(【11月27日号 Newsweek日本語版】矢面に立たされる軍としては、望まない事態でしょう)
【ムハンマド皇太子の関与の有無に関わらずサウジとの関係維持を重視 議会には批判も】
トランプ大統領と野党・民主党の間で激し対立があるのは当然のこととして、政権発足当初から、共和党内部、司法、本来大統領の意を受けて政策遂行にあたる国防総省・国務省・CIAなどの各種機関、主要メディアと“個性的”な大統領の間で深刻な確執が取りざたされています。
ホワイトハウス内部の確執も多々ありますが、いささか食傷気味で、今日はパスします。
こうしたことは今更の話ではありますし、言っても詮無いところもありますが、さすがにこれだけそろうと面白いと言うか、なんと言うか・・・。
サウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件では、トランプ大統領がムハンマド皇太子関与を明確にせず、サウジ擁護姿勢を続けているのに対し、CIAがムハンマド皇太子関与を結論付けたという情報が報じられています。
CIAの判断が報じられた背景は、サウジアラビア寄りの大統領が強引に皇太子関与を否定する方向で幕引きを図ることを懸念したCIAが、敢えて情報をリークしたとも言われています。
共和党を含む議会にも、皇太子の殺害関与を無視した大統領のサウジ擁護姿勢には批判があります。
****記者殺害「幕引き」図る 超党派で反発の動き****
トランプ米大統領は20日、サウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件について、サウジ政府の実質的な最高実力者、ムハンマド皇太子の関与の有無に関わらずサウジとの関係維持を重視するという声明を発表した。
巨額の武器販売など経済的な利益が「米国第一主義」につながると強調し、事件の幕引きを図った形だが、米議会では超党派でサウジへの武器禁輸の法制化を目指す動きが出るなど、反発が広がっている。
ムハンマド皇太子の関与について、トランプ氏は20日、ホワイトハウスで記者団に「彼がやったかもしれない。やっていないかもしれない。米中央情報局(CIA)はまだ何も結論を出していない」と述べた。
米メディアは16日、CIAが、皇太子が殺害を指示したと結論付けたと報じ、20日にトランプ氏はCIAから包括的な報告を受けるとしていた。
また、トランプ氏は皇太子が今月末からアルゼンチンで開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議に出席すれば「会談する」とした。実現すれば、トランプ氏と皇太子の事件後初めての接触となる。
真相究明よりも、対イランなど中東戦略の柱であるサウジとの関係維持を優先する姿勢は、国際社会から批判を浴びそうだ。
◇「サウジが武器購入や投資で50兆円の商談を約束」
記者団への発言に先立ちトランプ氏が20日に発表した声明は冒頭に「米国第一!」と表記。サウジが米国からの武器購入や投資など4500億ドル(約50兆円)の商談を約束しているとし「米国にたくさんの仕事と素晴らしい経済発展をもたらす。キャンセルすれば、ロシアや中国がビジネスチャンスを奪い、とてつもない利益を得るだけだ」と主張した。
また、サウジが原油価格の安定に貢献しているとし、「合理的な水準にしてほしいという私の要求によく応えてくれている。世界にとっても重要なことだ」と訴えた。(中略)
一方で、米議会からはトランプ氏の声明に批判の声が相次いだ。AP通信によると、民主党のシフ下院議員は「疑惑に沈黙して武器を売却することは、人権擁護の第一人者としての米国の立場を傷つける」とコメントした。
事件に関与した王室関係者や当局者に対する制裁措置や武器禁輸の法制化を目指す超党派の動きには、トランプ氏と近い共和党のグラム上院議員も賛同しており、「米国は国際社会で道徳心を失うべきではない」と主張している。【11月21日 毎日】
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自国の雇用・経済に都合がよければ、殺人者でも弾圧者でもかまわない・・・ということであれば、これまで欧米・日本が対峙してきたロシア・中国、あるいは多くの独裁国家の論理と大差がありません。
なお、皇太子関与については明確な情報は公表されていませんが、下記のようにも報じられています。
****サウジ皇太子、「カショギを黙らせろ」 CIAが録音保有=報道****
トルコのニュースサイト、ヒュリエットは22日、サウジアラビアのムハンマド皇太子が「できる限り早くジャマル・カショギを黙らせろ」と電話で命令しており、米中央情報局(CIA)がその音声記録を保有していると報じた。
ハスペル長官が先月アンカラを訪問した際、録音した記録の存在を「示唆」したと、トルコの著名コラムニストが明らかにしたという。(中略)
トルコ政府高官はロイターの取材に対し、そうした音声記録に関する情報は持っていないと述べた。【11月22日 ロイター】
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トルコも正式なサウジ批判は控え目に制御しながらも、サウジに不利な情報を小出しにリークする形で、アメリカ・サウジアラビアとの関係で自国に有利な状況を引き寄せようとしています。
【「オバマ判事」発言に最高裁長官反論】
司法との関係でも、トランプ大統領の「オバマ判事」といった露骨な司法批判に対し、最高裁長官が反論するという異例の展開になっています。
****トランプ氏に異例の反論声明=「オバマ判事」発言に苦言―米最高裁長官****
トランプ米大統領が政府の難民政策に差し止め命令を出した連邦地裁判事を「オバマ(前大統領)判事」とやゆし、波紋を広げている。
ロバーツ連邦最高裁長官は21日、「オバマ判事もトランプ判事もいない」と反論する異例の声明を出し、司法判断に介入するトランプ氏に苦言を呈した。
トランプ氏は9日、中米から北上する「キャラバン」と呼ばれる移民集団の米国入りを阻止するため、関連規則を変更し、不法入国者による難民申請を事実上拒否すると発表。これを違法と主張する人権団体の提訴を受け、西部サンフランシスコの連邦地裁は19日、新規則の適用を1カ月間差し止める暫定命令を出した。
トランプ氏は20日、記者団に、地裁命令を「恥さらしだ」と非難。同地裁や上級審のサンフランシスコ連邦高裁の判事を「オバマ判事だ。もう(今回のような決定は)やらせない」などと語った。
ロバーツ長官は米メディアへの声明で「独立した司法は、われわれすべてが感謝すべきものだ」と訴え、トランプ氏の姿勢を批判した。
ブッシュ(子)元大統領に指名されたロバーツ氏は、9人で構成する連邦最高裁判事の中で、保守派と位置付けられている。【11月22日 時事】
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ロバーツ長官の“感謝”云々は、サンクスギビング・デー(感謝祭の祝日)の前日という時期を意識したものです。
ロバーツ長官の苦言に対し、“トランプ氏は21日にこれに反論。ツイッターで「ジョン・ロバーツ長官、残念だが『オバマの判事』は実際にいるし、彼らは我々の国の安全を守っている人たちとはかなり違うものの見方をしている。第9巡回(連邦控訴裁判所)が本当に『独立した司法』だったらすばらしかったが、もしそうなら、なぜこんなにたくさんの真逆の(国境と安全についての)案件があるんだ。なぜこうした案件の大半が却下されているんだ。数字を見てくれ、ショッキングだから。保護と安全保障が必要なのに、裁判所の決定はこの国の治安を悪くしている! とても危険で愚かだ!」と述べた。”【11月22日 BBC】とのことで、ひるむ様子はありません。
“案件の大半が却下”される理由は、司法の「オバマ判事」のせいではなく、自身の判断のゆがみにある・・・という発想は大統領にないようです。
【移民キャラバンをめぐる対応で国防総省と温度差】
メキシコ国境に集結しつつある“移民キャラバン”をめぐる対応でも、支持者受けを狙って、軍を派遣しての強硬な対応を主張する大統領と矢面に立たされる国防総省の“温度差”が目立ちます。
****米軍、国境から順次縮小か トランプ氏と温度差****
中米諸国からの移民集団の北上を受け、トランプ米政権が国境地帯に派遣した米軍が所定の任務を終えたとして「数日以内にも」態勢を順次縮小する予定であることが20日までに分かった。米政治専門サイト「ポリティコ」が現地で指揮を執る軍高官の話として伝えた。
米国と国境を接するメキシコ北西部ティフアナなどには移民らが続々と到着。トランプ大統領は17日、米兵派遣を「必要な限り続ける」と強調しており、国防総省と温度差が顕在化した格好。
派遣された5千人以上の米兵には警察権行使が認められておらず、国境への有刺鉄線やフェンスの設置など後方支援が任務だった。【11月21日 共同】
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トランプ大統領の強硬姿勢は相変わらずです。
****米、不法移民に武器使用も=トランプ氏が軍に権限付与****
米CNNテレビは21日、トランプ米大統領が中米諸国からの不法移民取り締まりの一環として、メキシコ国境に派遣された米軍部隊に一定の条件下で武器使用権限を与えたと報じた。
ホワイトハウスが国防総省に宛てた通達によると、メキシコ国境に派遣された軍部隊には「群衆整理や一時的な身柄拘束」を実行できる権限が認められた。
また、群衆が暴徒化した場合、税関・国境警備局要員を保護するなどの目的で、「必要であれば殺傷力の高い武器」の使用も承認した。【11月22日 時事】
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大統領は、「兵士に向かって石が投げられれば、それは銃器と見なすとし、石と銃弾にはほとんど差がない」と発言したり、翌日には「発砲するとは言っていない」と後退するなど、これまでも迷走しています。
****トランプ米大統領、不法移民への発砲否定=「火器使用検討」から後退****
トランプ米大統領は2日、中米から米入国を目指し集団で北上する不法移民の取り締まりで、米治安要員が火器を使用する可能性について「発砲する必要はない」と述べた。
トランプ氏は1日、不法移民が投石するなどした場合は「火器使用も検討する」と発言したが、トーンダウンさせた。
トランプ氏は前日の発言に関し「『発砲する』とは言っていない」と釈明した。一方で、不法移民が米要員を襲撃した場合は「逮捕して長期間拘束する」と明言した。【11月3日 時事】
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軍としては、大統領の人気取りのために移民・難民に発砲するといった事態は勘弁して欲しいところでしょう。
****メキシコ国境の米兵、移民には警棒のみで対応 米国防長官****
米国を目指す中米からの移民集団(キャラバン)の到着に供えて対メキシコ国境に配備された米軍兵士について、ジェームズ・マティス米国防長官は21日、暴動を鎮圧するための介入はできるが、装備は警棒のみになると述べた。
マティス長官によると、ホワイトハウスは米兵約5800人を国境に派遣し、米税関国境警備局の職員が攻撃された際に支援を提供できるよう備えている。
ただ、移民たちが国境検問所を強行突破しようとした場合でも、対応するのは盾と警棒を持った憲兵のみで、「武装要員は介入しない」可能性が高いとマティス長官は説明した。
メキシコ内務省によると、現在同国内を北上中の移民は約8000人に上る。その多くは、ギャングの暴力が横行し世界でも殺人事件の発生件数が特に高い「北部三角地帯」と呼ばれるエルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスの3か国から、貧困と社会不安を逃れてきた人々だ。
ドナルド・トランプ米大統領はキャラバンの米入国を阻止するため軍の投入を命じたが、今月7日の中間選挙を見据えたカネのかかる政治的パフォーマンスだと批判されている。【11月22日 AFP】
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肝心の移民キャラバンの問題は、長くなるので別機会に。
日本でも、朝鮮半島有事の際に大量難民が押し寄せたらどのように対応するのか・・・という議論がありますので、ながち日本と無縁のものでもないのかも。
【“トランプ”を生む社会】
これだけ各方面と衝突しながらも、その支持基盤は大きく揺らぐこともなく、弾劾が非現実的なことはおろか、次期再選の話すら出てくる・・・・というのは“すごい”としか言いようがありません。
ただ、既存の政党政治・三権分立・行政制度・メディアによるチェックなどを超越した権力者として存在するということでもあり、これまでとは異質な政治権力のもたらすものを熟慮する必要があります。
一番の問題は、トランプ大統領の言動というよりは、移民を蹴散らせば人気が上がる社会、様々なスキャンダル・問題発言をも許容する社会、“トランプ”なるものを生み出した社会の在り様の問題でしょう。
そして、アメリカに限らず、各地で“ミニトランプ”が生まれ続ける事態を阻止できない既存政治の問題でしょう。