(失われたアフガン・バーミヤンの大仏跡 “flickr”より By tracyhunter
http://www.flickr.com/photos/tracyhunter/1778632003/)
【二日ともたなかった連帯感】
社会の分断はフランスだけの話ではありませんが、フランスでも中央政府の政治からこれまで顧みられることがなかったとの不満を持つ人々を中心に「黄色いベスト運動」が根強く続いています。
****フランスデモ22週目、再び増加 マクロン大統領、新政策発表へ***
フランスでマクロン政権に抗議する黄色いベスト運動のデモが13日、22週連続で行われた。地元メディアによると、内務省は全国の参加者が約3万1千人だったとの集計を明らかにした。前週6日は昨年11月に始まったデモで最少の約2万2300人だったが、再び増加した。
黄色いベスト運動のデモは2月中旬以降、5万人を超す規模にはならなくなっているが、増減を繰り返しながら根強い参加が継続。
政権が市民の意見を聴くため全国で行った「国民大討論」が今月終わり、マクロン大統領は新たな政策を近く発表する見通し。
パリの参加者は約5千人で、前週の約3500人から増加した。【4月14日 共同】
***************
そうした中にあって、パリのノートルダム大聖堂の火災という悲劇は、悲しみによってではありますが、フランス国民の心をひとつに結束させた・・・ようにも見えました。
****大聖堂火災に広がる悲しみ 「分断された国民、一つに」***************
(中略)パリ郊外に住むピエールエルベ・ゴージョンさん(41)は火災を見て、無力感を抱いたという。だが「過去にもひどいことがあった時には多くの人が大聖堂に集まった。フランスは今、社会的にも政治的にも国民が分断されているが、この出来事をきっかけに一つになれる」と語った。(後略)【4月17日 朝日】
*****************
マクロン大統領も「私は、この大惨事を結束の機会とする必要があると、強く信じている」と呼び掛けています。
しかし、この結束も“つかのま”だったようで、大聖堂修復への寄付金という思わぬところから批判の声が上がっています。
****寄付と再建方法で論争 ノートルダム火災、仏社会結束ならず*****
「私は、この大惨事を結束の機会とする必要があると、強く信じている」──。エマニュエル・マクロン仏大統領は、パリのノートルダム大聖堂で今週起きた大火災を受けたテレビ演説でこう表明したものの、この連帯感は2日と持たなかった。
フランスでは15日夜に起きた火災を受け、各政党が欧州議会選に向けた選挙活動を停止した一方、大聖堂再建に向け集まった寄付をめぐる論争が17日までに勃発した。
集まった寄付金8億5000万ユーロ(約1070億円)については、その一部が貧困層支援に使われるべきではないかとの声が上がっている。
フランク・リーステール文化相は18日、仏ラジオ・モンテカルロに対し、「この無意味な議論は、『他に必要とされているところがある時に、ノートルダムに使うには多すぎる資金だ』というもの。社会システムや健康、気候変動対策のための資金が必要なのは当然だ」と指摘した上で、「だが、この並外れた寛大な行為の成り行きを見守ろう」と呼び掛けた。
大聖堂の再建に対しては、フランソワ=アンリ・ピノー氏やベルナール・アルノー氏をはじめとするフランスの大富豪や大企業がそれぞれ1億ユーロ(約130億円)を超える寄付を表明。
しかし、「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」運動の抗議デモが5か月にわたり続くフランスでは、富の不平等と低所得者層の窮状に注目が集まっており、巨額の寄付は批判を呼んだ。
寄付により大規模な税額控除を受けられることも反発の一因となっており、これを受けてピノー氏は、税額控除の権利を放棄すると表明。一方のアルノー氏は、18日の株主総会で寄付をめぐる論争について問われた際、「フランスでは(公益となる)何かをする時でさえ批判され、非常に悩ましい」と語った。
また、保守派の政治家らは18日、大聖堂に近代的な建築物が加わる可能性に懸念を示した。政府はこれに先立ち、新しい屋根と尖塔(せんとう)のデザインを公募する計画を発表。マクロン氏は再建を5年で完了する目標を定め、「近代建築の要素も想像できる」と述べていた。
極右政党「国民連合」のジョルダン・バルデラ氏は仏ニュース専門局LCIに、「この狂気の沙汰を止めよう。私たちはフランスの文化財を絶対的に尊重する必要がある」と述べ、「現代アートとやら」が加えられるかもしれないとの考えを一蹴した。 【4月19日 AFP】
*******************
再建方法に関しては、「なるほど、極右はやっぱり現代アートは嫌いなんだ・・・」という面白い点はありますが、個人的に関心がもたれたのは“寄付金”の問題。
****ノートルダム高額寄付に怒り=反政府デモ激化も―フランス****
大火災に見舞われたフランスのパリ中心部にある観光名所、ノートルダム大聖堂の再建のため、大富豪らから多額の寄付金の申し出が相次いでいることに対し、マクロン大統領の政策に反対し昨年11月からデモを続けている抗議運動参加者らは「不公平だ」と不満を募らせている。
抗議運動の中心となっている女性は17日、「社会的な惨状には何もしないのに、わずか一晩で膨大な金を拠出できることを見せつけた」と高額な寄付を批判。インターネット交流サイト(SNS)上では「人間より石が優先されるのか」などと反発する投稿が相次いだ。
有力紙フィガロは、20日に予定されているデモについて「怒りを募らせたデモ隊が結集する可能性がある」と指摘。再び破壊行動が起きる恐れがあると報じた。【4月19日 時事】
********************
【タリバン「彼らにとっては石の像の方が人間より大切なのだ」】
この“寄付金”に対する「人間より石が優先されるのか」という反応で思い出されたのが、かつてアフガニスタンを支配したタリバンが、国際世論の強い反対にもかかわらず、世界的な文化遺産である「バーミアン大仏」を破壊したときのタリバン側の主張です。
「今、世界は、我々が大仏を壊す言ったとたんに大騒ぎを始めている。だが、わが国が旱魃で苦しんでいたとき、彼らは何をしたか。我々を助けたか。彼らにとっては石の像の方が人間より大切なのだ。そんな国際社会の言うことなど、聞いてはならない」【高木徹氏著「大仏破壊」】
高木徹氏によれば、この「彼らは何をしたか。我々を助けたか。」というタリバン側主張は間違っている、国際社会は決して何も支援・援助を行っていなかった訳ではないとのことです。
そうであるにしても、高木氏も「この言い分に、わずかではあるが、説得力の断片を認めるのは私だけだろうか。」とも。
私はタリバンのような宗教的原理主義は嫌いです。タリバンが行ってきた数々の人権弾圧・女性抑圧を強く批判します。
また、「バーミアン大仏」は、個人的に一度は見てみたかった文化遺産で、時を超えてシルクロードを往来する人々を見守り続けた大仏が破壊されたことは非常に残念であり、憤りを感じます。
しかし、そうであるにしても、確かにタリバン側の「彼らにとっては石の像の方が人間より大切なのだ」という主張に、“説得力の断片を認める”こともまた事実です。
もっと卑近な事例で言えば、例えば子猫が木に登り降りられなくなってしまい、付近の人々が大騒ぎし、消防隊がかけつけて“救助”した・・・といった類の話をよく見聞きします。
私も猫好きで、猫を実際飼っていますので、木から降りられなくなった子猫には心が騒ぎます。
ただ、一方で、私たちの周りには支援・援助を必要としている人々が大勢います。
私たちは普段、そうした人々を存在を“無視”して生活しています。
「子猫一匹に大騒ぎするのに、私たちの苦境は見て見ぬふりか!」と言われれば、あながち否定もできません。
もちろん、多くの反論はあります。
支援・援助を必要とする人々を対象とした社会的支援システムがちゃんと存在する、基本的に「自己責任」の問題ではないか、世の中には支援を求めているひとは数限りなく存在し、手を差し出していたらきりがない・・・・等々。
そうであるにしても、鳴き叫ぶ子猫に対するほどの関心をそうした人々に向けていないのも事実でしょう。
社会から無視されてきた(と感じている)人々の「人間より石が優先されるのか」「彼らにとっては石の像の方が人間より大切なのだ」という主張にどのように対応すべきか、今も昔も、正直よくわかりません。
人間の“関心”というのものは、そういったものだ・・・と言ってしまえばそれまでですが。