO>対露部隊、東欧配置へ・・・最大4000人規模****
北大西洋条約機構(NATO)は8、9両日にワルシャワで開かれた首脳会議で、軍事的圧力を強めるロシアへの抑止力強化策として、バルト3国とポーランドに最大4000人規模の多国籍部隊を2017年から展開することを正式に決定した。
同時にロシアの孤立化を防ぐための対話の重要性も強調。圧力と対話を並行して対露政策を進めることを確認した。
ロシアに近い東方に新たに展開する多国籍部隊は交代制だが、事実上の常駐化と位置づけられ、期限は設けない。
ポーランドには米国が主導して1000人規模の大隊が配備される。ラトビアではカナダ、リトアニアではドイツ、エストニアでは英国がそれぞれ率いる。
ストルテンベルグ事務総長は8日夜(日本時間9日未明)の記者会見で「加盟国への攻撃は同盟(NATO)全体への攻撃とみなす」と述べ、ロシアをけん制した。
NATOは、14年のロシアによるウクライナへの軍事介入などを受け、これまでに緊急対応用の即応部隊を従来の3倍となる4万人規模に増員している。さらに8日夜の首脳会議の夕食会にはロシアと国境を接する非加盟国のフィンランドやスウェーデンを招いて対露包囲網の拡大を印象づけた。
こうした姿勢にロシア側は反発を強めており、相互不信が緊張を高めている。
ストルテンベルグ氏は「新たな冷戦、新たな軍拡競争を望んでいない」とも強調。今年約2年ぶりに再開した政治的対話の枠組み「NATOロシア理事会」を首脳会議直後の今月13日に開き、対話も進めていく姿勢を示した。【7月9日 毎日】
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“NATOはEUとの連携を強めており、一部には英国のEU離脱決定に伴う安全保障への影響まで懸念する声がある。今回の首脳会議は「ロシア抑止」で発足したNATOの理念が揺るいでいないことを対外的に示す場にもなった。
会議の意義はもう一つあった。加盟を希望する国は拒まない「オープンドア政策」。それを高らかに宣言したことだ。”【7月9日 日経】とも。
当然ながら、ロシア側も対抗措置に出ています。
****露、NATO部隊常駐に反発・・・・西部で兵員増強へ****
ロシアは、北大西洋条約機構(NATO)がポーランドなどでの多国籍部隊常駐を決めたことに反発を強めている。
プーチン政権はロシア西部などで兵員を増強し、対抗する構えだ。
インターファクス通信によると、露上院のクリンツェビチ国防安全保障委員会副委員長は8日、「ロシアは(NATOの決定に)必ず反応する」と警告した。
ショイグ国防相は5月、ウクライナ、バルト3国と接する軍管区で年内に新部隊を編成すると発表。露メディアによると、ウクライナとの国境近くでは大砲や戦車を備えた歩兵部隊の増強が始まったという。【7月10日 読売】
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【ロシアもNATOも失うものが多すぎる「人類戦争」】
ロシアに対する姿勢には欧州・EU内でも温度差があります。イタリアなど南欧では対ロシア経済制裁を緩和したいとの声も出ています。
デンマーク首相を務めたこともある元NATO事務総長、ラスムセン氏は「ロシア政府の意図を甘く見てはならない」と警告しています。
****NATOはロシアを甘く見るな──ラスムセン元NATO事務総長****
・・・・ロシア政府の意図を甘く見てはならない。ロシアと国境を接する親欧派の国々に対する恫喝や妨害の背後には、抜きがたい思想の衝突がある。
西側が法による支配、官僚の説明責任、民主選挙などを重んずる一方、ロシアには権力者が野心を満たすためなら市民の犠牲も辞さない制限なき国家権力がある。
だが衝突は東西の国境だけで起きているのではない。ロシア政府は明らかに、戦後我々が享受してきた自由主義的な世界秩序と西側の結束を乱そうとしている。
天然ガスを使って西欧の分断を画策したり、国営テレビ局を通じて欧州とアメリカの間の自由貿易協定の悪口を広めたり。西側の分裂を誘い発展を妨げるのが目的だ。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、イギリスのEU離脱決定を熱烈に歓迎した世界でほぼ唯一の指導者だろう。
我々が現在のライフスタイルを守るためには、ロシアに対する経済制裁のコストやロシアと和解して得られる潜在的な利益よりも、NATOによる抑止、結束、共同防衛が重要だということを、ヨーロッパの同盟国は知らなければならない。
プーチンの国内向けプロパガンダに乗せられて緊張を高めることがあってはならないが、悪いことをしたら見ないふりをしてはならない。NATOはロシアと協力できるときは協力するが、対決しなければならないときは対決する。(後略)【7月4日 Newsweek】
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外交面でも米ロの間で険悪な空気が強まっています。
****米国とロシア、相互の外交官を国外退去処分に****
米国務省は10日までに、モスクワの米外交官がロシア警官に襲われたことに対する対抗措置として、米国からロシア外交官2人を追放していたことを明らかにした。
一方ロシア当局は9日、同国に駐在する米外交官2人を国外退去させたと発表した。
米国務省のカービー報道官は8日の記者会見で、米外交官の1人が先月、モスクワの米大使館に入ろうとしたところで警官に襲撃されたのは「いわれもなく我々の職員を危険にさらす行為」だったと非難。同17日にロシア外交官を追放したと述べた。
カービー氏はさらに、ロシアではこの2年間、米外交官らに対する悪質な嫌がらせが激しくなっていると強調した。(中略)
一方、9日付のロシア国営スプートニク通信はリャブコフ外務次官の話として、同国が米国の「非友好的」な措置に対抗し、米外交官2人を「好ましからざる人物」として追放していたと伝えた。この報道について、米国務省は直接のコメントを避けている。
リャブコフ氏は「米政府はワシントンのロシア大使館員2人に対し、具体的な理由を示さずに退去を求めた」「米国務省は高官レベルでこの事実を非公開とするよう提案しておきながら、約束を守らなかった」と主張している。(後略)
米ロ間では最近、ロシア軍艦や戦闘機が米軍艦に異常接近したとの報告が相次ぐなど、軍事面でも緊張が高まっている。【7月10日 CNN】
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揉め事の詳細はよくわかりませんが、険悪な雰囲気であることはわかります。
2011〜2014年にかけてNATOの副最高司令官を務めたリチャード・シレフ将軍は、遠くない将来、NATOはロシアとの戦争に突入するというシナリオの近未来小説『2017年ロシアとの戦争』を出版しています。
ひとたびNATOとロシアの戦争が始まれば、宇宙も含め世界中で高性能兵器が飛び交い破壊の限りを尽くす「人類戦争」になるだろう・・・というのは容易に想像できるところです。
ロシアも欧州も経済的に相互依存していること、プーチン大統領も北朝鮮の金正恩労働党委員長が世間で思われているような「理性を欠く」為政者ではないことなどを考えると、さすがにそういう事態はないのではと思われます。
第三次大戦という話になれば、ロシアもNATOも失うものが多すぎます。【6月10日 Newsweek「もし第3次世界大戦が起こったら」より】
ただ、チキンレース的に緊張が高まることは予想されるところで、そうした状態にあっては、思いがけない出来事が想定外の事態を引き起こすこともありえます。
対立・緊張のなかにあっても、話し合いのルートを確保して偶発的な想定外の事態を未然に防ぐシステムも必要です。
もちろん、緊張緩和に向けた道筋を探る努力が必要なことは言うまでもありません。