(【4月12日 日経】)
【「大国」中国の足元を見るマハティール首相】
中国の石油輸入の90%占めるマラッカ海峡は軍事的にはアメリカがコントロールするエリアであり、中国としては、アメリカとの緊張が高まった際の安全保障上の問題を考慮すると、マラッカ海峡を通らないルートの開発が急がれています。
その観点から、ミャンマーやパキスタンの港湾を整備して、そこから陸路、中国へ移送するルートの開発も進められていますが、マラッカ海峡の陸上バイパスとしてのマレーシアの「東海岸鉄道計画」(ECRL)も「一帯一路」の重要事業と位置付けられています。
その「東海岸鉄道計画」(ECRL)について、腐敗防止や財政立て直しを訴えて政権に復帰したマハティール首相が凍結したことは、“中国嫌い”の人々にとっては「それみたことか!」といった感もありましたが、“老練”“老獪”なマハティール首相は中国や“中国嫌い”の人々の思惑を超えて、「大国」中国から大きな譲歩を引き出す形で、事業の継続で中国と合意しました。
****これぞ交渉人、辣腕マハティール首相に中国脱帽****
「世界で最も影響力のある人物」(米タイム誌、4月18日発表)にアジアから、マレーシアのマハティール首相とパキスタンのカーン首相が選ばれた。(中略)
受賞理由に共通する点は、世界の地政学的地図を一党独裁の赤色に塗り替えようとする強硬な中国を揺さぶる巧みな「中国操縦力」にある。
中国による一帯一路事業関連融資額が、アジア地域で1、2位の「一帯一路被支援国家」である両国は、中国からの財政支援を受ける一方、したたかに「脱中国依存」も進めてきた。
その最も象徴的な出来事が起きた。
9か月に及ぶマレーシアとの長期決戦交渉の末、4月12日、まるで“バナナの叩き売り”のように、中国が一帯一路の建設事業の大幅譲歩を受け入れた。
マレーシアの要求に応える一方、中国も交渉国と融和的関係を演出することで、強権的とする批判をかわし、イメージチェンジを図り、今後の一帯一路全体の交渉に弾みをつけようとした狙いも見え隠れする。
結果、当初の建設費を3割強(440憶リンギ)カットし、計画を縮小、さらに中国色を減らし、地元マレーシアの事業者参入を40%にまでアップさせた。
また、マレーシアの基幹輸出産品であるパーム油の中国輸出を「現行比較で約50%アップ」(マレーシア政府関係者)させるという取引も考慮されることが決まったという。
中国の大手食用油、益海嘉里グループなどが、8億ドルを超えるパーム油購入を決め、超大型契約を結んだ。
中国はパーム油の爆買いで、一帯一路の首をつないだ、ともいえるのだ。
結果、昨年7月に中止された同事業の継続合意が正式に決定された。
米一部メディアはこのチャイナ・ショックを「マハティール首相の大勝利」と絶賛。今回のマハティール・モデルが、対中国で債務問題を抱える諸外国が学ぶべき画期的なケースとして紹介した。
今回、中国が譲歩した事業とは、習近平国家主席肝いりのプロジェクト「東海岸鉄道計画」(ECRL)だ。
南シナ海とマラッカ海峡を688キロ(当初、交渉合意後640キロに短縮変更)の鉄道路線で結ぶ、一帯一路の生命線ともいえる最重要事業の一つだ。総工費655億リンギで、2017年8月に着工された。
ECRLは、諸外国の一帯一路案件同様、中国輸出入銀行が融資し、中国交通建設が「資材のネジから工員に至るまで」中国から“輸入”して建設する。(中略)
一方、今回、中国が大幅譲歩した背景には、東海岸鉄道計画が頓挫すれば、中国の安全保障が根幹から崩れ落ちるという危機的状況があった。
中国は、自国の輸入原油の90%が通過するマラッカ海峡を、米国が管理するという安全保障上の最大リスクである「マラッカ・ジレンマ」を抱えている。
シンガポールには米海軍の環太平洋の拠点がある。万一、マラッカ海峡を封鎖された場合、中国は原油を手に入れることができなくなる。
ECRLは、アフリカや中東からマレー半島東海岸側に抜ける戦略的優位性があり、これによってマラッカ・ジレンマの解決につなげたいというのが中国の狙いだ。
しかし、そのためにはマレーシアを取り込まなければならない。マハティール首相はまさにここを突いたのだ。
マハティール首相は昨年8月に北京を訪問し、「新植民地主義は望まない」と中国を一蹴した。
世界のメディアの前で、あえて中国の面子を傷つけ、老獪なマハティール首相への警戒を増幅させ、中国側から有利な交渉条件を引き出そうとした。
また、マハティール首相は、本コラムで日本のメディアとして第一報を報じたマレーシア政府系投資会社「1MDB」を巡る世界最大級の汚職事件も巧みに利用した。
捜査の進展で、ECRLを含む中国支援の一帯一路関連の大型プロジェクトの資金が、ナジブ前政権が抱えた1MDBの債務返済に流用された疑いが濃厚となってきた。
ナジブ前首相の公判が始まり、同事件への中国の関与をカモフラージュする意味でも、中国が「交渉で軟化した」(マレーシア政府筋)ともいわれている。
さらにマハティール首相はその老獪ぶりを十二分に発揮。
今年1月、中国との交渉が膠着すると「マレーシア政府は、ECRLの廃止を決めた」と腹心のアズミン経済相が「断言」したかと思えば、今度は華人系のリム財務相が「寝耳に水」と発言するなど、中国を困惑させる手法を展開。
国家の威信がかかっている第2回一帯一路国際フォーラム(4月25日から27日まで北京)で、目玉プロジェクトであるECRLの成果を発表したい中国の泣き所を突っついた。
結果的に同フォーラム開催直前の2週間前に、マレーシアの狙い通りの条件で事業継続の合意に漕ぎ着けた。(後略)
【4月22日 末永 恵氏 JB Press】
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“東海岸はナジブ前首相や、イスラム主義の野党、全マレーシア・イスラム党(PAS)の地盤で、政権は与党連合の成果としたい考えだ。”【4月12日 日経】といった、国内政治的思惑もあるようです。
【マレーシア以外でも計画見直し】
中国からの借金漬けの問題「債務の罠」が大きく取り上げられるなかで、マレーシア・マハティール首相だけでなく、ミャンマーやパキスタンなど中国にとっての重要事業を担う国々も条件見直しを「大国」中国に迫っています。
****5分の1に規模縮小で合意 ミャンマーの一帯一路事業****
ミャンマー政府は8日、西部ラカイン州チャウピューの港湾開発計画で、開発を主導する中国側と、事業規模を当初予定の5分の1に縮小することで合意した。過剰投資で債務返済不能となる事態を懸念するミャンマー側に、中国が譲歩した。
合意では、船の係留場建設など第1期分として、13億ドル(約1480億円)を投じる。出資比率は中国側が70%、ミャンマー側が30%。中国国有企業の中国中信集団などは当初、72億ドルの事業規模を提示していた。
チャウピュー開発は、中国が巨大経済圏構想「一帯一路」の一環として推進。深海港があり、中国内陸部とインド洋を結ぶ石油や天然ガスのパイプラインが中国に通じている。
一帯一路では、スリランカが昨年、港の整備にかかわる債務返済が困難になり、中国企業に99年間の運営権を譲渡するなど各地で問題が表面化している。【2018年11月9日 産経】
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****一帯一路の生命線、パキスタン経済回廊計画暗礁へ****
(中略)「大国に物申すマハティール首相は若い頃から、私の人生の師匠」
(パキスタン首相の)カーン氏はこのように言い切る。自他ともに認めるマハティール信仰者である。
現在、中国の国境付近の開発地域で、一帯一路の生命線とも称される「中パ経済回廊(CPEC)」に関連する約400にも及ぶ関連プロジェクトの公共事業計画の見直しを進めている。
そもそも、中パ経済回廊は中東からの原油や物資を中国のウイグル自治区までパイプラインや陸路で輸送するのが主目的。
そのため中国・北西部の新疆ウイグル自治区カシュガルから、アラビア海に面するパキスタン南西部のグワダルを結ぶという一帯一路の最も要の大プロジェクトなのだ。
総延長は3000キロにも達し、中国にとっては悲願の「中東へのゲートウエー」確保にも位置づけられている。
もし仮に、米中が軍事衝突してマラッカ海峡が封鎖されたとしても、原油などのエネルギーはこの回廊を通じて確保が可能になるわけだ。
中国にとっては一帯一路の運命がかかっている事業ともいえ、万が一の場合には習近平主席の命取りにもなりかねない。(後略)【3月27日 末永 恵氏 JB Press】
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【事業継続で中国は安堵】
もっとも、大きな譲歩を迫られたとは言うものの、「一帯一路」重要事業の計画見直し・縮小などが続く中で、とにもかくにも事業継続で合意したことで、中国は内心安堵しているのではないでしょうか。
下記の中国メディアの取り上げ方にも、そんな雰囲気がうかがえます。
****中国によるマレーシアの東海岸鉄道計画「行きづまり感あったが、ついに動き出す」=中国***
マレーシアのマハティール氏は大統領選挙に当選した後、東海岸鉄道計画の一時中止を決めたが、中国とマレーシアの両国は12日、東海岸鉄道計画を「継続」することで一致した。中国メディアの海外網は18日、「行きづまり感のあった東海岸鉄道計画はついに動き出す」と伝える記事を掲載した。(中略)
続けて、中国国際問題研究院戦略研究所の関係者の見解として、マレーシアは中国の一帯一路にとって重要なエリアであると指摘する一方、他国からは「何かの企みがある」といった非難の声が根強く存在すると伝えた。
特に、マハティール氏が大統領に就任して以降は一部の西側メディアは「中国とマレーシアの関係は破綻する」などと報じたと紹介しつつも、東海岸鉄道計画の再開が決まったことは「マレーシアが中国との関係を重視しており、中国が発展を遂げた経験と、中国が提供するチャンスを逃したくないと思っていることを示している」と主張した。
さらに記事は、中国とマレーシアは経済分野のみならず、国防においても協力を強化していると指摘し、マレーシアが中国から導入した沿海域任務艦が進水式を行ったばかりだと紹介。東海岸鉄道が完成し、中国との一帯一路で経済的利益を享受できれば、中国とマレーシアの関係はさらに深まるとの見方を示した。【4月19日 Searchina】
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【37カ国の外国首脳を含む150カ国以上の代表が参加して「一帯一路」国際協力サミットフォーラム】
その「一帯一路」の国際協力サミットフォーラムが、37カ国の外国首脳を含む150カ国以上の代表が参加して開催されます。
中国としては、関係国の懸念払しょくの場としたいところです。
****「債務のわな」の懸念払拭へ 「一帯一路」会議に37カ国首脳参加****
中国の王毅国務委員兼外相は19日記者会見し、北京で25日から3日間開かれる巨大経済圏構想「一帯一路」の第2回国際協力サミットフォーラムに、37カ国の外国首脳を含む150カ国以上の代表が参加すると発表した。
アジアやアフリカなど沿線の発展途上国への支援が、相手国を“借金漬け”にして影響力拡大を狙う「債務のわな」だとする批判の高まりを意識し、王氏はフォーラムの主要テーマを「質の高い発展」だと強調。一帯一路への逆風も吹く中、中国側は順調な拡大を演出する構えだ。
2017年の第1回会合では国外から29カ国首脳が参加した。今回はロシアのプーチン大統領のほか、3月に先進7カ国(G7)で初めて「一帯一路」協力の覚書を締結したイタリアからも首脳が出席する。
フランスやドイツ、英国などの欧州主要国と欧州連合(EU)、日韓両国はハイレベルの代表団を派遣。日本からは二階俊博自民党幹事長が前回に続いて参加する。
一方、一帯一路を通じた中国の影響力拡大に警戒感を強める米国は、前回に続いてハイレベル代表団の派遣を見送った。パキスタンと領有権を争うカシミール地方を通る「中パ経済回廊」に反発しているインドも前回に続いて参加を拒否するもようだ。
王氏はフォーラムの意義について、多国間主義を堅持し開放型世界経済の構築を図ることだとした上で「保護主義や一国主義が台頭する中で、この立場はより重要となっている」と述べ、トランプ米政権を牽制(けんせい)した。
さらに王氏は一帯一路について「地政学的なツールではなく協力のプラットフォームだ」と主張。「債務危機などのレッテルを一帯一路に貼ることは参加国からも同意を得られない」としつつ、「建設過程においてある程度の懸念が生じるのは避けられず、建設的な意見は歓迎する」とも語った。
同フォーラムは25日に分科会を開き、26日に開幕式で習近平国家主席が基調演説を行い、27日には各国首脳らによる円卓会議を主宰する。国外から約5千人が参加するという。【4月19日 産経】
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【西欧には警戒感が強いものの・・・】
欧州では注目されたイタリアの「一帯一路」協力覚書締結のほか、ギリシャの「16+1」への正式メンバー参加、スイスの覚書締結など、「一帯一路」が拡大しています。
****中国、東欧・バルカンで足場固め 16カ国と協力確認****
中国と東欧16カ国による首脳会議が12日、クロアチアのドブロブニクで開かれ、協力推進を確認する共同声明を採択した。
中国は巨大経済圏構想「一帯一路」で欧州の要路にあたる東欧やバルカン半島で存在感を高めており、足場固めを図った形だ。中国への対応で足並みが乱れる欧州連合(EU)は警戒をさらに強めそうだ。
首脳会議は2012年から毎年開催され、「16+1」と呼ばれる対話の枠組み。EU加盟の11カ国とEU加盟を目指す西バルカンなど5カ国が東欧側のメンバー。今回の会議でギリシャが来年から正式メンバーになることが決まった。(中略)
中国はすでにギリシャの主要港を掌握しており、バルカン半島は物資を欧州に運ぶ重要な陸路となる。セルビア・ハンガリー間では高速鉄道建設が一部で始まり、中国は周辺国のインフラ整備にも協力する。
李氏は先立つ9日のEUとの首脳会議で、中国の政治・経済的影響力の増大に警戒を高めるEUに対し、投資協定交渉の加速を約束するなどして歩み寄りをみせ、協調維持を図ったばかり。
11日にはクロアチアがEUの補助を受け、中国企業が落札した橋の建設現場を訪れ、「EUと中国の協力を示す事業」とアピールした。
一方、モンテネグロで高速道路建設のために中国から受けた融資で政府債務が急増し、返済が不安視されている。西欧より開発が遅れた東欧は中国の協力を重視するが、履行されない約束などもあり、中国への期待には参加国間で温度差が出ているともいわれる。【4月13日 産経】
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****スイス、「一帯一路」に関する覚書締結へ****
スイス財務省は16日、マウラー大統領が、来週開催される中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に関するサミットに出席し、「一帯一路」に関する覚書を交わす方針だと明らかにした。
財務省は「覚書は、一帯一路のルート上の第3市場における貿易、投資、プロジェクト融資で双方が協力を強化することが狙い」と説明した。(後略)【4月16日 ロイター】
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ただ、【産経】にもあるように、西欧には中国に対する強い警戒感もあります。
****独外相、「一帯一路」参加のイタリアを痛烈批判―米華字メディア****
2019年4月20日、米華字メディアの多維新聞は、ドイツのハイコ・マース外相がこのほど、中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」に関する覚書に署名したイタリアを痛烈に批判したと報じた。
多維新聞によると、ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは20日、ドイツのペーター・アルトマイヤー経済相が、北京で25日から3日間開かれる「一帯一路」の第2回国際協力サミットフォーラムに出席することを取り上げた上で、「一帯一路」について「中国は、ヨーロッパやアフリカ、ラテンアメリカでの新たな商業・貿易ルートの開拓に尽力しており、これまでに10以上の国々で港湾や道路、鉄道の建設に投資している」と報じた。
そして「欧州では一帯一路について懐疑的な見方が多く、多くの人々が中国への依存を懸念している」と指摘。マース外相がこのほど、独紙「ヴェルト・アム・ゾンターク」に対し、「一部の国が中国人と賢い商売をすることができると信じるならば、その結果は驚くべきものとなり、そして最終的に中国に依存していることに気づくことになるだろう」と述べるなど、「イタリアを鋭く批判した」と報じているという。【4月22日 レコードチャイナ】
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そのドイツも国際協力サミットフォーラムに経済相が参加、フランス・日本も・・・ということですから、全体としては、ここまでは中国の影響力拡大・その経済力への期待の方が警戒感よりも勝っているという状況に思われます。